第5話:【命名】魂のインストールと「名付けのシンフォニー」
魂を、入れる。
言葉にするのは簡単だけれど、それは魔導工学の歴史において最大の禁忌であり、同時に最大の悲願でもあった。
「いい? リュック。手はずはさっき説明した通りよ。私が構築したこの魔性石の回路に、あんたの『管理者コード』とやらを流し込む。……本当に、できるのね?」
私は地下工房の調整槽の前で、タクトを握りしめていた。
目の前には、私が心血を注いで作り上げた7体の素体。まだ魂の入っていない彼女たちは、エメラルドグリーンの培養液の中で、静かに、けれど圧倒的な機能美を湛えて浮遊している。
「計算外はない。理論上、俺の血液データに含まれる管理者コードは、この魔性石という記憶媒体に対して『人格』を定着させる触媒になる」
リュウガは淡々と答え、迷いなく自身の指先を切った。
零れ落ちた1滴の血液が、調整槽の供給口に吸い込まれる。
瞬間、地下室全体が黄金色の回路に飲み込まれた。
バチバチと弾けるノイズ。システムログが視界を埋め尽くす。
その一滴に含まれる情報は、現代の魔導師が一生をかけて綴る詠唱数千万行分に相当する、圧倒的な密度を持った管理者の直接記述コードだ。
魔法陣のような非効率な熱漏れも、空間の歪みも発生しない。ただ、物理法則が静かに、そして絶対的に書き換えられていく。
「……っ! 起動するわよ! メインシステム、オン!」
私が叫ぶのと同時に、中央のカプセルが開いた。
溢れ出す蒸気の中から、おかっぱ頭の美少女がゆっくりと目を開ける。
宝石のような碧い瞳。透き通るような肌。
彼女はまず、隣に立つリュウガを見つめ、それから私へと視線を移した。彼女が踏み出した一歩は、重力と慣性を完全に掌握した「質量」そのもの。調整槽の縁の硬質な金属が、彼女の可憐な爪先が触れた瞬間、その異常な密度を支えきれずに音もなく深く沈み込み、歪んだ。
「…………おはようございます。個体識別、完了。――父様、そして、母様」
「はぁっ!?」
変な声が出た。
「お、お、お父様とお母様!? ちょっと、誰が母様よ! 私はエリアーナ、あんたのマスターよ! 私はまだ29歳! こんな大きい娘がいるわけないでしょ、計算しなさいよ!」
「母様、その叫び声は92デシベルに達しています。近隣への配慮および、ご自身の喉の粘膜保護の観点から、沈黙を推奨します」
「な、なによその真面目な正論は……!」
驚いている暇はなかった。続いて2番目、3番目のカプセルも次々と解錠されていく。
シニヨンに髪をまとめた柔らかな雰囲気の少女と、フレンチブレイドの活発そうな少女。
2人は揃ってリュウガの前に跪き、それから私を見て、聖母のような、あるいは小悪魔のような笑みを浮かべた。彼女たちが踏み出すたびに、その可憐な外見に反して床がわずかに軋む。内部のナノマシンがエネルギー伝達効率を最大化すべく、原子配列を絶えず最適化しているのだ。
「お初にお目にかかります、母様。……あら、お疲れではありませんか? 私の胸でお休みになります? ちょうど良いクッションになりますわよ(微笑)」
「……喧嘩売ってるの!?」
私は自分の薄い胸を無意識に隠した。
おかしい。彼女たちは私の『理想』を詰め込んで設計したはずだ。だから、身長168センチ、B94のGカップなのは当然の帰結だ。
だが、実際に動いて、喋って、自分よりも圧倒的に豊かな肢体をこれ見よがしに揺らされると、制作者としてのプライドが音を立てて崩れていく。
「なんで……なんで私が作ったのに、私より発育がいいのよぉぉ!」
「不合理な嘆きだな。お前がそのように設計した結果だろ、エリー」
リュウガが、事もなげに言った。
「うるさーい! これからはあんたたち、実験体01号、02号、03号って呼びますからね!」
「否、却下だ」
リュウガが私の言葉を即座に退けた。
「個体識別番号はアイデンティティの確立を阻害し、精神を不安定にする。……エリー、お前の設計理念は『交響曲』だったはずだ」
「……うっ。そ、そうだけど……。じゃぁ、リュックはいい案があるの?」
彼は少しだけ考え、こめかみに触れた。
「そうだな。旧文明の楽器の音色に準えよう。01号は深い思慮深さから『チェロ』。02号は大きな包容力から『オルガ』。03号は底なしの明るさから『コルネ』だ」
「チェロ……オルガ……コルネ……」
私がその名前を口にした瞬間、娘たちの瞳が喜びに輝いた。
「「「ありがとうございます、父様、母様!」」」
賑やかになる地下工房。
孤独だった私の城が、一瞬にして騒がしい「家族」の拠点へと書き換えられた。
だが、その多幸感に浸る時間は長くは続かなかった。
バチリ、と。
工房の監視モニターに赤いノイズが走った。
「……検知した。高度300メートルの限界線上を、大型の質量体が降下してくる。……何だ、あれは?」
リュウガの瞳が鋭くなる。2000年前の彼にとって、その機影は見覚えのないものだった。
「あいつら……王立アステリア技術院だわ! 私を監視してたのね。間違いなく、私の研究――この子たちを奪いにくる。……攻撃してくるはずよ!」
私の叫びに、リュウガは表情を変えずにカプセルから出たばかりの3人を見据えた。
空が赤く染まり、空間が陽炎のように歪み始める。教団の魔導師たちが長い詠唱を開始した予兆だ。空間を無駄に加熱し、不快なオゾンの匂いを撒き散らす非効率なマナの集束が、私の網膜を刺激した。
「え、ちょ、ちょっと待ってよ! いきなり実戦!? この子たち、まだ慣らし運転もしてないのよ!」
「問題ない。俺が管理者権限で最終調整を施した。彼女たちのスペックは、お前の想像を遥かに超えている。俺の論理を信じろ」
リュウガの言葉は、冷酷なまでに自信に満ちていた。
「母様、ご安心を。不届き者はこの私が、一歩も通しませんわ」
チェロが凛とした声で斧を構える。その瞬間、彼女の周囲から空気抵抗と慣性が消え去った。彼女たちはすでに戦場を支配するための最適解を演算し終えているようだ。
「お掃除はメイドの基本業務。不浄な輩の排除もお任せくださいませ(微笑)」
オルガが槍を手に優雅に一礼し、
「ボクが一番槍だ! まとめて焼き尽くしてあげるよ、母様!」
コルネが大剣を引き抜き、戦意を剥き出しにする。
「家族ごっこの時間は終わりのようだな。……エリー、娘たちの初陣だ。指揮を振る準備をしろ」
幸せな喧騒を切り裂く、鉄の軍靴の響き。
私たちの不完全な、けれど最高のシンフォニーは、嵐の予感と共に第2小節へと突き進もうとしていた。
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