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244.ファンタジーをほとんど知らない女子高生による異世界転移生活(最終話)

 美咲たちが迷宮から持ち帰った石板は、王都の神殿に収蔵された。

 女神様が作った迷宮の中にあったというのなら、それは本物と違いはないと、王都や王家では大騒ぎである。

 記録では、300年前の魔物あふれで避難する際に失われたそうだが、エトワクタル王国の初代王に女神様が渡した石板は、人間にとっての宝であると同時に、エトワクタル王国の正統性を世に知らしめる物でもあった。

 エトワクタル王国建国伝説の基礎でもある王権神授の最初のできごとであり、そこからエトワクタル王国が始まったと言っても過言ではない。

 今度は神殿ではなく王家が石板を管理するという話もあったが、女神様からの神託が灰箱に下り、神殿に収められることになった。

 女神像のそばに、4本の石柱に囲まれた台が作られ、万が一にも石板が傷付かないように金属の箱が用意され、その中に石板が収められた。

 石板は年に一度、復活祭の後、数日間だけ一般公開され、多くの国民が石板を見るために神殿に足を運んだ。

 石板の発見の功績で、美咲たちは褒賞金を与えられ、神殿からは聖人として指定されかけたりもしたが、聖人はやり過ぎであると断り続け、妥協点として聖人候補ということになった。


 そんなこんなで時間が流れ、美咲たちが日本に転移できるようになってから1年が過ぎていた。


 その日、拠点に転移した美咲は、ネットで探した古本屋で沢山の本を買い込んだ。

 美咲はまだ家族に会いに行くことはできていない。

 正体を隠して会いに行くのか、それとも本人だと告げたうえで会いに行くのかの決心が付いていないからだ。

 ちなみに茜は既に本人として自分と会い、姉にも会うことができていた。過去に異世界の神によって分かたれた自分自身という事実をそのまま伝え、自分自身には胡散臭い目で見られたらしいが、姉には素直に受け入れられたという。


 美咲が重たい紙袋を抱えて歩いていると、5歳くらいの子供が足にぶつかってきた。

 そして美咲の足に抱き着き、顔を見上げると、不思議そうな顔をする。


「みいちゃんじゃない? みいちゃん、どこ?」


 その表情が崩れ、すぐにその子は大泣きを始める。

 迷子だと察した美咲は、その場にしゃがみ込んで女の子と目線を合わせて、お名前は? どこから来たの? と話しかける。

 すると、泣き声を聞きつけたのか、保護者らしき大人の女性がやってきた。


「真奈美、勝手にどっか行っちゃダメでしょう! すみません、ちょっと目を離したすきに……って美咲さん? あ、違うか」

「いえ、なんか知り合いと間違えちゃったみたいですよ……はい?」


 名前を呼ばれた美咲は目を瞠る。

 そういえば、この真奈美という子供、自分の子供時代の顔によく似ているような気がする。

 まさか母親は自分なのかと美咲がひとりあたふたしていると、真奈美を抱っこしたその女性が真奈美の背中をトントンと叩きながら続けた。


「あ、すみません。義妹にそっくりでしたので……本当にそっくりですね。これは真奈美が勘違いするわけです」

「義妹さん、ですか。あ、もしかして、佐藤美咲さんですか? たまにそっくりだって言われるんです」


 兄の娘という可能性に思い至り、美咲は真奈美の頭を撫でる。

 そして、自分はこちらの世界の美咲のそっくりさんなのだと主張する。常識的な人間ならそれで納得する。

 幸いなことに真奈美の母は常識的な人間だった。


「本当にそっくりですよ。義妹の方が歳がいってる分、あなたの方が若くて綺麗ですけど」

「そんな……あ、私も美咲っていうんです。偶然て怖いですよね。街中で美咲さんのお友達に声を掛けられたこともあるんですよ……真奈美ちゃん、だから私もみいちゃんて呼んでね」

「みいちゃん!」


 真奈美は小さな手を伸ばし、頭を撫でる美咲の指を握って美咲を見上げた。


「義妹の美咲さんには、この子、本当によく懐いてるんですけど、こちらの美咲さんも気に入っちゃったみたいですね……あ、夫を待たせてるので、そろそろ失礼しますね」

「はい、それじゃ真奈美ちゃん、またね」

「ばいばい」


 美咲に向かって小さい手を振る真奈美に、美咲は、こんな可愛い姪っ子なら、そりゃ猫可愛がりして懐かれるよ、と嘆息した。

 真奈美母娘を見送った美咲は、ふたりの後を少しだけ追いかけて、途中で追うのをやめた。

 兄の姿を見てみたいという思いもあったが、まだ少し怖さの方が勝っていたのだ。


「まあ、今日は真奈美ちゃんに会えたし。あの家に住んでるなら、近くに公園はひとつしかないから、真奈美ちゃんにはまた会えるよね」


 美咲は本の入った袋を抱えると、あちこち寄り道をしながら拠点に向かう。

 衣類、靴、医薬品、化粧品、消費電力の少ない家電製品、苗木に種に肥料に農機具、その他もろもろ。美咲は日本で様々なものを買い集め、必要に応じて異世界で呼び出している。

 売店で買ったアイスを食べながら美咲が拠点に帰ると、郵便受けに宅配ボックスに荷物が届いているという通知があった。


「何か買ったっけ? 小川さんかな?」


 大きなもの用の宅配ボックスを開けると、掃除機ロボットの箱が入っていた。

 それを見て、小川が掃除機ロボットの構造をベースに、掃除機ゴーレムが作れないかと言っていたのを思い出す。


「相変わらず色々手を出してるなぁ」


 農業改革はどうなってるのだろうかと首を捻りながらも、美咲は箱を抱えて拠点へと戻るのだった。

 拠点内の美咲と茜が使っている部屋には大きな本棚があった。

 そこに買ってきた本を並べた美咲は、一冊を手に取り、リビングのソファに移動して、そこで読み始める。

 買ってきたのは茜お勧めのファンタジー小説である。

 この先美咲がエトワクタル王国側で、冒険ファンタジー小説に書かれているような、危険な仕事を請け負うことは少なくなると思われるが、それでも知識は力である。

 初めて異世界に降り立った時から考えるとかなり進歩しているが、美咲のファンタジー知識はまだ初心者レベルである。少しでも知識を得るために、美咲はいろいろな本に手を出していた。


「おーい、誰かいるか?」

「広瀬さん、お久しぶりです。今日は王都からですか?」

「おう。美咲がいたか。まだ王都だな。来週からコナーの町にしばらく駐留するけど」


 遠征する前に色々買いに来たのだと広瀬は笑った。


 白の樹海の迷宮の町――コナーの町での任務が完了したあと、広瀬は王都に戻ってモッチーと結婚した。

 日本に戻れると聞いた時はどうするか迷ったらしいが、日本に転移しても24時間経過したら戻されてしまうという設定から、あくまでもエトワクタル王国の生活がメインで、日本はオマケであると判断し、エトワクタル王国に骨をうずめることを決断したらしい。

 モッチーには神託のことも、広瀬が一時的に日本に転移できるということも全部話している。秘密にしているのは、広瀬以外の日本人の能力についてくらいのものである。


「モッチーさんはお元気ですか?」

「ああ。今日はこっちで香辛料と砂糖と、あと、プロテインを仕入れてくるように頼まれてるよ」

「……相変わらずですね」


 モッチーの相変わらずの、筋肉を育てることへの執着に美咲は苦笑する。


「そうそう、これはオフレコだけど、今度、第一王子が王位を継承するらしいぞ。そんで、コナーの町にアルが赴任するんだってさ」

「ロレインさんはどうなるんですか?」

「王族が単身赴任ってことはないだろ?」


 アルバートとロレインも去年の秋に結婚をしていた。

 しばらくは離宮暮らしだと言っていたはずだが、どうやら仕事が決まったらしい。

 コナーの町の周辺には幾つかの町が作られつつある。

 その開拓はミストの町が主導しており、ミスト家も新しく作られる農業の町を管理することに決まったとキャシーが喜んでいたのを思い出す。

 コナーの町はそれらの町の中心地となるため、その統治にアルバート王子、いや、アルバート公爵が駆り出されたとのことだった。


「アルとロレインさんには何かお祝いに送りましょうか」

「あー、どんなのを考えてる?」

「ガラスの食器セットとかですかね。向こうでも手に入らないでもないですけど、日本製品は品質が安定してますから。それか、日本の宝石とか?」


 ガラスの食器はエトワクタル王国にも存在するが、基本的にすべて手作りであり、手作りだけに、均質さでは工業製品である日本製に少し劣る。

 宝石についていえば、その加工技術は日本の方が圧倒的に優れている。だが、それだけに異質に過ぎると広瀬は判断した。


「食器セットが無難だろうな。それじゃ、今度美咲が買っといてくれないか?」

「それは構いませんけど。買った食器セットはこの部屋に置いときますから、広瀬さんから渡してくださいね」


 コナーの町まで行くのは大変なんです、と美咲が言うと、広瀬は頷いた。


「俺は日本で買える酒類各種を持ってくつもりなんだが……まあいいか。美咲と茜からってことで渡しとくよ」


 こうして、美咲は公爵家にプレゼントを贈ることになったのだが、その意味を知るのはしばらく後になる。

 本を閉じた美咲は、リビングのローテーブルに置かれたノートパソコンを操作して、適当なガラス食器セットを選び始めるのだった。




 コナーの町の迷宮では塩が作られるようになり、漆も大きな産業になっていた。

 漆については日本でサンプルになるような漆器と、必要となる道具を調達することで、立ち上げを容易にすることができた。

 道具類に関しては、美咲たちが持ち込んだものを見本にして、コナーの町でも作られ始めている。

 コナーの町で作られた漆器は、貴族たちに珍重されており、自由連邦に対する新しい輸出産業として成長著しい。


 迷宮内の塩田は、日本で小川が調査を行なった結果を反映し、流下式塩田として整備されている。

 整備にあたっては、何回か美咲がかり出され、浜の砂を土魔法で固めた石造りの塩田が作られていた。

 もともとエトワクタル王国では塩の消費量の半分は輸入に頼っていたため、塩は高価なものという意識があった。迷宮産の塩が安定供給されるようになると塩の値段は少しだけ下降したが、エトワクタル王国では塩は専売品である。迷宮の塩は安全保障にも関わる重要物資に位置づけられ、国の保護を受け、安定した産業となりつつあった。


 ミストの町は現在、ビリーが代官を務め、その娘であるルーシーが補佐に付くようになっている。

 ミスト家の長男であり、キャシーの弟であるケヴィンは、コナーの町のそばに作られつつある農業の町を治める予定である。

 キャシーはといえば、子供の頃からの憧れであるアーサーという名の傭兵がエトワクタル王国に戻ってきたとかで、活動の場を王都に移している。

 ベルとアンナはキャシーと共に王都で活動をしている。


 フェルはと言えば、コナーの町の魔法協会支部長を打診されたものの、今でもミストの町で魔素補充の仕事をしている。

 しかしその業務内容は大きく変化していた。

 魔道具の種類が増えたことで、従来の方法では手が足りなくなってきたため、魔道具の魔素補充に特化した商会が立ち上げられ、フェルはミストの町の代表となっていた。


「ミサキー、プリン頂戴ー」


 今日も今日とてフェルは仕事中に抜け出してミサキ食堂を訪れていた。


「なんか疲れてるみたいだね。そうだ。パフェを作ってあげようか」

「ぱふえ?」

「私にとっては最高のスイーツの一つだね。個人的にはプリンアラモード以上かな」


 パフェグラスとパフェスプーンを日本で買ってきた美咲は、パフェを作れるようになっていた。

 材料はすべて揃っている。

 コーンフレークもチョコソースも、アイスも生クリームも、果物のシロップ漬けも、リンゴもバナナもサクランボも、すべてエリーに食べさせるために集めたものがあった。

 プリンアラモード以上と聞いたフェルの目が輝いていた。


「ぱふえ食べたい。ミサキ、プリンは載ってる?」

「んー? 載せる? プリンパフェっていうのがないわけじゃないし」


 普通のパフェのアイスや生クリーム部分がプリン風味になっているのが普通だが、天辺に載せていけないという理由もない。

 道具と材料を調理台に並べた美咲は、慣れた手つきでパフェグラスに材料を入れていく。

 ほどなくして完成したパフェを見て、フェルは歓喜した。


「すっごい! ガラスの器にたくさんの材料が層になってて、天辺にはアイスとプリンだね? 黒いのはチョコレートっぽい? 銀色のスプーンもなんか綺麗だし。美咲、これは絶対売れるよ。ミサキ食堂のメニューに載せない?」

「載せません。ミサキ食堂は食堂です。パフェなら言ってくれればいつでも出してあげるから。値段はプリンの倍だけどね」

「これだけ詰まってて2倍で食べられるんだ。それじゃ、感謝を!」


 プリンとアイスとスプーンですくい、一口食べたフェルは溶けそうな笑顔になる。


「美味しいなぁ……ぱふぇ」

「今までは必要なものが揃ってなかったから作れなかったんだよね……アイスを丸くすくう大きなスプーンがあったらもっと綺麗に作れるんだけど……買ってこようかな」

「……絶対にまた作ってよね」

「うん、閉店後ならね。茜ちゃんには作り方教えてないから、私がいる時じゃないと出せないよ?」


 パフェを堪能したフェルは、しばらく美咲を相手に、商会代表の大変さを愚痴ってから帰っていった。


 フェルを見送った美咲は、食堂の戸締まりをすると、自室に戻り、日本へと転移する。

 日本に転移した美咲は、拠点のそばのスーパーでアイスクリームディッシャーという、アイスを丸くすくう道具と、業務用の大きなアイスを買い込む。そして少し考えてからアイスのコーンも買った。


「これでエリーに日本風のアイスクリームを食べさせてあげられるかな」


 コーン部分の作り方は知らないが、アイス部分なら作り方をエリーに教えることもできる。レシピ開発は茜に任せよう、と美咲はレジに向かった。



 ミサキ食堂に戻った美咲は、茜に紹介されたファンタジー小説を本棚から取り出し、栞を挟んだページまでパラパラとページをめくる。

 日本で無職だった青年が、ハローワークに行ったらなぜか異世界に転移させられて、異世界で冒険をするという物語だった。

 ハーレムものが苦手だという茜にしては珍しく、その物語にはたくさんのヒロインが登場した。


「んー、収納魔法で輸送のお仕事ね。王都に生鮮食品を運ぶ仕事とかを請け負えば、それなりに稼げたかもしれないけど、それはそれで、収納量が多すぎるって目立ってたんだろうなぁ……それにしても、この主人公、次々女の子に手を出してくね」


 恋多き主人公に少し呆れながらも、美咲はその小説を楽しく読み進めた。

 冊数が多く、まだまだ先は長い。

 ファンタジー小説の常識にはまだ疎い美咲だが、こうやって少しずつ知識を蓄えつつある。


「あ。忘れてた」


 ふっと美咲の姿がかき消え、残された小説のページがパラパラと風でめくられていく。

 日本とエトワクタル王国。ふたつの世界の間を転移する生活に美咲は順応し始めていた。

 こうして、ファンタジーをほとんど知らない(元)女子高生による異世界転移生活は続いていくのだった。


Fin

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。


どうも、作者のコウです。

これにて一応の完結です。

今までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

ようやく、一番最初に考えていた最終回の絵に辿り着くことができました。

ラストが駆け足になったっぽく感じられるかもしれませんが、これも構想通りです。

美咲たちの異世界転移生活はまだまだ続きますが、本編はここまでです。


本作を書き始めたのは2年前の春でした。

最初の設定では、美咲はSF好きなOLでしたが、それだと呼び出せるものが多くなりすぎるので、女子高生に変更しました。

そんな原稿を色々いじり、小説家になろうへの初投稿が2017年の10月でした。

そこから、ネット小説大賞期間中受賞や書籍化などありましたが、エタることもなく、最終回に至れました。

これらはすべて、読者の皆様の応援あってこそです。

心からの感謝を皆様に捧げます。本当にありがとうございました。


この後、番外編なども書きたいと思っていますので、完結設定は未完としておきます。


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― 新着の感想 ―
[一言] ご苦労さまでした、多少早足で読みましたが。 完結してる作品は安心して読めるので好き。 「一言」に対しての返信ありがとうです
[一言] 面白かったです。 良い物語をありがとうございました。
[良い点] 面白かったです! 世界観設定が非常にしっかりしてるので、設定のブレが無く、安心して読み進められました。 [気になる点] 個人的な好き嫌いの話になってしまうのですが、脇役のキャラたちの絡みが…
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