第76話:【来訪】女公爵の来訪、二つの国
帝都中央広場に、かつての敵国――アステリア王国の紋章を掲げた外交団が到着した。
馬車を囲むのは、王国が誇る八人の聖騎士のうち、精鋭四名。白銀の甲冑を纏った彼らの存在感は、ここが帝都であることを忘れさせるほどの威圧感と神聖さを放っていた。
馬車から降り立ったのは、若き公爵令嬢セーラ。両親を亡くし、十代にして当主の座と国の命運を背負わされた彼女は、その幼さを微塵も感じさせない気高さで、帝都の地を踏んだ。
私は、公式な首脳会談の席には出なかった。そういう小難しいのはバルガスやカイル隊長に任せればいい。私はアークの影で、彼女が公務を終えるのを今か今かと待ち構えていた。
「セーラぁぁぁ!!」
休憩に入った彼女の姿を見つけた瞬間、私の視界は涙でぶわっと滲んだ。
なりふり構わず駆け寄り、護衛の聖騎士たちが剣の柄に手をかけるのも構わず、私は彼女の細い体に飛び込んだ。
「……ちょっ、エリー!? あなた、いきなり何するのよ! これでも一応、国の代表として来てるんだから!」
「だってぇ……だって、大変だったんでしょ!? セーラ、あんた一人で……!」
「……ふん、相変わらずね。あんたのそのハンダ付け、ついに世界まで繋いじゃったみたいじゃない」
セーラは困ったように笑いながら、それでも私の背中を優しく叩いてくれた。
「……ちょっと、エリー。あんた一応これでも年上なんだから、人前でそうやって泣きじゃくらないの。シャキっとしなさいよ、もう」
後ろから呆れ顔のリディアが歩み寄ってきて、私の襟首を軽く引っ張った。
「だってリディアぁ、セーラが、セーラがぁ……」
「分かってるから、少し落ち着きなさいってば」
リディアの小言を食らいながら、ようやく私は涙を拭った。
その後、公式な場とは違う、リラックスした雰囲気での「対面」が始まった。
そこには、一人の男が重い表情で立っていた。帝国の名将、バルガスだ。
「……セーラ公爵令嬢。まずは、一人の武人として、そして軍の責任者として謝罪させていただきたい」
バルガスが、その巨躯を折り曲げ、深く頭を下げた。
「我が軍が貴国に強いた惨劇、奪った命……これらは、いかなる理由があろうとも許されることではない。……誠に、申し訳なかった」
バルガスの重い言葉。侵略した側としての消えない罪。
その沈黙を破ったのは、スラムの女王オメガが差し出した、芳醇な香りを放つ一皿の『林檎パイ』だった。
「……あら。これはアステリアの……」
セーラが驚きに目を見開く。その瞳が、パイから立ち上る香りに揺れた。
「ええ、アステリア北部の契約農家でしか獲れない最高級の林檎ですわ。しかも、この生地の折り方……私が子供の頃に一番好きだった、王宮御用達のレシピと寸分違わない……」
セーラの視線が、傍らで控えるカイルに向けられた。カイルは静かに一礼して口を開く。
「……セーラ様が幼少期、公務で疲れ果てた際にいつもこのパイを欲しがっていたこと、忘れてはおりません。この状況であなたを笑顔にできるのは、これしかないと確信しておりました」
カイルはわざわざ王国までアークを往復させ、混乱の中で散り散りになっていた農家や職人を自ら探し出し、最高の材料を揃えたのだ。それをシスターズのオルガやルーテたちが、オメガの指揮下で、かつての敵国の代表のために腕によりをかけて焼き上げた。
「帝国の上層部がアンタらの国にしたことは、謝って済む話じゃない」
オメガが不敵に、だがどこか慈悲深い笑みを浮かべて言った。
「だが、このパイの材料を運んできたのも、焼いたのも、今のガレリアを支える連中だ。まずはこの味を免罪符代わりに受け取ってくれないかい? アンタの国の誇りと、あたしたちの歩み寄りの印さ」
セーラは静かに、気品を湛えたままパイを一口頬張った。懐かしい故郷の味。
「……バルガス将軍。あの日、私の国を救い、私を救ったのは、他でもない帝国軍から離反したあなたと、そこにいるエリーたちですわ。憎しみが消えることはそう簡単なことではありません。ですが、あなたが掲げた盾が、我が国の多くの民を守ったことも事実。……感謝いたしますわ」
セーラの寛大な言葉に、バルガスは顔を上げ、噛み締めるように頷いた。
「いいえ、感謝すべきは私の方だ。オメガ殿も同意してくれるだろうが……我らだけであれば、この革命は成し遂げられなかった。エリー殿たちの、あの理屈を超えた行動力と、未来を直そうとする意志があったからこそ、我々は自分たちの『正義』を取り戻せたのだ」
「全くだ。あたしたちスラムの野郎どもが、こうして将軍様と肩並べてパイを食えてるのも、全部あのエリーたちのおかげだからね」
オメガがニッと笑う。カイルの気配りと、シスターズの献身、そしてエリーの「修理」する力が、この場に奇跡のような和解をもたらしていた。
そして、私は彼女に一人の少女を紹介した。
「セーラ、この子はピッコ。……その、私たちの『新しい家族』なの」
「……初めまして、アステリアの代表者様。私はプリシラ……通称ピッコですわ」
ピッコが上品な「ですわ」口調で挨拶すると、背後に控えていたシスターズたちがニヤニヤしながら割って入った。
「「「よろしくね、ピッコ大叔母様!」」」
「……解せませんわ。製造時期が早いからといって、なぜこの私が末っ子の分際で『大叔母』などという旧世代的な呼称を……っ!」
ピッコが真っ赤になって抗議する姿を見て、セフィラがクスクスと笑う。
アリスが数千年も前から予見していた、エリーとピッコの邂逅。リュウガが達観したように笑い、ピッコの頭を撫でる。
そんな穏やかな空気を切り裂くように、広場の一角で火の手が上がった。
「……ったく、空気読めないバグが残ってるわね」
潜伏していたロジウスの過激派残党が、自爆型の魔導兵器を起動させたのだ。だが、混乱が広がるよりも早く、一人の男が前に出た。
「――案ずるな、民よ。この場は我らが守る!」
バルガス将軍だ。彼が愛剣を抜き放ち、その覇気を爆発させると、空気が物理的に震えた。
「全軍、陣を組め! 民の盾となれッ!」
号令一下、兵士たちが一糸乱れぬ動きで民衆を守る防壁を展開する。チェロやオーボエたちが踊るように飛び込み、敵の術式をものの数秒で無力化した。
静寂が戻った広場で、バルガスは剣を収め、震える子供の頭をそっと撫でた。
「怪我はないか? ……安心せよ、帝国の盾はもう、貴殿らを傷つけるためには使わぬ」
その瞬間、広場を割らんばかりの歓声が沸き起こった。
「バルガス将軍!」
「連合万歳!」
「俺たちの英雄だッ!」
それは恐怖による支配ではなく、心からの信頼と敬愛。新しい指導者への熱烈な支持が、帝都全体を揺らしていた。
「……ふん、すごい味方を手に入れたわね、エリー」
セーラが感心したようにその光景を見つめていた。
「さて、あなたの提案してた『救済連合』、詳しく聞かせなさい」
極東の地に、真の意味での平和が芽吹き始めていた。
私のハンダ付けが繋いだのは、ただの魔導回路じゃない。
バラバラだった人々の心、そして未来そのものだったのだ。
ぜひご感想をお寄せください。
また評価とブックマークもしていただけると嬉しいです!!




