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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第四章 スクープを求めてパキスタン辺境州
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金の切れ目が

「電車が動いているうちに帰らなくちゃ」

蛍は跳ね上がるように身を起こし、身支度を整えた。蛍が大方服を着ると、一騎は部屋の明かりをつける。

「三月だって言うのに、この雪」

蛍はブラウスのボタンをはめながら、不安な面持ちで再び窓の外を見る。その横顔に一騎はカメラを向けてシャッターを切った。

「ちょっとーやめてよね」

蛍は乱れた髪を手で整えながら抗議をする。

「君は雪がよく似合うよ」

悪びれずに一騎は言う。 そして

「色が白いから、君の顔が雪明かりみたいに浮かび上がって見える」

普段一騎から聴き慣れない世辞を聞き、蛍は頬が熱くなる。

「そうそう君に見せたいものがある」

一騎はパソコンを立ち上げた。

「ここに君の秘蔵写真がある」

「まさか、エッチな画像があるんじゃないでしょうね」

蛍は警戒心を露わにする。

「君の抱えている案件じゃあるまいし、まあ見てみろ」

一騎はパソコン内のホルダーの一つをクリックした。ホルダー名はN。画面に表われたのは取材中の蛍の姿だ。取材対象にボイスレコーダーを突きつける蛍、取材対象に逃げられて険しい顔で相手を追いかける蛍、カメラを構えて車のボンネットに飛び乗らんとしている姿まである。集合住宅のダストボックス脇で取材対象がやって来たのを察して腰を浮かせる写真もあった。蛍は獲物に飛びかかるフクロウのような目をしている。おとといの写真は直撃取材を受けた金本が目を尖らせて蛍を威嚇、対して蛍は三白眼で金本を睨みつけ、どんな言葉を引き出してやろうかと企んでいる顔だ。一騎の言う通り、宵闇で中で蛍の横顔は白く浮き上がって見えた。

「どうだ蛍。これが世間の目に映る君の姿だ」

一騎はからかうように言った。確かに取材対象者には禍々しい存在だろう。

「君が自伝を書く時にこの写真を使えば良い。取材対象を捕獲する私、とか解説をつけて」

「捕獲って・・・・・」

蛍はちょっと膨れる。

「あ、このパソコンの暗証番号も教えてやる。1KI0505。一騎0505と覚えてくれ。0505は俺の誕生日。五月五日だ」

「分かったけれど・・・・・。私、ここまで聞いてしまって良いのかしら?」

「大丈夫だ。このパソコンには仕事の資料しか入っていない。これも預かってくれ」

一騎は蛍に登山用カラビナが付いた鍵を渡す。

「これ、何の鍵かしら」

「この部屋の鍵」

「それはちょっと・・・・」

別居中とはいえ女が部屋を出入りしている事を奥さんに知られたら。蛍は不安になる。蛍が請け負うとも請け負わないとも明確な答えを言わぬ間に、

「それから君に知っておいて貰いたいんだ。この机の引き出しにこれが入っている」

一騎はそう言ってパソコン机の引き出しを開けた。A四サイズの封筒が入っていて、表にinsurance co,ltdと印刷されている。どうやら保険会社の書類らしい。

「今回は保険に入ったんだ。色々不安で」

そこまでしている私の事を。蛍は胸が一杯になる。

「受取額は三千万円にした。本当は五千万円にしたかったけれど、そこまで掛け金を用意できなかった」

蛍は涙を見られないように顔を伏せて何度も頷いた。受取額なんて問題じゃない。遺された蛍が辛い思いをしないような気遣いが嬉しかった。

「俺に何かあったら、これを娘のしなのに・・・・・」

「え?」

なんだ、受け取り人は私じゃないのか。蛍の涙は引っ込んだ。

「知らないよそんなの。あなたの別居中の奥さんに言いなさいよ」

蛍は冷たく拒絶する。

「俺にはもう家庭はない」

一騎は淡々と言う。蛍は驚き、

「どう言う事?」

「昨日妻が単身東京に乗り込んで来て俺に無理やり離婚届を書かせた。さあ今すぐ判子をつけと迫るから保険の話なんてできやしねぇよ」

蛍はかける言葉が見つからない。一騎は吐き出したい気持ちがあるのか、問わず語りに話を続ける。

「去年の秋にマンションのローンが完済したんだ。神戸で妻と娘が住んでいるマンションなんだけれど。これで一つ俺の役目が終わった。金の切れ目が縁の切れ目って昔から言うし、まあもう俺に用はなくなったってことじゃねぇか」

「まだ奥さんに未練があるんじゃないの?」

蛍がからかうように言うと、一騎は少し考えてから、

「未練があるのは子どもに対してだ」

と答えた。



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