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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝と人間7号
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人間7号計画 ③ 提案

 クッキーが残していった紙には、人間7号を回収することについて、手書きで簡易的にまとめられていた。


「人間5号、人間界の病院とまごころ総合病院に交互に健診に通う。

 8ヶ月目以降、まごころ総合病院のみに切り替える。

 主治医 インゲン 

 約2週間前に、人間5号を入院させる。

 24時間監視」

 他のコピー用紙は、病院の地図と、主治医と思われる虎の写真を印刷したものだった。


「インゲン先生は、まごころ総合病院の産婦人科副部長だ」タカシが言った。

「まごころ総合病院は、まごころカンパニーのお膝元だ。

 指示が出ればどんなことでもするだろう。

 だが、医療施設と医師の技術は町内で最も優れているから、妊娠期間を過ごすなら、一番安全とも言える」


「タカシさんの言う通り、母体の健康は最大限守られるだろうね。

 だけど、まごころ総合病院に入院すると、7号は確実に回収されるだろうね」

 樺が手を口元に沿えて、考え込むように言った。


「だったら、健診はまごころ総合病院でやるとして、出産は別のところでやったら?」

 エミリーがかしっと紙切れを肉球で叩きながら提案した。


「別のところ?

 だけど、人間界には戻れないんだよ」ゴンザレスが言った。


「病院以外で、まごころ町で出産できる場所はないの?」

 エミリーは、ゴンザレスに言われて少しイラついたような口調になった。


「あるとすれば、自宅かな」

 タカシが耳の裏をポリポリ掻きながら言った。

「検診は病院でも、多くの動物達は自宅出産が多いし。

 人間界でも自宅出産する場合があるだろ?」


 伝輝はネズミの出産祝いで自宅に行ったことを思い出した。

 よく考えたら、あれば産んでから退院したと言うより、その場で出産したのが正しいだろう。


「なるほど、自宅出産か。

 そうなると、立ち会う動物が必要だよ。

 信頼できる助産師が居た方が・・・」


「樺さんの言う通り、助産師を手配した方が良いかもしれないが、その助産師がカンパニーとつながっていれば場所を移しても同じだ。

 俺が立ち会うか・・・」


「タカシさんが!?」

 伝輝がタカシの方を見た。


「救急患者で、出産に立ち会ったことは何度かある」


「まぁ、一つの案として良いかもね。

 でも、自宅出産なら、カンパニーとつながりのない助産師を見つけておかないと」樺が言った。


「ただでさえ、まごころ町には医者が少ないのに、そんな都合良く見つけられるかな・・・」

 ゴンザレスがぼやくように言った。

 するとエミリーがジロリとゴンザレスを睨んだため、ゴンザレスは口調を変えた。

「と、とにかく、夏美さんに自宅出産の話をしてみたらどうかな?

 夏美さんがOKしてくれたら、可能性が見えてくるよね!

 タカシさんと伝輝君から話してみてよ」


「そうだな」

 タカシはうなづいた。


     ◇◆◇


 その後、伝輝達は今後何か情報を得た場合のみ、集まるということで、しばらくは夏美の様子を見るという意見でまとまった。

 自宅出産については、近いうちにタカシがさりげなく提案してみることになった。


 時間差を作るため、伝輝とタカシが先に個室を出た。

 入った時よりも客数は減っていて、男性客が増えていた。

 カウンターで客が酒を飲んでおり、カウンターに立っているのは、マスターではなくふっくらした女性だった。


「夜はスナックをしているんだよ」

 タカシが店を出た時に、看板を指差した。

 看板は「ペットコミュニティスナック たんぽぽ」になっていた。


 まごころ荘に戻った頃にはすっかり暗くなっていた。

 タカシは伝輝を6号室の前まで送った。


「ただいまー」

 伝輝がドアを開けると、夏美が飛び出すように玄関にやってきた。

 花柄のエプロンを着ていた。


「おかえりー。遅かったわね。

 ご飯は食べてきたの?」

「食べてないよ」

「よかった、丁度準備できたところだったからね。

 あら、タカシさん、こんばんは」

「こんばんは」

 タカシ(犬の姿)はペコリと頭を下げた。


「今日、タカシさんと出かけていたのよね。

 タカシさんはお医者さんでしょ。

 仕事大変なはずなのに、伝輝の遊び相手になってくれているのね。

 ありがとうー」

 夏美も深々と頭を下げた。

「タカシさんも晩御飯まだなら一緒にどう?

 しょーちゃんが、今日飲み会行くことになっちゃって。

 あ、でも、食べるものが違うのかしら?」


「大丈夫ですよ。

 動物によって差はありますけど、俺は人間の食事も普通に食べられます」


「本当! それじゃあ、入って入って!

 二人とも手を洗ってきてね!」

 夏美は嬉しそうに、伝輝とタカシを家に入れた。


 手洗いうがいを済ませた伝輝とタカシは、居間に向かった。

 ちゃぶ台には肉野菜炒めとほうれん草のお浸しが人数分置かれていた。


「伝輝、味噌汁をお椀に入れて運んでちょうだい。

 タカシさん、発芽米って食べる?」

 夏美と伝輝がちゃぶ台に残りの料理を並べ、三人揃ったところで食事を始めた。


「今まで仕事漬けだったから、まともにご飯作るのも久しぶりだわ。

 今日、ずっと家に居たけど、身体は元気だから退屈で仕方なかったわー。

 カレイさんも夕方前には帰ったし」

 夏美は途切れることなくペラペラと話し続けた。


 伝輝とタカシはそれを適当に聞き流した。

 タカシは、夏美に提案するタイミングを見計らっていた。 


「タカシさんって、まごころ総合病院で働いているのよね。

 まごころ総合病院ってどんな感じの病院なのかしら?

 結構大きいの?」


「ええ。まごころ町内では最大ですよ。

 というより、唯一の総合病院ですから、住民は大抵そこに行きます」


「そうなんだー。

 私も今度の健診で初めてまごころ総合病院に行くんだけど、その・・・人間界の病院とはやっぱ違うのかしら?」


「まぁ、動物病院と普通の病院が合体していると思ってください。

 ちゃんと清潔にしていますし。

 あとは、夏美さんが猫アレルギーとかでなければ・・・」


「あはは、そこは大丈夫よ。

 色んな動物と一緒に自分も診察されるってどんな感じなのかしら?」

「多分、夏美さんが思っている以上に、人間界と変わらないと思いますよ」


 夏美とタカシの会話を聞きながら、伝輝はタカシが会話の糸口を見つけようとしていると思った。


「ただ、出産に関しては、多くの動物は自宅出産をしているので、正直規模は少し小さいかなと思います」

 タカシは言った。

 夏美の表情が少し硬くなった。


「あら、そうなの。

 まごころ総合病院じゃあ不安かしら?」

「いえ、まごころ町では自宅出産の方が主流なので、産婦人科医も少ないんですよ。

 夏美さんも自宅出産なら、あまり関係ないかもしれませんが・・・」


「自宅出産は考えてないわ」

 夏美はきっぱりと答えた。

 毅然とした反応に、タカシと伝輝は小さく驚いた。


「どうしてですか?

 最近は妊婦がリラックスできる環境を重視しているので、病院よりも自宅の方が注目されているのですよ」


「自宅出産とか病院以外での出産も、確かに一つの方法だと思うけど、私は総合病院が良いわ。

 今回体調崩したこともあったし、やっぱり何かあった時に、すぐ対応してくれる場所で出産に臨みたいのよ。

 総合病院は病室とか待遇には限界があっても、出産時の緊急事態にも色んな科が対応できるでしょ」


 夏美の言葉に、タカシは腕を組んで、唸った。

 納得する以外他はなかった。


「その通りですね。

 病院出産は少ないので、産婦人科医が少なくても問題ないでしょう。

 だから、夏美さん安心してください」

「ありがとう、タカシさん」

 夏美は明るくニコッと笑った。

 一方伝輝の表情は暗くなっていた。


     ◇◆◇


 デザートのヨーグルトアイスを食べ終え、タカシは席を立った。

 夏美は片付けを始めたので、玄関までは伝輝一人で行き、タカシを見送った。


「元気出せ、伝輝。

 為す術がなくなった訳じゃない。

 まごころ総合病院には、俺も樺さんも在籍している。

 いざとなれば、病院内でも抵抗できるはずだ」

 タカシは伝輝の肩をポンと叩いた。


「うん・・・」


「そう、暗い顔するなって、夏美さんと7号にとって大事なのは、一緒にいる家族が元気で楽しそうにしていることだ。

 辛いかもしれないが、夏美さんと7号を助けるためには、お前が一番重要なんだ。

 頑張れよ」


 そう言って、タカシは6号室を出た。

 クンと、ゴンザレスの臭いを感じた。

 タカシは柵から下を見下ろし、声をかけた。

 ゴンザレスは丁度自分の部屋に入るところだった。


「よぉ、ゴンザレスさん。

 外で呑んできたのか?」

「こんばんは、タカシさん。

 まぁね、ちょっとね」

 タカシはタタタと階段を降り、ゴンザレスのところへ向かった。


「今日はありがとうな。

 ゴンザレスさん達には色々迷惑かけるかもしれないけど・・・」

「良いですよ。

 こうなったら、やるしかないですよね」

 ゴンザレスはニコッと前歯をむき出しにした。


「ゴンザレスさん・・・」

 タカシも口元を上げて微笑んだ。


「ただ、気になることがあるんだ」

 ゴンザレスの目が険しくなった。

「なぜ、バラは伝輝君に美食会のことをばらしたんだろう?

 何も言わなければ、僕達も手を打てず、伝輝君も知らないまま、7号は回収できる。

 そしてクッキーの言ってた通り、記憶操作で夏美さんと昇平さんには死産と認識させ、伝輝にもそう言い聞かせることができる。

 クッキーも美食会については、情報を流すつもりはなかった以上、バラにはカンパニーとは別の企みがあるのかもしれない」


「別の企みか・・・」


 タカシは片耳を折り曲げた。

 昨晩のバラと伝輝を思い出すと、何となくバラの思惑は推測できる。

 だが、それは到底実現できるものではないはずだ。


「夏美さんについては、タカシさんと伝輝君に任せるとして、僕はもう少しこの件について調べてみるよ」

「分かった、ありがとう」

 ゴンザレスは部屋に入った。


 タカシも階段を上り、5号室の鍵を開けた。

 入る前に、フッと6号室の方を見た。

 かすかに、二人が生活する音が聞こえてくる。


「今度こそ、必ず守ってみせる。

 絶対に」

 タカシは部屋に入り、バタンとドアを閉めた。

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