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242.家電量販店

 小川が転移先に選択したのは郊外にある家電量販店のそばの畑脇の道路だった。

 何もない場所に降り立った3人は、周囲を見回し、畑の中にポツンとある家電量販店までのんびり歩く。


「このあたりは小麦を作ってるんだね。日本にいた頃は気にしたことなかったよ」

「へぇ、これが小麦ですか。そういえばおじさん、あっちじゃ魔法協会で農業もやってるんですよね?」

「ああ。電子辞書で色々調べながらね。ああ、電子辞書は省エネタイプのがあったら買っておきたいな」


 家電量販店に入ると、中は家電コーナーとそれ以外のコーナーに分かれていた。

 それ以外のコーナーには、食器や調理器具、生鮮以外の食料品が並んでおり、美咲と茜はそちらのコーナーに、小川は家電コーナーにと手分けをして見て回ることになった。


 家電コーナーに足を運んだ小川はパソコンのコーナーでノートパソコンのカタログを手当たり次第に集め、続いてゲーム機コーナーで最新のゲームのインターフェースを体験し、テレビのコーナーで最新家電の人工知能の賢さに感動し、電子辞書のコーナーで店員を捕まえて、昔の電子辞書しか使ったことがないといって使い方を教えてもらいつつ、10年で大きく変化したインターフェースに驚かされていた。


 同じ頃、美咲は圧力鍋を発見していた。

 基本的な調理器具は10年程度では大きな変化はなく、大半は美咲にとって見慣れたものだった。

 美咲が呼び出せない幾つかの調理器具と、軽くて使いやすい食器を買い物カートに乗せる。

 茜はケーキを焼くのに使えそうな耐熱容器とクッキーの型抜きなど、お菓子を作るうえであったらエリーが喜びそうだと思うものをカートに追加していく。

 調理器具のコーナーを抜けると、そこはアロマテラピーのコーナーだった。

 棚に置かれたアロマポットやアロマストーン、それに各種精油を見て、美咲は首を傾げた。


「茜ちゃん、あっちの精油って買ったことある?」

「虫除けのなら買ったことありますけど、ラベンダーの精油とかって見たことないですね」

「エルフが作ってるらしいけどね。アロマ系は匂い袋と線香タイプだけしか買ったことないから、買っておこうか」

「そうですね。使い方書いた小冊子が無料配布されてますから、貰っていきましょう」


 アロマストーンと蝋燭式のアロマポット、専用蝋燭と精油各種を全種類カートに入れた茜は、隣の棚にある入浴剤にも目を付けた。


「美咲先輩、入浴剤にもアロマっぽいのがありますけど、どうします?」

「幾つか買っておこうか。ラベンダーの匂いがするエリーちゃんとか抱きしめたいし」

「あー、後はクッションが色々ありますね。タオルクッションじゃなく、普通のクッションも買っておきましょうか」

「低反発のないかな。綿のクッションじゃ、タオルクッションと変わらないだろうし」

「低反発あるかな……あ、ありました」


 茜が持ってきたクッションは少々厚手で正方形をした無地のクッションだった。

 それを見て、美咲は頷く。


「良さそうだね。茜ちゃん、食べ物系はいいの?」

「んー、あ、シリアルとか久し振りに食べてみたいです」

「買ったことなかったかな? ここで試すわけにもいかないし、買っていこうか」

「はい」




 美咲たちの買い物が終わり、店の入り口横で待っていると、小川が幾つかの袋を抱えて戻ってきた。

 小川は美咲たちの足下に置かれている大きな袋を見て、呆れたように笑った。


「随分買い込んだね」

「圧力鍋が大きくて重いですね。でも、店内は監視カメラがあるから収納しちゃうわけにもいかないですし」

「そっちの重そうなのは僕が持つから、こっちの袋を頼むよ」

「お願いします……何を買ったんですか?」


 小川に圧力鍋が入った袋を渡すと、美咲は小川の買い物袋を受け取った。

 それらは小さい見た目に反してかなり重たく感じた。


「電子辞書とモバイル太陽電池に大容量のモバイルバッテリー、あと機械式の腕時計と置き時計かな」

「電子辞書の充電用ですか? 帰ったら一度私に売ってくださいね。保険です」

「ああ、お願いするよ。モバイルバッテリーは普通のコンセントにも対応しているから、美咲ちゃんたちも重宝するかもだよ」

「えっと、AC100ボルトが使えるんですか?」

「ワットはかなり小さめだから、レンジやドライヤーには向かないけどね」


 買い物袋を抱えた一行は、周囲に監視カメラがなさそうな畑の近くの木陰まで移動し、ミサキ食堂に帰還した。




「おじさん、どんな腕時計を買ったんですか?」

「機械式のスケルトンだよ。こっちで身につけるなら最低でも機械式かと思ってね」


 小川は袋から、小さい箱を取り出し、蓋を開けて茜に中身を見せた。

 革のベルトに黒っぽい本体で、文字盤の一部が透明になっており、歯車が動く様子が見えている。


「なんだか高そうですね」

「機械式としては安かったね。なんか機械式が流行してるらしいよ」

「魔法協会で解体して量産するんですか?」

「自分用だよ。部屋で仕事してると鐘の音に気付かないことがあるからね。それにこの世界の技術じゃ、ここまでの精度で歯車とかは作れないと思うよ」


 なるほど、と頷いた茜は、スケルトンの文字盤を興味深そうに眺める。歯車が見えているのが面白いらしい。


「それにしても日本の家電は思っていた以上に変化していたよ」


 小川は家電製品のカタログを広げてみせた。


「パソコンのCPUの性能は大体昔の7倍くらいかな、テレビなんかは多機能になって生き残ってるし、冷蔵庫は庫内管理を自動で行えるAIが付いてるし、電子辞書も普通に知りたいことを聞いたら調べてくれるって。昔ながらのキーボード入力もできるみたいだけどね」

「世の中が変わるくらいに科学が発達してるんですか?」


 美咲の質問に小川は頷く。


「昔のAIっぽい何かじゃなく、本格的なAIが家電に搭載されてるからね。身近なところが色々変わってると思うよ」

「うーん、科学が大きく進歩するところを見られなかったのはちょっと残念ですね……ところで小川さんが王都に戻るのはいつですか?」

「明日の朝にはこっちを出ないと。午後から会議があるんだ」

「次に日本に行くとき、向こうで待ち合わせしませんか? タイミングを合わせて転移すれば、日本で会えますよね?」


 美咲の提案に、小川は頷いた。


「ああ、王都とミストの町に分かれてても、日本で顔を合わせることができるのか。明日の夜にでも実験してみよう……日本で拠点を借りたら、日本で待ち合わせして場所を教えないとね」

「おじさん、借りるときは宅配ボックスのあるマンションとかにしてくださいね」

「場所はどの辺がいいとか希望はあるかい?」


 小川の質問に、茜は自分が日本でやりたいことを考え、慎重に返事をした。


「えと、ホームセンターとショッピングモールが近所にあるところがいいですね。服と靴、あと縫いぐるみとか買いたいからおもちゃ屋さんも欲しいですね」

「……なるほどね。茜ちゃんの日本滞在の目的は、あくまでも買い物ってことだね。美咲ちゃんは何かリクエストはないかい?」

「買い物は通販メインになると思いますから、通信環境があって、あと近所に銀行かATMがあるところですね。口座にお金を入金しないといけませんから」


 入金のことには思い至っていなかった小川は、なるほどと頷いた。


「銀行か……拠点が決まったら速攻で口座を作らないとね……クレジットカードとスマホも必要か」

「できるだけ目立たないように年金や保険も加入した方がいいと思うんですよね」

「そうか、そういうのもあったね……そういえば茜ちゃんは義務教育課程だよね。学校どうしようか」


 小川の問いに茜が固まった。


「えっと……実年齢的には中学は卒業してる年齢ですけど」

「まあ、今まで通っていた学校の情報を寄越せと言われても無理だから、本人が行かなくていいって言うならいいのかな? 美咲ちゃんはどう思う?」

「こっちでの生活があるから通学は難しいでしょうね。でも国語と歴史くらいは教科書を読んでおいた方がいいかもですね」

「んー、まあ、義務教育あたりまでは最低限の常識だからね」


 小川がそう言うと、茜は不思議そうな顔をした。


「学校教育って常識なんですか?」


 連立方程式が常識とは思えないと、茜は首を傾げる。


「大半は一般教養かな。知らなくても生きていけるけど、第三者と話をするうえでの共通認識となるような知識が多いね。例えば水の沸点が摂氏100度であるとか、そういうのも学校で習ったことだし、有名な小説や古典の一節を知っているのも学校教育によるところが大きいよ。あと、信長、秀吉、家康はみんな知ってるよね。それも学校教育の成果だ」

「なるほど。参考書とか買って読んでおきます」

「茜ちゃん、分からないところとかあったら家庭教師するから言ってね」


 美咲の言葉に、茜は神妙な様子で頷くのだった。




 翌早朝、小川は馬に乗ってミストの町を後にした。

 今回はかなりの強行軍だったため、小川は美咲の作る食事を楽しむ余裕もなかった。それでも日本に戻る手段を得たためか、その表情は明るい。

 ミストの町の北門まで小川を見送った美咲と茜は、まだ薄暗いミストの町をミサキ食堂に向かって歩く。


「後はおにーさんに指輪を渡さないとですね」

「広瀬さんは迷宮の町を守らないとだから、ミストの町に来るのは難しいかもね」

「もう少し近ければ届けに行ってあげてもいーんですけどね」


 ミサキ食堂に戻ったふたりは、庭でラジオ体操を行い、短剣の素振りを行う。

 シャワーで汗を流し、洗濯物を洗濯機に放り込む頃にはエリーたちが下りてくる。


「おねーちゃん、おはよー」

「おはよ。今日の朝ご飯はベーコンエッグとポテトサラダとスープだよ」


 朝食のメニューを伝えると、エリーは笑顔で顔を洗いに洗面所に向かった。


「ミサキさん、今日は食堂はどうしますか?」

「んー、今日は出掛ける用事もないし、開店しようかな」

「それじゃ、食事が終わったら準備を始めますね」


 準備と言っても、トッピングの肉野菜炒めは十分な量が美咲の収納魔法に入っている。お釣りの準備も十分にある。

 後はお湯を沸かして、しばらく使っていなかった食器を洗うだけである。



 朝食の後、マリアが食器類を片付ける横で、美咲は昨日買ってきた圧力鍋でポトフを作っていた。

 美咲の家で使っていたものとは少し違っていたが、圧力鍋の基本構造はどれも似通ったものになる。

 蒸気で密閉した鍋の内圧を上げ、高圧で沸点が上昇した高温のお湯を使って具材を加熱調理するのだ。

 10年経ってもその辺りには大きな変化はなく、初めて使う圧力鍋ではあったが、美咲は危なげなく調理を進めていた。

 その横でプリンを作っていた茜は、鍋をコンロから下ろしてしまった美咲を見て首を傾げた。


「美咲先輩、何を作ってるんですか?」

「ポトフだよ。圧力鍋で作ると、短時間で味がよく染みて、お肉が柔らかくなるからね。この鍋が手に入ったら作ってみたかったんだ」

「圧力鍋だと途中で蓋を開けられないから、味付けの調整が難しそうですね」

「圧力を掛ける前に、薄目かなってくらいで塩胡椒で味を付けて、圧力掛け終わってから調整する感じかな」


 圧力鍋の内圧を示すピンが下り始めたのを確認し、美咲は頷いた。


「そろそろ完成っぽいね」

「コンロから下ろしてるのに完成なんですか?」

「内圧が高いと沸点が高くなるからね、火に掛けてなくても食材が加熱されるんだ」

「なるほど……あ、美咲先輩、冷蔵庫にプリン足しておきました」

「ありがと、多分、今日辺りフェルたち、食べに来ると思うからね」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。

まだしばらくは不定期連載が続きまする。。。

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