第十一章ヤバイバイト
東とオレ、それに額にちょっと血がにじむマッチャンが交差点に残った。バイクを路肩に寄せ、オレと東がタバコをふかす。
「あー、ヤバかった」マッチャンが口を開いた。
「松本さん、凄えカッコよかったです。オレ、どうなるかハラハラして見てたんです」と東がタバコをマッチャンに差し出す。
「おう、サンキュー」マッチャンはタバコを噛みしめるようにひとふかしするとベタッと地面に座り込んだ。
「マッチャン、オレも凄えと思った。今日のことで『族の英雄』になるんじゃねえ?」オレは正直マッチャンを見直した。
「英雄? とんでもねえ、オレ、ビビッて足がふらついてたんだ。小便ちょっとチビったしよぉ……」とマッチャンは肩をすくめて小さくなった。
「でも、鉄パイプ持ってたってことは最初から暴れるつもりだったんじゃないの? ……」
「確かに持ってきたけどよぉ、本当に振り回すつもりなんかなかったんだ」
「謙遜、謙遜、松本さん、渋い!」と東が囃す。
「違う違う、ちょっとでかい事言っちゃったんで引っ込みがつかなくなっちゃったんだ」
「でかい事って?」
「オレ、江ノ島に彼女と行ったときベンチでハンバーガー食ってたら目の前で十人ぐらいの中坊の族同士が張り合って双方が引っ込みがつかなくなっちゃったのよ、『面白えじゃん』っと思って近くに転がってた鉄パイプ持って『てめえらガキのくせに族を気取ってんじゃねえ』って、ちょっと暴れる振りしたら全員がビビッっちゃって蜘蛛の子散らすように逃げてったのよ。まあ、彼女の手前カッコつけただけなんだけど」
「そいつらピエロの予備軍だったわけ?」
「そう、その一人が年上の族のヤツを呼んできたんだ、『一度、ピエロの集会に来てもらえませんか』なんてやたら丁寧に挨拶するもんだから『組の用事がねえ時なら行ってやってもいいけど』……なんてハッタリかましたら、オレのこと本物のヤクザだと思っちゃったみたい」
「で、行ったんですか?」
「行った。……リーダーっぽいヤツがペコペコして、ぜひ用心棒をやってくれって言うのよ『オレに体張れっつうの? 高いぞ……』って言ったらそいつ大金持ちの息子らしくて、『ほんとうに体を張るような事態が起きたらバイク一台差し上げます』って言うじゃん。『ヤッター、大儲けじゃん』っつうことで引き受けて今回が三度目って訳」
「じゃ、バイクをゲットしちゃったんだ」
「今回のでそうなるハズ」とマッチャンがニヤける。
「ヘヘッ、もしかしてまた合うかもな」
マッチャンはゆっくり立ち上がって「じゃあな」と帰って行った。
三学期半ば高校の担任から呼び出しがあった。
「おまえ進級できると思ってる?」
「エッ、ダメですか?」
「あたりまえだ。何日出席したと思ってんだ。成績だってボロボロじゃねえか」
「ハイ」
「もし進級したいなら、オレの言うとおりに課題をクリアしろ、そしたらお情けで単位やるから」
「分かりました」
ヤバくなった。入試の時と同じような状態だ。「仕方ねえ、やらなきゃ」と渋々課題を片付けた。
「二年にしてやる」担任からお情けが下った。
「東、おまえは?」同じような立場の東に尋ねた。
「オレ、もう高校行かねえ……」
自然退学か。東はそっちを選んだのか。
二年生になった。一学期目、オレは悩んだ。なんの意味もない高校生活。おやじは相変わらずで学費だって払ってねえ。大和屋で時間潰して、バイクと暴走のことばかり考える毎日。そう思うと全く高校に足が向かなくなってきた。けじめも何もねえ。結局自然退学になった。「むしろ東の方がハッキリしてたな……情けねえ」と自分で頭をコンコン叩いた。
勝手に高校に行かなくなっただけなんだが、「自分としては退学と決めたんだ」そう思うと曇ってた天気が晴れたような気がする。行動はより積極的になってきた。
週末、定例の集会に行った。このところ族同士のトラブルもなく、臨海公園のベンチで東とダベッているとステテコに腹巻きの小太りのオヤジが近づいてきた。
「おまえら元気いいな。パワー、余っていそうじゃん。でかい音、好きそうだな」とオヤジはニコニコして隣のベンチに腰を掛けた。
「ああ、なんか用ですか?」オレはこの場に不似合いなオヤジがいることが疑問だった。
「あのな、すごくいいバイトがあるんだが、やるヤツがいねえ。おまえらやる気ねえ?」とオヤジが言う。
「いいって、給料がいいって事ですか?」
オレはもしかしておいしい話かぁ? と期待が膨らむ。
「そう、すごくいい」
「それって危ない事でしょう」と東はきっと「ヤバイバイト」に違いないと疑ってる。
「危なくねえよ。それは保証する」とオヤジはきっぱり言い切った。
「で、いくらもらえるの?」そばで聞いていたユタカが尋ねた。
「一日五時間で一万円」
「五時間で一万円?」
「メチャいいじゃん、それすぐやれるの?」
「おお、特に技術なんか要らねえ」
普通のバイトの相場と比べると破格だ。オレは東のように「何かあるに違いない」と思うが日当に釣られる。
「もうちょっと詳しく言ってください。オレたち三人ならヤル気満々です」
「ほう、ちょうど募集が三人なんで決めたいね」オヤジは「よかった……」みたいな雰囲気だ。
詳しく聞いた。要するにそれはベース(横須賀米軍基地)内の仕事だった。空母のトイレのタイルを剥がす。ただそれだけの事。「なんだ楽勝じゃん」オレたちは舞い上がった。
ただ、問題としては「異常に騒音がうるさいとのこと」――なんだそんなこと、耳栓すればいいんじゃねえ? ――と安易に考えた。とにかく少し我慢すればいいんだ。その場で
話は決まった。
しかしちょっとだけ心配がある。それはこのバイトがヤクザを通しての依頼だってこと。金城さんというこの人のよさそうなオヤジさんも正式な組員だった。ヤクザといっても一応、「海野興業」という会社だ。ベース関係の雑用はこういったルートで回ってくるのが通常だという。
ちゃんと給料もらえればヤクザかどうかなんて関係ねえ。「金城さんを信用しようぜ」と三人は意気投合した。
三日後、安浦の事務所に行った。金城さんは人を集めて管理するのが仕事らしい。金城さんの上に富田さんという組員がいた。年は若いが序列は富田さんが上。オレたちは富田さんから作業の概要を聞いた。エアーの「ハツリ」という工具でトイレのタイルを剥がす。
ホコリ、振動と騒音がひどい。米軍から防塵作業服、ヘルメット、マスクなどが支給される。耳栓もあるとのこと。昼にはハンバーガーとコーラが出る。空母が入港している間に済ませる作業だ。翌々日から約二週間。週に五日なので全部で十日の作業になる。説明が終わって事務所を出るとき黒いベンツが帰ってきた。
「おっ、組長だ」金城さんが「気をつけ」の姿勢になった。ゆっくりと六十歳ぐらいの男が降りてくる。意外と温和な感じだが顔の彫りが深い。サングラスを掛けた顔を想像するとけっこう怖い顔になる。組長はオレたちをジロッと見ただけで無言で事務所に入った。
初日、ベース前に集合。金城さんからワンデイパスを受け取る。ベースのゲートを越すと車が待っていた。それに乗って空母に。車を降りたところで作業服に着替えた。ここで金城さんは帰り、オレたちの案内は日本語が話せる米兵に変わった。
空母にはベースのフレッドシップデイの時、何度か乗船したことがあった。しかしそのときは限られた部分しか見ることができなかった。今回はかなり下層のトイレまで案内された。途中、爆弾だかミサイルだかヤバそうなものがいろいろ見えた。
「オーケイ、セツメイスルヨ。コノ、スクレイパ、45ド、ノカクドデタイルハガス、イイ? レバーヒク、ダダダ、スコシオス、ダダダ。ワカッタ? ココ、ゼンブハガス。オト、ウルサイノ、ガマン。イイデスカ?」
確かに簡単な作業だ。「ババババ、ババババ」とりあえず音は暴走で慣れてるから驚かない。だけど振動が凄い。最初の一時間は「まあ、こんなもんなら大丈夫」と思っていたが二時間すると効いてきた。音も、暴走のエンジン音は快感だが、この振動と一緒の音には美しさがない。一言で言えば体に悪いだけの騒音だ。昼の休憩。言われた通り、やたらでかいハンバーガーとコーラが届いた。肉が旨くないハンバーガーとちょっと味が違うコーラ、どちらもマズい。それに体がまだ振動してる感があって食欲がない。耳栓をしてたのに耳がおかしくなっていて、大声を出さないと会話ができない。
「これ、バイトしてはおいしくない、キツ過ぎる」と思い始めた。東と顔を見合わせるとヤツも同じ。会話しなくても分かる。
やっと所定の時間をこなした。全員がガックリ疲れて歩くのが「カッタルイ」。ふらふらしながら帰りの車に乗った。
ゲートで金城さんが待っていた。
「ご苦労さん」
「どうも……」あまりしゃべる気にならない。
「あしたも同じ時刻な」
「ハイ」
自宅に着いた。耳がジーンとしていて会話が聞こえない。元に戻るのに二時間ぐらいかかった。
「明日から体持つかなぁ……」そう思った瞬間強い睡魔が襲った。
翌日。別の階のトイレ。そこは広くて音が分散するのでややマシ。でもタイルが固くて振動が二割増しな感じ。力を入れると体が持たないと分かったので、「ハツリ」に極力、力を入れないように。つまり「ダラダラ」やるのが正解。
三日目、金曜日、今度はトイレが狭く、音がひどい。しかしタイルは剥がれやすく、やや楽。「やれやれ、音が静かでタイルが剥がれやすいトイレは無いのか?」とイラつくと体も精神もグタグタになった。「ああ、やっと休みだ」土、日をこんなに待ち望んだことはない。
昼過ぎまで熟睡した。飯を食ったら元気が戻ってきた。「今日は集会に行って憂さ晴らし」いつもより集会が待ち遠しい。
今回は江ノ島から小田原城のルートだった。あの事件以来横浜方面のルートは避けている。このルートだと競合する暴走族がいない。というより規模の大きい族がいないということ。久しぶりに気楽な暴走を楽しんだ。
「リラックスしたなぁ」日曜日も昼過ぎまで寝た。
「このスッキリした健康的な環境で吸うシンナーが理想なんだ」なんて真面目に思った。
久しぶりにタップリ、シンナーを吸った。
「ああ、もうちょっと」夜の部として夕飯の後にまたシンナーを吸った。最高に健全なシンナー乱用であった。
「ん? いけね……」目が覚めたら朝九時だった完全に寝坊だ。昨日のシンナーが効いちゃったんだ。
「やべえ」もうバイトに間に合わねえ。慌ててベースの前に駆けつける。誰もいなかった。
「やっぱり居ねえよな……」大反省しながら家に帰る。
夕方、バイトの終わる時刻にベースに行った。
居た。遠くから見えた。金城さんが二人が出てくるのを待ってる。
「顔、合わせられねえ」オレは逃げるようにその場を離れた。
「明日はちゃんと行かねえと……」と心に誓った。ただただ大反省。
翌日、予定より三十分早くベース前に居た。別に早く行っても意味はないんだが、気持ちが許さねえ。
金城さんが来た。オレを見ると目を反らした。
「すみません、昨日はオレ、寝坊しちゃって……」言い訳は思いつかなかった。
「どっか体が悪いんじゃなきゃいいじゃんか」と金城さんは無理に笑顔を作ってくれた。
「すみません。ほんとに」オレは恐縮した。
「おはようございます」ユタカが来た。二十分待った。東が来ない。
「東、来ないのかぁ?」金城さんが厳しい顔になってゆく。
「東、くたばったか?」オレは自分の事のように心配になった。
「来ないな、行こう」金城さんが歩き出した。
その日は遅れを取り戻すため、一時間残業となった。
翌日、今度はユタカが来ない。また一時間残業。
その次、ユタカと東が休んだ。オレ一人だった。
「ヤバイ、完全に丸一日分遅れてる。おまえら土曜日来れねえか?」と金城さんが焦っている。しかし「来れる」とは言えない。本当にクタクタなんだ。
オレはその後全部の仕事に出たが東とユタカは来たり来なかったり穴を開けまくった。結局、六階のうち一階分のトイレの仕事が終わらなかった。
最終日、金城さんは思いっきり暗かった。
「あんたら、給料は一週間後、海野興業でもらえることになってる。富田さんがいるから行ってみな。オレは行かねえから」
「ハイ」、「ハイ」、「行きます」とそれぞれが返事をした。
金城さんはトボトボと元気のない足取りで帰って行った。
一週間後、オレと二人は勇んで安浦に向かう。オレは九日出たから九万円、東とユタカが六万円のはずだ。安浦駅を降り、国道を渡る。信号を待っていると対面に金城さんがいた。信号が青になった。道路を渡るとき、金城さんと目が合った。「どうもー」と会釈をするが反応がない。ちょっと前屈みで何かを大事そうに持っているように見えた。振り向かず黙って通り過ぎた。「何か変だな」と思うが「今度会ったらお礼しなきゃ」と思い直し海野興業に向かう。
会社が見えたあたりでちょうど富田さんがドアを開けて出てきた。オレたちを見つけ腕を組んで斜め横を向いている。
「あっ、お世話になります」オレが真っ先に挨拶をした。
「どうもー」
「こんちわ」追ってそれぞれがバラバラと挨拶。
富田さんが正面を向いて一言。「ちょっと前、おまえら金城に会ったろう……」
「ええ、国道の信号のとこで」
「何か言ってたか?」
「いえ、特になにも」
「おまえら気がつかなかったのか?」
「…………」
「手を抱えてたろ」
「あっ、そうです」
「包帯してたろ」
オレはあの場面を思い起こす。そういえばちょっと白い物が見えたような……。
「金城は指を詰めたんだよ」
「ええーっ」オレは頭をガーンと殴られたような衝撃を受けた。「指を詰めた」ってことはオレたちの仕事の問題ってことか? 急にバイト最終日の金城さんの情けなさそうな表情が浮かんだ。
「おまえらの『サボリ』でベースの仕事がオジャンになったのさ。さっき金城が組長に詰めた指を見せにきたんだ」
「えっ、ええーっ」叫んだのはオレだけだったが、東とユタカも事の重大さに気づいてオロオロし始めた。
「今日は組長が来てる。……ご挨拶に行くんだよ。今すぐ!」富田さんが事務所を指さして大声で言った。
「組長……指詰め……」この流れで『ご挨拶』って言われてもどうすりゃいいんだ。とっさに「逃げちゃえば」って浮かんだが富田さんはいつの間にか後ろに回ってる。三人ともうまく逃げるなんて無理。もし捕まったら……『半殺し』って言葉は冗談で使うがそれが現実になるってこと? ……




