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死に候え不思議の国〜モータル・ワンダーランド〜  作者: 飴玉鉛
第二部「抹消される“コールマン”」
26/74

簡潔こそが叡智の真髄である






 能面のような無表情で感情を見せず、黙々とコールマンの後に付いて来るのは一人の兵士である。


 武装は腰のベルトに吊るした片刃の曲刀――シミターと小型の丸盾のみ。あくまで外見上の話になるが、一見すると貧弱にしか見えない装備だ。

 対してこちらは短槍と長剣を所持している。着装しているのは着慣れた鎧。武装面ではこちらの方が上質であるように見えるが、コールマンの武具は制限が掛けられ攻撃力は皆無な仕様とされていた。

 具体的な仕組みは知らないが、魔法的な処置で質量が零に近いものとされ、刃も通らない玩具同然の代物になっているのだ。実質頼りとなるのは己の五体のみだろう。


 戦力を比較することに、さして意味があるわけではない。なんとなく……そうなんとなく、この兵士を自分が打倒できるか測ってみたくなったのだ。


 肉体を錬成し訓練と経験を積んで、ある程度の力を身に着けたことによる、未熟で野放図な暴力性が発露したわけでは無い。あくまで現在の自分の強さというものを測る物差しが欲しくなっただけのことだ。

 闘技場で宛てがわれる実力の拮抗した登録者、探索者として生体型迷宮に臨んだ際に相対する魔物、これらでは窺い知れぬ正規兵との実力差を知っておきたくなったのである。

 コールマンの後ろにいる青年の名前はジョシュア。この伯爵領の、闘技場に詰めている兵士だ。以前は漠然と強そうだとしか感じなかったが、今となっては彼の力を肌で感じることができた。


(少なくとも僕よりは強い、かな)


 以前に得た情報と【天稟増幅グロウス・ブーステッド】の特性から鑑みるに、魔力量はまずこちらが上回っていると言っていいだろう。しかし、なんだろうか。言語化するのは難しいが第六感的な感覚として、ジョシュアがコールマンよりも強いのだと感じられていた。

 理屈ではない。しかし論理立てて考えるなら当たり前の話ではある。たかだか二ヶ月と少し前まで素人だったコールマンより、恐らく何年も過酷な訓練を積んでいる兵士が劣っている道理はないからだ。異質特性【天稟増幅グロウス・ブーステッド】による下駄を履いているとは言っても、年単位で訓練している者に力量で勝っていると自惚れられるほど上等な才能は持っていない。


「ジョ、ジュア」

「? ……なんだ」


 声を掛けると、青年はコールマンの枯れた声に首を捻る。しかし深く気に掛けた様子はなく、呼び掛けに対して反応を示してきた。

 そんな彼にコールマンは、常々気になっていたことを問い掛ける。


「随分ど、前がら気になっでいだんだが、此処ばセギュリディ、が、甘い、気がずる。私が、脱走しようどじだ場合、どうずる?」


 そう。人工精霊などによる監視はあるが、この闘技場の施設には、登録者の脱走などに対する備えがないように見えるのだ。

 コールマンに限らず他の登録者達も、その気になればここから逃げ出せるような気がしてならない。それを実行に移さないでいるのは、実際にはそんな甘い目論見が叶うわけがないと、理性的に考えて理解しているからである。

 この世界の文明と技術力は元の世界のものに劣っておらず、むしろ魔法的なファンタジー要素が加わっていることで上回っていると考えるのが妥当だ。防犯設備に関しても相応のものがあるはずだと判断するべきだろう。

 問えばなんでも答えてくれるなんて甘えた考えを持っているわけではない。答えてくれれば丸儲け、答えてもらえずとも構いはしないのだ。そんな底の浅い思惑を隠す気もない様子で問うと、ジョシュアは呆れたふうに嘆息した。


「セキュリティが甘い……そう見えるのか? まあ見えるから訊いてきたのだろうが」

「………」

「禁則事項でもないから教えてやるが、お前に限らず登録者がここから逃げ出そうとした場合、抵抗するなら最悪切り捨てても良いことになっている。大人しく捕まった場合でも、今のような厚遇は受けられなくなると思え」


 苦虫を噛み潰したような声だ。ちらりと後ろに視線を向けると、精悍な顔立ちの青年はコールマンを睨めつけてくる。

 戒めるような、牽制するような眼差し……微かに予感する。もしかすると、コールマンの他に脱走を試みた者がいるのかもしれない。その有無を訊ねそうになって、やめる。意味がないからだ。訊いても何にもならない。


「……監視ば、人工精霊だげ、が?」

「ああ。ただ外に出るために通らねばならない道には、必ず兵が詰めている。設備を破壊し外に出ようとしても無駄だぞ。壊した端から修復されるからな」


 壊した端から修復される? 言っている事の意味がいまいち呑み込めない。どういうことかと足を止めて振り返ると、無骨な兵士は面倒臭そうにシミターを鞘から引き抜いた。

 鞘走る重厚な鋼の音――反射的に身構えるコールマンを無視し、ジョシュアはそのまま無造作に壁を斬りつける。その斬撃は、コールマンからすると破滅的な威力を内包した暴力だった。その一振りからは戦慄することもできない、現実離れした膂力を感じる。ジョシュアは力強い太刀筋の軌跡を少年の網膜に刻みつけた。


 切り裂かれた壁面に斬痕が生じている。白亜の壁は岩石を砕いたような破砕音に引き摺られ、破片を撒き散らして床を汚した。いきなり何をするのかと呆気に取られるコールマンに、青年はあくまで淡々と告げる。


「見ろ」


 顎をしゃくって破壊の痕を示されて、それを注視するとすぐに異変が発生した。

 時間が巻き戻るようにして、床に散乱していた破片が白亜の壁に付着していき、斬痕を何事もなかったように塞いでしまったのだ。

 唖然とする少年に、兵士は肩を竦めて言う。


「この通り、外部から持ち込んだ備品以外は破壊しても無意味だ。壁に穴を空けて逃げようだなんて安直な手は通じない」

「……どんな、仕組みなんだ?」

「それは教えられない……わけでもない、な」


 兵士はコールマンの肩を軽く小突いて、さっさと歩くように促してくる。

 小さな苛立ちが芽生えるも、そんなものになど頓着した様子もなく彼は説明してくれた。


「この闘技場が生体型迷宮の上に増築された構造物なのは知っているな? この迷宮の元となった不死の母胎(アルベド)は比喩抜きに怪物だった。自身に触れている無機物を、擬似的に生命だと定義し(・・・・・・・)、無機物を魔物として――魔物達の母であるアルベドの一部として扱えたんだ。不死の特性を持っていたアルベドの一部になれば、例え幾億回と破損したとしてもたちどころに修復されてしまう。だから幾ら壊しても無意味なのさ。尤も……アルベドの下半身に当たるこの迷宮の核は、都市の制御下に置かれているから、その機能が十全に発揮されているわけではないがな」


 抜け道を掘って脱出するのは不可能。ここから不当な手段で出ていくには、普通に通路を通って、警備に就いている兵士を実力で薙ぎ倒さねばならないわけだ。

 そうなれば騒ぎになるのは避けられず、仮に突破することができたとしても闘技場の外には都市の警察機構があるだろう。そして確実にいる軍隊と、都市の防壁を突破せねばならない。罷り間違って全てが奇跡的に上手くいったとしても、脱走者として国から手配されてしまえば捕まるのは時間の問題となる。常識的に考えて脱走することに百害あって一利なしというわけだ。


「分かったな? 逃げることに労力を費やすより、素直に働いた方がよほど賢明だ。馬鹿なことは考えないで大人しくしていろ。おれとしても余り面倒なことはしたくない」


 その物言いは上から説き伏せる響きがあり、年若い少年は否応なく反感を抱いた。が、露骨にそれを見せるような幼稚さを持ち合わせていない。

 聞きたいことを聞けたのだから良しとしよう。以後は無言で歩を進める。

 そうして登録者の居住区画から出て、受付のあるフロントまでやってきた。受付に向かう少年の背中に、兵士はどこか気遣うように言う。


「おれは持ち場に戻る。魔石の発掘はそれなりの難度があるが、一層で無理せず地道にやればいずれ闘技場(ここ)から出られるだけの金は稼げるよ。無茶をしないで、死なない程度にやれ」

「分がっでる」

「二層も……行けないことはないんだろうが、三層には行くなよ。見返りは大きいが、そこから先は兵隊のおれ達でも死にかねないレベルになるからな」

「………」


 その忠告にコールマンは頷かなかった。生体型迷宮の内臓部第三層以降が、練度の高い兵士でも危ないというのなら、そこを踏破できた暁には相応の実力を獲得した証となるからだ。

 コールマンは強くならねばならない。この手で父を殺させた、あのクソッタレのダンクワースを縊り殺すために。腹の底に沈殿した、黒い溶岩のような激情を吐き出すには、ダンクワースへ凄惨な復讐を遂げねばならないと魂が叫んでいる。

 ユーサーもそれを望んでいる。復讐してくれ、仇を取ってくれと確かに言った。そのためには強くならねばならない。力への渇望がある今、ジョシュアの忠告を聞く気はなかった。無論、死にたくはないから慎重な姿勢を崩す気もないが。


 コールマンはたった今から迷宮に潜る。そして魔物と交戦し、実戦経験を蓄積して、強くなるための研鑽を積む。

 今まではマリアがいたが、これからはいない。実力者を近くに置くことで得られる安全性、それを担保できなくなってしまった。故にディビットを頭数に入れて安全性を保ちたいところだったが、マリアの意見では彼はコールマンへ同道させるには不適格らしい。なので素直に意見を聞き除外して、新たに二人の探索者と組むことにしたのだ。

 これからその二人の探索者と接触する。受付に行けば担当者が引き合わせてくれるだろう。そう思い受付に向かおうとしていると、不意に鼓膜を揺さぶるような野太い声が掛けられた。


「おい、そこの小僧」

「………?」

「こっちだ」


 掛けられた声に反応して振り向くと、フロントの隅にあるソファーに一人の老人がふんぞり返って座っているのが目に留まった。


 身長150Cm程度――矮躯ではあるが筋骨逞しい翁である。


 潰れたブロックのような顔の下半分が白い虎髭に覆い隠され、獅子の鬣じみた白髪が翁の存在感を増している。

 ずんぐりとした胴体には衣服を纏っておらず、盛り上がった筋肉の鎧に覆われた体は相当に毛深い。丸太と比喩しても違和感のない両腕と脚のためか、野人としか言い様のない風体だ。流石に粗い布地のズボンは穿いているが、何とも近寄りがたい雰囲気を湛えているせいで戸惑いを覚えてしまう。


 どう見ても人間ではない。自分と同じ人間だと見做すには、あまりに体の規格が違い過ぎているように見えた。


 ドワーフ。ファンタジーのジャンルに分類されるノベルに、高い頻度で登場するその存在が想起させられる。

 実際にこの世界にも存在しているらしいということを、知識として知ってはいたが、いざ実物らしき者を目にすると、どうにも形容し難い印象を受けてしまう。

 少なくとも抱いたのは好意的な印象ではなく、自分とは肉体的な差異を持つ存在への忌避感でもない。どちらかというと未知の宇宙人と相対してしまったかのような、奇妙な異物感のようなものが胸中に生まれていた。

 鈍い反応を示すコールマンに、ドワーフらしき翁は鼻を鳴らす。短気なのかコールマンを睨んできた。その眼光は鋭く、思わず気圧されてしまう。


「どうした。早く来い」

「………」


 戸惑いながらも、言われるがままに翁の元へ向かう。

 近くまでコールマンが来ると、翁は手の平サイズの紅石(ルビー)を右手で弄びながら問い掛けてきた。


「訊くが、貴様が儂と共にダンジョンに潜るモンか」

「あ、ああ……多分ぞうだ」

「多分? はン、はっきりせん奴だな」


 曖昧な物言いや態度を嫌う性格なのか、翁は露骨に不快感を示した。

 元の世界での常識で言えば、初対面の相手にそこまであけすけな好悪を示すのは、失礼を通り越して非常識である。翁の反応に鼻白み、釣られて不快な気分になりそうなのを寸でで抑えた。

 偏屈な性格なんだろう。短い遣り取りだけで悪感情を抱いたり、ましてそれを表に出すようでは英国紳士の風上にも置けない振る舞いである。余裕を持って冷静に、礼儀を尽くして相対するべきだ。

 そんなふうに良識的な姿勢を持ち出して、コールマンは疼いた反感をひとまずは鎮めることにする。

 翁はコールマンの顔色を気にした様子は微塵もない。ソファーに深く腰掛けたまま、不躾な視線を少年に向けて傲岸にも見える物言いで名乗った。


「儂はエイリーク。儂の名ぐらいは係のモンに聞かされとるだろ」


 確かに聞かされている。コールマンと組むことになったのは小人族(ドワーフ)のエイリークと、アレクシスという人間族だと。


「私、ば――」


 私はコールマンだ、と名乗り返そうとして。枯れた声では円滑なコミュニケーションは取り辛いだろうと、首に提げていたデバイスに触れて、変声期に入る前の声音に変換した。


『私はアルトリウス。ここの登録名ではコールマンという』


 学習の終えた敬語で話すべきか、よろしくと愛想を見せるべきかと一瞬悩むも、背筋を嫌なものが伝った錯覚を覚えて言葉に詰まった。


(なんだ?)


 物理的に何かが触れたのではない。唐突に発生した焦燥に、いても立ってもいられない気分に陥ったのである。

 訳も分からないまま、つ、と汗が頬を伝う。するとエイリークは口の端を歪め、白く分厚い歯を見せた。声もなく笑ったのだ。

 なぜ笑う? 傲岸で野人めいた風体のドワーフは、当惑を隠せないコールマンに楽しげに言った。


「登録名と本名が違うってのは、中々ないことだな。なにゆえにそんなことになっとるのか気になるところだが……小僧、勘は良い方みたいだな?」

『……どういうことだ?』

「勘は良くとも未熟さは補えんか。では忠告してやろう。――後ろを見ろ」

「……? ……ッ!?」


 言われるがまま後ろに振り向こうとした刹那、ぼん、と肩を叩かれる。

 弾かれるように飛び退いて、身を捻り背後を向く。完全に不意を打たれた。こんな至近距離に近づかれ、触れられるまで気づけもしなかった。

 其処にいたのは深紅の長髪を腰まで伸ばした、ハッとするほどの美貌の少年である。ダークスーツを纏った少年は、猫騙しを受けて飛び上がった猫のような反応に笑みを浮かべていた。


「反応は悪くない。確か闘技場の首輪付きだったはずだが、真剣に訓練に励んでいるらしいな」

「フン。お貴族様は趣味の悪いことをする。こんな小僧を弄んで悦に浸るとはな」

「そう言うな、エイリーク。私達はここではじめて顔を合わせたばかりの寄せ集めなんだ。どれぐらいできる(・・・)のか、多少試しても罰は当たらないよ」

『………』


 度を越した間抜けでも無い限り、自分が何をされたのか、二人の遣り取りでおおよそ察しがつくだろう。

 憮然として睨みつけていると、紅髪の少年は快活に笑って言った。


「機嫌を害したか? すまなかった。小銭を稼ぎに来た程度だが、一応それなりに危険な場所に繰り出すんだ。組む相手がどれぐらいの者か見ておきたかったのさ」

『……小銭を稼ぎに? そんなことのために、わざわざこんな所に来たのか』


 初対面でいきなりこれだ。嫌味な言葉の一つぐらい、投げたくもなる。

 それに気分を逆撫でにされたのは、闘技場に小銭を稼ぎに来たという物言いのせいでもある。こんな所にいるのは本来不本意で、命の危険を肌に感じ続けてきたコールマンとしては面白くない態度だった。

 闘技場の首輪付きとは言い得て妙だが、できるなら今すぐにもその首輪を引き千切ってしまいたい。それをしないでいるのは、目的を達するにせよ達せないにせよ、自由の身になるには不当に課せられた負債を完済する必要があるからでしかない。


 酔狂も過ぎれば不快でしかなかった。そんなコールマンの内心など笑い飛ばすように、白皙の美貌を緩めて少年は宣う。


「ああ、そうだ。そんなことのため(・・・・・・・・)に来た。私の命は極めて安い。好きに使って好きに死ぬ。人間、自分の命に関しては自己責任だからな。少しぐらい火遊びでもしなければ、退屈で息が詰まるだろう?」

『………』

「挨拶がまだだったな。私はアレクシス・ヴィッテンバッハ。断っておくが、これは偽名だ」


 名乗った端から偽名だと告げたアレクシスに、コールマンは訝しげに目を眇める。どういうことだと問い掛けようかと思ったが、嘆息して取りやめることにした。

 細かいことはどうだっていいが、面倒な何かがあるのだろう。好んで関わりたいとも思えない。適度に距離を空けておいた方が賢明だと判断する。


「もちろん本名は名乗れない。一々態度を改められるのは面倒臭いからな。偽名だと伝えたのは、仮にも相棒になるかもしれない相手だからだよ」

『ヴィッテンバッハ、君の事情なんて私にはどうでもいいことだ。それより、私は君のお眼鏡に適ったのか?』


 すっぱりと言うと、アレクシスはやや意外そうに目を瞬いた。エイリークが愉快そうにこちらを見ている。

 他人の事情に関わっている暇も、余裕もない。なら最初からシャットアウトする姿勢を見せれば、常識的な人物なら距離を置こうとしてくるはずだろう。そんな思いからの発言だったが、アレクシスはまじまじとコールマンの顔を見てきた。


「ふぅん……? ああ、端的に言うと、私やエイリークに付いてくるには力不足もいいところなのは分かった」

『なんだって?』

「手抜きの隠業に勘づいたところまでは良かった。が、勘は良くともその手綱を握れていない者の面倒は見たくない、というのが正直な感想だ。だろう、エイリーク?」

「そうだな。あくまで金が目当てで来たのが儂らだ。首輪付きである貴様と、無理に足並みを合わせて付き合ってやる義理はない」


 好き放題言ってくれる。しかも揃ってコールマンを格下として扱っているのが、ますます不愉快にさせてくれた。

 思わず渋面になる。年相応の血の気の強さが滲むのを抑えきれなかった。

 そんなコールマンの表情に、屈辱の色を見て取ったのかアレクシスはからかうように言った。


「気に触ったか? だが、事実だ。首輪付きとなった期間にもよるが、見た所それなりに長くここにいるんだろう? それでその程度なら足手まといもいいところなんじゃないか、と私は思う」

『そうか。そうかもね。まあ君の言うように、二ヶ月も此処にいてお眼鏡に適わないようじゃあ、確かに君達と行くのはやめておいた方が賢明かな』

「……何?」


 喧嘩腰に嫌味を言ってしまったのを咎められる謂れはない。皮肉の一つも言わないまま引き下がれるほど、大人しい気性でもなかった。普段は理性で抑え込めたとしても、不自由な日々に鬱憤が溜まっていたのである。

 しかしコールマンの言葉に、アレクシスは一瞬の間を空けて瞠目した。エイリークもまた目を瞠る。


二ヶ月(・・・)? 今、二ヶ月と言ったか?」

『言った。それがなんだ』


 新兵を捕まえて、偉そうに講釈を垂れたのだ。これぐらいの皮肉ぐらい笑って流せばいいだろう。そんな気構えでいるとアレクシスは驚きを隠しもしないで詰問して来る。


「嘘だろう。その体は、どう見ても二ヶ月そこらで出来上がるものじゃない。首輪付きになる前は軍属だったか、冒険者だったんじゃないか?」

『普通の村の出だ。伯爵様に村を焼かれて、そのまま強制的に連れてこられて登録者にされたんだ。嘘じゃない』

「村? 誰かに師事して訓練を積んでいたのか?」

『いいや。此処に来てからマリアに鍛えて貰ったぐらいだ。その前は独学でやっていただけで、本格的に体を鍛え始めたのは一ヶ月前ぐらいだよ』

「マリア……? ……それは、いや……彼女か? ……たかが一村民に、彼女が一ヶ月も付きっきりで訓練を見ていた、と……? ……そういえば、考えてみたら何故伯爵が私と組ませようと……何か臭うな」


 コールマンがマリアの名前を出すと、アレクシスは小さな声で呟きながら考え込んでしまった。しかし、その思索の時間はすぐに閉ざされる。

 アレクシスはコールマンに近づくと、まじまじとその瞳を覗き込んできた。


「質問しよう。嘘偽りなく答えてくれ」

『あ、ああ……』

「魔力形質はなんだ? 概念位階には……見たところ達していないか。なら使える魔法の数は?」

『レッドカラーだ。使える魔法は五つ』

「魔力派共鳴式魔導管制杖インテリジェンス・デバイスを持っているみたいだが、誰から渡された」

『マリアから。支給品らしいけどね。君はマリアと知り合いなのか?』

「それなりに知り合った仲だ。……なるほど、なんとなく見えたぞ。コールマンだったか、君は何か特別な……そう、異質特性でも持っているんだろう。それか秘めたる才を持っているから、特に目を掛けられている……ああ、答えなくていい。言わなくても分かっている」


 コールマンは目を丸くした。どんな発想で、どんな思考を経たらそんな答えに行き着く。異質特性を持っていることなんて、外見では分からないはずなのに。

 そう思いかけて、冷静に考えてみるとそれほど突飛でもない事に気づいた。普通に考えて、たかが二ヶ月そこらで今のコールマン並に体を鍛え上げることは不可能だからだ。


 アレクシスが妖しく笑う。ぺろりと舌を出して唇を嘗めた。少年とは思えない妖艶な仕草である。顔を近づけてくるのに、少年は面食らって仰け反ってしまう。


「……なるほど。いや、非礼を詫びよう。マリアが関わっているなら短期間で肉体を錬成するのは可能だ。そして二ヶ月そこらで魔法を五つ会得し、手を抜いていたとはいえ私の隠業に勘づけるようになり、ついでに異質特性もある……いいな、いいよコールマン。実にいい」

『………』

「顔も悪くない。いや、むしろいい部類だ。歳も見た感じ近い。――決めた、お前は私のものにする」

『は……?』


 冷えた両手で顔を挟み込まれ、固定されたコールマンは間の抜けた声を発した。

 反射的にその手を振り払おうとする。しかしそれよりも一瞬早く、アレクシスが動いた。

 一気に間合いを詰めてきたかと思うと、そのままの勢いでコールマンの唇に自身の唇を重ねてきたのだ。


『ッッッ!? なっ――にを、何をするッ!?』


 咄嗟にアレクシスを突き飛ばす。そして余りの気持ち悪さに吐き気すら覚えながら、乱暴に手の甲で口を拭った。

 嫌な感触だった。よりにもよって同性からの口づけの感触に、鳥肌が立つほどの嫌悪を抱く。コールマンは混乱の混じった怒りの目でアレクシスを睨むも、とうの少年は妖しい笑みでそれに応えてくる。

 コールマンはそれに、怒りすら掻き消えるおぞけに震えた。


「自分の命は好きに使って好きに死ぬ――さっきはそう言ったが、それはあくまで個人的な願望だ。私には貴族としての義務がある。それも私だからこそ(・・・・・・)の義務がな。つまり、明らかな特異な血(・・・)は血族に迎える価値がある。前人の在らぬ試み、即ち異質特性持ちとの――」

『いっ、意味が! 意味が分からない! いきなり何を言い出すんだ!? 私にそっちの趣味はないぞ!?』


 アレクシスの目は、コールマンからすると明らかに常軌を逸していた。

 白皙の美貌を朱に染めて、アレクシスはあくまで自分のペースを崩さなかった。


「前言を撤回させてくれ。君を私のパーティーに加えよう。あくまで臨時のものだが、いつか必ず迎えに来る」

『ッ!?』


 悲鳴をあげなかったのは快挙だった。顔を真っ青にして後退る少年を、アレクシスが熱い眼差しで見詰める。

 そんな二人を傍から見ていた小人族の翁はこれみよがしに溜め息を吐く。ソファーから立ち上がると今にも逃げ出しそうなコールマンと、それを捕まえかねないアレクシスを止めるように言うのだった。


「博打で全財産をスッちまった時が運の尽きとは思っとったが……おい! その小僧も連れて行くんだろが! 儂の前で気色の悪いモンを見せとらんで、行くんならさっさと行くぞ!」










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