≪20≫闇市、行かないって言ったのにの巻
そして俺は、当初の予定通りと言うかなんというか。ボルゾイの研究資料の一部、それも世に出ていなさそうな希少な魔術書を抱え、宿の裏、エーリカの元へ。
エリザを闇市に連れてゆくことは絶対しない。しかし、俺がいかないとは言ってない。俺の飽くなき好奇心と怖いもの見たさを止めることなどできないのだ!
「あら、本当に来たのね。よかった」
「ああ、まあそりゃおいしい話だしね。これ報酬」
エーリカは約束通り、酒場の裏で待っていた。ただその服装は酒場でいるような露出度の高い目立った服装ではなく、黒を基調としたニンジャのような雰囲気。
俺が金70を渡すと、エーリカは嬉しそうに接客スマイルを振りまく。
「悪人さん一名ごあんな~い。じゃあこっちへきて。道中誰とも会話しないでね」
そう言うと、彼女は俺を連れて路地を幾度か曲り直進し、階段を下りて上ってまた下りて。そして寂れた蔦だらけの雑貨屋に入り、入り口の寄付箱らしきものにコインを二枚投げつけると、店主と一言も話さずに店の奥へと進む。いかにも、っといった感じに俺は思わず笑ってしまう。
「黄昏のミシルシは何処に?」
「貴方の靴の裏に」
エーリカは合言葉のような言葉を呟く。すると、奥の扉が開いた。
この間俺はと言うと、彼女に握られた手が温かいな~ぐらいのもので。あとは若干の緊張と、持ってきた商品と武器を、なるべく使わないでいい状況になる事を祈るばかりだった。
「こっからが本番だからね。よ~く手順憶えといてね」
エーリカは店の奥に進むと、階段を下りる。すると、中に続くのは薄暗い地下室で。
「ここが闇市か?まさか俺をここで袋叩きにするつもりじゃないだろうな?」
「そうするならもっと見つからなそうな所でやるわ。この扉引いて」
いつの間にかエーリカはたいまつを持ち、そう俺に指示する。
言われままに古びた衣装ケースを開く。すると、中には服ではなく階段が続いていて、それ少し下りると通路があった。この通路は古い下水道のような作りだったが、不思議と臭いなどはなく、道も綺麗だ。
「おっ!?珍しいお客さんだ~」
通路の先でいくつかの通路と合流し、更にその先。そう言って出迎えたのは片目を縫い閉じた背の高い年寄りが扉の前に立っている。
「久しぶりねヒーコック。今日は二人だから」
そう言って彼女がまた硬貨を幾つか彼に渡すと、恭しい動作で扉が開かれた。
それと同時に溢れる喧噪。強い香り。そして沢山の人。
その場所を悪趣味なアコーディオンの演奏や、甲高い笛の音が支配し、祭りのような風を感じる。
「すごいな……こんな規模がデカいとは……」
俺はあたりを見回す。この場所は闇市の為に作られたとしか思えない程巨大だった。いくつかの階層に分かれたこの場所には永遠と商店が並び、丁度一段高くなった中心地点ではオークションのような者が執り行われている。
そして周囲は松明ではなく、魔法による明かりによって、昼間のように明るかった。それは蛍光灯の光のようで、俺は思わずまるで元の世界に帰ったかのような錯覚に陥る。
「はじめて此処に来た割には田舎者らしくない行動ね」
エーリカがそう言う。すると、早速何人かが俺たちの前に集まって来た。
「エーリカじゃないか。久しぶりだな。賭けに負けてから随分みなかったが。それは新しい男娼か?趣味悪いぜ。あんまりいい顔じゃないしな~」
「きっとナニが凄いんだよ。エーリはなにせ!」
そこまで言わないうちに、エーリカはこのお調子者たちを蹴り上げる。
「余計なこと言わないでいいの。今日は商売に来たのよ。さっさと道を開けなさい!!」
「そういうなよ~。なんなら今から相手してくれよ。今日はちょっと勝ったんだぜ」
「チクショウが。俺もあそこで駆けときゃよかった」
そう言って再び自分達の賭け事の話に夢中になりながら、二人組は自分達のギャンブルトークに夢中になってゆく。
「今のうちに行くわよ。言っとくけど途中どの商売人の前でも立ち止まらないでね。時間がかかるから」
「ああ、わかった。その方がよさそうだ。ここの探検はもう少し慣れてからにするよ」
エーリカはそのまま市場を直進し、目指すは中央のオークション会場。
手を引かれて進む俺は、さながら祭りに連れてこられた子供。目をキラキラと輝かせること以外できない。
「ん?エーリカか。珍しいな。今日は何を売るんだ?ここで売春権利を売れるのは貴族様だけだぞ?」
商品出店の受付らしき男は、そんな悪趣味な冗談めいたこと言う。
「そんなんじゃないの。この男の人が売りたい物があるっていうんで、私はつれて来ただけ」
「ほう、あんた名前は?」
そう言って受付の男の右目がグルリと一回転。どうやら義眼らしい。
「俺の名前は……ジャックだ。今日売りたいものは本。それと、こういうの売れるかどうかは知らないんだが、情報って売れるか?」
「本に情報だぁ?また値踏みに難しいもんばっかりだな。本って誰の著作だ?」
「魔法関係だ。高額で売れる事は保障できる。今まで領主相手に撃った時はそうだった」
俺はこの本について何も知らないが、ボルゾイの本の中でも彼の著作である希少本だと自慢された物を持ってきたのだ。しかし俺はボルゾイが死んだことは情報として価値がると考えている。
従って目の前の三下に全部話す事は無い。
「ふむ、軽々しく言えない程の本って事か。それでその本は本物だろうな~?偽物売りつけちまったら、例えそれがお前が知らなくても暗殺ギルドに指名手配だぞ?本は特に贋作が多いんだからな」
「大丈夫だ。著者本人から譲り受けたからな」
「しっかしな~何の信用もないオマエじゃな~」
受付人はそう言って考えるふりをして、俺の体を値踏みしているようだ。此奴は何者なんだと言う不思議そうな視線。
そして俺はこういう時の対処法を知っていた。これは元の世界でも良く使われる方法で、社会問題にもなってきた気がするが、亜効果は抜群だったはずである。
「兎に角、お前じゃ話にならない。責任者か上の物を呼べ!」
出来るだけハッタリを利かせようと、俺は出ているのかもわからない殺気を放つ。
するとどうやらマリア―ジュの薬の効果もあり、俺のクレームは俗に言う所の「ドス」が聞いていたようで、受付人は義眼を落としてうろたえた。
「ビックリした~!?急に怒んなよ。そんなに大物だっていうんなら呼んでやるよ。これでクズみたいな商品だったら承知しないからな?え?」
義眼の男はそう言って奥に下がり、直ぐに眼鏡をかけ、長い髪を三つ編みにした女性が走ってきた。この場に場違いという意味では、煽情的な格好で働くエーリカや、俺のような人殺しよりもよっぽどだ。
メガネのズレを直しながら息をつくその少女は、俺と同じくらいの背なのが雄いつの意外性である。
「はいはい~目利きで責任者のソミューです。本日は何やらすごい物をこのオークションでお売りいただけるとか~取り敢えずは中でお話お伺いします~」
「ジャックです。とある本を売りたいのですが、本とその著者の情報がセットになります。政治的にも使えると思いますし、本自体の魔法に関する希少品です」
そう言うと、ソミューははいはい続きは中でと言われ、オークション会場裏の大きな館に案内された。中の内装からしても、この場所こそがこの闇市の権力の象徴なのだろう。
「では著者のお名前からお願いします。わからなければこちらで鑑定します」
俺とエーリカが通された部屋は、メンシアの部屋に近いレベルで高級感が漂う。そのまま美味しい紅茶を入れる給仕が現れたり、消えたり。至れり尽くせりだ。
俺はその雰囲気に懐かしさを覚えながら、ソミューの目をじっと見つめる。紫色の澄んだ瞳を見ると、自分が異世界にいる事を思い出させてくれる。
「聖エルデルタールの魔法使い。名はボルゾイ!」
そう言うと、ソミューの目が丸くなった。
「ボルゾイですって!?タイトルは!!」
「アーカーシュ力学とそれを応用した大規模魔法」
「大規模魔法の魔法書なんて!!それが本当なら国家機密ですね……あなた何者?」
俺は世の悪役が皆そうするように、口をゆがませるようにして笑う。
「それも含め、落札者にはすべて話します」
「中身を見ても……?」
「ええ、ただ好きなページを数ページだけですよ。第三者が下手に中身を知ってしまうと、価値が落ちる」
俺はその本を見せる。分かりやすいように本のタイトルが背表紙に刻まれているという事はなかったが、彼女もそれを確認して静かに頷いた。
俺の目が相応の覚悟を訴え、沈黙が続く。エーリカもそこまでとは思ってなかったようで、俺の顔をじろじろと見てくる。
「するとこの商品は闇市表オークションでは無理ですね。裏オークションでお願いします」
「闇市にまだ裏があるのかよ。怖いな」
「この場合はただ単に購入者層がお金持ちの皆さんに限られるだけです。一見さんお断りの世界ってだけですよ」
そう言ってソミューは手を鳴らす。すると、黒衣を来た男達が3人現れた。そいつらは一様に長い剣を下げ、顔は仮面と深いローブで隠されている。
「えーと、開催前に“誘拐や殺人”に巻き込まれては事ですので、貴方に黒の守護騎士をプレゼントします。裏オークションは少し開催に時間がかかりますので」
「この人たちは陰ながらにあなたを守ってくれるってわけ。開催日の終わりまでね。敵がいるなら追加料金でしばらく雇えるけど、高いよ」
エーリカはその騎士達と目を合わせないようにしながら、俺に耳打ちする。
黒の守護騎士。元の世界でそんな言葉を聞けば、何御話だとため息をつくところだが、目の前のこの男たちを見ると、俺は思わず動けなくなる。それだけの凄みがったのだ。僕ならば漏らしていたかもしれない……
「徹底してるな。あと俺の知り合いがあと二人いるんだが、そいつらにも付ける事は出来るか?」
「3人以上は追加料金がかかりますが、お連れは三人でしょ?」
「いや、念のためエーリカにもつけといてくれ。もしものことがあっては困る」
「え!?私はイイよ」
そう入ってもいつメンシアの追手が来るか分からない今、身分を手に入れるまでは油断できない。エーリカを人質に取られても俺は殺し屋を殺すか見捨てるだろうが、寝覚めは確実に悪くなるだろう。
我ながら甘いのか厳しいのか。答えはきっと心が弱いのだ。
「では、時刻が決まれば、守護騎士を通じて連絡しますので。この国から出ないでくださいね。あとは万が一に備えて、商品の保管は厳重に」
「分かりました。ではよろしくお願いします」
そういって俺が立ち上がると、守護騎士たちはその体を流れるような動きで動かして、後ろに下がってゆく。
「ではまた後程……」
そういって紫色の瞳は、エーリカの笑顔と同じように、商売人の色を魅せるのだった。




