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《SFファンタジー冒険譚》物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の知識の管理者(旦那様)でした。追放された没落天才令嬢の私は最強の娘たちと「世界」を再構築!―合計13KPV  作者: ざつ
第6章:起源編:世界の心臓と世界の修理屋

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第120話:【塩湖】地中海、青い塩の湖

 クロノスを出て三日目。キャラバンは旧イタリア半島を南へ駆け抜けた。


 荒れ果てた石畳の街道。崩れた水道橋。二千年前のヒトが積んだ煉瓦は、ナノマシンの管理を受けなかった分だけ正直に朽ちていた。帝国の白い街並みとは違う、剥き出しの時間の重さ。カイルが操舵席から「前方、地形変化」と告げた瞬間、私は息を呑んだ。


 碧い。


 地平線まで、碧い結晶が広がっていた。波はない。音もない。空の青を吸い込んで、鏡のように静まり返った死の平原。


「……これが、地中海?」

「正確には、地中海だったもの、だな」


 隣でリュウガが腕を組む。右腕の義手が微かに軋んだ。オートマタ技術で作られたそれは、見た目も動きも本物と変わらない。けれど、こういう乾いた空気の日だけ、関節がほんの少しだけ鳴る。本人は気にしていないふうだけれど、私にはもう聞き慣れた音だ。


「Gaiaの暴走で海水中のマナが過飽和になり、二千年かけて結晶化した。海洋としては完全に死んでいる」

「……綺麗なのに、死んでるって言うのね」

「リセットが進めば全海洋がこうなる。地中海は、その見本市だ」


 ピッコが演算球体のデータを読み上げた。


「結晶密度は不均一。薄い箇所は体重で割れるわ。アークの質量なら――」

「落ちるな」

「落ちますわね」


 カイルが振り向いた。


「アンリミテッド・モード、使うか?」


 量子浮揚ユニットのリミッターを外せば、アークは低空浮揚で結晶面を滑走できる。クロノスでヴォルフが回収した部品で修繕済み。ただし燃費は通常の五倍。


「使うしかないでしょ。カイル、全車に航路データを転送して」

「了解した」


 リュウガが旧世界の海図と、リディアの偵察データを重ね合わせる。


「リディア、偵察を頼む」

「もうやってるわ」


 リディアの声は素っ気ない。けれど指先は正確だった。フェアリ・オプション・ハンドレッド・スウォームのうち、多眼カメラを搭載した偵察型が十機、低空でアークの前方へ散った。巨大な複眼が結晶面の亀裂と空洞をスキャンし、リアルタイムで地図を描いていく。


『航路マッピング開始だお! 亀裂ポイント、赤でマーキングしていくお!』


 ファーファが虹色のアンテナを全方位に展開し、通信帯域をフル稼働させた。ソフィアに強化してもらった三倍の帯域幅が、十台のキャラバンと百機のドローンを一本の糸で繋ぐ。


 アークが浮いた。


 結晶の海を、十台の箱舟が滑り出す。


 ◇◆◇◆◇


 異変は、航行二時間目に起きた。


「……振動。下からだ」


 リュウガが床に手を当てた。義手の指先のセンサーは、こういう微細な振動を拾うのに向いている。


「リディア!?」

「捉えてる。結晶面の下、深度六十メートルに大型反応。全長――推定二百メートル以上。移動してる」


 ピッコの瞳が細くなった。


「……海洋防衛システム。二千年前の遺物ですわね」


 結晶が、割れた。


 碧い平原に亀裂が走り、黒い触腕が噴き出した。一本、二本、五本、十本。結晶の破片を撒き散らしながら、それはアークの船体に絡みついた。


 ナノマシン・クラーケン。


 旧文明が海底に敷設した自律防衛兵器。二千年間、結晶の棺で眠っていたそれが、私たちの振動で目を覚ました。


「全員、緊急戦闘配置ッ!!」


 チェロ姉様の声が響く。重力斧を肩に担ぎ、アークの甲板に飛び出した姿は、誰よりも早かった。


「テューバ、右舷の触腕を止めろ! オーボエ、全機の同期を取れ!」

「了解ッ!」


 テューバが巨大なハンマーを振り下ろし、甲板に食い込んだ触腕を叩き潰す。衝撃で結晶の欠片が飛び散り、陽光を受けて虹色に砕けた。オーボエのハルバードの石突が甲板を打ち、統制音が全員の体内に響く。


「リディア、目を潰して!」

「言われなくても!!」


 リディアが指を弾くと、フェアリ・オプション百機が碧い空に散開した。攻撃用の蜂型ドローンが結晶面すれすれを高速で旋回し、正確な連射で結晶を砕く。砕けた結晶面が無数の反射板になり、クラーケンの巨大な単眼に光の洪水を叩き込んだ。


 同時に、電子戦に特化した妨害型ドローンが高周波を放射。触腕の協調動作が乱れ、アークを締め上げていた力が一瞬だけ緩む。


「コルネ!」

「はいっ、エリーちゃん!」


 コルネが甲板の縁から跳んだ。大剣の刃が真紅に燃え上がり、触腕の根元を一刀で焼き切る。断面からナノマシンの黒い粒子が噴き出すが、ユーフィの薙刀が生み出した衝撃波がそれを吹き飛ばした。


「ボーン、下から突いて!」

「任せろぉぉおおおおッ!」


 ボーンが重突撃ランスを構え、甲板を蹴って結晶面に降り立つ。ひん曲がった柄を気合で握り直し、触腕の関節を正確に抉った。


 オルガのビットが弧を描いて飛び、触腕の神経節に電磁パルスを撃ち込む。三本の触腕が同時に痙攣し、アークから剥がれ落ちた。


「ルーテ、ハープ、見えた!」


 クララの狙撃スコープが捉えたデータが、ヴィオラの中継を経て全員に共有される。結晶の下、深度四十メートル。クラーケンの核が脈動していた。


「セフィラ!」


 ピッコが静かに呼んだ。


「道を開けなさい」

「はい、お任せください!」


 セフィラが甲板の先端に立った。振動剣が唸りを上げる。


「全員、セフィラの後ろに並びなさい」


 オーボエの統制音が変わった。0.01秒刻みの精密同期。十一人のシスターズとセフィラが、一直線に並ぶ。


 白銀の銛。


 先頭のセフィラが振動剣を全開にし、その背にコルネの炎が重なる。ルーテとハープが加速フィールドを展開し、テューバが全員の足場を固定し、オーボエが最後のカウントを刻んだ。


「3、2、1――」


「「「「突撃ッ!」」」」


 十二の光が一本の槍になって、結晶の海面を貫いた。


 碧い結晶が爆ぜ、黒いナノマシンの海を切り裂き、核に到達する。セフィラの振動剣が外殻を砕き、コルネの炎が内部を焼き、ユーフィの衝撃波が残骸を吹き飛ばした。


 単機の十四倍の貫通力。


 核が、砕けた。


 クラーケンの触腕が力を失い、結晶の海に沈んでいく。黒いナノマシンは碧い塩の結晶に呑み込まれ、やがて静寂が戻った。




 ◇◆◇◆◇


 その夜。


 結晶の海に月が映っていた。


 碧と銀。二千年間、誰にも見られなかった光景。アークの甲板に座り込んだ私の隣に、リュウガが黙って腰を下ろした。


「……こんな景色、二人で見られるなんて思わなかったわ」

「ああ……」

「リュウガは見たことあるの? こういう海」

「海は見てきたが、こんな海は初めてだ」


 月光が結晶面を渡り、無数の星を散らしていた。世界が終わりかけているのに、こんなに綺麗なのは、なんだか反則だと思う。


「お前と一緒なら、世界の終わりでも悪くない景色だ」


 心臓が跳ねた。


 この男は、こういうことを何でもない顔で言う。


「……っ、そういうの、急に言わないでよ」

「事実を述べただけだが?」

「事実がいちばん困るのよッ」


『きゃーっ! てぇてぇだお! てぇてぇ最大値更新だお!』


 ファーファが甲板の上で虹色に回転した。


「記録すんなッ!」


「クララ姉様、もう撮ってる?」

「もち、三秒前から」


 ボーンが結晶の欠片の上で大の字に寝転がったまま、夜空に向かって叫んだ。


「あーっ、いいなぁーっ! あたしもあんなこと言われてみたーいっ!」

「ボーン、あなたに言う相手がいるの?」

「クララ姉様ひどいぃぃ!」


 笑い声が、死んだ海に響いた。


 二千年ぶりの、笑い声だったかもしれない。


 ◇◆◇◆◇


 翌朝。結晶の嵐を抜けた十台のキャラバンは、旧リビアの海岸に乗り上げた。


 砂。


 見渡す限りの、砂。


 ファーファの地図によれば、ここから南へ帝国五個分。サハラ砂漠を越え、ナイル川を遡り、エチオピアの高原を目指す。


「……ねえ、リュウガ」

「何だ?」

「帝国五個分って言ったけどさ」

「ああ」

「……まだ一個分も進んでないよね?」


 沈黙。


 リュウガは地平線を見据えたまま、静かに口を開いた。


「カイル、進路を南に。サハラを抜ける」

「了解。全車、砂漠走行モードに切り替え。タイヤ圧を二段階下げろ、轍を深くするな」


 カイルはすでに操舵席で計器を読んでいた。十台のキャラバンに向けて、淡々と周波数を切り替えながら指示を飛ばす。余計な言葉を使わない。リュウガと似ている。だから二人は、会話が少なくても噛み合う。


「ルート上に、旧イスラエル領を通過する区間がある」


 リュウガが地図に指を置いた。地中海の東端、結晶化した海の縁に張りつくように細い陸地がある。


「死海、と呼ばれた塩の湖があった場所だ。今は干上がっているだろうが……通過時に少し寄りたい」

「死の海? 物騒な名前ね」

「塩分濃度が高すぎて、生き物がほとんど棲めなかった。もっとも、俺の時代ですら遥か昔の話だ。四千年……いや、それ以上前か。その岸辺の洞窟に、人類最古級の文書が保存されていた」


「四千年前の……文書?」

「死海文書。紙でもなく石板でもなく、羊の皮に書かれた記録だ。人類がまだ魔法もナノマシンも持たなかった時代に、それでも言葉を遺そうとした」


 四千年。途方もない数字だ。リュウガの二千年ですら気が遠くなるのに、さらにその倍。


 チェロが腕を組んだ。


「……父様。お気持ちは理解しますが、リセットまでの猶予はソフィアの試算で数ヶ月。寄り道に割ける時間は――」

「分かっている」

「であれば……」

「通過ルート上だ。大きな迂回にはならない。半日あれば十分だ」


 オーボエがハルバードの石突で床を軽く打った。


「半日。それ以上は認められません。陽が中天を過ぎたら出発します」


 カイルが地図を確認し、小さく頷いた。


「ルート上であることは確認した。迂回距離は誤差の範囲だ。半日なら補給計画に影響しない」


 三人が揃って許可を出した、というよりは、三人とも条件付きで折れた。リュウガが何かに固執するのは珍しい。だからこそ、それが必要なことだと分かるのだろう。


 ピッコが小さく頷いた。


「母様……アリスも、記録を遺すことに執着していましたわ。知識は、誰かに届けなければ意味がない、と」


 記録を遺す。知識を繋ぐ。


 それは修理屋の仕事と、よく似ている。


 壊れたものを直して、次の人に渡す。四千年前の誰かが羊の皮に書き残した言葉が、巡り巡って、今の私たちの地図になるかもしれない。


「よし、ちょっとだけ寄り道、しよう。リュウガ」

「寄り道ではない。偵察だ」

「はいはい、偵察ね」


『ファーファも古代のデータベース、見てみたいお! 四千年前だお! ファーファの百万倍くらい先輩だお!』

「先輩って言い方おかしいでしょ!?」


 エンジンが咆哮した。


 砂漠の向こうに、世界の心臓が待っている。


 その手前に、四千年前の誰かが遺した言葉が眠っている。


 スパナ一本と、家族と、曲がった愛情を持って。


 修理屋は、走り続ける。


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