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クラーデル姉弟とちくちくの薔薇園

「リーナさま、本当にゆかれるのですか?」


「ええ、少しだけ行ってくるわ」


「陛下にバレたらきっと怒られますよ」


「………わかってるわ。だから少しだけよ。あなたはここで待っていて、すぐに戻ってくるから。ね?」


「ね?じゃありません。一人で行かせられる筈が無いでしょう。貴女様は特に重度の方向音痴なのですから!」


「まあ。ここは私の実家よ?心配しないでライラ」


「いけません。どうしても行かれるとゆうのなら私もご一緒します」


「でも、バレたらあなたまで怒られてしまうわ」


「そもそもリーナさまが行く時点でアウトです。一人で行かせる方が殺されますよ。それに先程倒れかけたばかりではありませんか」


「でも……ごめんなさいっ!ライラ。やっぱり一人で行かせて。少し……一人で散歩したいの、すぐに戻ってくるからっ!心配しないでっ!」


バタン。パタパタパタ……。

逃げるが勝ち。であった。



「あっリーナさまっ!お待ち下さい!もうっ!全くっ!おとなしい顔してあの方意外にお転婆何だからっ!仕方ない、影から追うしか無いわね……。隊長ったら何が大人しいから君の腕なら一人で十分よ!そっちの腕よりお守りの方が大変じゃないの!もう少し人手を寄越して欲しいわ!」


リーナを読み違えた直属の上司に悪態をつきつつも、ライラは本来与えられた任務をまっとうする為に、次の瞬間音も無く姿を消した。





侍女が嘆きを漏らしている中、リーナは自室の前の回廊を中庭に向け、全速力でパタパタと駆けていた。


(ライラごめんなさいっ。急に中庭に行くなんてわがまま言って、怒ってるわよねきっと。でも今回だけは一人で行きたいの……だって……窓から見えた……フェラルド様を……覗き見に行く何て……恥ずかしくて言えないもの)


先程リーナは、自室の窓から茶会が開かれている中庭を、何気なく眺めた。

その時小さいが、フェラルドの姿を見つけて喜んだ次の瞬間、隣でしなりと寄り添う様に座る、赤毛の美女が目に入ったのだ。

遠目からでも匂い立つ色っぽさが伝わるような、リーナとは違う大人の美女だ。フェラルドと二人並ぶその姿は、ヘタな絵画よりもよほど絵になっていた。


二人は時おり微笑みを浮かべて、何やら楽しそうに話していてとても親密そうに見える。

すると急に胸がざわざわしだしたリーナは、気がついたら中庭に言って来るとライラに告げていたのだった。



(やっぱり、覗き見何てダメよね……フェラルド様のお言いつけまで破って………。でも………あのフェラルド様があんなに微笑んで楽しそうにしているんだもの……さっきはあまりご機嫌が良くなかったのに…気になるわ……。ダメよ!やっぱり、ダメだわ。でも……)


止まっては歩きを数度繰り返し、リーナは葛藤の末やはり中庭に向かう事にした。

今まで感じた事の無い、胸の内の不思議なざわざわはリーナをどうしようもなく不安にさせる。

その答えを知りたくて、リーナはもう迷うことなく心の赴くままに歩を進めた。




****



「初めまして陛下、私ミランダ・クラーデルと申しますわ。突然に失礼いたします、フェラルド陛下の事は以前よりお聞きおよびしておりますわ。前々から一度お会いしたいと願っておりましたの、今回お会い出来て本当にうれしいですわ」


フェラルドの隣の席に座った艶やかな赤毛の令嬢は、ミランダ・クラーデルと名のると、華やかな絶世の美貌にとろけるような微笑みを乗せた。


(クラーデルって……)


フェラルドはチラと後ろに控えるイーゼルトに視線を送ると、彼もこくんと小さく頷いた。


「……初めまして、レディミランダ。私もお会い出来て光栄ですよ」


フェラルドはにこりと美麗な顔に艶やかな微笑みをのせてミランダに挨拶を返した。その微笑みを気持ち悪げにジトーと見ていたイーゼルトだが、もちろんその美しい顔には出ていない。

フェラルドも一国の王だ、社交はあまり好きでは無いが、何でも卒無くこなす彼なので当然不得手では無い。



「そういえば……今日は奥様はご一緒ではありませんの?確か我が国の妖精姫リーナ様と、和解の為一周りも歳の差の政略結婚をされたのでしたわよね?あらっ、ごめんなさい。失礼なもの言いでしたわよね?他意はありませんのよ。ただ私はどうやら家族に言わせると少し言葉がストレート過ぎるとかで、良く怒られるんです。」


慌てて胸の前で両手を振るミランダにフェラルドは少し意外におもった。

フェラルドに近づける度胸があるので、どんな美しさを棚に上げた傲慢で愚かな女かと思いきや、凛と艶やかな容姿に似合わず、おもしろく砕けた所があるらしい。

よく見ると少しつり目のこげ茶の瞳は、気が強そうだがその奥に愚かな色は見えない。どちらかというと理知的な色を滲ませている。

そう感じたフェラルドは、自身の固定観念の強さに可笑しくなり自然、笑いが零れた。


「いえ、気にしていませんよ。確かに私達は政略結婚でしたので。妻は今日、体調不良でして、それで寂しいですが私一人で参加しました」


「あら、それは大変だわ。リーナ様の体調は大丈夫なんですの?」


微苦笑を浮かべたフェラルドを、ミランダは心配そうに下から見つめる。


「ええ、お気遣いありがとうございます。只、少々旅の疲れが出たようです。夜の舞踏会には参加させるつもりなので、その際にはぜひ声を掛けてやってください」


にこりと完璧な微笑みをフェラルドは浮かべた。その様子を脇から見つめていたイーゼルトは、違和感を感じた。



「そうですか……それなら良かったですわ。ええ、ぜひ、こちらこそ宜しくお願い致しますわ。我が国自慢の、妖精姫と名高いお可愛らしいリーナ姫にお会い出来るなんて、今からとても楽しみですわ」


ミランダはふふふ、と誰もが魅了される妖艶な美顔を少しだけ朱く染めて、髪同様、艶やかな真紅の唇を綻ばせ嬉しそうに微笑んでみせた。

フェラルドもそれに答えるかのように、再び深く笑んでいる。その様子を見たイーゼルトは思わず軽く眉を顰めた。



(どういう事だ?俺の見るからに、陛下は無理をして微笑んでいる様には見えない。むしろ本当に心から微笑んでいる様に見える。

リーナ様命のあの陛下が……。他の女など昔からガァガァ五月蝿いガチョウくらいにしか思っていないくせに。嫌、下手するとそれ以下かも知れない。


まさか……ミランダ譲の美しさに殺られた、とか?


まさかな、陛下に限ってそれは無いだろう。


確かに彼女は並の美人では無いが、だからといってあの陛下がくらりとなるかといえば、そうは思えない。

それに美しさで言えばリーナ様の方が断然美しいと俺は思うが。……大人の色気か?いやっ、きっと、クラーデル大臣の探りの為の迫真の演技に違い無い。だが……今まで演技の笑みかどうかなんてすぐに見ぬけていた。

その自信は今もあるつもりだ。


まさか本当に……陛下も一人のただの男だと言う事だろうか?


そういえば……昔から陛下が戯れの一夜に選ぶ女性達は、皆彼女のような大人な色気が匂い立つ、知的な妖艶美女ばかりだったな…………。)



イーゼルトの疑念は膨らむ。二人を見つめながら更に眉根を寄せてしまう。


(それに、あのミランダという令嬢は何故リーナさまをわざわざあんな言い方したんだ?お可愛らしいだなんて……。

確かにその通りだが、仮にも今は大国の王妃だぞ?いくら思ったとしてもそれを口に出すなんて、下手すると侮辱にあたいすることだ。しかも夫である国王陛下に言うなんて。ありえないだろ!幾ら元は自国の姫で年若いとはいえ、失礼過ぎ無いか!?大人の女性の代表みたいな彼女が言うと、まるでリーナさまがまだまだ子供だと陛下に強調して、思わせるように聞こえる。


それが狙いか?………彼女は何を考えている?俺の考え過ぎなのか?)




思い耽るイーゼルトの傍らで、二人の会話は続いていた。主に、リーナの話だったが。

暫くすると会話の流れが予期せぬ展開に進んでいた。

ミランダがフェラルドと庭を散策したいと言い出し、フェラルドがそれを了承したのだ。

勿論フェラルドの従者兼護衛であるイーゼルトも同伴するのだが、彼はまずフェラルドがその誘いを承けた事に驚いた。

いつもなら当たり障り無い嘘八百で華麗に素早く断わる筈だ。一体どうしたというのか?

それともこの機にミランダ譲からクラーデル大臣の事を探るつもりなのだろうか?ここまでクラーデル大臣の話などはまだ出て来ない。きっとそのつもりなのだろう。イーゼルトはそう納得すると席を立ち、庭の片隅の薔薇園に向おうとする二人に、静かに付き従った。




****




一方、リーナは薔薇園の植木の影に隠れて、こっそり中庭の茶会の様子を伺っていた。


(あら?いないわ……。何処に行ったのかしらフェラルドさま……)


キョロキョロと首を回し、もっと先に進もうとリーナは前を見ずに足を踏み出した。


「きゃっ!」


そして案の定、転ぶ……。


リーナは衝撃に備えぎゅっと目を瞑った。しかしいくらたっても痛みはなかなか襲って来ない。

変わりに温かい何かに包まれている気がして、リーナはきつく閉じていた輝く深緑の瞳を、片目だけそろそろと開けてみる。


そこには知らない男の人の顔がすぐ近くにあった。

どうやら抱き留めてくれたらしい。




「大丈夫?怪我は無い?」


赤金色の短い髪をサラリと垂らし、穏やかそうな茶色の瞳でリーナを心配そうに覗き込んでいる。

顔があまりに近すぎて何だか落ち着か無くなって来たリーナは、慌てて青年から離れると、両手を揃え深々と腰を折った。


「あのっ危ない所を助けて頂き、ありがとうございましたっ」


「いや、気にし無いで。それより君はどこも怪我はしてない?大丈夫?」


穏やかそうな青年はにっこりと微笑みリーナの全身を軽く見回し確認した。


「はい。貴方が抱き留めてくださったので、特に大丈夫みたいですわ」


青年の微笑みにつられ、リーナもにっこりと微笑み返した。


「…………」


「………?あの〜…」


「………………」


「………?えっと……」



自身は気づかないが、外見は(主に身体)もう十分に大人で、神の祝福のみでその身を固めてしまったかのような純真で清らかな美貌は、フェラルド達もはっとする程のものなのだ。


が、しかし性格まであまりに純真すぎるせいか、のほほんとした無防備娘だからか、人々の印象が愛らしい感がどうしても強くなるのは仕方ない。

それでも彼女が頼りなげで、触れたら簡単に壊れてしまいそうな、華奢で可憐な美少女であるのは変わりないのだ。

侍女曰く、ちょっとじゃじゃ馬だが。


ぽぅと一心にリーナを見つめてくる青年は、フェラルドや、イーゼルト達とはまた違った美貌を持つ貴族風の美青年だ。

歳の頃も彼らと同じくらいだろう。

さしずめフェラルドが硬派な艶クール美青年で、イーゼルトが艶あま王子様美青年なら、彼は差し当たり穏やか爽やかお兄さん美青年だろう。



(どうしちゃったのかしら?ぼうっとして、何の反応もしなくなっちゃったわ。もしかして、お腹でも痛くなったのかしら?)


美貌の青年から熱い視線で見つめられても、リーナには残念ながら効かない。

恐ろしく破壊的に鈍いからだ。


「あの〜お腹でも痛いのかしら?大丈夫ですか?」


リーナが下から、覗き込むように青年の顔をじっと見ると、視線が絡んだ瞬間、夢から覚めたように青年ははっとして、首を軽く振った。


「あ、ああ。大丈夫だよ、どこも痛くはないから。心配してくれてありがとう」


青年は慌てて返すと、軽く苦笑した。その返事を受けたリーナは


「いいえ、何とも無いのなら良かったですわ。」


ふふっ。と小首を傾げ鈴が鳴る様に可憐に微笑んだ。

その姿に、またも青年は吸い込まれるように、瞳を眇めて見つめてしまった。



(まるで、天使……みたいだな。なんて清らかで可愛らしい女性なんだ。)


「……君は、この城の舞踏会の招待客なのかな?」


「ええ、そうですわ。えっと……貴方もですか?」 


「ああ、名前まだ言ってなかったね。俺はセルジオ・クラーデル。一応これでも貴族のはしくれで、今回の舞踏会は親からの強制参加命令でね。気が進まないながらも、取りあえず参加してたんだ。……良かったら、君の名前も教えて貰えると嬉しいな」


セルジオは、最後の方だけ照れくさそうに頬をかきながら告げた。


「はい、私はリーナと申しますわ。セルジオ様、先程はお助け下さり本当にありがとうございました。」


(リーナか……名前まで可愛らしいんだな……)


「じゃあ、リーナさんって呼んでもいいかな?」


「ええ、どうぞ。お好きに呼んで下さってかまいませんわ。あの、わたし……人探しをしてますので、これで失礼致しますね……」




リーナが身体の位置を少しずらしたその時、彼女の視界に、セルジオの身体で隠れていた景色がふいに飛び込んだ。


そこには、しなやかな長身の麗しい男女が抱き合う姿があった。



(え?あれは…………フェラルドさまと………さっきの綺麗な女の人……?) 


ツキン。


(っつ!胸が急に………いたい。)


セルジオは、固まったままじっと自分の背後を見つめているリーナを訝しみ、その視線の先を追ってみる。


「姉貴?」


「え?」


思わず一瞬セルジオの顔を見上げたリーナだが、彼の視線の先に写るのは間違いなく抱き合ったフェラルド達だった。向こうはまだこちらに気付いていない。


「セルジオ様の………お姉様……」


「一応ね。へぇ、こんな静かな場所で抱き合って、何してんだか。新しい恋人かな?それにしても、相手かなりのイケメンだな……」


(恋人……っつ!また……痛い。)


リーナは思わず自分の胸をギュッと掴んだ。

その時、ふっと一瞬目の前が暗くなった気がした。足元もふわりとして何だか頼り無い。危うく転ぶところを何とかセルジオにもバレずに、一人でもちなおす。


「っつ!………」


(帰ろ。きっと寝不足のせいね……)



「セルジオ様、私急用を思い出したので、これで……」


「えっ?待って、今夜の舞踏会で、また逢えるかな?」


お辞儀をしたリーナの細腕をセルジオはパシっと掴む。


(そうだ……フェラルドさまも言っていたわね。夜の舞踏会まで休んで置きなさいって………。ちゃんと言うこと聞いて、休んでいれば良かった。そしたら胸もズキズキしないで、あんな場面も見なくてよかったのかな?………もう………よく分からないや。取りあえず……今は早く、部屋に帰りたい)


「はい、今夜の舞踏会は多分出席すると思います……では、失礼します」


重たい口を何とか開けて、リーナはそれだけ言うのが精一杯だった。



ちらっともう一度だけ二人を見てみようとしたけれど、怖くてもうできなかった。

リーナはくるっと後ろに振り返ると、逃げるように薔薇園を出て行った。









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