≪12≫行商、エリザの嘘語りと村娘Aの巻
僕の今日の一日はいつもとは違う日になる。僕のこの胸の高鳴りが証拠だ。
「早く来ないか。準備は昨日済ませただろうな?」
エリザの声がする。僕は猫の身で必死に揃えた装備見て頷くと変身する。
「変身。江戸川信行、改!」
江戸川信行。それは僕の元居た世界の、僕と同じ学校の同級生の名前だ。ただし髪の毛はエリザと同じ赤毛だ。今日は彼女の弟の役を演じなくてはいけないのだ。
なぜこの大して仲良くもなかった彼に変身したのかと言うと、本当の体は大事にしろと言うボルゾイ先生の忠告があったからだ。万が一大失敗しても、偽物の自分が消えればいいだけだとうことらしい。
「変身できたようだな。まったく同一人物とは思えんよ」
エリザは腰に手を当てて僕を見据える。彼女の姿もいつもの甲冑姿ではなく、地味な色灰色のローブを上から羽織り、剣も長剣ではなくローブの中、両の腰辺り細身の短剣を二本。その綺麗な赤毛を三つ編みにして、いかにも商人と言いたげに丸眼鏡をかけている。
「お前も念のために武器を持って行け。今日のお前の役柄は行商人だ。私はお前の姉変更はない。基本的に自由行動も禁ずる。いいな?」
事前にそう言う約束だった。訓練をして約1ヶ月。僕はずいぶんと体の使い方に慣れて、変身時間もなんと30分ほど伸びた。要は節約だ。変身する際、余計な部分を取り除くのといい。
僕はこの今日用の体である江戸川君の体の調子を確かめると、ボルゾイ先生の所蔵していた、ハンナさんと持っていた物と同デザインの幅広い短剣を腰に付ける。
「おいお前、その装備は駄目だ」
「え、なんですか?」
「その装備は魔法装備だ。私の鎧や長剣と同じのな。騎士家の場合、こういうのは大抵一子相伝と言われるくらい高級品だ。その短剣もボルゾイさんの気まぐれだろうが、それ一本で何軒か家が建つかもしれない」
「そんな高級品を持ってる商人はおかしいって事ですか」
「そう言う事だ」
そう言ってエリザは僕に自分の物と同じデザインの細身の短剣を持たせた。
この細さは思い切り振れば折れてしまうのではないかというこの短剣だが、この手に取ってみると想像通り華奢で軽かった。
「……じゃあ行きましょう。町まではどれくらいかかります?」
「そうだな、馬で30分と言う所だ」
そう言われるとあまり実感がわかないが、このボルゾイ先生の研究室は、小高い丘の上にあり、そこを暫く下った所に小さな町があるのだ。今回はそこに課外実習という訳だ。
「そう言えば僕は馬の乗り方を知らないんですが……」
「な~に?お前王族の親類だろ?馬にも乗れないのか?」
彼女はボルゾイ先生と親しく、また王族の元で暮らしていたと言う僕を、変な呪いにでもかかった貴族だと思っているらしい。
僕はその誤解に対する訂正文句を考えたが、今は良い言葉が思いつかなかった。
「その~、色々事情があって、つい最近まで部屋から出た事がなかったもので」
「まるでおとぎ話に出てくる囚われの姫君だな」
「……それに近いと思ってください」
そう言った僕をエリザは笑い飛ばすと、僕を馬の後ろに乗せて、村へと向かう。
彼女の腰に手を回すのは若干恐ろしかったが、今はそれ程気にしていないらしい。
「それ以上手を上に持っていかないことだ」
一応の釘は刺されたけれど。
「見えて来たぞ。あれがそうだ。私もボルゾイさんの所に殴り込みに行く前に此処通ったんだ」
何事もなく村に到着したエリザは、そう言うと馬を下りて村の中でも一番大きな家へと向かう。僕もその後に続くが、余計な事をしない。余計な事を言わないと事前に言われていたので、口は固く閉じている。
「今からここの村長の家に向かい、ボルゾイ先生の所にあったガラクタ同前の魔法の付与された道具を売る。まあ売れなくても構わないように適当な言い訳をするから、お前も話を合わせるんだ。いいな?」
「はい。頑張ります」
僕がそう言うと、まあ緊張するなと僕の頭をポンポンと叩き、姉貴ぜんとしたエリザは村長宅をノックする。
「は~い」
若い女性の声。そして扉を開けたのは、本来の僕と同じくらいか少し幼さを残した位の少女だった。
「お客様ですか?今日は何も予定はなかったはずですけど?」
「失礼した。私はヒューレイ商会の行商人で、メルエナと言います。こちらは弟で見習いのジャックです。」
「ヒューレイ商会?失礼ですけど聞いたことがありませんね?」
この村娘は警戒している。しかし口ではエリザが上だ。
「それはそうでしょう。我々はエレンデル公国の商会が本拠地ですから」
そう言ってエリザは紋章のようなものを見せる。
「これは許可証のようなものですか?」
「ええ。いま先程も、ここの丘の上にあるボルゾイ様の研究室から、商品を買い付けてきた所です」
エリザは僕に合図し、すかさず僕はボルゾイ先生の所から譲ってもらったガラクタが満載したリュックサックの中身を見せる。
「失礼ですが一見するとガラクタにしか見えません」
ごもっとも。このリュックの中には危ないものはなかったが、かといってものすごく高価な品も入ってない、ここいらの農民でも買えるレベルの魔法付与がなされた品々だ。
因みに、今回のこの商品たちは、僕が作った物もいくつか入っている。夜中のボルゾイ先生の講義の一環で作った物だ。ボルゾイ先生曰く、魔力はあっても魔法を操る才能に欠けるというところの僕だけれど、それでも時間さえあれば付与魔法を使うことができた。
「そういえば、お父様が付与魔法付きの道具を幾つか欲しいとおっしゃっていました。今からお父様をお呼びしますので、中にどうぞ」
お、僕の付与した石ころに、村長の娘さんが興味を示す。この石には僕が1週間ほど指向性の魔力を込めた品だ。
その後すぐに僕たち二人は客間らしき部屋に通され、壮年の男性一人が忙しそうにこちらへやってくる。
「いっや~すいません。収穫期が終わったばかりなものでして」
そういって額の汗をぬぐいながら僕たちの座る椅子の反対側に腰かけた男性、彼の体は小麦色の健康的なもので、村長とい名誉職、代表というよりは、まだまだ現役といった感じ。
「私の名前はデールです。あなた方は遠方の行商人だとか」
「ええ、私はヒューレイ商会の行商人で、メルエナといいます。以後お見知りおきください」
そういって二人は固い握手を交わす。
「随分と大きい商会のお名前を聞きますが、あなたがた二人だけなのですか?」
デールからいきなり、そしてぶっきらぼうに質問が来る。まずいことに彼は博識の様だ。
「いえ。本隊はすでに首都へと向かっています。こちらに有名な魔法使いであるボルゾイ様の研究室がありましたので。そこによる役目に私と弟が選ばれたのです」
うまい嘘だ。こうもポンポンと嘘八百を連ねることが、僕にできるだろうか。
そんなことを考えながら、僕は所在なさげに辺りを見回す。すると先程の娘さんと目があった。
「(ちょっとこっちへ来て~)」
いや、耳には何も聞こえず、ただ彼女がウインクしただけだったが、明らかに彼女はそういう意図で僕にアイコンタクトを送ったのだ。僕はそういう超能力者を持ち合わせてはいないけれど、それだけは確信できるはずだ。
「すいませんエリザ……姉さん、トイレに行ってもよろしいですか?」
「何!?……まあいいだろう。早く済ませて来い」
「厠ならこの建物の裏にありますから~」
エリザは嫌そうな顔をしたが、そのまま偽の商談のお話に戻り、へまはするなと目で訴えていたが、それ以外は何も言ってこなかった。
僕はそのままミツバチのように誘われる形で村娘の去っていた方向へと行く。
「あれ?そっちから行くと遠周りなのに」
「……そんなことより商談の話とまいりましょう。私たちが今回揃えておりますのは―――」
こうして僕はあまり意識はしていなかったが、この世界に来て初めての自由を得た。




