23.浮気者
女の子が泣く理由、を、一晩ゆっくり考えてみたグレン。
孤児院にいた頃はお菓子を取られた、怪我をした、月のもので情緒不安定、悔しい、恥ずかしい、怒っている、悲しいことがあった的な癇癪を起こす妹分達のケースを元にちょっと色々考えた。
考えた結果、過度に自分に否定されたことが悲しかったのだろう、という推測に落ち着いたグレン。
朝に顔を合わせさてどう謝るか機嫌を取るかと思案しながらベラドナ付きの侍従さんに連れられ、朝食の席に着いたが。
「……………………おはようございます、ベラドナ先輩」
「おはようございます、旦那様、私の謹慎はいつ解かれまして?」
なんかめっちゃ普段通りのベラドナが座っていた。
昨日泣いてたのに、機嫌も悪くないし、責めてもこないし、グレンの兄貴なんか知らんどっか行け二度と帰ってくんなこの○○○○○○○○○○とか言われない。
困惑するグレンを他所に、謹慎はいつまで?と確認をしてくるベラドナ。もにょ、と、口の中のものを甘噛んだグレンは居心地悪げに、しかし最低限これだけあればまぁという時間を確保するため答える。
「あと一週間ほど続けてくださると大変助かります、どこか出かけたいところでも出来たんですか?」
「ええ、昔からの友のところへ」
「………観劇ですか?」
「いいえ?近場なの、許して下さる?」
「…………あまり目立つような事はしないでくださいね」
「勿論、失礼いたしますわ、旦那様」
いつの間にか皿の上のものをカラリと食べ切っていたベラドナは、簡素に、しかしご機嫌に退室する。
その場に残されたグレンはその後ろ姿を見送り、やっぱりわからないものはわからないと、無理やり自分を納得させ残りの朝食をかき込んだ。
執務室の窓から外を見下ろす白狐商会長の右腕と呼ばれるジェローム、本人曰く右腕じゃなく喉の方が役割的に近いとのこと。
グレンの孤児院時代から親友兼悪友を務める彼の視線は、普段の服装よりは格段落ちる、装飾も色も大人しめな服を着た、所謂お忍びコーデでいそいそと何処かへ出かけていくベラドナへと向いていた。
そんな友人かつ白狐商会のNo.2を背後に、書類仕事に精を出すグレン。こういう静けさの時、ジェロームの方からくだらないことを話し出すのは最早二人の間ではお約束となっている。
「……………………浮気だな」
「ジェローム」
「いやだって浮気だろ、旦那は忙し過ぎるどころか、好きの一言も口に出さない、贈った物も付けもせず棚の上に放置され」
「飾ってるんだよ」
ビシッ!とジェロームが指差すのは棚の上のトレーに並べられたカフスボタン。飾ったと言われればそう見えるし、放置と言われても納得できる転がり方。
慣れているのかどうでも良いのか、グレンの手は止まらず書き物も流暢に進めていく。そんな商会長の横で熱弁を始める昔からの悪友。
「紫電の舞姫と呼ばれ老若男女から求められ続けた女が、自分の惚れた男からの愛すら貰えないどころか、どれだけ乞うても一度たりすら」
「あの人はそんな事で凹まないよ」
「そら多少理想とは違くとも、好きだっつってくれる方に靡いても仕方ないな、うん」
「あのなジェローム、だいたい、ベラドナ先輩はそういうのじゃ」
「結婚相手はそういうのじゃないから愛人作るんだろ、お貴族様は特にさ」
グレンの手が止まり、窓の外を見つめるジェロームの顔へと視線を向けた。
己を責めるような視線に気付いたのか、肩をすくめ投げやりに手を振る幼少期からの相棒。
「今すぐに口説け愛せ恋しろなんて言ってないだろ?多少のリップサービスは必要だぜ、商売の場においても、恋情売りの相手をするとしても、な」
ジェロームは自分の相棒が両親を流行病で亡くし、信用した人間から色々と酷い目に遭わされたことを知っているし、自分も似たようなものだからつるんでいる事を理解している。
グレンは自分の相棒が自分と似たような境遇である事を知っているし、信用した人間に酷い目に遭わされて尚、他人を心から信用出来るお人好しな所を理解はできないが評価している。
小さな頃に二人して孤児院の屋根から降りられなくなった時に、お前が考えて俺が実行する、お前が実行して僕が考える、の、約束通り、周りを巻き込みながら二人でここまで来た。
人の扱いはジェロームの方が上手いのはグレンがよく知っていて、良くも悪くもグレンの方が人間に好かれやすいのはジェロームがよく知っている。
「…………わかってるよ」
「いーーーや、わかってない、お前はなーーんにも分かってないぞグレン、ベラドナ様がお前のどこに惚れていると思う?」
なのでお互いの言う事だけはよく聞く、聞いといて損はないと幼少期からの経験則だから。
グレンは考えた、考えて考えて考えて、頭を捻り水を飲み、顎に手を当て眉根を寄せようと答えは出なかった。
自分じゃ答えが出なかった時は相棒に聞けばいつも何かしら、最善と思えなくとも、最悪と思うようなことでも答えはあったので、今回もグレンは相棒の顔を見た。ジェロームも相棒の顔を見た。
「…………………………………………………ッ?」
「奇遇だな、俺も分からん」
「ふざけてんのか……ッ!」
「冗談でなく分からん、学生時代をみても顔は際立って整ってるわけじゃないし身体も鍛えてない、商会だって、あの時点では成功するかどうかわからなかった、しかもそんときゃまだ平民、分からねーんだよ俺にも」
二人して正解がわからない初めてのパターンだったが、ジェロームのおかげでグレンはなんとなく心当たりが見つかった。
精霊の夢、未来か過去か、他の人間の記憶か、女神の気まぐれか精霊の遊びか、人間に行末を見せるという昔から実在する御伽話。
「ぁぁ、じゃぁ精霊の夢のせいか、商会が大きくなる見込みがあるから囲ったと」
「先日その夢でたかを括ってた鉱山主が没落したの知ってるだろグレン」
「…………あったな、そんなのも」
「だろ?、お前のどこに惚れ込んでくれたのか分からないのに、その塩対応、最悪酷い捨てられ方するから花の一つ二つは用意しとけ、普段から」
「口説き全敗のジェロームに言われてもさぁ……」
「うっせ、在庫大賭け大惨敗のお前よりゃマシだわ」
「あ゛ッ!?」
賞味期限切れて直ぐの個包装の安い焼き菓子がグレンの額に投げつけられ、良い音を立てた。
一方が何かを相手の顔面に投げつける、投げつけられた側が容赦のないストレートを喰らわす、昔から変わらないカナリア孤児院式喧嘩開始の合図である。
執務室で取っ組み合いが始まって直ぐのころ。曇り気味の晴れ、地面は乾いて、木陰がまだ温まっていない時刻。
シェード家の庭で辺りを見回していたベラドナは、行き倒れポーズの白いふわふわな猫を見つけ駆け寄った所だった。
「ベリザ、久しぶりね、元気にしてた?」
「んるるるるるるる゛る゛…」
しゃがんだベラドナの足元でゴロンゴロンと身体を捻り転がる、ベリザと呼ばれる猫。この辺を縄張りとし、首輪がついていたりいなかったりするどこに住んでいるかも分からない猫だ。
「あなたの毛は長くてふわふわしているから、レースがついた物を着てくると洗濯をする侍女が泣くのよね、今日はご機嫌ねぇ」
「ンん゛ン゛ンーっ」
「うふふ、お腹が少しもったりしてるわ、何か食べてきたの?」
「ン゛んんぅン」
そんなベリザのお腹を優しく撫でるベラドナ。学園に通う前から度々庭に訪れるベリザに遊んでもらっていた彼女は、白魚のような手を甘噛みされても尚ふわふわの毛並みを撫で続ける。
一方その頃、お互いボロボロどころか執務室をしっちゃかめっちゃかにした野郎二人は自分達で片付けを初め、四方八方に飛ばした諸々を拾い集めながら話を続けていた。
「よし!商会潰さないよう対策を考えよう、どこが好きとか言われた覚えは?」
「ある」
「死ぬ気で思い出せ」
「耳飾りを困ってるベラドナ様に学生時代に渡したとこ」
「まぁまずそれだな」
「領地に確実に益があるとこ」
「商会の誘致はよくある話だ、新規精鋭のを囲って跳ねたら大収益だろう」
「身持が堅いとこ」
「お前の場合攻める気力が無いだけだ、他」
「…………………………………………………面白いとこ」
「よし!なんで離縁されてないのかを考えるか!!だッ!?」
万年筆の柄がジェロームの後頭部に投げつけられ、良い音を立てた。
一方が何かを相手の後頭部に投げつける、投げつけられた側が相手に容赦のない飛び蹴りを喰らわす、昔から変わらないカナリア孤児院式喧嘩第二試合開始の合図である。
執務室で取っ組み合いが再開されて直ぐのころ。ベラドナは自分の髪につけていたレースのリボンを一本解き、やる気の無いじゃれつきを見せるベリザと遊んでいた。
「あなた、このレースのリボン以外では私と遊んでくださらないわよね、どうして?」
「……っ!ッッ!!」
びっ!びょっ!白いふわふわの手が目の前で踊るレースのリボンを捕まえようと伸び縮みを繰り返す。
しかし、捕まえるために起き上がる気は全く無いようで、ベリザの背中は地面にベッタリとついたままだ。
「猫じゃらしもダメ、お花もダメ、ネックレスもダメ、どうしてこれだけなの?」
「ッ!っ、っ、ッ!!」
「きゃっ、袖はよしてちょうだいな、この服以外であなたと遊ぶのを禁止されているの、破れたら繕わなきゃならないのよ?」
ビビッ!とベリザの爪がベラドナの服の袖に引っ掛かりほつれを作った。ベラドナは自分で繕ってはいるが、毎回繕い跡を見つけた侍従がまたどこのかも分からぬ猫と…と、眉を顰めるのがお約束である。
一方その頃、割とお互いボロクソにして疲れた野郎二人が床に倒れ込み、天井を見つめながら手近に落ちている書類を拾い集めつつ話を続けていた。
「…………………グレンなんでお前、あの紫電の舞姫にあそこまで好かれてんの?」
「それが分からないからこうして頭を抱える羽目になってるんだろうが…………」
「え?学生時代に耳飾り渡せば結婚出来たかもって?俺でもよくないかその役目、うっわあの時無理にでもぶんどれば良かった」
「…………逆に、どうしたら先輩は離縁してくれると思う?」
「逆にもなにもねーんだよ馬鹿手放すなあんな金の卵を産む白鳥他に居ないだろ放すな一生飼われとけ」
「やはり浮気しかないか……」
「してみろ、殺すぞ、俺がお前をだ」
冗談にしては洒落にならない事を口に出したグレンを、ジェロームが起き上がり胸ぐらを掴んで揺すり起こす。
この頃には第三試合は始まらない、喧嘩していた者共は疲れ果て、なんかもうどうでもよくなるのがカナリア孤児院式喧嘩終了のお約束であった。
一方そのころ、ベリザを膝に乗せ肉球を揉むベラドナ、抵抗する事なくベラドナに手を揉ませ大きな欠伸をするベリザ。
「私の旦那様ね、私に全然興味がないの、それって夫婦として健全なのかしら?」
「くぁァ〜〜〜〜むちゃ……」
曇り時々晴れの空を見上げながら、少し硬めの肉球を揉みほぐすベラドナ、猫に恋愛相談をする人間はそこそこ居る。ここに居るのがそのうちの一人だ。
だが真剣に聞いてくれるとは限らない。人間の恋愛相談に飽きているのだろう、目をシパシパとさせ、尻尾でベラドナの腹部を叩くベリザ。
「世の中には無関心で離縁する御夫婦も居ると聞きますわ、まぁ、私は手放すつもりはないのだけれど、向こうがどうかはわかりませんもの、浮気をしたと嵌められてしまったらどうしましょうねぇベリザ」
「ャむ…」
口をもにゃらせ、本格的にベラドナの膝の上で寝る体制になろうとしているのか手を引っ込めるベリザ。
特に引き留めることなく手を離したベラドナだったが、膝の上から降りない所を見て、まだここに居るのだろうと背中と頭を撫で始めた。
一方その頃、部屋を片付け終わりお互い良い拳と蹴りを入れた部位が過度な痛みを持っていないか確認している野郎二人。
お互いに容赦は無いがお互いに寝込まれたら困るので、グレンは脇腹を、ジェロームは右腿をそれぞれ冷やしながら話している。
「逆にお前はなんのためにベラドナ先輩と離縁したいんだよ、なんの理由があって、あの尽くしてくれる理想の美女と離縁したいんだお前」
「もっとつり合う男と結婚して欲しいんだよ、僕なんかの所にいて良い人じゃない、居るだろ、学生時代僕の周りにも沢山いたのに……」
お互いに良い所も悪い所も理解している二人、だが、何度言っても直らないところはあるし、何を言っても治らない奥深くについた傷だってある。
自己の過小評価と他人への過度な警戒、ジェロームが思う商会を運営していく上でのグレンの弱点はそこで、自分が何を言おうが無駄なことを彼は知っている。
ジェロームは本気で分からないといった顔をしながら脇腹を冷やすグレンを睨み、目を閉じ、溜息を吐く。
「……………………馬鹿だとは思ってたけど、お前、思っていた以上に馬鹿だなぁグレン」
「は?成績優秀者として何回登壇したと思ってるんだもう一回言ってみろ」
「ベラドナ様はお前のことが、伯爵令嬢の肩書きを肥溜めに投げ捨ててでも結婚したいほど好きなの、愛してやれとは言わないまでも受け取ってやれよ、あの人がお前のことを好きな事実は」
相棒の言葉を聞いてグレンは目を瞬かせると、目を逸らし、目を閉じて、暫く唸った後に呟いた。
「…………………僕のどこを?」
「そこなんだよな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
「殴り飛ばすぞお前」
「は?まだやる気か?」
「喧嘩で僕に勝てた事ないだろ」
「全部俺が譲っての引き分けだわ人聞き悪い」
「あ゛?」
「お?やるか?お??」
お互いに服に隠れない部位は殴らない、怪我が見えるとメイベルや他の下の子達が心配するし、喧嘩をしたのが知られると孤児院長に怒られるから、それが二人の喧嘩の御約束だった。
だが罵り合う声と割と良い音がする打撃音で喧嘩をしていることは皆にばれているし、今回の喧嘩も顔を青褪めさせたベラドナ付きの侍従の一人が従業員を呼びに行ったことでバレている。
この度の説教係である二人の一つ上の女従業員が腕捲りをし、大きめのすりこぎを持って部屋に入ってくるまであと5秒。
野郎二人がシバかれているころ、あれやこれやと考え過ぎて、一周回ってどうでも良くなってきたベラドナが脚が痺れてきたのでベリザを膝から退かすために持ち上げ。
「…………まぁ、その時はその時ですわよねぇ……あらっ、ベリザあなた」
立派な毛並みが乱れて覗いた二つの玉に、夫をおいて顔見知りの男と密会をしていたという事実を受け入れた。
「ンむんむんむん………」
「…"オス"でしたのね」




