第57話:【氷壁】北の巨壁、要塞守備隊長シュナイダーの迎撃
ヴォルガのジャンク市で死に物狂いでかき集めた『高純度単結晶シリコン』の廃材は、私の執念のハンダ付けによってリュウガのバイタルをどうにか繋ぎ止めていた。消失した右腕の断面には、剥き出しの基板と導線が痛々しく這い、時折青い火花を散らしているけれど、全身に広がっていたノイズは僅かに落ち着きを見せている。
「……エリー、すまない。助かった」
「礼なんていいから、その回路を焼き切らないように大人しくしてなさい。あんたの身体をこれ以上欠けさせるなんて、技術者のプライドが許さないんだから」
強がってはみるけれど、バギーの隣で青白く透けるリュウガの顔を見るたび、私の心臓は嫌な音を立てる。
『マスターの存在維持率、42%で安定だお(゜∀゜)! 右腕のデータロストは埋まってないけど、とりあえずデリートは回避だお!』
宙を舞うファーファが騒がしくアラートを消した。
そんな私たちの前に、北の空を刺し貫く漆黒の巨塔――「北の塔」が姿を現した。
だが、その手前には絶望そのものを塗り固めたような巨大な防壁が立ち塞がっていた。帝国軍の最終要塞「アイアン・ウォール」。
「母様、お父様. 前方に帝国軍第4重装師団を確認. 要塞守備隊長シュナイダーが、魔法無効化領域を展開する『対魔障壁車』を扇状に展開していますわ」
十一女オーボエが、軍事通信機を通じて冷徹に状況を報告する。画面に映し出されたのは、王都で戦っている猛将バルガスのような派手さはないが、精密機械のような規律を感じさせるシュナイダー隊長の陣形だった。
「アイアン・ウォール……。あれを落とさない限り、塔へは一歩も近づけないってわけね」
私が唇を噛む横で、リディアが呆れたようにため息をついた。
「ちょっとエリー、正気なの? たったこれだけの人数で、帝国が誇る難攻不落の要塞を正面から落とそうなんて。客観的に見て、非常識を通り越して狂気の沙汰よ」
リディアの言葉は正論だ。10台のキャラバンと護衛のカイルの部隊、わずか12人の「家族」で、軍の師団に挑むなんて前代未聞。けれど、彼女は肩をすくめると、不敵な笑みを浮かべてタブレットを叩き始めた。
「……ま、セフィラやあんたの娘たちのデタラメな戦闘力は何度も見てきたしね。非常識な連中には非常識な戦い方がお似合いよ。なんとかなるでしょ、きっと。私のドローン部隊も索敵と通信妨害で支援に回すわ。誰も死なせないでよね、製作者(お母様)」
「当然ですわ! これよりブリーフィングを開始しますわ。各自、役割を厳守なさいまし」
オーボエのハルバードが、ホログラム地図上の要塞を指し示す。
「長女チェロ、二女オルガ、八女テューバは、母様とお父様を連れての内部潜入時の護衛、および最終防衛線を維持。六女ヴィオラと七女クララは、一号車ルーフからの狙撃およびジャミングを担当」
オーボエの声が鋭さを増す。
「十女ボーン、三女コルネ、五女ユーフィは私の指揮下で正面からの陽動。敵の注意を完全に引きつけなさい。その間に四女ルーテと九女ハープ、貴女たちが要塞内部へ潜入し、障壁の源を断つ。カイル隊長、アーク全車両の固定砲を展開し、カイル隊長を中心に後方からの砲撃支援を。補給線を死守しつつ、テューバに防壁の物理破壊タイミングを指示してちょうだい。セフィラは一号車の側に。切り札は最後まで隠しておくものですわ」
各自が短く応じる。アークのエンジン音が重低音を響かせ、決戦の時を告げた。
吹雪が視界を遮る中、作戦は開始された。リディアの放った数十機のドローンが銀の矢となって空を舞い、敵のセンサーを幻惑する。
「ヒャッハー! 地獄のオーケストラ、開演だお! 爆音実況付きで葬ってやるお!」
十女ボーンが、ロケットランチャーを固定したバイクをウィリーさせ、爆音と共に敵陣を攪乱する。続いて三女コルネの火炎と五女ユーフィの双剣が、シュナイダーの重装歩兵を翻弄していく。
そこへ、カイル率いるキャラバン本隊からの支援砲撃が重なり、要塞の銃座を次々と沈黙させていった。
「ふん、魔法に頼らぬ蛮族どもが。対魔障壁の出力を上げろ! 物理的に圧殺してくれる」
要塞の最上段から、シュナイダーが冷酷に指揮を執る。だが、彼の計算には「物理の天才」である私の計算が含まれていなかった。
「ヴィオラ、今よ! 私の計算した共振ポイントに、レールガンをブチ込みなさい!」
「あら……あんな無様な造形を晒して。了解ですわ、母様。その無粋な構造的欠陥、わたくしの瞳からは逃げられませんわ」
アークの一号車に据え付けられたレールガンが、激しい放電と共に唸りを上げた。放たれた鋼鉄の弾丸が、要塞を支える氷の岩盤の「一点」を正確に撃ち抜く。
ズゥゥゥゥゥン……ッ!!
凄まじい轟音と共に、自重を支えきれなくなった巨大な氷壁が、文字通り自壊を始めた。
「な、何だと!? 壁が崩れるなど……馬鹿な、あれは物理的に不可能なはずだ」
「計算が甘いのよ、帝国軍! テューバ、トドメ!!」
八女テューバは無言で、うんうん、とうなずきながら、手にしたロケットランチャーを乱射し始めた。ひたすら火線を撒き散らし、敵の視界と装甲を削り取っていく。
そのまま彼女はシュナイダーの駆る超重戦車に向かって正面から突進した。時速130キロの鉄塊である戦車に対し、彼女はその華奢な腕で正面から受け止める。
キィィィィィィィッ!!
鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合う悲鳴。信じられないことに、テューバの怪力が、数トンの重戦車を物理的に押し返していく。
要塞が瓦解し、混乱が広がるその時だった。
地平線の向こう、北の塔の頂上から、空を割るような巨大な青白い認証シグナルが天へと放たれた。
「……アリスの、オルゴールだ」
意識を混濁させていたリュウガが、微かに呟いた。彼の耳にだけ、2000年前の旋律が響いている。アリス・クラインが仕掛けた「世界への再起動シグナル」が、ついに動き出したのだ。
『目標を再特定。イレギュラー・コードの残存を確認。排除シーケンスを、解析官エグゼの名において執行する』
空に、帝国のハインリッヒ率いる低空装甲飛行艇「アサルト・スキッパー」の編隊が姿を現した。
「マズい……。リュウガ、しっかりして! まだ消えちゃダメ、絶対ダメなんだから!」
私は、ポリゴン化が再び進み、意識を失いかけているリュウガを必死に抱き寄せた。空から降り注ぐ機銃掃射。崩れゆく要塞。
「リュウガ! アリスじゃない、私の名前を呼んで! 私、エリアーナよ! あんたを愛して、あんたを直せる唯一の女の名前を呼びなさいよッ!」
私の悲鳴のような叫びが、爆音の中で響き渡る。一号車のルーフで待機していたセフィラが、迫りくる飛行艇の機銃をその巨剣で弾き飛ばした。
リュウガの瞳が、一瞬だけ強く、ディープブルーに輝いた。
「……エ、リー……」
その言葉を聞いた瞬間、私はバギーのアクセルを床まで踏み抜いた。開かれた北の塔のゲート。その先にある真実と、アリスの遺産を求めて、私たちは救済の弾丸となって突っ込んだ。
背後でハインリッヒの飛行艇が旋回し、エグゼの冷徹な演算が私たちの軌道を追う。救済キャラバンは、因果律の嵐を切り裂き、聖域へと辿り着いた。
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