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8/8

8話 これからと未来

再会してから、二人は以前のように暮らし始めた。

ただし、ユリウスの姿は十三歳の少年だった。

その姿を微笑みながら見ているアリアは三十八歳になっていた。


以前とは違う光景だったが、二人にとってはかけがえのない大切な時間だった。

時折、ユリウスは彼女に剣の稽古を見せた。


「随分と頑張ったのね」

「まだまだだ」

「昔のあなたなら、もっと簡単にできたでしょう?」

「今は十三歳だからな」

「そうだったわね」


二人は見つめ合い、微笑み合った。


アリアは、少しずつ年を重ねている。それは当然のことだ。

彼女の時間は止まらない。自分はこれから成長していく。

しかし、彼女はその間にも歳を重ねていく。


ある日、ユリウスはアリアに話を持ちかけた。


「アリア。地下迷宮の話を知っているか?」

「地下迷宮?」

「ああ。大陸の南にある古い地下道だ」

「魔物が住んでいるって噂の……」

「そうだ」


ユリウスはテーブルに大きな書物を広げた。


「そこには、時を止める神器が眠っているという伝承がある」

「時を止める……?」

「迷宮の最奥に、古代文明の遺産が残されているらしい」


アリアは広げられた本を覗き込んだ。


「そんなもの、本当にあるのかしら」

「分からない。だが、確かめる価値はある」

「どうして急に?」


ユリウスは真剣な表情で彼女を見つめる。


「君と同じ時間を歩みたいからだ」

「俺は、もう呪いに苦しむことはない。これから先、普通に成長していける」

「そうね」

「だが、君は違う。俺が大人になるまで、君は歳を重ねていく」

「それは……仕方のないことでしょう?」

「仕方のないことにしたくない」

「もし伝承が本当なら、君の時間を止められるかもしれない」


アリアはしばらく考えていた。そして、小さく息を吐いた。


「行くつもりなのね」

「ああ」

「危険な場所なのでしょう?」

「そう聞いている」

「あなたはまだ十三歳なのよ?」

「分かっている」

「……止めても行くんでしょう?」

「ああ」

「……一緒に行きます」

「だが……」

「もう置いていかれたくないの、それに私は元騎士団の団長ですのよ?」

「あ、ああ、そうだったな」


時を止める神器を求め、地図を頼りに二人で馬を走らせる。

家から二日かけて辿りついた地下迷宮は、想像していた以上に広大だった。


入り口には「魔物」と大きく描かれた二文字。

そこから中へと続く通路は、長い年月を経ても崩れていない。

近づくと勝手に開くドアや、壁に埋め込まれた淡い光を放つライト。


今の時代の人間には理解できないものばかりだったが、俺には分かる。

迷宮の奥深くには、かつての文明が残した設備がいくつも存在していた。


金属の箱、パソコン。文字が刻まれた小さな板、キーボード。

細く長い、無数の黒いコードたち。


幾つもの通路を抜け、幾つもの階段と扉を越えた地下奥深く。

ユリウスとアリアは、一面真っ白な壁と床で構成された巨大な部屋へたどり着いた。

そこには、大きな筒状の機械が部屋の中央に設置されている。


「俺が先に行って確かめる」


ユリウスは手に握られている短刀をさらに強く握りしめ、ゆっくりと近づいた。


機械の表面には、見慣れた文字が表示されている。

その横には、透明な蓋の付いた寝台のような設備があった。

壁面と機械の側面には、図解のようなものが残されている。


人間が透明な装置の中に横たわり、小さな子供によって装置が閉じられる。

冷気が装置を満たす。

その後、大人によって開けられ、長い時間が経過したことを示すような表示。


……分かった。これは、時を止める神器などではない。

人間の身体を、長期間保存するためのものだ。

すべてを理解できたわけではなかったが、装置の使い方は分かった。


これは、人間を冷凍保存するための設備。

「コールドスリープ装置」だった。


これを使えば、彼女の時間を止められるかもしれない。

機械の奥から聞こえる微かな駆動音。大人よりも一回り大きなバッテリーには「地熱発電機」と記載されている。


「長期間に渡って人間の保存を目的とした設備で、記録には、98年間眠っていた人もいたと書いてある」

「つまり、人間を冷凍保存するのね……」

「ああ。まずは、俺がこの装置を試す」


アリアがユリウスの手を取り、強く握る。


「もし、駄目だったらどうするの?」

「駄目だった時の為に、俺が試すんだ」

「嫌、絶対に駄目」

「6時間経ったら起こしてくれ」

「ま、待って! ユリウス!」


ユリウスは真っすぐにアリアを見つめる。


「君と同じ時間を歩みたい。俺の最後のワガママだ」


アリアはユリウスの顔を見つめた。


「どうしても?」

「どうしてもだ」

「本当に大丈夫なの?」

「大丈夫」

「必ず帰ってきてくれる?」

「必ず」

「……わかった」


ユリウスが装置を開き、中へと入る。

横たわり、目を瞑る。


「緑の丸いところを押して、終わったら、赤い丸いところを押してくれ」

「うん……」

「また後で」

「絶対だよ」

「絶対だ」


アリアが緑のスイッチを押すと、ポッド内に白い冷気が横たわるユリウスを身体を包み込んでいく。


……


「……ス……ユリウス! ユリウス!!」

「……アリア……」

「ユリウス! よかった……よかったぁ……」

「もう6時間経ったのか?」

「うん……うん……」

「なら、この機械は使える」

「あなたは、私が目覚めるまで待つつもりなの?」

「ああ」

「何年も?」

「君に追いつくまで」

「私が眠っている間に、あなたは大人になるのね」

「そうだ」

「私は、眠ったまま歳を取らない」

「その通りだ」


アリアは少しだけ笑った。


「ずるい提案ね」

「そうかもしれない」

「私だけ時間を止めて、あなたが大人になるまで待つなんて」

「嫌なら、無理強いはしない」


ユリウスは彼女の手を離そうとした。


しかし、アリアはその手を握り返した。


「待って」

「アリア?」

「少し……考えさせて」


……


迷宮から出た二人は、しばらく近くの町に滞在した。

その間、アリアは何度も考えた。

自分が眠っている間、ユリウスは成長していく。


目覚めたとき、彼はどんな姿になっているのだろう。

自分は彼のことを覚えているだろうか。

装置は本当に正常に動くのだろうか。


不安は尽きなかった。けれど、それ以上に彼と一緒に生きたいという気持ちが強かった。


ある夜。宿の部屋で、二人は向かい合って座っていた。


「決めた。あなたを待つことにする」


アリアがユリウスの手を握り締めながら口を開く。


「本当にいいのか?」

「ええ」

「不安はないか?」

「あるわよ。たくさんね」


アリアは微笑みを向ける。


「でも、あなたが迎えに来てくれるのでしょう?」

「ああ。必ず」

「なら、私はあなたを信じます」


ユリウスは、何も言わずにアリアを見つめていた。


「私だって、あなたと同じ時間を歩みたいもの」


アリアの手が、ユリウスの頬に優しく触れる。


「次はあなたが待つ番ね。私の倍くらい待たなきゃね」

「ありがとう」

「ただし、いくつか条件があります」

「何でも聞く」

「一つ。絶対に私を置いて先にいかないこと」

「分かった」

「二つ。絶対に起こしてくれること」

「分かった」

「三つ。絶対に浮気しないこと」

「もちろんだ」

「それから……」


彼女の手に自分の手を重ねる。


「これからは一度きりの人生だ。だからこそ、君と最期まで生きる」


アリアは微笑んだ。


「そう、最期まで一緒にいてくれる事」


二人はもう一度、地下迷宮へ向かうことにした。

眠りにつく日、装置の状態を確認し、起動の準備を整える。

ユリウスは迷宮に残されていた記録を何度も読み返した。

透明な蓋が開かれ、アリアが装置に横たわる。


「冷たかったり、痛くはなかったから、安心してくれ」

「うん」

「それと、寝てる間は何も感じなくて、気が付いたら6時間が経過していたから、大丈夫だ」

「ふふ。心配しすぎ」


ユリウスを見上げて、目が合う。

彼の腕が背中へと廻され、抱きしめられる。


「25年、君を見守り続ける」

「ええ」

「俺が成長するまで、君は眠り続けることになる」

「分かっているわ」

「それでも……」

「ユリウス、私はあなたを信じているの。だから、ちゃんと迎えに来てね」

「ああ」

「それまで、いい子にしているのよ?」

「それは俺の台詞だ」


二人は笑った。


頬にそっと手を添え、口づけを交わす。

そして、装置を起動する。低い駆動音が部屋に響いた。


透明なポッドを冷気が満たしていく。


アリアは彼の顔を見つめ、ユリウスは彼女の顔を見つめていた。


『おやすみ、ユリウス』

「おやすみ、アリア」


彼女の瞼がゆっくりと閉じられる。

やがて、装置の内部に淡い光が満ちた。

表示された数値が安定し、機械は静かに動き続ける。


ユリウスはその場から動かなかった。

彼女が眠りについたことを確認してからも、しばらく装置の前に立ち尽くしていた。


「……必ず迎えに来る」


誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。


……………………………………………………………………………


地下迷宮の奥深くには、かつてと変わらない機械音が響いていた。

長い年月の間、装置は稼働を続けていた。

装置の前には、一人の逞(たくま)しい身体つきの男性が立っている。


茶髪に、優しい大きな瞳。彼は装置の表示を確認した。


【25年 0日0時間3分】


彼が赤いスイッチを押すと、ポッド内を満たしていた白い冷気が徐々に晴れていく。

装置から大きな音が鳴り終えると、ゆっくりと透明な蓋を開く。


「……アリア」


声をかけると、アリアの瞼がかすかに動く。


「ん……」


ゆっくりと目を開ける。


視界がぼやけていた。


それでも、確かに目の前に誰かがいる。


「おはよう。アリア」


ずっと聞きたかった言葉が聞こえ、ゆっくりと見上げる。


そこには、あの子の面影を、少しだけ感じられる男性が私を見つめていた。


綺麗な茶髪、可愛いらしい声、大きな瞳の彼。


あの日、まだ13歳だった少年。


何十年もかけて自分のもとへ帰ってきてくれた彼。


そして、25年間、目覚めを待ち続けてくれた人。


「……ユリウス?」


「ああ。迎えに来た」


アリアの目から温かな涙がこぼれ落ちていく。


「本当に……大人になったのね」


「待たせてしまったな」


「ううん、一瞬だったわ」


アリアはゆっくりと身体を起こし、そして、ユリウスの頬に優しく触れる。


「もう置いていかないでね」


ユリウスは頬に触れている手を優しく包み込み、微笑んだ。


「最期まで、ずっと一緒だ」


かつてと同じ温もり。


かつてと同じ優しさ。


これから先、何年一緒にいられるのかは分からない。


けれど、それでいい。


永遠でなくてもいい。


ただ、隣にいてほしい。


同じ朝を迎え、同じ食事をして、同じ夜に眠る。


そんな当たり前の日々を、今度こそ最期の時まで。


「おかえりなさい。ユリウス」


「ただいま。アリア」


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