≪11≫一方、メンシアの帰り道と暗殺という日常の巻
一方その頃、一度城帰還しようとしていたメンシアとハンナは、再び馬車に乗って王宮へ向かう。彼女たち二人が王宮のある王都。この都市をハルキは遠目にしか見る事は無かったが、彼女にとってはこの町の周囲程危険であった。
何故なら、この国は土地を選ぶ際、周囲の交通路を細かい複数の道にすることで、敵軍の襲来を分散する予定だった。
しかしこれは平時において都市の機能を幾つか制限しており、このように都市に通じる道が時々極端に狭くなり、暗殺の危険があるのだ。
「ハンナ、この辺りは道が悪いわね」
「そうですね。奇襲には絶好の場所かと」
二人がそう言って目を合わせるのと時を同じくして、彼女達を乗せて走る馬車を引っ張いる馬の一頭の脳天に弓が貫通する。
二人は多少驚いたものの、その顔は冷静そのものだった。
「GYAO!!!」
馬の断末魔と共に馬車が揺れて、もう一頭が暴れ出して馬車が停止する。
「いいハンナ、いつもの様にやるわよ?」
「プラン2ですね?」
「ええ、直ぐに出て準備しなさい!」
そう命令されると、ハンナは直ぐに馬車を飛び出して、周囲を確認して腰の剣を抜く。
「今すぐ出てらっしゃい!この汚い暗殺者め!!」
彼女が周囲に向けてそう言うと、夕日に照らされた街道ぞいの草むらがひらりと揺れる。
反応はなし。周囲に人はいないようである。
しかし、丁度彼女の真後ろから、先程馬を射たのと同じ弓が放たれる。その弓は真っ直ぐに彼女の脊椎を砕こうとしたが、メンシアの魔術障壁の効果か、彼女の前で弓は明後日の方向に跳ね返された。
これが魔法障壁・魔法結界と呼ばれる魔法である。
「やはり高位の魔法使い相手にただの弓では駄目か」
そう言って草むらの中から、その草むらに自生する草木と同じ色の、迷彩服のような服を着た集団が、二人の周囲を取り囲んでいた。
その数実に十数人。
「魔法使いを殺す最良の策は有名だ。数で殺す。これが一番楽で確実だ」
「いかに王立の学院にいる王族の魔法障壁といっても、大人数の同時攻撃には……」
「いや、あれはもしやあの女がやったのかもしれん」
「馬鹿な。あれはただの次女だ」
「やるなら今だ!」
迷彩服の暗殺者たちは、二人を目の前にそんな事を小言で相談すると、360度から一斉に馬車へと突撃する。
「馬鹿者!!」
メンシアが叫んだ。その声は馬車の一番上から聞こえたので、暗殺者たちが一斉に上を向く。
そしてそれが彼女の狙いだった。
「炎上魔法!!」
彼女の腕から巨大な炎が、邪悪な悪魔の姿を模して現れる。
「悪魔だ!!悪魔をしょうかんしたぞぉ!!?」
「違う。あれはただの炎だ!!」
一瞬の同様の隙、暗殺者全員がハンナの事を忘れた瞬間。
彼女の影から伸びた無数の腕が、一斉に伸び進む。目標は暗殺者たちの足首。
「せめて安らかに……」
ハンナがそう言うと、メンシアの炎が消えて、周囲の景色はもとの夕焼けに。そして暗殺者たちの中で、動ける物は一人もいなくなった。
「動けない!!」
「あの次女から伸びた影だ。あれは魔法だぁあああ!!」
今更騒いでもどうにもならない。彼らはもうどうする事もできないのだ。
彼女の魔法は発動条件があるようで、たった今それを満たしたのだろう。
「ではみなさん。誰に雇われたか吐いてください」
そう言ってハンナは幅広の短剣で暗殺者の一人の首をはねる。
「ぎゃあああああ!!!」
「やめてくれえええええ!!!」
暗殺者が叫ぶ。
「さあ、早くおいいなさい。そうすれば助かる道もありましょう」
そう言って再びハンナは短剣を暗殺者の一人の首に押し当てる。
「わかった。いう、おれは旧大臣派の一人に雇われた!名前はソルビと言ってた!」
一番初めに雇い主をばらした暗殺者は、そのままハンナの放った短剣の餌食になる。
「残念です。その方は隠れ蓑ですね。良く使われるダミーの名前です」
「私はその名前をもう何回か聞いたけど、そんな名前の大臣は存在しないわ」
「そして、あなた方のその服は、暗殺ギルドのものですよね?」
ハンナはそのうちの一人を見つくろうと、衣服の一部を綺麗に切り取った。
「証拠はこれだけでよろしいでしょうか?」
「ええ。これでいまだに暗殺ギルドが暗躍している証拠になるわ。まあ真実は装備を横流しされた愚連隊の農奴、または食い詰め者というところかしら?」
「処理はどうされます?」
そう言うと、ハンナは無言で馬車に戻る。
その後ハンナは一言も発さずに暗殺者を縛り上げ、そのままその場に放置した。
「これで良し。っと」
ハンナがそう言って全員の手足を慣れた手つきで肩結びする。
そのまま悪漢はしばりつけ、国を通して縛り首に。そのはずであったが、彼女は急に体の動きを止めた。ハンナは上を見上げ、比叡に近い声をあげる。
「お嬢様!!」
そう言った瞬間、馬車に巨大な隕石、否、巨大な岩が直撃する。
「大丈夫。貴方は離れていなさい」
メンシアはハンナの声と共に馬車を緊急脱出し、自分御周囲に魔法結界を張ったようである。
「これを避けますか。良い連携ですね」
そう言って目の前に、上空から飛来した人物。その顔は黄色の攻撃的なデザインが目立つ、奇妙な仮面を付けており、その周りには大量の小石が浮かんでいる。
「魔法使い。それもかなりの高位のようね。魔法学会派に敵は少ないと思っていたのだけれど」
メンシアはそう言いながら再び巨大な炎の魔人を繰り出す。魔人は有無を言わさぬスピードで、目の前の仮面の男に火炎で出来た鉄拳を当てようとするが、まるで重量がないかのようにヒラヒラと避ける仮面の男は、小石を次々をメンシア本人へと突撃させる。
「小癪ね」
彼女も負けてはいられないと、更にもういったい炎の魔人を出して応戦する。
「この周りに僕の弾はいくらでもある。しかし、君の魔力はどうかな?」
「ええ、そうね。久しぶりの魔法戦闘は厳しいものがあるわ」
そう言いつつも、凄まじいスピードで動く魔人は、自身の体を使ってメンシアを守る。
「だからこれで終わりにしましょう」
メンシアは自身のからだの周りに、攻撃をませていた魔人を凝縮させる。これで彼女の防御用の炎は二つ。彼女を守る者は倍になったが、矛を失う形となる。
「それで、防戦一方という事もあるまい?」
仮面の男がそう言うと、メンシアはその体を震わせるほど空気を吸い込み、そして言葉にして一瞬で吐き出した。
「発破!!」
彼女の言葉に合わせて、火炎製の魔人が爆発四散する。その火炎の燃焼速度は速く、周囲の空気をなくすほどの威力で待機を侵食し、仮面の魔法使いを飲み込む。
「これほどとは……!?」
驚嘆と喜びのような声を上げる中、仮面男の姿は炎の中に消える。死んだのかは遺体を見て見ないと解らないが、それでもこの場で生きているものはメンシアと、急いで避難したハンナだけになった。
「……もういいわ。ハンナ、こっちに来て」
先程の暗殺者は巻き添えを食らい、跡形もない。
ただその場に残る人が焼ける臭いが、ハンナの鼻孔を容赦なく刺激した。
「気分が悪いわ。まったく」
ハンナは馬車に残った馬を連れて避難したようで、それに跨りながらメンシアを後ろに乗せる。
「お疲れ様です」
「あなたもね。影を使うのは疲れるでしょ?」
「ええ、魔法をああも急激に使うのは、やはり私には荷が重いです」
ハンナの顔はよく見ると顔色が悪い。
「今日の仕事はもういいわ。塔に帰ったらすぐに休みなさい」
「ありがとうございます」
二人がそう言いながらしばらく街道を進むと、警備隊が大慌てで此方へ向かってくる。
「姫様!!」
そう言って警備隊長が一馬身前へ出ると、そのまま土下座するような勢いでメンシアの元へとやってくる。
きっとメンシア達に何かあれば、彼が責任を取らされるのだろう。
「お怪我は?」
「大丈夫よ。でもハンナが消耗しているわ。彼女と私が乗る別の馬車を用意して頂戴」
「かしこまりました……」
警備隊長は青い顔のままメンシアを非常用の馬車へ乗せる。この場所の作りは豪奢ではなかったが、それは最初の馬車も同じ。
いつも奇襲される側のメンシア達にとって、馬車は消耗品なのだ。
「疲れたわね。年々暗殺者が多くなっているわね」
「今回は高位の魔法使いまでおりました。もうそろそろごまかし切れるものではありません」
「そうね。ボルゾイ先生には、ハルキの完成を速めてもらわないと……」
そう言って二人は再び塔へと帰る。規模は今回よりは小さいものの、これが彼女達の日常なのである。