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第十二話 導きの涯 (10)

第十二話 導きの涯 (10)







 翌朝。


「基盤作戦を伝えておく。まずラグの転移魔術陣を敷くのが最優先課題だ、ポイントはアニタが把握している。のち、竜のテリトリーに私が入る。数メートル程度の侵入なら、一体もしくは二体の迎撃に抑えられるだろう。そしてテリトリー外に誘き出したあとは」

「不意を打って攻撃開始、と。初撃はオレでいいんだな?システィア」


 興奮にぎらついた眼を隠しきれないアハトが後を継いだ。むしろ、隠す気はないのかもしれない。


「ああ、好きにしろ。アハトの初撃ののち、ウォーレス、私が試行を行う。他は援護だ。二体出た場合は」

「僕とアニタで逆鱗以外に同調攻撃の試行。これは囮だね。あとはルイス君、リディさんが」

「俺が逆鱗の魔術付加攻撃での破壊の試行。リディはその援護。第二撃、第三撃は速やかにラグ、リディが援護、だな」


 カインズ、ルイスが淡々と紡ぐ。街の外に集合した時からこの二人、ピリピリとした緊張感を漂わせているわ、リディはリディでむっつりと黙りこくっているわ、ラグとしては精神にダメージが来ていることこの上ない。


 もっとも、ピリピリ感は半ば一方的に――ではあるが。

 最後の確認もとい打ち合わせを聞きながら、ラグは虚ろな眼をして空を仰いだ。






―――――――――――



「僕はですね――愛国主義者でして」

「…はぁ?」


 笑顔でそんなことを言い出したカインズに、ラグは思いっきり胡乱気な目を向けてしまった。


「だから、なんですか…?」

「つまり、王族の方々には幸せになってほしい、と心の底から願っているのですよ。しかし姫様は――ラスランの一件から、幸薄い生を歩もうとなされている。ご本人も、女としての幸せを掴もうとは考えていらっしゃらないようにお見受けします」

「…リディにとっての幸せが、女の人のものとは限りませんよ」

「ええ、わかっています。しかし、かの方――いまはルイス様と呼ばせて頂きましょう――ならば、姫様に武人としての生き方も、女としての生き方も全うさせてさしあげられるとは思いませんか?そして、ルイス様ご本人も、姫様とならば、仲間として、男として、満ちた人生を歩むことができる」

「……」


 無言を肯定と取り、カインズは続ける。


「僕の眼には、今あの方達は距離を詰めきれていないように見えます。特に姫様は鈍そうですし、ルイス様は奥手ですからねえ」

「……」

「ですから、きっかけを作ってさしあげようと思うのです。雨降って地固まる、という言葉があるでしょう?」

「…今この状況で雨降らせることに意味があるの…?なかなか、大変な事態だけど、この街」

「だから、ですよ。吊り橋効果、というのも利用させて頂くつもりです」

「…そうですか…」


 ラグは天井を仰いだ。本当に彼の主君と同類である。


「…わかりました。協力します」


 半ば諦めきったようなラグの返答に、カインズは満足げに笑ったのであった。







――――――――――――



 最後の打ち合わせを終えたシスティアは集まっている8人を見渡し、頷いた。玲瓏とした、厳しい、しかし美しい声が皆を打つ。


「今回の成否が全て後に響く。絶対に成功させなければならない。そのための『十強』ということを、各自自覚しておけ!行くぞ」


 それぞれが応答の声を上げ、雪が止んで静かな、凍りついた早朝へと踏み出していった。










「アニタ、あと幾つだ」

「あと二つよ」


 地図を見ながらのアニタの答えに、システィアは頷いてまた歩き出す。ちなみに彼女を含め狩人達が履いているのは、風属性が付与された雪国用のブーツで、雪に沈まず歩くことができる優れものである。


「ラグ、魔力大丈夫か?」

「平気…ただちょっと核から吸収しておこうかな」

「ほらよ」


 ルイスは手持ちの赤い核をラグに投げた。転移魔術の実用性の難しさのひとつに、必要魔力の多さがある。いくら無尽蔵のラグといえど、ほいほい作っていては減りもする。


「ありがと…」


 …が、たった一回の使用でガラスとなって壊れることまでは予想していなかった。


「お前、ホント青天井だな…」

「ルイスもたいがいね…」

「どっちもどっちよ」


 アニタがビシッと突っ込んだ。こうも桁違いの魔術を見せつけられては、もうそれしか反応のしようがない。

 リディだけは我関せずで剣の調子を確かめていた。どうやら慣れっこらしい。


 その時だった。

 黒ずくめの男――ウォーレスが、ぴく、と顔を上げた。半瞬遅れてシスティア、リディもはっと眼を見開く。


「?どうし…」

「総員戦闘体勢!ラグ、水風複合で迷彩結界を張った上、全員で転移陣ポイント9まで移動しろ!」


 ただならぬ口調に、ほぼ『十強』で占められた部隊だ。

 全員が事態を察した。


 竜が来たのだ。テリトリーが広まったのか、たまたま巡回中だったのか。

 慌ただしく動きながら、ラグがルイスに赤い眼を向ける。


「気づかれたのかな」

「いや、殺気は感じない。だからシスティアさんも逃げられると踏んだんだ」

「でも、ポイント9って…」

「ああ」


 頷く先で、アハトがシスティアの肩をつかむ。


「システィア、お前」

「作戦は続行だ。私が残って囮となり、ポイント9まで誘導する。お前達は迷彩結界で気配を消し、フォーメーションAを組んで待機していろ」

「無茶だ!ポイント9までは1キロ近くある、せめてポイント12に」

「私を誰だと思っている、アハト」


 肩に置かれた手を払い、システィアはアハトを睨んだ。


「だいたいポイント12では待ち伏せの意味を為さない。今何をすべきか、わからないお前ではないはずだ、アハト・ライハラ。――アニタ、手筈通りに」

「了解しました」


 唇を噛み締めるアハトを余所に、アニタは手早く彼を魔術陣に押し込み、ラグに合図した。


「ラグ、いいわよ」

「はい」


 ふっという浮遊感と共にぶれたルイスの視界が最後に移したのは、前方からやってくる黒い影に、厳しい表情でシスティアが剣を抜く姿だった。







 頼りなかった足元が地面を捉えると同時、ルイスは目眩に思わず頭を抑えた。


「急いで、フォーメーションAよ!システィアの足なら、3分半で来るわ!」

ほぼ全員が、ルイスと同様に慣れぬ転移に頭を抑える中、アニタは厳しい声を飛ばす。

「ラグ、迷彩結界は」

「大丈夫、維持できてる…ルイスこそいつもの武器じゃないんだから、無理しないでよ…」

「元より剣は壊すつもりだぜ」


 狩人協会の倉庫から借りてきたのはただの鋼の剣だ。保つとは思っていない。


「ルイスの初撃以降は私が結界に回る。ラグは撃って」

「了解」


 幼馴染み同士、打てば響くような呑み込みのよさで、滑らかにリディとラグは意志疎通を完了した。

 アニタが何かを呟いた。恐らく彼女の精霊の名だろう。アニタの役目は、この場の風の支配。竜の咆哮や騒音を、竜の巣へ流さないことが目的だ。

 位置についたウォーレスが黒い曲刀を抜く。アハトもまた、大剣を肩に構え、カインズも細身の剣を鞘から抜いた。


「…来るよ」


 目を細めたリディの呟き、それとほぼ同時。なだらかな丘の向こうから、飛行する黒い二つの影と、疾走する一つの姿が見えた。


(二体か)


「もうちょいだ…」


 歯を食い縛る音。アハトだ。鳶色の眼を歪め、徐々に小さな影に接近する巨大な影を睨み据えている。


「全員、手筈通りに」


 リディが手を振り、眼を閉じた。

 そして、影達が丘を越え、ついに百メートル以内に入った瞬間。


「撃て、フレイア!」


 鋭く空気を打ったリディの声と同時に、出現した二つの火球が真っ直ぐ竜の顔面に直撃した、


 ――グオオオオッ!


「行くぜっ!」


 轟いた咆哮、巨体が雪に沈む轟音、それをかきけす大音声でアハトが怒鳴り、大剣を振り上げて雪面を蹴った。


「アイシィ」


 そのあとを追って走りながら、ルイスは呟く。魔力を右手の先へ――剣へと集中させ、神経を研ぎ澄ます。

 中途、システィアとすれ違う。視線が交わったのは一瞬で、直ぐ様ルイスは空中へ跳んだ。


「…っ!」


 爆煙の中に飛び込み、首をもたげている竜の右翼を見据え、無数の鱗を睨む。その視線が、一枚の黒光りする鱗に、止まった。


(――あれだ)


 なぜその鱗だと思ったか。それは彼にもわからない。リディなら勘と言い切っただろうが、ルイスには彼女ほどの直感力はない。

 ぎ、と竜の視線がルイスを捉える。爪が構えられたが、しかし同時に激しい衝撃が竜を襲った。


――ギャアアアアッ!


 肢か、尾か。ルイスからは見えなかったが、カインズとアニタが同調攻撃を仕掛けたのだろう。あるいはリディも。そしてそれは効を奏したようだ。溜まらず竜が仰け反り、憎悪の視線がルイスから外れた。


(今だっ!)


 身悶える竜、それによって生じる大気の乱れを全て計算に入れ、ルイスは空中を蹴る。

まっすぐ振り下ろされた鋼の刀身は、過たず狙った一枚に突き立った。


――グガァアアァッ


 先のものとは比べ物にならない程の凄まじい絶叫が、竜から発される。そして激しく暴れられたことで、ルイスの剣が、バキンと音を立てて折れた。


「ちっ、やっぱりか!」


 予想していたこととはいえ、失望は否めない。舌打ちして、ルイスは薙ぎ払うように襲ってきた尾を避け、雪面に着地した。


「ラグ、援護交代だ!この暴れよう、剣が突き刺さってるとこが逆鱗で間違いねえな!?」

「うん、間違いない!交代了解…!」


 ラグが結界を解いた一瞬後、リディの結界が辺りを覆う。


「アクアメイン、サンダーリース、ウィンディーナ…!」


 ラグのきっぱりとした声が届く。次いで、次々と凄まじい威力の魔術が、竜に着弾した。


(風精霊は水と雷の補正に使ってるのか。流石だな)


 様子を見ながら感心しているルイスとは対照的に、アニタの喚き声が聴こえてきた。


「三属性同時施行!?あああああ常識外れもたいがいにしてちょうだい価値観狂うわ!」

「文句は後です戦ってくださいアニタ!」


 カインズが叫びながら竜の爪を弾いた。猛り狂う竜が、咆哮を上げて翼をはためかせるのを見て、ルイスは叫んだ。


「リディ、翼を燃やせ!」

「了解、フレイア!燃やせっ!」


 リディの火魔術は、見事に竜の翼を捉えた。これで飛んで逃げることは防げた。


(システィアさん達の方は…!)


 逆鱗を狙って攻撃するラグ、カインズを援護しながら、ルイスはちらりともう一方に目をやる。

 システィア達は――圧巻だった。


「らぁッ!!」


 アハトがその大剣でもって、竜の鱗を切り裂く。システィアが凄まじい速さで攻撃しながら竜を引き付け、翻弄する隙をついて、ウォーレスが逆鱗へ刃を突き立てる。

既に何度か食らわせているのだろう、逆鱗と見られる鱗は酷く傷ついていた。


「けっ、あと一回ぐれえかっ!」

「気を抜くな、アハト。ウォーレス、力の入れ方には気をつけろ。折れるぞ」

「……」


 黒ずくめの男は無言で頷くと、黒い刀を翻して再び走り出す。


(クラウディオさんが三人いるぜ…)


 ルイスは飛んできた雪をひょいと避け、遠い目をする。がすぐに気を引き締め直して、ラグに牙を剥いていた竜の鼻先目掛けて氷の槍を撃った。次の瞬間、ラグの雷撃が逆鱗を直撃し、凄まじい咆哮が上がった。


「もうちょっと…!」


 暴れ狂う竜から一度距離を取ったラグの頬には、赤い線が走っていた。多属性結界の維持をやめたせいだろう。

 さしものラグも、神経をギリギリまで研ぎ澄ますことを要する攻撃と結界との両方を維持することは厳しいようだ。

 走りながらのカインズの叫びが耳に届く。


「アニタ、もう一度同調攻撃を…っ、うわっ!」


 しかし、彼の体は鋭く唸った竜の尾に弾き飛ばされた。ギリギリで体を庇った剣を手から飛ばし、かなり遠くまで吹っ飛んでいく彼に、「カインズッ!」というアニタとリディの叫びが向かう。

 振り返ってしまった二人の女に、ルイスが叫んだ。


「リディ後ろッ!」


 が、一瞬遅かった。まるで鞭がしなるように、戻ってきた竜の尾がリディを打ち据える。結界が、揺らいだ。


「うわっ」

「リディっ!!くそっ…、っラグッ!」


 首をもたげた竜の視線の先に誰がいるのか悟り、ルイスは顔色を変える。ラグは魔術に集中してしまって気づいていない。

 迷わずルイスは駆け出した。


「間に合えっ…!」


 竜が爪を振りかざす。その間に、ルイスは飛び込んだ。


「護れ、アイシィ!」


 しかし瞬時に形成された氷の盾を、竜の爪はあっさり粉砕した。そのまま、咄嗟に翳されたルイスの左腕を抉っていく。


「っぐ…ッ!」


 盾、結界、優れた防具を身につけていてもなお襲った、鋭く熱い痛みにルイスは顔を歪める。

 ようやく事態に気付いたラグが目を見開き、顔色を変えて何かを言おうとしたが、


「俺はいい、止めを刺せ!」

「……!」


 顔だけ振り返ったルイスの叱咤に強張った顔で頷くと、キッと相対する竜の逆鱗を睨んだ。


「粉々にして、アクアメイン…!」


 言葉と同時にラグの手から飛んだ、凄まじい質量と密度と硬度と鋭度をもった氷柱は、一息に逆鱗を貫き――命令通り、粉々に砕いた。


――ギャアァァアアアアァアア!!!


 空を割らんばかりの咆哮は、しかし直ぐに途絶えた。

 左腕を抑えながら、ルイスは動きを止めた竜を仰ぐ。


「終わったか…」


 竜は、黒い翼の先から細かい塵と化し、その体が横倒しになる前に、紫の核を残して跡形もなく消え失せた。

 はーっと息を吐き出して雪に膝をついたルイスの横に、青ざめた顔でラグが跪く。


「ルイス!腕か…」

「平気だ。ちょっと治療魔術かけりゃ治る。それよりリディは」

「リディはせいぜい骨折だ!君は全然平気じゃないよ!出して!」

「……」


 骨折も重傷な気がするが、という言葉をルイスは飲み込んだ。怒ったラグというのは初めて見るかもしれない。なんとなくこれ以上怒らせない方がいい気がしたルイスは、大人しく左腕を差し出した。


「――痛むか」


 ざ、と雪を踏む音に顔を上げれば、剣を鞘に収めたシスティアが彼らを見下ろしていた。多少擦り傷などはあるが、目立った傷はなく、片手には紫色の核を握っている。

 ルイスはその言葉の意味する所を察し、手を引きつつ軽い口調で返した。


「まあ、流石に。でも今すぐ治療しなくても問題ありません」

「では、我慢しろ。アニタの風の支配にも限界がある。こうも血の臭いがしては、嗅ぎ付けられかねん」


 システィアがしゃくった先には、腹を抑えてよろよろと歩いてくるカインズと、足を引きずるリディがいた。どちらも出血している。

 彼らの後ろを守るアハトとウォーレスはほぼ無傷のようだ。

 が、それらには目もくれず、自分の怪我さえ忘れ、ルイスはばっと立ち上がった。


「リディ、無事か!?」

「平気だよ、せいぜい骨折…って」


 ラグと全く同じことを答えてから、リディは顔色を変えた。


「人の心配してる場合か!?その腕!平気なの!!?」

「別に大したこと――」

「大したことあるだろ!ちょっと――」


 ずんずん近づこうとしたリディを抑えたのは、システィアだった。


「リディ、待て。長居は危険だ。ラグ、全員の止血だけ頼む」

「…わかりました」


 きゅっと唇を結んだラグは、まずルイスの腕の血を止め、痛みを緩和してから、他二人にも同様の処置をした。

 それから全員が転移陣に入ったのを確認し、ラグは目を細めた。


「では帰ります。――転移、アグライヤ!」


 一瞬の浮遊感の後、目の前にはアグライヤの石造りの外壁があった。何人かから安堵の息が漏れ、システィアも握り締めた核に目を落とし、唇を綻ばせる。ルイスもラグもリディも力を抜き、直後ハッとリディがルイスを振り向く。


「ルイス!腕出して!」

「いや、俺自分で出来」

「ぐちゃぐちゃ言うな!」


 俄に騒がしくなり始めた外門を尻目にルイスの治療を始めたリディを見て、ラグは息を吐いた。


「収まりはついたのか」


 システィアがカインズに低く囁く。薄氷の眼が二人の男女を捉えているのを確認し、ええ、とカインズは微笑する。


「できればどさくさに紛れてくっついて頂きたいですね」

「…それはどちらの為だ?」


 なんの感情も窺わせぬ貌で問うたシスティアに、カインズはややあって、もちろん、と答えた。


「どちらも、ですよ」






「…よし。だいたい良いかな」


 がらがらと上がり始めた街と外部を隔てる鉄格子を背に、リディは薄く汗をかいた額を拭ってルイスの腕から手を離した。


 筋肉まで裂かれたルイスの腕は、皮膚に傷の痕も残さず綺麗な滑らかさを取り戻していた。握ったり開いたりを数度繰り返し、多方向に振ってもみたルイスは、なんの違和感も残っていないことに安堵し、同時に感謝した。

 心からの笑みを浮かべ、リディに礼を言う。


「ありがとな。何の問題もないぜ」

「礼には及ばない、当然だろ。私もよく君に治してもらってる」


 微笑んでから、リディはバツが悪そうに視線を上に逸らし、ボソボソと付け加えた。


「…その、昨日、ごめん」


 一瞬目を丸くしたルイスだったが、すぐにこちらも照れ臭そうな顔になり、治ったばかりのとは反対の右腕で、リディの頭をぽんぽんと撫で、


「俺も悪かった」


 と声を落とした。


 その時、一際大きな音を立て、鉄格子が上がりきった。途端、その向こうから上がった歓声に、大きな欠伸をかましたアハトが歩き出す。


「腹減った。ウォーレス、行こうぜ」

「……」


 黒衣の男も続き、アニタも肩を竦めて続いた。


 ルイスとリディは顔を見合わせ、お互い苦笑してから歩き出した――が。


「つっ…」


 リディが低く呻いて、腹を抑えた。どうした、と言いかけ、はたとルイスは彼女が未治療の怪我をしているのを思い出す。束の間思案し、


「大丈夫、歩け――わっ!?」


 気丈な文言を言おうとしたリディの細い体躯を、抱き上げた。


「え、ちょ、ル、な、」


 いきなり視界がずれたリディは状況に気づくなり、白い頬を真っ赤に染め上げてもがく。


「大人しくしてろ」

「な、なにしれっと言ってんだよ!いいよ歩けるから下ろせ!」


 ルイスは全く取り合わなかった。


「怪我に響くぞ。――ていうか前から言おうと思ってたがお前ちゃんと食え。軽すぎだ」

「食べてるわ!君が食べ過ぎなんだよいいから下ろせ!――いっ」

「ほれ言わんこっちゃない」


 半ば漫才のようなやり取りをしながら街の門を潜っていくルイスとリディを眺め、ラグはほっと胸を撫で下ろした。


(どうやら山は越えたみたいだね…全く、世話が焼けるなぁ…)


 ねぇ、とフードに潜っていたヴァイスに返事を求めれば、彼は欠伸して目を閉じてしまった。関知するところではない、という意思表示らしい。


「冷たいなー…あ」


 苦笑しながら歩き出し、外門をくぐったラグは、そこに、昨日昼飯を取った食事処で見た女を見つけた。

 淡い金髪の女と、それにその友人かとおぼしき二人は、食い入るようにラグの前を歩くルイスと、その彼に抱えられたリディを見つめている。リディはまだぎゃあぎゃあ騒ぐのに必死で気づいていないようだが――。


(たいがい君もいい性格してるよ…ルイス)


 あの行為は――ルイスとリディ、それぞれを慕う者両方に向けての、強力な牽制になる。無論、リディの体を気遣って、というのが第一の目的であることに違いはないのだろうが…それだけではないにも違いない。


「まぁ、ひとまずは何よりか…」


 竜との初戦は勝利した。懸案事項だった二人もなんとかなった。このまま、順調にいけばいいのだが。

 冬特有の色素の薄い空を見上げ、ラグは再びの溜め息をついたのだった。



戦闘シーンが久しぶり過ぎました…。


申し訳ないのですが次回更新は一週空きますごめんなさい!部活の試合に行ってきます!

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