第49話:【再生】瓦礫の王都、再生の足音
イグニスとの決戦から数日が経過した。
王都アステリアは、かつての白亜の輝きを失い、あちこちに戦闘の爪痕が残る瓦礫の山と化していた。だが、そこを流れる空気は、これまでの停滞した2000年間とは異なり、不合理なほどの熱気に満ちていた。
「ねぇ、セーラすわぁん。公爵家の権限で王宮の予算を動かせるなら、私の新しいラボを最優先で建ててくれてもいいと思わない? 屋根は自動開閉式で、地下には大型の重力崩壊動力炉。あと最新の五軸加工機も一通り揃えてくれたら……私、もっともっと頑張っちゃうんだけどなぁ。ね? お願い!」
私は、仮設テントの司令部でセーラの袖を控えめに引きながら、潤んだ瞳で訴えていた。
市民たちから「真の救世主」として熱狂的に迎えられ、今や王都で最も発言力のある技術者となった特権を、最大限……かつ、可愛らしく利用させてもらう。
「もう、エリーったら。……分かったわよ。貴女と娘たちが、この街のインフラを一日で半分以上立て直してくれたんですもの。それくらいの報酬は当然だわ。その代わり、これからも街の維持をお願いするわね?」
セーラは苦笑いしながら、復興計画書に次々とサインしていく。彼女は今、新政権の事実上のリーダーとして、生き残った聖騎士たちの再編と街の立て直しに奔走していた。すると、横で腕を組んで見ていたリディアが、心底呆れたように鼻を鳴らした。
「……ちょっと、エリアーナ。貴女ね、いくら親友だからって、年下の公爵令嬢にそこまで媚びを売って恥ずかしくないの? 恥も外聞もあったもんじゃないわね、このジャンク屋は」
「うるさいわね、リディア! 背に腹は変えられないのよ。最高級の旋盤と魔導炉のためなら、私はプライドなんて喜んでゴミ箱に捨てるわ!」
「……ふん、相変わらずね。……まぁ、その厚顔無恥さがあるから、あの化け物みたいな娘たちを養っていけるんでしょうけど」
リディアの辛口なツッコミを「褒め言葉」として受け流し、私はセーラが発行してくれた「ラボ建設許可証」を大事に懐にしまった。
外に出ると、そこには最高に騒がしい「復興支援」の光景が広がっていた。
「( ゜∀゜)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \! 皆様注目だお! こちら、火力の三馬鹿がお届けする『超高火力・特製焼きそば』だよ! コルネ姉さんの指先から出る魔力(直火)で焼き上げた、焦げ目が自慢の一品だよー! 魔法が消えても火種くらいなら、あーしらの出力で十分よぉぉぉおおお!」
十女ボーンが拡声器で実況し、三女コルネが鉄板の上で炎を操っている。五女ユーフィは「はい、どんどん回して!」と、凄まじい手捌きで配膳をこなしていた。彼女たちが動くたびに、慣性をデリートした残像が石畳を駆け抜け、空腹に喘ぐ市民たちに次々と熱々の食事が届けられていく。
「……規律が乱れていますわ。重機は左側通行、資材搬入は15秒の誤差も許されません」
中央広場では、十一女オーボエが軍服仕立てのメイド服の裾を翻し、指揮棒を振るっていた。
彼女の指示一つで、数百人の復興作業員と、生き残った教団の魔導騎士たちが一糸乱れぬ動きを見せる。彼女の脳内では王都全体の物流と建設進捗がコンマミリ単位の物理シミュレーションとして走っており、少しでも手順を誤った作業員には、氷のような眼差しと「論理的お説教」が飛ぶ。その厳格さゆえに、現場はかつての王宮近衛兵時代よりもはるかに効率よく、かつ迅速に組み上がっていった。
「あらあら、皆様。あまり無理をしてはいけませんわ」
救護所テントでは、次女オルガが中心となって負傷者の治療に当たっていた。そしてその傍らには、普段は殺伐とした空気を纏う「清潔トリオ」の姿があった。
「……不衛生な切開面。細菌濃度、危険域。……速やかに、高周波メスで腐敗組織を切除。……はい、動かないで。痛いのは、一瞬だけ」
九女ハープが眼鏡を光らせ、恐ろしい精度で傷口の処置をこなしていく。その無機質な手つきは冷徹に見えるが、処置された負傷者は痛みを感じる暇さえなく、あまりの鮮やかさに呆然としていた。
「母様、見ていてください。……この包帯の巻き方、規律の美(黄金比)に従っていますわ。……消毒液、散布! 塵一つ残しませんわよ……っ!」
八女テューバが縦巻きロールを揺らしながら、顔を真っ赤にして消毒スプレーを撒き散らしている。彼女は市民と目が合うたびに「ひゃぅっ!?」と小さく悲鳴を上げつつも、その手つきは極めて丁寧で、汚れに対する殺気(?)は誰よりも鋭かった。
「……。……(無言で傷口を縫合するルーテ)」
四女ルーテは一言も発さず、加速空間を利用した神速の運針で傷を塞いでいく。一人の手当を終えると、彼女は音もなく次の負傷者の隣に「座標移動」し、再び静かに治療を再開した。彼女たちの完璧な防疫と処置のおかげで、劣悪な環境下でも感染症は一例も発生していなかった。
「ふん、瓦礫の撤去なら重機より、私の砲撃の方が早いですわ。クララ、第24区画、吹き飛ばしますわよ!」
「了解。精密射撃で障害物だけを粉砕しますわ。……チェロ姉様、防塵シールドをお願いします!」
六女ヴィオラと七女クララの狙撃コンビが、崩れかけた建物を効率的に解体し、長女チェロがその破片をシールドで押さえ込む。11人のシスターズたちは、それぞれの特性を活かし、王都の復興を物理的にリードしていた。
「……ふぅ。これで全員分、測り終えたわね」
私は地下の仮設工房で、大きなため息をついた。
目の前には、リディアが貸してくれた高精度のスキャニング装置と、メンテナンス・クレイドルが並んでいる。その中には、機能停止したままのセフィラと、リュウガが保存した「八つの聖騎士の魂」を収めたストレージ・クリスタルが静かに脈動していた。
「ヴォルフ、これ、セフィラの左足の関節パーツ。歪んでるから、工業区のプレス機で叩き直してきて」
「応! 任せろエリー! セフィラ嬢ちゃんの復活のためだ、俺が最高のスプリングを用意してやるぜ!」
ヴォルフは鼻息を荒くして、瓦礫の中から拾い集めたセフィラの残骸を抱えて走り去った。
「待ってなさいセフィラ。……今度は末っ子の妹分として、正式な家族として、世界で一番可愛くて最強の身体を作ってあげるから」
私は、隣でデータの整理を手伝ってくれているリュウガに目を向けた。Admin権限をほぼ失った彼は、今や私の「第一助手」だ。
「ねぇ、リュック……。あの『管理者権限』、本当に全部消えちゃったの?」
私の問いに、彼はデータのスクロールを止めて、少し困ったように自分の手を見つめた。
「ああ。……試してみるか?」
彼は以前のように、指先で空中に複雑なホログラム・コンソールを表示させようとした。だが、空中でわずかに青いノイズが火花のように散っただけで、何も現れなかった。
「あの一撃、オーバーライド・シンフォニーで、Adminとしての全リソースをエネルギーに変えて焼き切ったからな。それに、俺がこのオリジナルの『生身の肉体』へ完全に移行したことで、マザーのOSは俺をシステムの一部じゃなく、ただの『外部ユーザー』として認識し始めた。特権アクセスポートはすべて閉じられたよ」
「じゃあ、もう空中から物を取り出したり、一瞬で街のシステムを書き換えたりは……」
「できない。知識は頭にあるし、シスターズとのリンクも辛うじて繋がっているが、以前のような『神の如き干渉』はもう無理だ。……物理法則は、もう俺に忖度してくれない」
「……そっか。なんか、もったいない気もするけど……」
「いや。重荷をエリーに預けられた気分だ。俺は今、ただのリュウガ・アスカとして、君の隣にいられる。……それが一番重要だよ、主人」
彼はそう言って、これから本格的にリブートしようとしている自分の身体――2000年前の実体を指した。
「今日はこいつの最終的なサイズ測定だったな。頼むぞ、エリー」
「わ、分かってるわよ! ……(肩幅よし……胸筋のラインよし……。ウエストも意外としなやかね……。あ、あとは、その、下の方のデータも……ゴクリ。2000年前の人類の規格を詳細に記録しなきゃ……)」
至近距離でリュウガの生身の肉体を観察する。
彼の健康的な肌の質感や、時折香る男らしい匂いに、私の不純な想像力がオーバークロックを開始した。
「……エリー。鼻血が出ているぞ」
「ひぇっ!? な、なんでもないわよ! これは……そう、魔力の使いすぎよ!」
「母様。……ドーパミンの分泌量が、通常の10倍をマークしておりますわ。不純です、あまりに非合理的ですわ。クララ、今の表情もしっかり記録しておきなさい」
「了解です、ヴィオラ姉様。母様の『煩悩全開リスト』の表紙に採用します。てぇてぇです!!」
「あ、あんたたち、仕事しなさいよ!!」
「「「きゃーーーー、母様が怒ったわ~~~!!」」」
娘たちの冷やかしに顔を真っ赤にしながら、私は作業を続けた。リュウガは、そんな騒がしい工房を、どこか嬉しそうに眺めていた。
「……いいもんだな。君の助手として生き直すのも、悪くない」
「……当たり前でしょ。たっぷりこき使ってあげるんだから」
……この時、私はまだ知らなかった。
王都の再生に浮き足立つ私たちのすぐ隣で、新たな災厄の火種が、静かに、確実に熾火となって燃え上がり始めていたことを。
後から聞いた話では、王宮の廃墟――かつて母機が鎮座していた場所に、漆黒の外套を纏った男が立っていたのだという。隣国、ガレリア帝国の工作員だ。
彼の手に握られた小型の記録端末には、イグニスが遺した「マザー」の技術情報、およびリュウガたちが放った「物理質量兵器」の解析データが、びっしりと保存されていたらしい。
「……魔法の時代は終わった。このデータさえあれば、帝国は真の力を手にする」
そんな不吉な言葉を残して、スパイは闇に溶けるように姿を消し、その情報は国境を越え、帝国の最奥へと届けられた。
数日後。ガレリア帝国の居城にて、若き皇帝は手元に届いた報告書を読み、不気味に微笑んだのだという。
不滅のシスターズに、失われたAdminの権限……。それらは「科学」を尊ぶ帝国にとって、この世界のバグを整理するための絶好の材料に過ぎなかった。
皇帝が巨大なレバーを引き下げると、地下のドックで、2000年前のそれとは異なる、無骨な「鋼鉄の怪獣」が轟音を上げて起動した。
「全軍に告ぐ。……新時代の幕開けだ。標的は、アステリアの『人形師』と『元管理者』。……物理兵器の真髄を、教えてやろうではないか」
平和への足音が響く王都の裏側で、私たちは知らず知らずのうちに、より巨大で冷徹な「鋼の嵐」へと巻き込まれようとしていた。
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