≪19≫商売、しょぼい酒場でしょぼい喧嘩の巻
その後俺たちは、闇市に出店するか否かで悩んだ。当然ながら元正規騎士としてエリザはそう言った存在を許容できないと言い、メルラは好奇心もあって行ってみようと言ってきかない。
「エリザは拒否するだろうと思ってたよ。因みに闇市に出店しない場合、俺は貴族にはならないぞ。俺は影の宰相のポジションが欲しいからな。貴族にはエリザになってもらう」
「そんな!!私は貴族なんて柄じゃない!私は親からそう言うマナーをあまり教わらずに来たんだぞ?没落してからはパーティにも数えるほどしか出ていない。」
パーティと言うと、メルラの目が輝く。
「すっごい~!パーティーに出たことあるんですね。私ハッキリ言って、騎士って名誉貴族みたいな感じかと思ってましたけど、そう言うのにも出るんですね!」
「名誉貴族……まあ国によってはそうか。まあでも私の家は女王の守護騎士をしているような家系だったからな……っと話が違うぞ」
「じゃあエリザが選べよ。貴族になるか、闇市デビューか」
「……キゾ……貴族になる」
そう言うとエリザは苦渋の選択を本当にゆっくり決断した。彼女はこれから貴族になる。彼女は自身の苦悩よりと名誉が穢れることを天秤にかけ、前者を選んだのだ。偉い。
「じゃあ決まりだな。明日この辺りで一番良さそうな領主を探そう。後闇市の話はあんまりするなよ。この国の派閥の潔癖派と言う所にバレルと、抹殺されるらしい」
そう釘を刺してから、俺たちは各自別行動にした。俺からお小遣いをもらったメルラは市場へ買い物に。エリザはなまった体を動かすと言って、そのまま訓練場なる、あまり聞きなじみのないな施設へと向かった。
「エリザも行っちゃったし、じゃあ私達は貴族通の人間を探しに行きましょうか。皆の新しい服とかも買わなきゃね」
そう言ってメルラは嬉しそうに俺の手を引っ張ると、外の喧噪へと向かう。
「俺は変身で服を作るから、それでいいんだけどな~」
「何言ってんの。作るにしても服のデザインはしっかり見ておかないと。服のボタンや袖の雰囲気とかで、何処のどれぐらいの身分かばれたいの?」
「そこまで考えてなかった。厳しいな」
俺は今まで自分が着てきた服の事など考えもしなかった。ボルゾイやメンシア達、そしてエリザも仕事一直線と言うかなんというか。服や礼儀よりもまず実益と言ったような人ばかりが周りにいたせいだろう。良く考えればこの国にはセーターもTシャツも、ましてやトランクスなんかもないのだ。
「俺……この国の服業界に嵐を巻き起こすかもしれない……」
「馬鹿なこと言ってないで。ほら、あの服みたいなやつ。フリフリの付いたのは可愛いけど、もっと機能的な奴がいいわね」
さっそく露店の服商人に話しかけていた。
「これはまた若いご夫婦で。この国へは侵攻旅行ですかな?」
「ええ、まあそんな所。資金の潤沢な愛の逃避行と言う所かしら。新しい生活の作業着が欲しいのだけれど」
「それは恐れ入りました。お客さんよく見ると良い生地の服を着とりますな。デザインは今と同じような物が良いですかな?」
そう言われると、メルラは俺の方を見る。こういう買い物、所謂デートスタイルの買い物。元の世界にいた受動的な俺に、このような甘酸っぱい体験があるはずもなく、こういう時どういっていいのか解らない。
「旦那様?貴方はどんな服が似合うと思います?コレかしら?それともコレ?」
メルラは意地悪そうな顔で、そして心底楽しそうに俺に質問する。
「じゃあ……この刺繍の付いた赤いやつはどうだ?」
俺は服屋の軒先に並べられたものの中でも、一番現代日本のセンスに従った物を選ぶ。
「ほう、やっぱり旦那さんも一流ですな。これはとある前衛的な職人のモノでして」
「そうか、値は幾らだ?」
「へえ、良い生地を使ってますし刺繍も細かいので、お値段は120程になります」
そう言うと、メルラが一歩後ずさる。俺は彼女が二歩目をさがるよりも早くその手を握ると、俺の傍に引き寄せた。ここで値段に驚けば、そろいもそろって田舎者の成金だとバレるだろう。そうすれば更に値段を吊り上げられかねない。
「そうか。まあそんなものだろうな。しかしこの刺繍は別にしても、生地はそこまで良い物ではないな。彼女の今着ているのは北の国のモノだが、こちらの方が良い物じゃないか?」
「まあたしかに。今の奥様がお召しになられている服は良い物の様ですが……」
「まあいい。まだここで買うと決めた訳ではないから。穂かも見てから決める事にしよう」
俺がそう言うと、服屋の目つきが変わる。
「いや、待ってくさださい。いや~お客さんも古典的な手を使いなさる。さては商家のご子息かなにかですかな?」
「だとしたら、どうする?」
俺がそう低い声で言うと、服屋はまけたと言う顔をして指を二本立てた。
「20引いて100で結構です」
「駄目だな20%で96なら買ってもいい。なんらな今後贔屓にしてやろう」
俺がそう言って金貨の詰まった袋をポケットから出して、わざとらしく振って見せた。
「う~む。わかりました。今後の御縁もありますし、今回は96で売りましょう」
「では商談成立だ」
そう言って俺と福屋は握手を交わす。彼から先に出してきたのだ。これはきっとこの国の風習だろう。
俺とメルラは新しい服を買うと、そのまま市内を見て回った。道中巨大な邸宅や大きな建物が連なる区画や、平屋建ての商店が並ぶ区画などがあり、その後一周したところで目に入ったオープンテラスの酒場で薄い葡萄酒を飲んでいる。
「もしかしてこの国で何か買い物をする度に、俺はあんな馬鹿なやり取りを続けなくちゃならないのか?」
俺は先程の慣れないやり取りで、随分と精神力を持っていかれた。元来の僕ならば絶対に言い値以外では買わないだろう。日本に値切りの文化があるのは知っていたが、自分の周りでしている人はいなかった筈である。
「そうね。あんなやり取りを毎回してたら日が暮れちゃうわ。早く特権階級になって、服が欲しいときは仕立て屋を呼びつけるぐらいの身分になりたいわね」
「まったく贅沢な話だな」
俺たちはそう言って薄めた葡萄酒を下の上で転がしていた。
すると、近くで何事か喚いていた酔っ払いが、俺たちの座るテーブルに近づいてくる。
「お?お前らさっきの馬鹿だな?」
新手の詐欺か。たかりか。俺は剣を構えるような心持で、酔っ払いをにらむ。酔っ払いは自分の生え放題の髭を振り乱しながら、赤ら顔で話しかけてきたのだ。
「そう睨むなよ~。お前らあの服屋で赤い刺繍の服を買ってたやつだろ?俺は見てたんだよ。馬鹿だね~。あの服の相場はイイとこ50と少しだ。それに倍以上だしちまって」
「酔っ払いの話なんて信用できないわ。この人に殴られる前に、さっさと消えて」
「生意気な小娘。お前どうせ娼婦か何かだろ?服に見合った品性を身に着けてねえ!!」
明らかに喧嘩するつもりの売り文句に買い文句。しかし、メルラを侮辱されては黙っているわけにもいかず、俺は彼女と酔っぱらいの間に割って入る。
男はアルコール臭い息を俺たちの肺に入れよと試みて、そのまま俺の掴みかかり、右こぶしで抉りこむように打とした。スローモーションのテレフォンパンチという奴だ。
「調子のんなこのガキがぁ!!」
威勢のいいのは声だけだと、俺は咄嗟にこの右ストレートを前頭で受けるもちろん、頭蓋骨の前部分、皮の一枚下を金属に変えて。
「グギャ!!石頭かよ!!なんて硬さだ!」
酔っぱらいは自分の拳から流れ出る血液に恐れおののきながら、俺たちと顔を合わせないようにして逃げてゆく。この国にも憲兵ぐらいはいるだろうが、俺は小物を相手にしている暇などない。
と、いうよりは、血を流す男の瞳を見て、脳裏に血まみれのボルゾイの姿が浮かんだのだ。
「すまんねお客さん。あのバカは金を全部失っちまって以来ああなのさ。誰からも信用されないから。馬鹿なことばっかり言って安酒ばっかり飲んでるのよ」
「この店はその安酒ばっかり売って馬鹿相手に稼いでるのね。腹が立ってきたわ。ハルキ、帰りましょ?」
メルラは酔っ払いの域の臭いに我慢できなかったのだろう。その場を一刻も早く去ろうとする。
俺もつられて店を出ようとするが、去り際に酒場の店主に一言かける。念のため。
「すいません、一応聞きたいのですが、あの男は元貴族だったのですか?」
「ああ、有名な成り上がりの商人で、一時期は貴族様にすらなったって聞くね。だが今は見ての通りさ。見る影もないよ」
「ならいいんだ」
俺達はそのまま家に帰ると、家に帰る。次なる目的。そう、闇市だ。エリザを連れていく事は無いとしても、その存在を確認する事は悪い事ではないはずだ。それにそう言う場所でしかできない関係もあるだろうと、自己弁護に花を咲かせながら、好奇心を胸に……




