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-虚蝉-  作者: 微睡みの白
In umbra propria ~自分自身の影の中で~
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幼い記憶 12

爺婆ジジババの家での生活はたまに男が怒鳴り込んできたりしていたが比較的穏やかで人間的な生活が出来ていた。

相変わらず女は朝から夜まで居なかったが朝は婆がいて、夕方には爺が帰ってきて、たまに爺の散歩に付き合い、夜には伯父が帰ってきて、夜中に女が帰って来る。

姉はバスか何かの公共機関で学校へ行き、夕方帰って来る。

私はしばらく幼稚園は行ってなかったが、1週間ほど家でレゴブロックで遊びながら過ごしていたら、その翌週くらいから園の送迎バスで通うようになり、帰りは夜になっていたが園のオーナーが私を爺婆の家まで送ってくれていた。

そんな生活が2,3週も経てば、段々人の態度も変わってくる。所謂人間の素が出ててくるというものだ。

初めは毎食作っていた婆も億劫になってきたのか、段々と作り置きが多くなり、適当に各自、炊飯器からご飯を装い、食卓の上に置いてある、煮豆やなますや漬物を食べる食事に、

最初は一緒に夕ご飯を食べていた爺は段々と帰りが遅くなり、たまに早く帰ってきても一緒に散歩を行くことなく、夕食時もほぼ会話がなくなり、テレビの野球中継をみては無言の食事になり、

最初は色々と世話を焼く風だった伯父は、1週間後くらいからほとんど爺婆の家に帰らなくなり、たまに帰るとまたすぐ出かけていってしまい顔を合わせることはほとんど無くなった。

そんな生活でも姉は気にした素振りもなく、黙々と宿題したり、休みの日にはどこかへ遊びへ行ったりしていた。

私もすぐに誰からも相手にされない生活に戻ったが、なんとなく察していたのでさみしいとか悲しいとかそんな気持ちは無かった。

むしろ、痛めつけられることもないし、ご飯は食べれるし、まあ十分かな?と思っていた。

ただ不満が無かったわけではない。

毎食、婆が

「身体にいいから」

という理由だけで出される煮豆となます、これが本当に苦手だった。

なます、生野菜を、主に人参と大根を細切りにして酢で合わせた物、所謂「紅白なます」。これがもうめちゃくちゃ酸っぱいのだ。全身に悪寒が走るように酸っぱかった。飲み込むのも一苦労だが無理やり婆は食べさせてくる。

煮豆、たまに歯にしみる様な甘いときがあるが、基本的には普通。しかしものすごくモソモソで口の中の水分を奪っていく。飲み込むのに苦労するのだ。その上、量が多い。毎回タッパーに山のように炊いてある。

少しだけ取って食べていると婆は目ざとく見つけて無理やり皿に乗せて食べろと強要してくるのも辛かった。

それが毎食である。毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日…

流石に今まで食事に苦労していた私でも辛かった。

煮豆となますは今でも()()()()()()()()()()()()()の上位に食い込んでいる。


そんな生活がひと月も続いた頃だろうか?珍しく女が早い時間に帰ってきていて、いつもの苦痛のご飯を食べ終え私と姉が二階で各々過ごしていた時、急に玄関の方から乱暴で大きな扉を叩く音と怒鳴り声が聞こえてきた。

男が怒鳴り込んで来たことは何度かあったが、その時は尋常じゃないくらい喚いていた。

なにかいつもと違う雰囲気を感じ、私と姉は顔を強張らせた。

玄関で女と男が怒鳴り合いの喧嘩をしていてそれに爺婆が加わりさらにヒートアップ、男が女を殴ろうとしたのか止めに入る爺、止めきれずに地面に倒される爺…

私と姉は二階の階段の手前で伏せて少しだけ見える混沌とする玄関先の様子を伺っていた。

30分もそんな押し問答を眺めていただろうか、段々とお互い疲れてきたのか、怒鳴り合いも減り、それでもなにかをずっと話していた。

私達は覗くのをやめて、姉と二人で近くの壁に背を預けてなんとなく下から聞こえる会話を聞き流していた。

私が軽くウトウトし始めた頃、下から

「おい!ふたりともそこにいるんだろ?家にかえるぞ」

と男の大きな声が聞こえた。

それに驚き、隣の姉の顔を見ると、普段通りの顔のはずなのに少し強張って見えた。

「ほら、帰るって言ってるよ、荷物持って降りて」

と姉に急かされた。幼稚園のカバンやらを持たされ下に降りると、険しい目つきの男と、号泣している女、その女の肩を抱いて泣きながら慰め合っている爺婆。

なにか劇をしているような感覚で不快感を抱く。

そう感じているといつの間にか姉が靴を履いてるので、私も急いで靴を履く。

「残りの物はあとで取りに来るから」

と言う男に手を引かれて家を出る。玄関を出る時、姉は

「お世話になりました」

と一言言って、頭を下げる。慌てて私も手を引かれながら少しだけ頭を下げる。

爺婆は

「ごめんね、ごめんね」

と言いつつ、扉を閉める。ひどく重い音のする施錠音の向こうから女の泣き声が聞こえた。

私は手を引かれそのまま車に乗せられる。

すぐに車が動き出す。

無言の車内、静かに聞こえるエンジン音、時々路面からの振動に揺すられる身体、外には見慣れたはずの風景が暗く映り先が見通せない。明かりの消えた町並みにぽつんと灯る街灯だけが過ぎる時間を教えていた。

相変わらず男の車の中はタバコ臭かった。


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