54.顔合わせと打合せ
ユキヤの謎の行動もわかったので本題に入ることにした。
つまり、ユウリの紹介よ。秘書になったからユキヤと連絡を取り合うこともあるでしょう。
本題に入る前に疲れちゃったわ。
「じゃあ、ユキヤ。本題よ」
「はい、お時間を取らせてしまいすみません」
「いいのよ、聞いたのはあたしだから」
その話を聞かないことには落ち着かなかったからよかったわ。納得もできたしね。
あたしは振り返ってユウリを見る。ユウリはちょっと緊張した面持ちで移動してきて、ソファの肘置きを挟んだ横に立った。
「ユキヤ。あたしの秘書になった真瀬ユウリよ」
「ユキヤ様、真瀬ユウリです。よろしくお願いします」
緊張した面持ちのまま、ユウリは深々と頭を下げた。
ユキヤはゆっくりと立ち上がってユウリの前にまで移動する。驚くユウリをよそに、ユキヤはそのまま胸元に手を当てて静かに頭を下げた。
「湊ユキヤです。真瀬さん、今日こうしてお会いできてよかったです。これからよろしくお願いしますね」
「は、はい! こ、こちらこそお願いします……」
そう言ってユキヤは右手を差し出した。握手ということらしい。ユウリはワタワタとしていたけどその手を控えめに握り返していた。
ユキヤに対してユウリが気後れしちゃうのはしょうがないのよね……立場的には上の人間だから。
手を離しながらユキヤがユウリに優しく話しかけていた。
「あと、様付けはして頂かなくて結構です。もっと気軽に呼んでください」
「ぅえっ……で、では、ユキヤさん、とお呼びしてよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
……顔合わせって言ってもこれくらいよね。なんか呼び出すほどじゃなかったかも。
あ、でも携帯番号の交換はさせておかないと。
「ユウリ、携帯番号をユキヤと交換しておいてくれる?」
「ぁ、はい」
「ではこちらを──」
言いながら、ユキヤはその場で内側の胸ポケットから名刺ケースを取り出して、その中から名刺を出していた。
名刺! 全然思い当たらなかった!
当たり前と言えば当たり前なんだけどなんで思い当たらなかったのかしら……。とは言え、ユウリが秘書になるって言っても一時的なものかもしれないし、携帯はあたしが貸してるだけだし……勝手に名刺を作られるのも困るのよね。いや、作るのはいいけど、それを配ることについて今は抵抗がある……。
無駄に悶々してるとユキヤはその場で自分の携帯に着信を残すように言い、ユウリはそれに従っていた。着信を受けたユキヤは「こちらを登録させて頂きますね」とにこやかに笑いかけ、一連の行動を終了させる。
これくらい穏やかかつスマートに行動できればいいのに、と思いながらユキヤを見つめた。
ユキヤがソファに座り直して、あたしを見つめて笑う。ユウリも元の場所に戻っていた。
「顔合わせ自体はこれでいいかと思いますが……これだけで終わってしまうのも勿体ないですね。折角こうしてお会いできたのに……」
「わざわざあたしが呼びつけたんだし、確かにね。進捗でジェイルとやり取りしてもらってるから、特段報告するようなことはないはずだけど……」
「そうなんですよね。……よろしければ、先ほどのお話を少し具体化させたいのですが」
「さっきの?」
「私がロゼリア様に言い寄っているという話です」
飲みかけたお茶を吹きそうになった。
え。あれで終わりにしておくんじゃないの?
「ユキヤ。今回だけで十分じゃないか? あとは勝手に噂が独り歩きすると思うが……というか、この噂が勝手に独り歩きしすぎるのも困るんだが……」
「それは確かにそうなんですが、父を誤解させるならもう一押しあった方がいいような気もしていて……」
ユキヤもすぐに決断はできないようで少し考えこんでしまう。
ま、まぁお互いの評判に関わるものね。あたしには下がる評判も好感度ももうないけど、ユキヤはいいのかしら。なんかさっき光栄なことだとか言ってたけど、あたしのネームバリューは本当にいいものじゃないわよ……。
ジェイルは不満そう。メロは面白がっていて、ユウリは困惑していた。さっきのままだわ。
「ユキヤがいいなら協力するわよ。協力は惜しまないと言ったもね」
「ありがとうございます」
「お嬢様……!」
「いいでしょ、減るもんじゃないし。進捗も悪いし」
ジェイルは「そこまでしなくても」って感じだけど、アキヲがはっきりと計画中止にしてくれるまで安心できない。だから、やれることがあるならやりたい。刻一刻とゲームスタートが近付いていることもあって、不安度も増している。
アキヲが上手く引っ掛かってくれるかどうかはわからないにしろ、やってみてもいいかもとは思うのよ。
どうせ他に何も思いつかないからね。
で、ユキヤの案を採用するとして何ができるのかと考えて──。
「じゃあ、一回デートでもしておく?」
「ぶっ!!!」
軽い調子で提案すると、あろうことかノアがユキヤの横でお茶を吹いていた。
……え。駄目……?
ノアが慌てて周囲を拭きながら困った顔をしてあたしを見上げてきた。
「……ろ、ロゼリア様、あの……乗り気なんですか?」
「乗り気というか、やるならデートくらいしておかないと変じゃない? ……今日のアレだけだと言い寄って終わりになっちゃうんだけど……ノアはそれでいいの?」
「あ、う……そ、それは、」
ノアはユキヤのことを慕っているから、一方的に言い寄って終わりって言うのは面白くないんじゃないかしら。言い寄って終わり、ってことはユキヤが振られてる図になっちゃうし。
一回でもデートをしておけば「合わなかったんだな」って感じで終われると思うし……ユキヤだって「一度デートしたけどやっぱりちょっと……」ってオチがつけられていい気がする。
あたしは下がる評判もないし、興味本位で付き合ったけど「やっぱり無理だったか」って思われるだけ。これまで遊んできた相手とはどう考えてもタイプが違いすぎるから、そういう筋書きで問題ないわ。
……『ユキヤとロゼリアがデートする』という点には色々モヤモヤがあるけど命には代えがたい……!
あたしが色々と考えている間、ノアは百面相をしていた。面白い。
慕っている相手が評判の悪い女と付き合ったら嫌よね。気持ちはわかるわ。あたしだって伯父様が変な女に引っかかったら全力で邪魔する。これは本当に冗談抜きで邪魔する。手段は選ばない。
って、あたしって伯父様に対して、結構オジコンだったりする? ブラコンの伯父版みたいな……。
「……う゛。で、でもそれは、ユキヤ様がお決めになることですから……」
「まぁ、そりゃそうっスよね」
「あなたはうるさいですっ!」
メロのツッコミにノアが声を荒らげてた。メロは本当に無意識にあっちこっちに喧嘩を売ってる気がする。ノアとの関係性には問題ありね。ジェイルとは言わずもがなだし。
そんなやり取りをユキヤはにこやかに見守り、ノアが落ち着いたタイミングで口を開いた。
「それでは、ロゼリア様にお付き合い頂くのは恐縮ですが、近々どこかにご一緒できると嬉しいです」
「わかったわ。……ただ、伯父様もそろそろ帰ってくるし、日程は相談させて」
「ありがとうございます。ガロ様のご帰宅も久々だと思いますので、ぜひそちらを優先して下さい」
「まぁ、何なら今から出かけてもいいけど」
「おや。ありがたいお話ですが……流石に心の準備ができてないので……」
「ならしょうがないわね。今度にしましょ」
今日の今日っていうのは確かに急過ぎたわね。行く場所も決めてないし。
心の準備というものが必要そうには見えないけど(っていうか心の準備って何?)、どちらにしても急にと言うのは困るわよね。ユキヤにもこの後予定があるかもしれないから。
ユウリとユキヤの顔合わせをさせたいだけだったからこんなもんかしら。
短時間すぎる? 誤解させるなら別に長々と話をしていてもいいけど、……ジェイルたちがいるせいであんまり色気のある雰囲気を醸し出せないのよね。
かと言って外して欲しいなんて言い辛い。
「ユキヤ、他に何かある?」
「いえ、特には……」
「そう」
ユキヤからは特に何もないことを確認してからソファの後ろを振り返った。
「ジェイル、メロ、ユウリ。あんた達から何かある?」
そうやって聞いてみると、揃って首を振った。
じゃ、こんなものかしらね。元気そうな顔も見れたし、これでいいってことにしましょ。
そう思って立ち上がったところで、ユキヤと目が合った。
「ロゼリア様」
「何?」
「特に何も、と言ったところで申し訳ないのですが……少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「? いいわよ」
それくらいなら全然という気持ちで軽く承諾する。
ユキヤが立ち上がって、ジェイル、そしてノアを見た。
「できれば、ジェイルたちには席を外してもらって……二人きりでお話をさせて頂きたいのです」
「え?」
想定外の言葉に目を見開く。
ジェイル、ユウリ、ノアが驚いていたけど、メロだけは楽しそうにしているのが伝わってきた。




