第35話:【再定義】不完全なシンフォニーと鉄の救済
――そこは、神が「削除」を忘れた地獄だった。
王都アステリア。かつて私がその才能を疎まれ、泥を塗られて追放された「黄金の都」は、いまや黒煙と断末魔のオーケストラに包まれていた。
電力を失った旧式のオートマタが、バグを起こした四肢を振り回しながら街路で無差別な破壊を繰り返し、その残骸を「聖騎士団長イグニス」率いる精鋭八騎士が、冷酷な魔導の炎で焼き払っていく。
彼らの魔法陣は発動のたびに周囲の大気を無駄に過熱させ、鼻を突く焦げ付いたオゾンの匂いが、崩落した建物の隙間に不快な余剰熱として滞留していた。
「助けて……お願い、食べ物を……!」
城門に殺到する市民たち。だが、彼らを迎えたのは救いの手ではなく、ギルベルト院長が放った防衛ドローン群の無慈悲な掃射だった。
「……私の故郷が。……私の愛した知性が、あんな無様になるなんて」
アークのルーフで、リディアが唇を噛み締めていた。銀色の髪が乱れ、その瞳には天才技術者としての矜持と、それを踏みにじられた激しい悔恨が混じっている。
私は、そんな彼女の隣に並んだ。不器用なのは百も承知だが、黙ってはいられなかった。
「……あんた、そんな顔似合わないわよ、リディア。あんたの代わりに、私がまとめてあいつらをひっぱたいてあげるから。……ほら、シャキッとしなさいよ」
リディアは驚いたように私を見、ふっと自嘲気味に笑った。
「……泥棒猫のくせに、生意気ね。……ええ、存分に暴れてきなさい。私のドローン部隊が、貴女たちの『背中』は守ってあげるわ」
◇◆◇◆◇
アークの後方には、セーラが手配した10台の支援車両が強引に連結されていた。
カイル隊が乗り込むその巨大な車両群には、飢えた民を救うための食料と医薬品が満載されている。
「もはや今の王都に救うべき王政はないわ。あるのは救いを待つ民と、暴走する『定数』だけよ」
セーラがアークのブリッジで、冷徹なまでの決意を瞳に宿して告げた。
「リュウガ、あの都を『デリート』して。……新しい歴史を書き込むための余白を作るのよ」
「了解した。セーラ」
リュウガが黄金のAdmin回路を起動させる。アークを「旗艦」とした、全長数百メートルに及ぶ鋼鉄の蛇……「救済キャラバン」が、地響きを立てて動き出す。
移動要塞アーク――その実態は、私のガレージを無理やり牽引車へと改造した強化トラックに過ぎない。だが、Adminの権限によって駆動系を最適化されたその大径タイヤが瓦礫を粉砕して突き進むたび、再定義された物理法則が周囲のマナ汚染を中和し、静かなる秩序の轍を刻んでいく。
『全速前進、実況開始ですよぉぉ!! あたしの声がアステリアのバグを吹き飛ばしますよぉぉぉおおお!!』
十女ボーンがスピーカーを最大出力にし、七女クララ、六女ヴィオラとの「トリプル実況」の号砲を鳴らした。
◇◆◇◆◇
「人間社会のバグが臨界点を超えた。……強制終了をかける」
リュウガの宣言と共に、アークのキャタピラが王都の瓦礫を蹂躙した。
激しく揺れるブリッジ。私はタクトを握り締め、MNWを通じて「11人の娘たち」へ指示を飛ばす。
「三馬鹿、突撃開始! チェロ、オルガ、盾を維持して! 清潔トリオ、路地の『汚れ』を片付けて! オーボエ、全機の戦術同調を任せるわよ!!」
戦場を俯瞰するリュウガが、ふと私の隣に立ち、少しだけ歪んだ私の眼鏡を指先で直した。
「……指揮は任せるぞ、奥様。俺はシステムの核を叩くことに専念する」
「な、ななななっ……! お、奥様って……! 」
顔面が沸騰した。
だが、事態は私の羞恥心だけでは済まなかった。
『【解析】心拍数上昇。エリー様、脳内麻薬が過剰分泌されています。宇宙一幸せな顔、記録完了(・∀・)』
ファーファが即座に解析データを全連結車両の大型モニターに投影した。
そこには、リュウガの一言で真っ赤になり、ふにゃふにゃに蕩けた私の「全方位・大好き顔」が……!
「ファーファァァ! 今すぐそのデータを物理的に消去しなさーーーい!!」
……と、叫びつつ、私は通信機を切り替え、小声でファーファにだけ聞こえるように囁いた。
「(……あ、でも後で、私の私的アーカイブにだけはこっそり転送しておきなさい。……絶対に内緒よ?)」
『了解(・∀・)。エリー様の「私的お宝フォルダ」に転送。……同時に、シスターズ共有サーバーの「母様のデレ観察日記」にも同期完了しました』
「なんで共有しちゃってるのよぉぉぉ!! 筒抜けじゃないのよ!!」
『「「「「「ご馳走様ですわー!」」」」」』
MNWを通じて、全11人のシスターズから同時発信されたニヤニヤ混じりの念話が、私の脳内に突き刺さる。
◇◆◇◆◇
しかし、戦場は待ってくれない。
王都外郭。王政復興派が差し向けた王都の正規防衛隊と、彼らが制御を失い暴走させた標準型防衛オートマタの混成部隊が、救済キャラバンの進路を阻もうと立ちはだかる。
「……待って! みんな、お願いがあるの!」
私はMNWに割って入り、叫んだ。
「相手は王都の一般兵士たちよ。彼らには罪はないわ……家族だっているはず。オートマタは壊してもいいけど、人間だけは、一人も殺さないで。……無力化だけでお願い!」
私の言葉に、リディアが呆れたように鼻で笑った。
「あら、相変わらず甘ちゃん(ナイーブ)ね、お子様令嬢。物理定数さえ書き換わるこの戦場で、手加減なんて非効率の極致だわ。戦術的リスクを増やすだけよ」
だが、娘たちの反応は意外なものだった。
「母様。その程度の『最適化』、朝飯前ですわ」
長女チェロが重力斧を構え、力強く微笑む。
「了解。これより『非殺傷・鎮圧モード』へ移行します。規律を以て、命を奪わず、戦意のみをデリートしますわ」
十一女オーボエが全機へ戦術統制信号を送る。
「全姉妹へ。出力調整、コンマ0.001単位。打撃は防具に限定し、関節の原子結合のみを一時的に『サスペンド』させなさい。……開始!」
次の瞬間、ヴォルフとカイルの目の前で「物理法則の奇術」が繰り広げられた。
「ふん。……あーしらの技術、なめないでほしいっしょ!」
五女ユーフィがバイクを急旋回させ、爆発的なトルクで地面を抉りながら魔導サブマシンガンを乱射。だがその弾丸は、兵士の肉体ではなく、彼らが構える槍の穂先や盾の接合部のみを、ピンポイントで叩き折っていく。
「ボクの炎も、今日はちょっと低温だよ! ほら、びっくりして腰抜かしちゃえ!!」
三女コルネの大剣から放たれる熱励起。それは兵士を焼き殺すのではなく、鎧の表面のみを急速加熱し、熱膨張によってボルトを弾け飛ばし、強制的に重装甲をパージさせる「脱衣攻撃」へと変貌していた。
「母様。……規律を乱す武器は、規律が没収します」
チェロのダブルガトリングガンが、兵士たちの足元の地面のみを物理的に圧縮し、蟻地獄のような窪みを作って彼らを安全に拘束していく。八女テューバの多連装ミサイルからは物理弾頭ではなく、接触した瞬間にAdminコードによって対象の魔導回路を強制スリープさせる『不活性化ガス』が噴射された。
「……除菌。……汚れ(武器)だけを切除。……完了」
影から現れた九女ハープが、兵士が気づくよりも速く、彼らの軍服のベルトや防具の留め具だけを「切断」。殺到していた正規軍は、一歩も進めぬまま、文字通り足元を掬われて転がっていた。
「……な、なんだ。今の……」
偵察バイクからその光景を見ていたカイルが、驚愕で声を震わせた。
「重装甲の鎧だけをバラバラにして、中身の人間には傷一つ負わせないだと? そんなミリ単位の制御、物理的に可能なのか……!?」
「ガハハハハ! 凄まじいトルクと精度だ! 魔法の出力に頼らず、純粋な『摩擦』と『慣性』の掌握だけで軍隊を丸裸にしやがった! こりゃあ、物理工学の歴史がひっくり返るぜ!!」
ヴォルフが腹を抱えて笑い、その横でセフィラが誇らしげに肉を噛み切った。
これこそが、エリーが作り上げ、リュウガが調整した究極の組織戦。上書きと再定義のためのイレブン、シスターズだ。彼女たちの不合理な優しさが、最強の技術と結びついたとき、それはもはや「暴力」ではなく「救済」の旋律となった。
「リュック! データの共有はともかく……やるわよ! 私たちの『技術』で、この街を上書き(オーバーライド)してやるんだから!!」
「ああ、行こう。……世界を再定義するぞ、エリー」
鋼鉄の巨獣アークが王都の第一外壁を突破しようとしたその瞬間。
――空を裂く、白銀の閃光。
アークの前方を走る偵察ドローンが一瞬で蒸発し、砂塵の中から一人の美少年が歩み出た。
その背中には、信仰の重圧を物理的な光に変えたような、巨大な魔導弓が背負われている。
その少年が弓を引き絞るたび、周囲のマナが強制的に収束し、強烈な熱歪みが空間を陽炎のように揺らした。非効率だが、個人の『執着』を極限まで高めたその出力だけは、無視できない破壊エネルギーを孕んでいる。
「……これ以上は、神の領域への冒涜だ。主のデータを盗む悪魔ども、排除を宣言する」
だが、その騒がしい平和は、第一外壁を越えた瞬間に凍りついた。 瓦礫の山から放たれた「光の矢」が、キャラバンの燃料車を掠め、爆炎が上がる。
砂塵の向こうから、白銀の甲冑に身を包んだ精鋭たちが姿を現した。
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