第32話:【起動】新生フルオーケストラ、鋼鉄の産声と母様の悲鳴
アストレイド公爵領の地下深く、冷たい空気と油の匂いが漂う実験ドック。
かつて旧文明が遺した「調整槽」が、青白い光を放ちながら静かに脈打っている。その前で、私は最終調整用のコンソールを叩き続けていた。
「マナ回路の同期率、98%……論理構造、正常。リュック、そっちのAdmin権限の準備はどう?」
「……問題ない。08から11までのOS領域を確保した。君が組み上げたハードウェアの『魂』となるコードを流し込むだけだ」
隣に立つリュウガ――私の助手にして、2000年前の「管理者」が、黄金の瞳で仮想ウィンドウを見つめている。
今夜、私たちは歴史的な一歩を踏み出す。内偵任務で王都へ先行している四女ルーテ、六女ヴィオラ、七女クララの三名を除いた、残りのシスターズ全員を揃えるための儀式。
ドックの後方では、すでに目覚めている長女チェロ、次女オルガ、三女コルネ、五女ユーフィの四人が、私の作ったメイド服姿で見守っていた。
「母様、換装したダブルマシンガンの同調、完璧ですわ。……これでもう、近接防御から中距離掃射まで隙はありません」
「チェロ、その銃口をこっちに向けないで! 怖いから!!」
「あら母様、そんなに怯えては美容に毒ですわ。私の胸の重みでよろしければ、いつでも半分ほどお分けしたいところですけれど(微笑)」
「オルガ! あんたはニコニコしながら一番えぐいところを突いてくるわね!! っていうか、この前もそれ言ってたわよね、覚えてるわよ!?」
「あらまぁ、母様、怖い怖い……」
『【解析】エリー様、期待と不安による血圧上昇。……なお、傍らのリュウガ様は「不完全な創造主が、ついに完璧な合奏を完成させる瞬間」を記録するため、視覚ログの解像度を最大値に設定済みです(・∀・)』
「ファーファ! あんたはドローンのくせに! 記録係に徹してなさい!!」
頭上を飛び回るファーファを追い払いつつ、私は深く息を吐いた。
傍らでは、白銀の髪を揺らすセフィラが、興味深げに――あるいは少しだけ複雑そうな表情で、まだ眠っている「姉妹」たちのタンクを見つめている。
「…… Admin。……彼女たちは、私の敵じゃない……?」
「ああ。彼女たちは君の演算を補佐し、君が振るう力の『盾』となる家族だ、セフィラ」
「……わかった。……お姉ちゃんが、増える。……お肉、分けてもらう」
「食欲の話じゃないと思うんだけど……まあいいわ。始めるわよ、リュック!」
「了解した。……Adminプロトコル、再起動。……個体名、08、09、10、11。……目覚めよ」
リュウガがコンソールを叩くと同時に、地下室に黄金の光が溢れ出した。
2000年前の高度な知識と、現代の天才人形師(私)の情念が混じり合い、鋼鉄の少女たちに「命」が吹き込まれていく。
教団の魔法陣が発する不快な熱歪みなど微塵もない。ただ、そこにある原子配列が管理者コードによって強制的に再定義され、眠っていた擬似神経系に「意志」という名の電流が走り抜ける。
ガコォォォンッ! という重厚な金属音と共に、一番左のタンクが開放された。
「……個体名、08、テューバ。……起動。……防御陣地の構築、および後方からの飽和攻撃準備を開始します」
現れたのは、金髪を丁寧な縦ロール(ドリル)に巻き、可憐なメイド服を纏った少女。
彼女は目を開けるなり、正面にいた私と目が合うと、顔を真っ赤にしてチェロの背後へと音もなく隠れてしまった。慣性をデリートしたその移動は、物理的な質量を感じさせないほど滑らかだ。
『……あ、あの、母様……。……直接お話しするのは、その、回路が……オーバーヒートしそうで……。チェロ姉様、代弁……お願いします』
MNWを通じてテューバの蚊の鳴くような声が届くと、チェロが慣れた手つきで頷いた。
「テューバは極度の恥ずかり屋ですわ。母様、彼女の熱心な想いはこのチェロが規律正しくお伝えしますわね」
「テューバ、かっこいいけど物凄く内気なのね……!」
続いて、隣のタンクから蒸気が噴き出す。
「……九女、ハープ。……衛生管理の最適化。……および、不浄なターゲットの外科的切除準備……完了」
眼鏡を押し上げ、冷徹な瞳で周囲を睨むハープ。彼女は衛生班の天才でありながら、その本職は闇に紛れる暗殺者。四女ルーテの隠密能力を補強し、確実に「汚れ」を消し去る影。
「……管理者。そこにいる三女。……不潔です。不衛生です。……物理的に切除してもよろしいですか?」
「えぇ!? ボクの扱いひどくない!? ハープ、怖いよぉ!」
三女コルネが戦慄する。
「あ、ここ汚れてる……。掃除が足りないですわ!」
「は、ハープさん。起動して早々床の汚れをチェックするのやめて!」
そして。
「お待たせしましたぁぁぁ!! 本日より実況チャンネルを物理的に世界全土へ拡張! 爆音十女、ボーン推参ですよぉぉ!! 母様! 父様! あたしの視聴者の皆様、最高にハイな産声を聞かせてあげますねぇぇ!!」
「うわあああ! うるさーーーい!!」
お団子の三編みを跳ねさせ、肩に巨大なスピーカーユニットを背負った十女ボーンが、タンクを蹴破る勢いで飛び出してきた。彼女が発声するたびに物理的な音圧が衝撃波となって空気を震わせ、ラボの強化ガラスに微細なヒビを刻んでいく。
私は即座に腰から『大型ワイヤーカッター』を引き抜き、ボーンの肩のスピーカーから伸びる増幅ケーブルをバチン! と物理的に切断した。
「あふんっ!? 母様、あたしの重低音ウーファーがぁぁ!」
「近所迷惑よ! アンプの出力は30%に制限しなさい!」
「あ、ボーンちゃんキター!!」
「マジヤバっしょこれ! あーしらのテンション、限界突破なんですけど!」
五女ユーフィがギャルっぽくはしゃぎ、三女コルネ、そして新入りのボーンが三体で肩を組んだ。
「これにて最強の『三馬鹿トリオ』結成だおぉぉおおお!!」
「ボーン! その不名誉なユニット名で呼ぶのをやめなさーーーい!!」
産みの親の叫びも虚しく、ボーンは虚空にホログラムを投影した。
「母様! 王都にいるクララ姉様、ヴィオラ姉様との接続準備よし! これより、世界同時・トリプル実況のライブストリームを、ボーン様がメインディッシュで配信開始ですよぉぉ!!」
不在の二人すら巻き込み、情報処理と実況の嵐を巻き起こす十女。
阿鼻叫喚のドック。最後に、中央のタンクが静かに開いた。
威厳に満ちた立ち居振る舞い。姫カットの黒髪が揺れ、深紅の瞳が冷徹に場を支配する。軍服のような意匠のメイド服が、空気にピリピリとした緊張感を生み出す。
「……騒々しい。……規律を、重んじなさい。……十一女、オーボエ。……これより、シスターズ全機の戦術統制を開始します」
彼女が静かに手を掲げると、ナノマシンによる強制同期が作動し、暴れ回っていたボーンのスピーカーが強制ミュートされ、テューバのミサイルが格納され、ハープのメスが鞘に収まった。
「……オーボエ。あんた、いきなりだけど圧がすごいわね」
私が気圧されていると、オーボエは静かに歩み寄り、私の前で優雅に一礼した。
「母様。……不完全な設計図ながら、我々を形にしていただいたことに感謝を。……ですが、今の母様の姿勢は規律を乱しています。……正しなさいまし」
「……はい、ごめんなさい」
――産みの親なのに、末娘にガチで怒られた。
しかも、規律とか姿勢とか、一番反論しにくい正論で。私の創造主としての威厳、今この瞬間に霧散したわね……。
これで、この場にいるシスターズは8人。
チェロ、オルガ、コルネ、ユーフィ、テューバ、ハープ、ボーン、オーボエ。
「……不合理な熱量だが。……成功だな、エリー」
リュウガが、私の肩にそっと手を置いた。
「世界のバグを調律する『フルオーケストラ』。そして、あらゆる局面に即応する最強の『イレブン』。……全ポジションが埋まったな」
「……ええ。あとは王都にいる3人と合流するだけ」
私は、メイド服姿で賑やかに喧嘩し始めた娘たちを見渡し、不敵に笑った。
「いい? あんたたち! 私たちはこれから、腐りきった王都を物理的に『再構築』しにいくわよ! 騎士団長イグニスも、技術院のギルベルトも、私の娘たちでまとめてお掃除してあげるんだから!!」
「「「「了解、母様!!」」」」
8人の少女たちの返唱が、地下ドックを揺らす。
それは、絶望が支配する王都へと向かう、最強にして最悪な「救済キャラバン」の、始まりのシンフォニーだった。
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