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201.樹海の迷宮・第二階層・漆の採取初日

「話には聞いていたけど不思議だね。迷宮の中に空があるんだね」


 第二階層に下りた小川は、青空を見上げて驚いたような声を出す。


「太陽はないけど、空に明るい部分があるね。あれが光源になっているのかな?」


 地面に落ちる影を観察しては驚き、草の生えた地面を見ては驚く。

 そして、地面に落ちていた銅貨を拾い上げ、階段を見上げて驚く。


「おじさん、楽しそうですね」

「うん。こんなにも謎だらけだからね。解明できたら面白そうだ」

「オガワさん、そろそろ夕刻になります。今日は安全地帯に泊まり、明日、林を見に行くということでよろしいですわね?」

「いや、とりあえず、漆の木に傷だけつけておきたい。そうすることで、明日以降、漆が出やすくなるから」

「そういうものですの? 分かりましたわ。ベル、取り敢えず林の方に向かいましょう」

「おう。暗くなる前に片付けよう」


 一行はベルに先導されて林に向かう。

 今回は時間があまりないため、薬草には目もくれない。

 幾つかの丘の間を縫うように進むと、林が見えてくる。


「さて、着いたけど、どうするんだ?」

「茜ちゃん、直径10センチ以上の漆の木を教えて」

「はいはい、えっと、これですね」


 茜の案内で漆の木の前に立った小川は、収納魔法から、今回のために作った道具を取り出す。

 鎌のような道具と、先端が二つに分かれた道具、それに、先端部分を曲げたヘラのようなものと、小さな木の壺だ。


「えっと、まず木の皮だけを剥く……中の白い部分が出ないように慎重に」


 皮剥ぎ鎌を使い、小川は漆の木の樹皮の表面部分をそぎ落とす。

 小川にはこの作業にどんな意味があるのかまでは分かっていない。本に書かれていた通りにやっているだけだ。

 丁寧に樹皮をこそげ落した小川は、少し自信なさげに木を見て、まあ、こんなものかと頷く。


「次は、この掻き鎌で溝を彫り、白い部分を露出させる」


 先端が分かれた鎌の、U字になった部分で、木の表面を彫り、白い部分を露出させる。

 この作業の意味は本に書かれていたので、自信を持って作業を進めていく。


「随分と、短い傷を付けますのね? 樹液を採るという事でしたから、もっと長い傷を付けるのかと思っていましたわ」

「それは最後の頃かな。初日は傷を付けることで、木が樹液をたくさん作るように促しているんだ」

「……この傷の大きさにも意味がありますのね?」

「そういうこと。さて、最後は、掻き鎌の尖った方を使って、傷を深くすると……樹液が出てくる……来たね。これを、このヘラですくって、容器に入れるんだ」


 掻きベラで傷から流れたほんの少しの樹液を掻き採り、木の容器に入れる。


「迷宮の木はすぐに復活するということだから、裏側でも同じように採取するね」

「普通はしませんの?」

「最後の方になるまではしないそうだね……よし、と。今日採れた樹脂は水っぽいから、まだ使い物にはならないかな、明日以降の採取に期待しよう」


 木の容器にたまった樹液を見て、小川はそう判断した。

 本で見たものは少し茶色がかっていて、質感もどろりとしたものだったのだ。


「まあ、これで、明日か明後日くらいからは漆が出やすくなると思うよ。さて、他の木にも傷を付けてしまおうか」


 小川は茜の案内で、漆の木に傷を付けて回った。

 キャシーもやってみたいと小川から道具を借りて見様見真似で漆を採取する。


 一通りの木に傷を付けた一行は、オレンジ色に染まりかけた空を気にしながら安全地帯へと急ぐのだった。


 安全地帯までの道のり、グランボアが出たものの、キャシーの持つ魔法の鉄砲により、危なげなく駆除された。

 魔物の死体が光の粒に変化し、ドロップ品を残すのを見て、また小川が驚きの声を上げる。

 ちなみにドロップは魔石と肉だった。

 それらを回収した美咲たちは、なんとか明るいうちに安全地帯に辿り着く。

 明るいと言っても、空はオレンジ色に染まっている。

 そんな空を見上げて小川は首を捻った。


「迷宮内だと、大気の層の厚みの違いで赤くなるなんてことはないと思うんだけど」

「夕方になったら赤っぽい光に切り替えてるだけじゃないですかね? 外に似せてるだけだと思いますけど」


 小川の隣で茜も空を見上げながらそう答える。


「そう考えるのが自然だろうね」

「おじさん、それはいいですけど、暗くなる前に天幕準備しないと面倒ですよ?」

「おっと、そうだね」


 小川は、天幕のセットを取り出すと、棒を繋ぎ合わせ、骨組みを作って地面に固定し、そこに天幕を被せて、更に天幕に結ばれた紐を使って、天幕が飛ばされないように地面に固定する。

 天幕が完成すると床の部分に畳んだ毛布を敷き、少し考えてから、毛布の上に川ネズミの皮のマントと、毛織りのマントを重ねて置く。そして天幕の中に光の杖をぶら下げ、数歩離れた場所から完成した天幕を眺めて頷いた。


「一応できたかな」


 小川が天幕を自分で張るのは、これが初めてである。

 魔物の調査を行っていた時は、天幕や食事の用意は魔法協会の雇った人足が行っていたため、小川は天幕が出来上がった状態しか見たことがない。

 それでもその観察眼故か、完成した天幕はそれなりにしっかりと組み上げられているように見えた。


「それで、夕食はどうするんだい?」

「私が作りますよ。小川さんは、漆をどうやって集めるのか、考えておいてくださいね」


 美咲は、安全地帯の端に食材やコンロが詰まった大きめの木箱を取り出すと、中からコンロとフライパン、包丁、鍋を取り出し、鍋に湯を沸かし始める。

 そして、収納魔法から刻んだ野菜類の入ったボウルを取り出すと、その中身を鍋に入れる。

 グランボアの肉を5ミリ厚に切ってソテーにしつつ、小間切れにした肉を鍋に放り込む。

 肉が焼けたら、大皿に取り、ミストの町のパン屋で買ったパンと並べる。

 各自が用意した器に煮物を入れれば夕食の準備完了である。


「さて、それでは食事をしましょう。感謝を」


 キャシーの号令で、皆、パンや肉に手を伸ばす。

 茜はコッペパンに似たパンを割り、そこに肉を挟んでかぶりつく。

 それを見て、小川も真似をする。


「美咲ちゃんの料理の腕もあるんだろうけど、外で食べるご飯は美味しいね」

「厳密には迷宮内っていう屋内ですけどね」

「たしかにそうだね……そういえば迷宮内って鳥や虫の声とか聞こえないんだね。魔物以外の動物はいないって聞くけど、虫もいないのか……植物は結実できるのかな?」

「迷宮ですからね。花とか咲かずにいきなり実が生った木があっても驚きませんよ」

「それもそうか……不思議な場所だな、ホントに」


 食事が終わると、すぐに寝ることになる。

 2交代制で休むため、火を囲んでワハハとやっているような時間の余裕はないし、そもそも迷宮内では火は御法度だ。

 安全地帯の仕組みに目を輝かせる小川は、どうせ興奮して寝付けないからと最初の見張りを買って出た。

 くじ引きの結果、ペアになったのは美咲だった。後半の見張りはキャシーとアンナである。



 光の杖を地面に立て、その前に時間を計るための線香を立て、それを眺めながら美咲は今回の主目的について、小川に聞いてみた。


「小川さんは、漆のこと、どのくらい知ってるんですか?」

「ん? 雑学本とかに載ってる程度かな。日本の漆掻き……漆の採り方は、殺し掻きって言って、海外の漆掻きとはやり方が全然違うんだ」

「殺し……物騒な名前ですね」

「うん。日本の殺し掻きっていうのは、漆の木を10年かけて育てて、そこから採れるだけの漆を採って、最後は木を切っちゃうんだ」

「10年かけて育てた木を、一回漆を採っただけで切っちゃうんですか?」


 あまりに効率が悪そうな方法に、美咲は驚いたような顔をする。


「んー、初夏から盛夏に掛けて、4、5日間隔くらいで漆を採りまくるんだけどね。それをやると、もう木としては育たなくなるらしいよ。だから切って、横芽から新しい木が育つようにするんだ。海外のやり方だと、毎年採れるそうだけど、そっちは詳しく書かれてなかったから分からないよ」

「……日本製の漆器が高い理由がよく分かりました」

「ちなみに、安い漆器は本漆じゃなく、ウレタン樹脂を混ぜたりしているらしいよ」


 小川の言葉に美咲は肩をすくめた。


「まあ、漆がそれだけ稀少ならしかたないですよね……今日採れた漆もほんの少しでしたし」

「一本の木から採れる量が、確か200ccとかだったかな。でも、迷宮内の木が10日くらいで復活するのなら、毎回、最大量を採れることになるから、漆が品薄になることは少ないだろうね」


 迷宮内のオブジェクトは10日ほどで復活する。

 漆の木から樹液を採っている間に、前に付けた傷が治っていくのであれば、木が枯れることを心配する必要もない。

 殺し掻きのやり方で、樹液は最大量を採取しつつ、漆の木は殺さずに済むのだから、漆は取り放題である。


「……それにしても小川さんが道具まで用意しているとは思いませんでしたよ」

「ああ、前に話があった後でね、本に載ってた写真を元に、工房に依頼して作ってもらったんだ……彫刻刀とかでもよさそうな感じだったけど、せっかく、先人の知恵があるんだから、使わないとね。幾つか試作してもらったから、明日はみんなで漆を採れるよ……それにしても、見張りってのは暇なものだね」

「でも、何回かに一度くらいのペースで襲ってきますから、見張りは必要だと思いますよ」

「安全地帯の中にいれば魔物は入ってこれないんだよね?」

「魔物が石を投げたりしたら、その石は飛んでくるらしいですから」

「……面白い仕組みだね」


 小川は立ち上がり、安全地帯の際まで行って、赤い石柱と、その間をつなぐように地面に埋め込まれた赤い石を観察し始める。


「魔素の偏りとかはなさそうだけど、なんで安全地帯なんて成立してるんだろうね」

「分かりませんけど、場所に仕掛けがないなら、魔物の方に仕掛けがあるのかもしれませんよ」

「怖いことを考えるね」

「そうでしょうか? 論理的な帰結だと思うんですけど」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。

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[一言] 小川さん 好奇心の塊!
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