53.サプライズ②
メイドがお茶を持ってきてテーブルに並べて、名残惜しそうに応接室を出て行った。
ユキヤのことが気になっているのは明白。キキがお茶を出しに来ると思ってたら別のメイドだったし、厨房でひと悶着あったのは想像に難くない。
とりあえず飲んで、とお茶を勧めつつ、あたしも一息つきたかったのでソーサーを手にした。
カップに口をつけたところでユキヤが意を決したように座ったまま頭を下げる。
「先ほどは申し訳ございませんでした」
「謝罪は別にいいのよ。アレが何だったのか教えて欲しいだけで……」
ソーサーにカップを下ろし、ユキヤを見つめる。
当のユキヤは何だか答えるのに困っているようだった。想定されていた質問でしょうに、答えくらい用意しておかないのかしら。
あたしは首を傾げて少し考えた。
「答えづらい?」
「いえ、どう説明したものかと今更になって悩んでしまって……」
「ふぅん? じゃあ質問よ。あんたが椿邸に、要はあたしに会いに来るって話はアキヲに隠したいんじゃなかったかしら? 少なくともこっちはそのつもりだったわ」
だからこそユキヤも最初「西地区の友人に会いに行く」という口実を持ち出していた。なのに、今更になって「ユキヤがロゼリアに会いに来た」って噂が広がりかねないような言動をするのがまず謎。
こんなのどう考えたってアキヲに伝わるでしょ。
「最初は、そのつもりでした。父に見つかないようにした方がいいと考えていまして……ただ、少し前にロゼリア様にお誘い頂いた時に考えを変えたんです。
恐らく、見つかないように行動をしたとしても、父の目が厳しくなっている今ではどこからか情報が洩れるだろうと……この点はロゼリア様の周囲の方を疑うような考えをしてしまい、申し訳なく思っています」
人の口には戸が立てられないってことか。こればかりはしょうがない気がする。
元々椿邸にいる使用人はあたしにいい印象は持ってなかっただろうし、お金をちらつかされたら口なんていくらでも滑らせるに違いない。ユキヤの考えもわかるし、元々はあたしのこれまでの行いのせいだしね……。
ユキヤは更に続ける。
「なら、いっそ情報が漏れるようにした方がいいと考えたんです」
「うーん、わからないでもないけど……あんな演出する必要あった?」
「それは、……えぇと、父の目を欺くという意味では必要と思いまして」
欺く?
どうやらユキヤにはあたしに言い辛いことがあるらしい。それは伝わってきた。
「……ユキヤ。怒らないからはっきり──あ、前にアキヲと言い合いしたっていうのと関係あるの?」
ふとそれを思い出して口の端に上らせると、ユキヤが珍しくギクリとした表情を見せた。ジェイルとは別の意味で表情が読めないというか読ませないから、こんな風に衝動的な感情が表情に乗るのは珍しい。
そういう私情が入ってくるのはしょうがない気がするわ。あたしなんて完全に私情で動いてるんだから。
ユキヤは観念したようにゆっくりと深呼吸をする。
室内全員の視線が集中していた。
「お恥ずかしながらその通りです。父がロゼリア様に計画破棄を正式に申し渡された後、随分と機嫌を悪くしてまして……その際、父の言葉を聞き流せずに言い合いをしてしまいました。
父は、自分からロゼリア様に話をするのが難しいと理解していたので……要は私にロゼリア様に近づいて来いと」
「ユキヤ、お前」
「ジェイル。ひとまず最後まで聞いてください」
途中でジェイルが怒ったような声で割り込んできた。
けど、ユキヤは冷静な声でそれを止める。あたしもとりあえず最後まで聞きたかったからよかったわ。
「もちろん、その時はそんなことはできないと突っぱねました。そこで言い合いになったんです。
突っぱねはしたんですが……こうやって直接お会いする機会があるなら、父の耳に『あの時は突っぱねたが結局は言うことを聞いている』という風に父の耳に入ればいいと考え、今回の行動に至りました。
無断でこんなことをしたことでロゼリア様には不愉快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ないと思っています」
なる、ほど。一応言い分としてはわかった。
確かに下手に隠してあたしとユキヤが通じていると思われるよりも、堂々と会うことでアキヲがその情報を受け取って勝手に誤解してくれた方が良い。そうなるとアキヲもユキヤが自分の言うことを聞いてると思って、計画のことなんかをユキヤに伝えるかもしれない。多分そういう思惑もあるはず……。
ジェイルはさっきみたいに口を挟んでこないから一応納得はしたみたい。
「でも、事前に教えてくれてもよかったんじゃないの? すごく驚いたわ」
「ギリギリまでああいうことをするかどうか悩んでいたのと、事前に打ち合わせてしまうとわざとらしい雰囲気が出てしまうのではないかと……あとは、ロゼリア様に驚いていただいた方が真実味が増すかと思ったんです」
うーーーーーん。
確かに驚いた。あたしが驚いたせいで、メイドたちのざわめきも一層すごかったように思う。
事前に聞いていたら、変にこなれた雰囲気を出しちゃって「いつものか」と見られていた可能性もある。ギリギリセーフ、かしら……。
そんなことを悶々と考えていたら、後ろでメロがため息をついていた。
「なァーんだ。本気じゃないんだ。ユキヤく、さんがお嬢の旦那になるんだったら大歓迎って思っ、いってェー!!!」
……ものすごく痛そうな音が聞こえた。
流石にジェイルに殴らせておくだけじゃ駄目だと思って振り返る。が、メロの姿が見えなくて、ユウリの冷めた視線を追いかけるとソファのすぐ後ろで頭を押さえて蹲ってた。馬鹿。
ユキヤに「ちょっと待ってて」と断ってから、ソファの上に膝立ちになって後ろ側を覗き込んだ。
「メロ、ユキヤに失礼でしょ」
「っつぅ……しつれいって……お嬢の旦那候補って話は別に失礼じゃなくないっスか。何なら光栄な話っつうか」
「あんたがそういうことを言うのが失礼だって話をしてるのよ。静かにしてなさい」
それだけ言い終え、元の通りに座り直した。よく考えると行儀の悪い真似をしちゃったわ。
きっとユキヤも苦笑してるんだろうなぁと思って、その顔を見てみたら──意外にも、というか完全に予想外だったけど、口元に手を当ててちょっと神妙な顔をしていた。
何! 何その顔!! やっぱり不愉快だった?!
「あ、あの、ユキヤ? メロが変なことを言って悪かったわ。聞き流して頂戴。何ならメロは外させるけど……」
ちょっと戸惑いながらそう言うと、横でノアがユキヤの脇腹を突っついた。ユキヤはハッとして、こほんと咳ばらいをしてからいつも通りの優し気な表情を浮かべる。
「いえ、すみません。大丈夫です。花嵜さんに同席いただくのも問題ありません」
「本当に気にしないで。あんたにもそのうちいい出会いがあるでしょうし……」
もちろんアリスのことよ。
確かにあたしはユキヤのことは好きだし、何ならすごく推してる。けど、それはアリス視点でゲームをしてたからの話で、ユキヤとロゼリアがくっつくなんて展開は解釈違いもいいとこなのよ。
ただ、「いい出会い」という言葉にユキヤはちょっとびっくりして、それから緩く首を振った。
「いえ、それは、なんというか」
「ぁ、そうよね。そんな場合じゃないわよね、変なことを言ったわ。……と、とりあえず、あんたの言い分や行動の意図はわかった。周りには誤解させたままにしておく、ということよね? えぇと、つまり」
「はい、私がロゼリア様に言い寄っているということにして頂ければ……」
「言い寄っ……あ、あんたそれでいいの? 変な噂がつくわよ……」
これまでのあたしの噂を知らないわけじゃないでしょうに……。侍らせ要員の一人だって思われたら嫌じゃないのかしら。
しかし、そんな不安とは裏腹にユキヤは笑みを浮かべて首を振る。
「いえ、花嵜さんが仰っていたように光栄なことだと受け止めています。嘘とは言え、公式にお近づきになれるわけですから」
「……あんたも物好きね」
「あはは」
あたしの言葉にユキヤは軽く笑っていた。あんまり気にしてなさそう。
背後からはメロの楽しそうな雰囲気とユウリの何とも言えない困惑気味の雰囲気と、あとはジェイルの怒ってるっぽい空気が伝わってきた。
反応を統一して欲しいわ。




