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《SFファンタジー冒険譚》物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の知識の管理者(旦那様)でした。追放された没落天才令嬢の私は最強の娘たちと「世界」を再構築!―合計6⃣5⃣0⃣0⃣PV  作者: ざつ
第3章:帝都編:鋼鉄の玉座と傀儡の皇帝

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第54話:【炎路】決死の脱出、火の海のバージンロード

 触れ合った唇の熱は、まだ私の体温に溶けきっていなかった。


 瓦礫の広場、降り注ぐ煤煙。祝福の鐘の音はいつの間にか、王都中に鳴り響く不吉な警鐘へと変わっている。私は確かに、今この瞬間、世界で一番幸せな30歳の花嫁になったはずだった。


 だが、その余韻を、無慈悲な鉄の雨が切り裂いた。


「――っ!? 伏せなさいッ!!」


 リュウガが私の肩を強く抱き寄せ、地面に押し倒す。

 直後、鼓膜を突き破らんばかりの爆音と熱波が背中を通り抜けた。王都アステリアの空を埋め尽くしたのは、帝国の低空装甲飛行艇『アサルト・スキッパー』が放つ焼夷弾だ。


「な、なによこれ……もうこんな奥地まで!? 私の結婚式を邪魔する奴は、全部地獄に落ちなさいよッ!」


 叫びながら顔を上げた視界の先、祭壇の影でセーラが私を強く突き飛ばした。彼女の瞳には、親友としての情愛以上に、公爵令嬢としての、ロットこの国の守護者としての苛烈な覚悟が宿っていた。


「エリー、行きなさい! ここは私たちが食い止めるわ!」

「セーラ!? でも、あんたたちだけじゃ――」

「馬鹿を言いなさい! リュウガが読み取ったアリスの記憶……そこに私たちに必要なものが眠っているんでしょう? 未来へ行くのはあんたたちの役目よ! 救済のリュウガを、そしてこの国の希望を繋ぎ止められるのは、製作者(母様)であるあんただけなのよ!」


 セーラが背負う絶望的な殿の重み。それを理解した瞬間、私の心から迷いが消えた。

 ……そうだ。ここで立ち止まって泣き言を言っている暇なんてない。

 私は唇を噛み切り、純白のドレスの裾を両手で強く掴んだ。


「必ず戻ってくるわ! セーラ、みんな!」


 バリッ、と嫌な音が響く。シスターズたちが丹精込めて用意してくれた、繊細なレースのドレス。私はそれを自らの手で豪快に引き裂いた。膝下から露わになったのは、ドレスにはおよそ不釣り合いな整備用の厚底ブーツと、鍛えられた脚。引き裂いたレースの布を、バギーのひび割れたステアリングにグルグルと乱暴に巻きつけて固定する。純白のドレスは、今この瞬間から「修理屋の作業着オーバーオール」に戻った。


 花嫁の幻想はここで終わり。ここからは、戦うエンジニア、エリアーナ・アルテミシアの顔だ。


「リュウガ、行くわよッ! カイル隊長、キャラバン始動!」

「了解! 各員、指定の車両へ! 王都の東門をブチ破るぞ!」


 カイル隊長の野太い怒号が広場に響き渡る。10台のトレーラーハウス型ラボで構成された巨大な鋼鉄の船団が、重低音を響かせながら一斉に駆動を開始した。

 リュウガは立ち上がり、虚空に青白いホログラムのコンソールを展開した。彼の横顔は、いつになく険しい。指先が、目にも止まらぬ速さで複雑なコードを打ち込んでいく。


「王都の管制網を一時的にハックする。……脱出経路の信号、すべて『青』に書き換えるぞ。ナビの座標はアリスの記憶から同期済みだ。迷う必要はない」


 ふと、その端末の端に見慣れない記号が見えた。

 旧文明の幾何学文字とも、現世の共通語とも違う。曲線と直線が不規則に組み合わされた、奇妙な古代文字――旧文明のさらに昔、最古のアルファベットの原型のような刻印。


「リュウガ……その文字……」

「……気にするな。今は1秒が惜しい」


 リュウガの声はどこまでも冷静だった。けれど、彼は左腕をわずかに引きつらせ、私の視線を遮るように端末を閉じた。

 ……その時の私は、まだ気づかなかった。

 彼の左腕の先で、管理者権限喪失の代償が、猛毒のようにその肉体を蝕み始めていたことに。彼はただ、新婚の喜びの中にいる私を不安にさせまいと、その激痛を表情の裏に隠していたのだ。




 王都東門。そこは既に、逃走経路ではなく『死の門』と化していた。

 立ち塞がるのは、帝国の境界守備隊。その中心には、猛将バルカスが率いる重戦車大隊が、黒い鉄の壁となって街道を埋め尽くしている。


「前方に熱源反応多数! あんなゴツい鉄屑に、私たちの門出を邪魔させるわけにはいきませんわね!」


 私たちのバギーの助手席で、十一女オーボエがハルバードを抜き放つ。風圧で彼女の姫カットが激しくなびいた。


「全機、機動護衛陣形『フォーメーション・イレブン』! 時速150キロまで加速なさいまし! お父様とお母様の道を、力ずくでこじ開けますわよ!」


 アークの本隊である大型トレーラー10台を囲むように、シスターズたちが専用の魔道二輪バイクを唸らせて展開した。キャラバン本隊は時速130キロ、その外周をガードするシスターズは時速150から200キロの超高速域で躍動する。


「ヒャッハー! あたしの爆音実況、全車両のスピーカーに出力開始ですよぉー! 特等席で死に晒せ帝国軍ぅー!」


 十女ボーンが、ロケットランチャーを固定したバイクをウィリーさせながら叫ぶ。中央を走るのは、私とリュウガ、そして二女オルガが乗り込んだ指揮用バギー。オルガは後部座席で聖母のような微笑みを浮かべながら両手を広げ、車両全体を包み込む強力な『電磁シールド』を展開している。


 その両脇を死守するのは、長女チェロと八女テューバだ。彼女たちは車体そのものが巨大な盾となっている重装甲バイクをピタリと並走させ、1枚の鉄壁となって物理的な防衛線を構築する。


「ヴォルフ! エンジンの回転数が落ちてるわよ! 新婚旅行の邪魔をする無粋な奴らなんて、さっさとこの世からデリートしてちょうだい!」


 通信機越しに、後続の輸送車の上でドローンを操るリディアの声が響く。


「うるせえドローン女! このエンジンの悲鳴は『歓喜』だ! エリーの嬢ちゃん、しっかりハンドル握ってろ!」


 ヴォルフが笑い飛ばし、カイル隊長の指示が全車両に飛ぶ。


「アークの轍から外れるな! 狙撃班、センサーを潰せ!」


 バイクのサイドカーに搭乗した六女ヴィオラと七女クララが、ロングライフルを構える。


「目標捕捉……蹂躙のお時間かしら?」

「風読み、完了。……てぇてぇ……の邪魔、万死に値しますわ。」


 パシュッ、という乾いた音と共に、3キロ先に展開していた敵戦車のカメラアイが次々と撃ち抜かれ、火を噴く。だが、バルカスの戦車隊は厚い。1両が沈んでも、次の1両がその残骸を乗り越えて突進してくる。


「母様、こじ開けますわよ! セフィラ、前衛へ! アンビリカル、接続固定!」


 オーボエの鋭い号令と共に、キャラバン最後尾――10号車の「第二ラボ」に搭載された大型エネルギーリアクターが唸りを上げた。一号車から射出された太い動力ケーブルが、キャラバンの中心近くを並走する白銀の特務機セフィラの背中へと、磁気ロックで接続される。


 アンビリカルケーブル。

 これがある限り、セフィラはキャラバンの側を離れることはできないが、その代わりに出力は無限に近くなる。


「……管理者、了解。……物質結合、解除開始。……消えて」


 アークのメイン炉から、10号車を経由した膨大なエネルギーがセフィラへと逆流した。彼女が握る白銀の剣が、空間そのものを軋ませるほどの青白い光を帯びる。


「『次元干渉弾ディメンション・バレット』――発射」


 放たれた一撃は、目にも止まらぬ光の筋となって戦車大隊の中央を貫いた。着弾の瞬間、爆発すら起きない。


 ただ、強固な鋼鉄の装甲が、飴細工のようにぐにゃりと歪み、次の瞬間にはさらさらとした砂となって崩れ落ちていく。物理法則そのものを書き換えられた重戦車は、存在そのものを世界から拒絶されたかのように、音もなく消滅した。


「今よ! 全速力で駆け抜けなさいッ!」


 私はバギーのアクセルを床まで踏み抜いた。時速150キロ。燃える王都の門を、私たちは『救済』という名の弾丸となって、文字通り食い破った。


 王都アステリアの灯火は、もう地平線の彼方だ。荒野の夜風は冷たく、引き裂かれたウェディングドレスの隙間から、私の肌を刺す。救済キャラバンは、追っ手を撒くために街道を離れ、北の暗闇へと入り込んでいた。全車両、ステルス行軍モード。駆動音を抑えた不気味な静寂が、荒野を包む。


「リュウガ……大丈夫? さっきのハック、かなり無理したんじゃ……」


 バギーを低速走行させながら、私は隣に座るリュウガに声をかけた。……返事がない。それどころか、彼はハンドルを握ったまま、不自然に姿勢を崩していた。


「リュウガ……?」


 私が彼の肩に不安げに触れようとした、その時だ。月明かりに照らされた彼の足元を見て、私は息を呑んだ。


「……う、嘘……何、これ……」


 彼の右脚。膝から下にかけて、肉体があるべき場所が――透き通っていた。青い幾何学模様のノイズが走り、パタパタと剥離するように明滅を繰り返している。まるで、読み込みに失敗した、古いデータの断片のように。


「……管理者、深刻な不具合バグを確認。……肉体の実体維持システムが、もはや物理層を維持できていませんわね」


 オーボエが、バギーの傍らにバイクを寄せ、冷徹に告げた。彼女の声には珍しく、隠しきれない動揺と焦燥が混じっている。


「これ以上の高負荷移動、およびAdmin権限の行使は、管理者本人の完全消滅デリートを招きますわ。……全機、隠密行軍を継続なさいまし」


「消滅……? そんなの、許さない……許すわけないでしょ……!」


 私は震える手で、もはや感触の希薄な彼のポリゴンの足を摩った。さっきまでの脱出劇の興奮も、すべてが氷点下まで凍りついていく。


「私、結婚初日で未亡人なんて、絶対に嫌だからねッ! 意地でも、死んでもあんたを直してやるんだから!」


 怖い。彼がこのまま、陽炎のように消えてしまうのではないか。私が作ったシスターズはこんなに頑丈なのに、その管理者であるはずの主人は、こんなにも脆いなんて。


 その時、アークの受信機が、激しいノイズ混じりの信号を捉えた。混戦のためか通信が不安定になっているが、それは確かにセーラからの、暗号化された量子通信だった。


『……聞こえ、る……リュウガ……? あんたは……真実……辿り着き、なさい……エリーを、頼ん……』


 ザザーッ、と激しいノイズ。そして、通信は完全に沈黙した。


「セーラ……? ねえ、セーラ! ……だめ、通信が切れたわ」


 返事はない。代わりに、私の横でリュウガが、うなされるように呻き声を漏らし、震える指先でダッシュボードのコンソールに触れた。


「……アークの、メインサーバーを……見てくれ……。ログに……今、見えた記憶を……焼いた……」


 掠れた、今にも消え入りそうな声。彼は執念で、自分の網膜を焼いたフラッシュバックの視覚情報を外部ストレージへと転送したのだ。


「記憶を焼いた? 何言ってるのよ、そんなことより今はあんたの身体を――」


 言いかけて、私はバギーのメインモニターに映し出された光景に目を奪われた。

 それは、今の荒野ではない。どこまでも白く、美しく、 exotic なほどに悲しい――雪降る極東の異郷の景色。彼がかつて、誰かと交わした「本当の約束」の断片。


「リュウガ……死なせない。絶対に、あんたを消させたりしないんだから!」


 私は彼を抱きしめ、実体のない脚を必死に、必死に温めようとした。北の大地に何があるかはわからないけれど、アリスから聞いた情報を元にリュウガが入力してくれた座標、そしてこの「記憶の景色」は、今の私たちの唯一の希望だ。


「北へ……行くわよ。そこに何があろうと、あんたを『再定義』して、元の身体に戻してやるんだから!」


 救済キャラバンは、夜の闇を裂いて北へと消えていった。火の海のバージンロードの先に待つのは、凍てつく再生の物語だ。


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