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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝と人間7号
63/84

人間7号計画 ① たんぽぽカフェ

夏美がまごころ荘にやってきた日の夜、伝輝とタカシは、まごころカンパニーが開催する「美食会」の存在を知る・・・

 宴会がお開きなり、皆で分担して片付けを行った。

 夏美は、初めて動物界に来たというのもあり、流石に疲れており、片付けには参加せず、皆にお礼を言って部屋に戻った。


 伝輝がせっせとダイニングテーブルの上の丸テーブル達を一つずつ台布巾で拭いていると、タカシがコソッと明日の放課後に自分の部屋に来るように伝輝に言った。

 伝輝は黙ってうなづいた。


     ◇◆◇


 次の日、川の字になって寝た豊家は、朝食を6号室で食べた。

 夏美の手料理を食べるのは、かなり久しぶりだった。


 すっかりカレイの料理に舌が馴染んでしまっていたため、夏美が作った味噌汁は、少々出汁が足りないと思った。

 カレイの作る料理の方が美味しいが、伝輝も昇平も何も言わなかった。


 昇平と伝輝が6号室を出る時に、カレイがやってきた。

 一緒に夏美の荷物を片付けてくれるそうだ。

 伝輝は夏美を一人にすることに対して不安があったが、カレイがいてくれることが分かり、少し安心した。


     ◇◆◇


 学校から帰ってきた伝輝は一旦6号室にカバンを置き、ボディバッグを背負って部屋を出た。

 伝輝は夏美に、タカシと出かけてくるとだけ伝えた。

 夏美はカレイと一緒にお茶を飲みながら楽しそうにおしゃべりしていた。


 夏美が笑顔でいてくれるのが、今の伝輝にとって唯一の救いだった。


 伝輝が5号室のドアチャイムを鳴らした。

 すぐにタカシがドアを開けて外に出てきた。


「これからどこに行くの?」


 二人で階段を降りながら伝輝は尋ねた。


「人間界だよ。

 皆にも声をかけてる」

 タカシは言った。


 タカシと伝輝はまごころ動物園前駅から、人間界の動物園の最寄駅に向かい、そこから電車に乗った。


 数駅進んで、各停電車しか停まらない小さな駅に降り、十分程駅近くの住宅街の中を歩くと、こじんまりしたログハウス風の一軒家が見えてきた。

 入口には「ペットコミュニティカフェ たんぽぽカフェ」と書かれた看板が掲げられていた。


 夕方になっても蒸し暑いが、テラスにはテーブルと椅子があり、三人組の中年女性が座っておしゃべりしていた。

 彼女たちの膝の上や足元にはチワワやゴールデンレトリバーがいた。

 ログハウスのそばには十台ほど止められる駐車場があり、ほとんど満車状態だった。

 その中に、オレンジ色の軽自動車があった。

 伝輝はすぐに人間狩り退治の時に乗った車だと分かった。


 店内は木材を基調とした壁や家具やテーブルなどで、落ち着いた雰囲気になっていた。

 席はカウンター席含めてほとんど埋まっており、テラスにいた客と同様に、どの客の傍らには猫や犬がいた。


「いらっしゃい。

 お連れ様は奥の個室3番にいますよ」


 カウンターでグラスを拭いていた男性がサラリと言った。

 ペッタリと整髪料で髪の毛を整えた丸顔の中年男性は、カッチリとしたベストに蝶ネクタイを付けていた。


 カウンターの傍を通って、奥に入ろうとした時、中年男性が伝輝を見てニコッと笑った。

 何となく直感で、伝輝はこの人間が本物の人間ではないと分かった。


 奥に進むと複数のドアが廊下にあり、その中の3番と書かれたドアをタカシは開けた。

 個室内は六名分の椅子とテーブルがあり、ワイシャツとネクタイ姿のゴンザレス(ヒトの姿)が座ってコーヒーを飲んでいた。

 木製の壁と暖色照明のおかげで、やや狭いが、閉塞感はあまり感じなかった。


「早いね、ゴンザレスさん」

 タカシが席に着いた。

 座った途端に、二足歩行の犬の姿になった。


「戻って大丈夫なの!?」


 伝輝が思わず言ったが、タカシは平然とした様子で笑った。


「大丈夫だよ。

 この個室には、人間も含め、関係者以外絶対に入らないようになっている。

 このカフェは表向きはペット同伴可のカフェだが、実は貫田一族が運営していて、動物界の住民の会談の場としても使われているんだよ。

 まごころカンパニーも使用するくらいだから、情報保護は徹底されている」


「化けの力で、この空間は保護されているんだ。

 カウンターにいたマスターの力だよ」

 ゴンザレスが言った。


「樺さんとエミリーちゃんももうすぐ来るよ。

 クッキーはあと三十分程かかるらしい。

 コーヒーでも飲みながら待つことにしましょう」


 ゴンザレスは壁にかかっていた呼び出しボタン押した。

 マスターがドアをノックし入ってきた。

 ゴンザレスはコーヒーのお替りを注文し、タカシはアイスコーヒーとソーセージ盛り合わせを、伝輝は冷麦茶とロールケーキを頼んだ。


     ◇◆◇


 マスターが個室を出て少ししてから、アフリカ系男性が白猫を抱いたまま入ってきた。


 ヒトに化けた樺は、薄ピンクのシャツとグレーのタンクトップを着ていた。

 樺が席に着く前に、エミリーは樺の腕から離れ、フワリとテーブルの上に着地した。


「クッキーはまだ来てないの?」

 エミリーは気だるそうに言った。


「もう少しで来ると思うよ。

 樺さんもゴンザレスさんも仕事終わりに来てくれてありがとう」

 タカシが言った。


「タカシさんだって半日出勤だったでしょ。

 僕も今日は特に残業なく終えたので良かったです」

「僕も今日は大した仕事は無かったからね。

 定時には少し早いけど、外回りの直帰扱いでここに来たよ。

 で、今日はクッキーを呼んで、何をするんだい?」


 ゴンザレスがコーヒーをズズッと飲みながらタカシに尋ねた。

 伝輝は、タカシがまだ皆には詳細を伝えていなかったのかと思った。


「昨晩、キバ組織のバラという男から、夏美さんのお腹の中にいる赤ちゃん・・・人間7号が、カンパニー主催の美食会の食材になる予定であることを聞いたんだ」


「何だって!?」


 樺がテーブルに身を乗り出すような状態になって言った。

 ゴンザレスは表情を少し歪めた。

 エミリーは動じていなかった。


「ちょっと、タカシさん、人間7号って呼ぶなよ」


 伝輝が言った。最近、どうも人間○号と言う言葉には敏感になってしまう。


「でも、これが一番手っ取り早い呼び方だろ?

 クッキーにバラの言ったことが本当かどうか、ここに呼んで確認するんだ」


 タカシは悪びれもせず話を続けた。

 周りの動物達も特に気にしていないようだった。

 動物界の、色んな物事に対して、伝輝はある程度受け入れてきたが、名付けのセンスの悪さだけは、まだ受け入れられずにいた。


 マスターが注文の品を持ってきた。

 アイスレモンティーとキャットフードも一緒に持ってきていた。

 樺達が個室に入る前に頼んだものだった。


     ◇◆◇


 伝輝達はクッキーが現れるまで、ほとんど会話もなく、飲んだり食べたりした。

 やや気まずさを感じたが、予想外にロールケーキが美味しかったため、伝輝は場に耐えることが出来た。


 カチャリ


 個室のドアが開き、小柄でさえない風貌の男が現れた。

 色あせたやや濃い色の肌に、黒いTシャツと安っぽい綿パンツを履き、革製のトートバッグを肩にかけていた。


「やぁ、クッキー。

 忙しいところ来てくれてありがとう」

 タカシが言った。

 ヒトに化けたクッキーは目の下にクマが出来ており、かなり疲れているようだった。


「遅いじゃない。

 何回ケータイ鳴らしたと思ってんのよ」

 エミリーの言葉を聞き、クッキーはケータイを取り出した。

 人間狩り退治用に伝輝達が持っているものと同じ機種で、ライムグリーン色だった。


「ああ・・・ごめん。

 電車に乗っていたから。

 ゴンザレスさんが鳴らしていたんだね」

 クッキーは暗いトーンで言った。

 そして、ノロノロと空いている席に座った。


「で、話って何?

 前にも言ったように、今は人間狩りを行う予定は無いんだよ」


「人間狩りはしない代わりに、美食会はするんだよな。

 その食材として、人間5号の腹の中にいる赤ん坊が候補に上がっている」


 タカシが単刀直入に言った。

 クッキーはビクンっと身体を動かした。


「何で、知っているんだ・・・?」

「ということは、本当なんだな?」


 クッキーは明らかに「しまった」という顔をした。

 だが、開き直ったのか、すぐに顔をもとに戻し、タカシ達を見た。


「その話は、どこで聞いたんだ?」


「昨晩、バラっていうハイエナの男から聞いた」


「バラか。なる程な・・・」

 クッキーは頭をポリポリ掻いた。


「確かにタカシさんの言う通り、産まれたての人間が、今回のサプライズ食材として選ばれている」


 伝輝は絶望的な気持ちになった。

 心のどこかで、デタラメだと思っていたかった。


「何で、教えてくれなかったんだ?」

 タカシは言った。


「別に、聞かれなかったし。

 人間狩りについては情報を流す約束しているけど、今回のそれは直接関係ないだろう。

 俺は親父の言いつけを守って、君達と関わっているが、俺自身はあくまでキバ組織の一員だ。

 敵対するつもりはないが、完全な味方でもないよ」

 クッキーは冷たい口調で言った。


「そんな・・・。

 そんなの、お母さんが納得するはずがない。

 産んですぐ連れて行かれたら、絶対におかしいって思うに決まっているだろ!

 まさか、お母さんも一緒に連れて行くのか?」


 伝輝は声を荒げて言った。

 無意識に両手を強く握りしめている。

 早くも右手からは熱を感じた。


「それは、そうならないように、あらかじめ手配されている」

「どうやって・・・?」


 クッキーは返答する前に、タカシやゴンザレス達の方を見た。

「言って良いのか?」


「この際、隠す必要もないからな」

 タカシが言った。


「そうか。

 言っておくけど、あまり知りすぎると、その分危険が増えることもちゃんと分かっておいてよ」

 そう言い終え、クッキーは伝輝の方に身体を向き直した。


「人間4号と5号には、俺の化けで記憶操作が施されている。」


「記憶操作・・・」


 伝輝はクッキーの目を見た。

 疲れ切った目元が、鋭く光っていた。

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