52.サプライズ①
ユキヤとの約束の日。
そろそろユキヤが来る頃。既に準備は済ませてるし、あとは到着を待つだけ。
ユウリもちゃんとスーツを着てる。あたしのいる執務室で待たせてるんだけど、なんだか落ち着かないみたいだわ。まぁデビュー戦みたいなものだしね。相手がユキヤなら大丈夫でしょ、穏やかで優しいからユウリが多少ミスっても問題はないはずよ。むしろ優しくフォローしてくれそう。
ソファにお行儀よく座ってるのを見て首を傾げる。
「ユウリ、緊張してる?」
「えっ。そ、それは、もちろん……こういう風に誰かに会うことはなかったので……」
「そう、でもユキヤなら──」
大丈夫よ、と言おうとしたところで、階下からざわめきが伝わってきた。
あたしとユウリは思わず顔を見合わせてしまい、「何かしら?」「さ、さぁ……?」という中身のない会話を交わしてしまう。
ユキヤが来たにしては変な感じだわ。
下の様子を見に行こうとして立ち上がるとユウリも同じように立ち上がった。
執務室から出ようとしたところで、逆に扉がノックされる。
「ロ、ロゼリア様」
「キキ? ユキヤが来たの?」
自分から扉を開けながら聞くと、目の前にはちょっと焦った顔のキキがいた。
……なんか、前にユキヤが突然来た時の雰囲気っぽいわね。あの時も急な来訪で邸内がバタついた。もしかして予期せぬ来訪者、ってやつだったりする? そんなのごめんなんだけど。
キキは焦った様子のまま、階段の方とあたしとを忙しなく見比べている。
「落ち着いて」
「は、はい!」
「ユキヤが来たの?」
「はい、そうです。ユキヤ様がいらっしゃって……あの、ジェイルさんがロゼリア様を呼んでくるように、と。玄関でお待ちです」
? まぁ、玄関まで出迎えに行くのは全然いいとして。
なんでこんなあたふたしてるの? ユウリを振り返ってみるけど、わけがわからないという顔をしていた。とりあえず、玄関に行かないとざわついている理由はわからなさそう。
「わかった。すぐ行くわ。──ユウリ、ついてきて」
「はい!」
そう言ってキキの脇を抜けて部屋を出る。ユウリはあたしの後をついてきた。
階段を下りようとしたところで、すぐ下でメイドが二人固まって何かこそこそ話しているのを見つける。一体何かと思えば「ユキヤ様かっこいいー」「ロゼリア様、最近お優しくなったし案外本気かもよ」と何だかわけのわからない会話をしていた。あたしの姿を見るなり、慌てて頭を下げる。
ユキヤがかっこいいのはわかるとして、本気って何の話? あたしが優しくなったことと関係あるの? っていうかあたしって「優しくなった」って思われてるの?
メイド二人に理由を聞いてみようかと思ったけど、ユキヤを待たせてることもあって二人には視線を投げるだけにしておいた。
階段を下りてだだっ広い玄関に向かう。
玄関は屋敷の顔と言うことでやたらと広くて豪奢。吹き抜けになっているから天井も高い。
あたしが姿を現すと、やけに集まっていた使用人たちがささっと距離を取って道を空けた。
ジェイルもメロもその場にいて、何だか渋い顔をしている。ただ、メイドたちの表情は面白い噂話を見聞きした時の興味津々って感じの表情そのままだった。
なんでこんな雰囲気になっているのかと思いながらユキヤを見て固まってしまった。
ユキヤは高い天井のシャンデリアの丁度真下あたりで立って待っていた。
──大きな薔薇の花束を持って。
「ロゼリア様」
ユキヤはあたしの姿を見つけると嬉しそうに笑って足早に近付いてくる。薔薇の花束を持ったまま。
何?! なになになに?! 怖い!!!
思わず身構えるけど、そんなあたしにお構いなしにユキヤが近づいてくる。そして、左手に花束を抱え直して、右手であたしの左手を掬い上げる。
待って、本当にこわい! 何が起きてるの?!
「お会いしたかったです。今日はお時間をいただき、本当にありがとうございます」
「……え、ええ」
固まったまま何とかそれだけ絞りだす。
ユキヤの後ろではノアが何とも言えない顔をしていた。そんなノアの顔を見て、多分これはユキヤの考えがあってのことなんだろうと思い出すことができた。
こっそり息を吐き出してからユキヤを見る。
するとユキヤはあたしに顔を近付けて、耳元でごくごく小さな声で囁いた。「きゃっ」と遠巻きにしていたメイドがはしゃいだ声を上げるのが聞こえる。けど、あたしはそんな場合じゃない。
「……驚かせてしまい申し訳ございません。少しの間、合わせてください」
本当に驚いたわよ! と、ここでは言えずに離れるユキヤを見て「しょうがない」という顔をして見せた。
ユキヤはすぐにあたしから距離を取り、触れていた手を離して、手に持っていた薔薇の花束を差し出してくる。
「ロゼリア様のためにと思って用意してきたのですが、これでは薔薇の方が霞んでしまいますね」
「──ありがと。こんなに用意してくるの、大変だったんじゃない?」
「これくらいは当然です。貴女の時間を頂けるのですから……」
……。ごめん、吹きそう……!
あたしは薔薇の中に顔を埋めて笑いを押さえ込んだ。香りがすごくて、笑いたい気持ちがちょっと収まる。ユキヤの顔を見ないようにして薔薇の中に顔を埋めて、ちょっとの間だけ落ち着くためにそうしていた。
……そのちょっとの時間が周りには「感動してる?」「照れてる?」という疑惑を与えてしまったらしい。周囲がざわめいていた。別にそんなんじゃないのに、何とも言えずにむず痒いわ。
あたしは薔薇の花束から顔を上げて、ユキヤを改めて見つめた。
「と、とりあえず、ありがとう。……ユウリ、この花束持ってて」
「えっ。あ、は、はい……」
「ここじゃなんだから、上に行きましょ」
ユウリに花束を預けて、ユキヤを応接室に誘導する。
ここだとメイドたちの視線が痛い。何ならいつもなら厨房に籠ってるか庭で筋トレしてるはずの水田まで野次馬してる。
……これまでだって男を呼び込むことはあったから別に珍しいことじゃない……と、思ったんだけど、こんな風に堂々と入ってきた相手はそんなにいなかったわ。大体相手はホストとかチャラい感じの人間ばっかりだった。ちゃんとした立場の人間がいなかったわけじゃないにしろ、とにかくこれまでのあたしの好みとは違うのは確か。
ユキヤとノア。そしてジェイルとメロ、ユウリを引き連れて応接室に向かう。
途中でユウリが持っていた花束は墨谷が回収していた。部屋に持って行っても置く場所がないから分けて花瓶にでも入れてくれるんでしょう。
ユキヤは素知らぬ顔をしているけど、本当に何で急にこんな行動したんだか……。
敢えてユキヤの隣に並び、肘で脇腹を突っつく。
「……どういうつもり?」
こそ、と小声で言えば、ユキヤがおかしそうに笑う。
そして耳元に唇を寄せて同じように囁いてきた。
「後でお話しします。もう少しご辛抱下さい」
耳に息が──!!
し、失敗したわ。部屋につくまで聞くのを我慢するんだった……! あんまり近付きすぎるとまずいと思ってちょっとだけユキヤから距離を取ろうとしたものの、何故かユキヤはその距離を詰めてきた。
いや、何? 本当に何?
推しの接近でテンションが上がるどころか、無駄に恐怖を感じる……。
「……お嬢、その距離めっちゃ誤解されるっスよ」
後ろからメロの声が聞こえてきたので思わず振り返って睨んでしまった。
逃げるように応接室に入って、他のメンバーもさっさと応接に詰め込んだ。これで人目がなくなるからオッケー、と……。
ユキヤとノアに座るように促し、あたしも正面に腰かけた。
ユウリを紹介するよりも前にさっきのことを説明してもらいたいわね……。




