「なんとかなれーッ!」
「あ、あわわ……シャロン様のパスルート、さらに予測演算が加速してるなんよ……! このままだと、うちらのディフェンス網が全部規律されちゃうじゃんね……っ!」
八々花のベンチ裏。
カスミは、ノートPCのキーボードを叩く指先を血の気が引くほどに震わせ、ディスプレイに浮かび上がる赤い警告のログを凝視していた。
口の中のチャッパチュプスを噛み砕く余裕すら失ったその横顔は、完全に王国の計算力に圧倒されている。
「ちょっと待って、囲まれてるとかガチで意味不なんだけど……! 小梅っちも、藤乃っちも、位置を先読みされて一歩も動けないじゃん……っ!」
まつりも、スマホを構えた手を小刻みに震わせ、液晶画面の向こうで展開される神園の息の根を止めるようなパスワークに息を呑んでいた。
カクテル光線の下――茉優・シャロンから放たれるパスの旋律。
それは完璧に調律されたオーケストラの如く、八々花の守備陣の微かな重心の移動すらも利用して、その裏のスペースを冷酷に削り取りにきている。
ベンチ裏に充満する、濃密な焦燥感。
だが、その絶望のノイズを完全にパージするように、ベンチの最前列では、二人の天才が息を呑むほど静かに戦況を見定めていた。
「――やはり、悠理(海沙)のデータが牙を剥いたわね、監督」
膝の上に白いタオルをかけた桐子が、奥歯を微かに噛み締めながらも、その美しい切れ長の瞳でピッチの物理演算を無機質に分析していた。
焦りはない。
あるのは、かつて神園の頂点にいたファンタジスタとしての、冴え渡る戦術眼だけだ。
「菊鞠の『第三の脚』のバウンドを、寧々(有路)が左脚で逆ハックした。あれは悠理が弾道計算を完璧に共有していた証拠。……でも、神園のあの完璧な『規律』にも、たった一つだけ上書きできないエラーがある」
「……ええ。個の暴力よ」
地鳴りのように響くブラスバンドの音圧を、その背に受けながら――。
天堂監督は腕を組んだまま、不敵な笑みを唇に浮かべた。
「彼女たちのフットボールは、すべてが美しい計算の上に成り立つ『独裁』。だからこそ、その譜面に存在しない異次元の不協和音――データすら存在しない泥臭いステップを叩き込まれれば、あの綺麗な城壁は一瞬で狂うわ」
「そう。だからこそ、アタシがピッチに立つ『最高の5分間』まで――絶対に、これ以上の追加点はやらせない」
桐子の視線が、ピッチの上で神園の怒涛の猛攻に晒されている守備陣へと真っ直ぐに注がれる。
ギラギラと照りつけるカクテル光線の白光の下、八々花のバックラインは今まさに、決死の防衛戦を強いられていた。
「なんとかなれーッ!」
八々花のセンターバック、桜の長い前髪が、夜風に激しく揺れた。
シャロンからの鋭い縦パスが、アリスへと渡ろうとするその瞬間――。
鋭いパスカットの予測から、その左脚を猛然と突き出した。
「もうっ! 動かないでよ、ハリネズミさん!」
アリスの冷酷な瞳が一瞬だけ苛立たしげに細められ――だが次の瞬間には、チェシャ猫のような不気味な笑みをその端正な面に張り付かせていた。ボールをキープせんとしなやかに身体を躍動させる。
桜の決死のディフェンスでわずかに流れたルーズボール。
――だが、神園の『規律』の連動は止まらない。
すぐさま死角からサイドを侵入してきたのは、スペードのK・籠目六星だった。
彼女はカクテル光線の白光を浴びながら、まるで一輪の薔薇が咲き誇るかのような、優美極まる360度のマルセイユ・ルーレットを披露する。
八々花の防衛線を翻弄するその美しいステップは、かつて巨人を屠った英雄の『投石器』の如き爆発的な遠心力をその右脚へと蓄積させていく。
最大風速で引き絞られたキックの軌道――。
籠目はそのまま、鋭い弾丸クロスを中央へ上げようと右足を振り抜いた。
「させないっ」
その右脚がボールを捉えるまさに刹那――サイドバックの小梅が、その小柄な身体を投げ出すような決死のスライディングを敢行した。
振り抜かれるスパイクの凶器的な風圧に怯むことなく、放たれる弾道の直線上へと完璧に肉体を滑り込ませ、面で壁を作る。
――ドガァッ!!!
籠目の右脚から放たれた『投石』の如き強烈な弾丸クロスは、アリスやシャロンの待つ中央へと届く前に、小梅の突き出した太腿へと容赦なく直撃した。
骨肉が削り合う凄まじい衝撃に小梅の顔が苦痛に歪む。
だが、ボールは神園の規律の譜面を大きく外れ、八々花の執念を証明する激しい鈍音を立ててタッチラインの外へと弾き飛ばされていく。
すぐさま、その背後から藤乃がセカンドボールの回収へと猛然とカバーに走る。
マーク対象へと完全に密着し、そのタフなプレッシャーで神園のアタッカーたちの自由を執念深く刈り取り続けた。
神園学園の容赦のない二次攻撃。
完璧にハッキングされたデータを前に、八々花の守備陣は、肉体と肉体を激しくぶつけ合いながら、文字通り「死守」の城壁を築いていた。
一本のパス。
一回のクリア。
そのすべてが、ベンチで出番を待つ桐子へと繋ぐための、命懸けの旋律。
前半の時計が、じりじりと10分を回ろうとしていた。
カクテル光線の下、八々花が誇る鉄壁の守護者たちの、プライドと意地をかけた本当の耐久戦が、夜のピッチを激しく焦がしていた――。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
さて、ここで出てくるのはスペードのキング、籠目六星です。
この物語だけでも割と登場人物を多く出してきましたが、彼女のネーミングに関しては、個人的に会心の出来だと思っています。
モチーフはダビデ王。
単純に「ダビデ」をモジると、美しさが出ないな、と感じたので、着目したのは「ダビデの星」でした。
日本の伝統文様の籠目紋がダビデの星に似ていることから「籠目」とし、ダビデの星の形状の「六芒星」を名に落とし込む。
読み方も「薔薇」のニュアンスを感じさせる「ろぜ」読みとしました。
……リアルにいたら、キラキラネーム間違いなしなんですけどね(笑)
そして、そんな彼女のプレイスタイルに、薔薇が咲き誇るようなマルセイユ・ルーレットを取り入れ、その遠心力を利用したキックを、ダビデがゴリアテを斃した投石器に擬える。
これぞマルチ・ミーニング!!(手前味噌)
――と、ここまで熱く語っておいて何なんですが。
実は原稿で「マルセイユ・ルーレット」と入力するたびに、予測変換候補にちょいちょい『マルセイバターサンド』が割り込んできて、作者の集中力をハッキングしにきます。
今回の決勝戦の舞台は奇しくも北海道。
……これは間違いなく「明日のおやつはマルセイバターサンドにしなさい」という、北の大地からの美味なる啓示ですよね?
明日ガチで買ってこようと思います(笑)。
【追記】このページ、実は11月4日に予約投稿していたんですが、翌日になって新語・流行語大賞のワードとして「なんとかなれーッ!」がノミネートされていて、奇しくもトレンドワードを取り入れる形となってしまってました。
「ついにちいかわ出てきたぞw」「なんとかなるんかいw」「マルセイバターサンドの前に、よいとまけ食ってろ」
と思っていただけましたら、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】をポチッと押して応援していただけると、この大激戦の耐久戦を耐え抜いた八々花の次なる反撃(第163話〜)への執筆の大きな大きな励みになります!どうぞよろしくお願いいたします!




