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第十五章 悪事の数々

 次に目が覚めたのは病院のベッドの上だった。記憶をたどる。

「不二子を送って、帰りに事故った。東は生きていた……で、病院か……」

「ヒロシどうよ、大丈夫? 」東の声だ。ヤツは隣のベッドだった。「大丈夫って、おまえこそ……」とオレは起き上がろうとしたんだが、「いててっ」肩が痛くて起き上がれない。起きるのを諦めた。ただじっとしてれば痛くないから。二人とも一応シートベルトをしていたのが幸いして大けがではなかった。

「東、おまえ白目むいて泡吹いてたじゃんおまえこそどうなのよ?」

「オレが泡? ……覚えてねえ」

 東も気づいたらベッドの上だったみたいだ、でも包帯とかしてないから怪我はないんだ。なんか物事が深く考えられない。ボヤッとしていると病室のドアが開いた。医師と看護婦が一緒に入ってきた。

「橘さん、気がつきましたか? ここ、病院ですよ」と看護婦が。

「痛いとこないですか? 」先生は薄笑い。

「ちょっとだけ、でも大丈夫です」

「そう、ちょっと打撲があるけど骨折はないです。念のため一週間ぐらい入院を続けてください」

「昼過ぎに警察と保険会社の人が来ます。話すのに問題はないですか?」と看護婦が書類を見ながら尋ねた」

「特に、大丈夫です」

「じゃ、午後に……」二人は出て行った。頭が回り出していろいろな現実がリアルに見えてきた。……多分車は全損。で、ここの入院費って出るのかな? それも二人分だぞ。後始末に金がかかる。考えていたら急に腹が減ってきた。

 病院の食事で空腹は収まったが後始末の件が重い。なのに東はリラックスしてベッドで漫画を読んでやがる。怒鳴りつけようと思ったら看護婦が入ってきた。

「警察の方と保険屋さんです」看護婦はさっさと出て行った。

 先に入ってきた警官が「磯子署の宮下です」と敬礼。

「関東火災海上の大内です」保険屋は挨拶もそこそこにカバンから書類を出す。

「じゃ、私から」と警官は現場の図を取り出した。

「現場の状況と百十番してくれたタクシーの人の話だと単独事故なんですが間違いないですか?」

「ああ、そうです」

「なにかありますか? ……注意不足ということですね」

「そうです。ちょっとラジオの選局で目をそらしてて……」

「あぶないですよ、今回怪我が軽かったから良かったようなものです。これ、死んでてもおかしくない事故ですよ」

「そうですね、すいません」

「私に謝ってもしょうがない、自分で反省しないと……」

「分かりました、以後気をつけます」

 話が終わるのを待っていた保険屋がすぐにメモを開いて話し出した。

「えーと、車は全損です。保険は出ますが中古車なので買い換えは無理です。で、保険金は特約がついていないので原則入院一週間分しか出ません。あと事故車の処分とか諸々出ますから、足りない分は自分持ちとなります。」と口早に全容を話す。

「諸々ってどの位の金額なんですか?」――オレはそれを聞きたかった。

「はい、あさってまでには金額が全部出ますから、金曜日に持ってきます」

 単独事故なので警察も保険屋も早くカタをつけたいようだ。それ以上何も聞かずに帰って行った。

「白浜でやられた青タンもついでに直してもらっちゃおう」とクソ東は脳天気な事を言っている。

 カッと頭にきた。「バカ野郎、てめえあのときコテンパンにされるところをオレが迷惑料を立て替えてやったんじゃねえか、十倍にして返してもらうからな」

「あぁ、あれはヤバかった。ヒロシごめん……」と東は下を向いた。

「とにかく一日も早く退院しねえと、入院費がヤバイ、すぐ出るぞ」東に告げると毛布をかぶった。

 翌日、オヤジがやってきた。「警察が行けっていうから来たんだ。なんだ、なんともねえじゃん。ちっとは痛い目に遭わねえとな」とオヤジらしい言いっぷりだ。

「来ないでくれよ。オレ、呼んでねえから」とオレは横を向く。

 オヤジは「フンッ」と出て行った。

 翌々日、もうどこも痛くねえ。やることがねえ。退屈が辛い。

「こんにちわ、どうですか? ……」突然うれしい声が聞こえた。不二子だ。

「おっ、来てくれたの……ありがと……」涙出そうになった。

「私送るのに無理しちゃったのね。ごめんね……」と心配してくれる不二子の心根がうれしい。オレは涙をこらえるのがやっと。なにか言おうと思うんだが言葉が出ない。

「きょうはヒロシさんが大けがでないのを確認できただけでいいの……」と不二子は短い面会で帰って行った。


 それから一週間、医者はまだ検査が残っていると言う。オレは見切りをつけた。午前の診察が済むと昼飯のあとオレは身の回りの物をまとめて病院を抜け出した。

東にも出るように強く言ったが「まだ頭がフラフラしてる。もうちょっと見てもらわないと」なんて言うので放っておいた。

 病院を出ると肉屋に直行。さっそく作業場に行くとミツオがビックリした顔で「なに、もう退院かよ、重傷だって聞いてた……」

「大丈夫、かすり傷だけなんでもう出てきちゃった」

「もう、みんな知ってるだろ」

「一応ね、で、車パーなんだろ? 」ミツオがグーを開いてパァになる仕草をした。

「おう、あれ廃車……」と言って思い出した。あれは肉屋に入って収入が安定してきたオレがローンが組めるようになって買ったばかりの車。ローンの残債はどうなるんだろう?

「社長、なんか言ってた? 」

「オレ、無言でにらまれた。それだけ……」

 まあ、ごちゃごちゃ言われるよりマシ。アパートに戻る。

 このころ肉屋のアパートは空き部屋だらけなので社員は相部屋ではなく一人一部屋となっていた。部屋に戻ると早速不二子に連絡を取る。

「先日のお見舞いありがと。もう退院したからさぁ、横須賀に遊びに来ない? オレ、しばらく仕事ないから……」

「オッケー、近々行くわ」と不二子は二つ返事で応じてくれた。

 不二子が来てくれる。事故が幸いしてもっと親しくなれる。そんな流れを感じる。『災い転じて福となす』なんて事、本当にあるんだ。

「いま衣笠駅、近いなら迎えに来て」不二子から電話が入った。オレはすっ飛んで迎えに行った。

「この前は時間がなくてゆっくり見れなかったじゃん、きょうは横須賀見学しようぜ」と外山から借りた車で横須賀の名所をハシゴした。最後は地元『ドブイタ通り』を一軒一軒回った。

「この雰囲気、好き……」不二子は横須賀のドブイタ通りがずいぶん気に入ったようだ。

 ドブイタを出て、夕食を衣笠のレストランで済ますと衣笠駅まで二人ゆっくり歩った。銀行の前で立ち止まり、不二子と向かい合う。「オレ、アパートに戻るけど、どうする、帰る? 」と言うとオレは生唾を飲み込んだ。

「フフッ……いいよ」来た。不二子の笑顔が眩しい。きれいだ、なんてきれいな顔なんだ。

 オレは不二子の手を引いた。ゆっくり歩く。ビルの裏手、人通りが少ない場所で不二子をグッと引き寄せた。そしてキス。不二子は全部オレに身を任せる。

「あそこ、あのボロアパートが今の住まい。ちょっとカビ臭いけど今日、もしかして不二子が来るかもって思って、掃除したんだ」とオレは半テレになった。

「うれしい、そういうのって私、すっごくうれしい……」

 夜、生まれて初めて幸せってこういうものなんだって感じた。オレの人生に確実に残る一夜だ。

 翌日、「何かあれば食事の用意するわよ」と不二子が台所の扉を次々と開けている。

「なぁんにもないじゃん……」不二子はふくれっ面だ。

「男の一人ぐらしはこんなもん」とオレは言い切る。

「ハハハハ、」不二子は笑い始めた。

「コイツゥ」オレは不二子に飛びついてベッドに押し倒した。そして朝のキスでご挨拶。

 そんな日が五日も続いた。不二子は「ちょっと友達に電話してくる」と言って出てゆくと、すぐに難しい顔で帰ってきた。

「礼子に電話したら、『あなた行き先を親に言ってないでしょ、ヤバイよ両親が警察に捜索願を出したみたい』って言うの、確かにすぐ帰るつもりだったから何も言ってないの……」

「うっそぉ、行き先言ってこなかったんだ……」

「うん……」

「ヤバイな、事件になっちゃう……すぐ帰りな」オレは断腸の思いで不二子に告げた。

「また連絡するわ……」不二子は慌てて帰って行った。


 さらに一週間経った。東から何の連絡もない。まさかあの野郎まだ病院にいるのか? 日曜日の午後、面会時間に合わせて病院に向かった。

 直接病室に入った。「ハハハ」東の声だ。テレビを見て笑ってやがる。

「おい、いつまで居るんだ」オレはいきなり怒鳴りつけた。

「エッ、あぁヒロシか」と東はこちらを向いて余裕の表情だ。

「馬鹿、入院費がかさむとオレ、払えねえ」

「あぁ、それ、大丈夫」

「大丈夫? 」

「保険屋が言うには医者がオッケー出すまでは保険で入院費まかなえるって。オレまだ頭痛とめまいが消えねえんだ」と東がニヤっとウインクをした。

 この野郎、仮病で長居する気か。腹が立つが仕方ない。

「じゃあ、お大事に」

 オレは捨て台詞を残して病室を出た。


 さすがにいつまでも休んではいられない、通常の業務にもどった。社長はというとオレの事故については全く無視。叱られるのを覚悟していたが、無視は腹が立つ。「大丈夫か」

ぐらい言ったらどうなんだ。社員はロボットじゃねえんだ。

「どうよ、これデザインいいよな」

 ユタカがコンバースのスニーカーをチラチラ見せる。

「おっ、それ一番高いやつじゃねぇ……」

「へへっ買っちゃったよ」

 ユタカ最近金回りいいじゃん。とオレは首をかしげる。オレが借金でヒーヒー言ってるのにこいつ余裕だな。給料そんなに変わらないはずんだけど。と思った。

 ある日ユタカがポリ袋に百円玉をザックリ持っているのを目撃した。

「貯金箱開けたのかよ……」とオレが声をかけると「ギクッ」と振り返った。――なんか怪しい。

「こ、これな、貯めてたんだ……」といやにオロオロし始めた。

「おまえの部屋に貯金箱なんてねえじゃん」

「いや、袋が貯金箱代わりでさぁ……」

「おまえ、はっきり言って怪しい。どっから持ってきたんだよ」とオレは鎌をかけた。

「へへっ、教えてやるよ、店のレジの奥に百円玉の束が隠してあるのを見つけたんだ」

「それをかっぱらったってことか」

「おお、何本もあるから一本抜いちゃった。社長気づいてねえ。一本五千円だからいい小遣いってわけ」

「へへー、いいじゃんそれ」オレはにんまりした。とりあえずおれも一本頂いちゃおう。

 この悪事、あっという間に社員中に知れ渡った。たぶんユタカがバレた時に「オレだけがやってるんじゃねえ」という言い訳みたいな狙いで広めたんだ。ところが全員が代わり代わりに抜き取るもんだから、総額はもう百万円を優に超えているはず。その日は来た。

「話がある、全員並べ」社長が朝から鬼のような顔で社員をにらみ付ける。

「レジの釣銭が抜き取られてる。だれがやった」社長は年長の原田さんに言わせるつもりみたいだ。

「自分は……全然知りません」

「しらねえ? じゃミツオ……」ミツオは緊張した顔でぶるぶると顔を左右に振る。

「全員トボケで証拠なしか……分かった、もうおまえら人間と思わねえ、そう思え」と社長はかぶっていた帽子を床に叩きつけ、大きな音で事務所のドアを閉めた。

 いつかこうなるとは思ったけど冷や汗かいた。

 ユタカのTシャツが毎日変わる。デザインも悪くないから安物じゃぁない。また何かやってるとにらんだオレは鎌をかけた。

「ユタカ、そのTシャツいくらした? 」

「いくら? えーと……ご、五百円だったかな」

「馬鹿、それ五百円で買えるわけねえじゃん。おまえそれかっぱらったべ」

 案の定ひっかかかった。

「ヒロシ、よく見てるなぁ、これはさ、三光堂に並んでるヤツ、夜帰る前に二階をぐるっつと回ったら『どうぞ持ってって下さい』みたいに置いてあるじゃん。それに三階の早田スポーツにもいいのがあるんだ」

 肉屋のあるこのビルは食品や日曜品のテナントが入った雑居ビルだ。閉店後は消灯するが非常灯があるので割と明るいし警備員が来るまでには一時間も誰も居ない時間帯がある。

「よし、探検しようぜ」オレは閉店後ユタカと一緒にテナントを回ってみた。雑貨と衣料の店に靴下が束になって陳列してあった。

「おっ、十足五百円……オレ靴下穴だらけじゃん、ごめん、一束寄付してください」とオレは陳列台にお辞儀をして一束いただいちゃった。

 この、言わば『万引き』も肉屋の全社員が実行するのに時間はかからなかった。

 潮時見ないと……前回の釣銭騒動の経験でオレは早めに『万引き』を切り上げた。


 数日後、原田さんが手招きをしている。「ヒロシ、万引きバレたぞ……」

「えっ、」驚いた。もうバレたのか、で、誰が見つかったんだ。オレはぞくっと緊張した。

「へへっ、それが八百屋の高梨ってやつ、ほら、細くて背の高いやつ……」

 なんとなく分かる……三十歳ぐらいのヤツだ。

「警備員が早めに来た日があって、二階の真ん中で鉢合わせ、ヤツ、Gパン三本抱えていたらしい。最近どうも商品が消えているって情報があって警備の時間が変わったらしいんだ……」

 あぶねえ、命拾いした。きっと全部そいつのせいになるんだろうな、ご愁傷様。

 ユタカの悪事は続く。土曜日の夜。

「ちょっとちょっと……」ユタカが手招きをする。

「なに? ……」オレが近寄ると耳のそばに来てつぶやいた。

「金になる仕事、オレ一人じゃ出来ねえ、手伝って」

「何よそれ、いくらになるのよ」

「そうだな……ヒロシの取り分一日で三万」

「三万? ……いいじゃん、何するの?」

「かっぱらい」

「なに、またその手の話。捕まったらヤバイじゃん」

「大丈夫、一回なら絶対バレねえ」

「うーん、やっぱやめとく」

「大丈夫だって、土曜の夜は誰もいないの確認してる。絶対大丈夫。この時期逃すと当分ないよ。もうひとり伊佐ってヤツの手伝いが決まってる。ヒロシがいれば三人だからすぐ終わって安全」

 ユタカは肉屋の入社の時お世話になった恩義がある。それに借金で首が回らない今、一日で三万は大きい。

「分かった、詳しく話して」

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