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156.マルセラ、再び

 大きなルビーを売り払った茜は、小粒のルビーとサファイアをアクセサリー店で買い取ると、それを種にして、魔素が許す限り様々な宝石を作り始めた。

 作った宝石は個人で楽しむ為だけに使うことにして、宝石を作ってお金儲けという計画はお蔵入りにした。

 大粒のルビーはさすがに目立ちすぎると学習したし、色や形を工夫して作った宝石は、手元に残しておきたい。

 茜の作品には、自然界にはありえないようなものもあったので、その判断は間違いではないのだが、そもそも作らないという判断をしていないあたりに、茜の趣味へのこだわりが見え隠れしていた。

 気に入った作品はペンダント風に加工して、傭兵のペンダントに隠れるように付けているが、今のところ人目を引いてはいないようである。

 現在の茜のお気に入りは、小さなピンクサファイアの中に、ブルーサファイアの青で積層魔法陣を描いたものである。

 なお、魔法陣に意味はない。六芒星に細かい文字っぽい模様を組み合わせただけの代物で、茜曰く、白竜が迷宮の門を出した時の魔法陣が格好よかったから真似てみたとのことである。


 色や形を自由に出来るとあって、美咲も宝石作成に興味を示したが、土の黄水晶がないとうまく作れないことが判明したため、茜と交代で宝石作りに精を出している。

 美咲が作るのは、日本での分類に従うなら宝石ではない。透明なコランダム――サファイアガラスで小瓶を作るのが、最近の美咲の趣味となっていた。

 美咲は主にブルーサファイアを種にしていたが、作り終わったら種の部分を切り取っているので、知らない者には透明なガラス瓶にしか見えないだろう。

 結晶の育つ形を制御しながら作っているので、瓶はとても繊細な形をしていた。一番近いものをあげるなら大きめの香水の瓶だろうか。

 もちろん、美咲はそうして作った小瓶を売るつもりはなかった。手元に置いて花瓶などにして愛でるだけである。


 ミサキ食堂が再開し、美咲たちが空き時間で宝石と戯れるようになってから一月ほどが経過した頃、ミサキ食堂に来客があった。

 その日の夕方、ミサキ食堂の前に一台の馬車が停まり、墨染めの服に身を包んだシスターが扉を叩いた。


「王都神殿より参りましたマルセラ・オリファントと申します。ミサキ様にお願いがあって参りました」

「あ、マルセラさん、お久し振りです。お願いって何ですか?」


 昨年、王都神殿に招聘された美咲についてくれていたシスターであった。


「書状を預かっておりますので詳しくはこちらをお読みください。私は明日の営業時間後にお返事をいただきに参ります」

「書状? 概要だけ教えて貰ってもいいですか?」

「……私は書状を見ておりませんが、聞いている話をまとめますと、来年の復活祭に春告の巫女としてご列席いただきたいというお話だと思われます」


 すっかり忘れていた春告の巫女という名前を聞き、美咲は天井を見上げて溜息をついた。

 そして、手紙を開くと、ざっと目を通す。

 マルセラが言ったようなことが、丁寧すぎる言葉で記されていた。


「今年もやるんですか? もしかして、また神託でもあったんですか?」

「いいえ。ですが昨年のことがありますので、念のため復活祭にご列席いただきたいという趣旨だったかと」


 神託がなかったことから、今年は春告の巫女による拝跪は行わない前提となっている。

 美咲を列席させるのは、万が一、春告の巫女の神託があった場合、迅速に対応できるようにという備えだとマルセラは言った。


「ええと、そもそもの疑問なのですけど、私でいいんですか? 選定しなおしとかはしないんですか?」

「神託があったわけではありませんので、選定は行わないそうです。ミサキ様に来て頂くのは、あくまでも万が一の備えなのです」

「あー……例えばその、断れるのでしょうか?」

「ミサキ様がそうお望みでしたら、そのように神殿に伝えます」


 マルセラは、美咲を迎えに来たわけではなかった。

 ミサキに書状を渡し、その返事を持ち帰るのがマルセラに与えられた任だった。

 とはいえ、ミサキと顔見知りのマルセラをその任にあてたという事は、ミサキの情に訴え、列席の言質を取るのが目的である。そこまで思い至らなかった美咲は、神殿の思惑に乗ってしまった。


「……復活祭で、神殿前の参道に並ぶだけでいいんですよね? 前みたいに目立たなくて済むなら出てもいいですけど」

「皆、喜びます。ありがとうございます」


 マルセラはそう言って静かに頭を下げた。



 マルセラが帰った後、美咲は茜の部屋で、春になったら王都神殿で復活祭に出席することになったと告げた。


「もうすぐお正月ですから、王都に行きますよね。それで、戻ってしばらくしたらまた王都ですか? 往復が大変そうですね」

「そうなんだよね。巫女の選定や儀式の練習がない分、去年よりは楽だけどね」


 美咲はそう言って、深い溜息をつく。


「復活祭の間、食堂はどうします?」

「んー、茜ちゃんに任せようかな」

「復活祭限定メニューとかやってもいいですか?」


 茜の目が輝いていた。何かやりたい事があるらしい。


「茜ちゃんがひとりで面倒みられるなら、期間限定メニューってことでやってもいいけど……何やるつもりなの?」

「そんな大層なものは考えてないんですけど、コーヒーとプリンのセットとか、茹でたソーセージをカレーパスタにトッピングしたりとか、その程度ですね。あと、一日100食に挑戦とか」

「一日30食はご近所さんに迷惑だから崩しちゃ駄目。それ以外なら構わないよ」

「もう。美咲先輩は相変わらずなんですから。そしたらですね……」


 茜は必要になりそうな材料を美咲に出して貰い、アイテムボックスにしまい始めた。

 復活祭はまだ先の話なのに、気の早いことである。


「そー言えば、去年のお正月にポーションを手に入れましたよね?」


 復活祭ではとても使いきれないほどの食料をしまった茜は、ふと思い出したと、美咲に問い掛けた。


「うん。そうだね?」

「あれ、美咲先輩が作ってる瓶に詰め直したりしませんか?」

「……一応聞くけど、何で? ポーションは売らないよ?」


 茜をして、存在しない筈の薬と言わしめたポーションである。

 市場に流したりすれば、騒ぎになるのは間違いない。

 美咲としては、ポーションの存在は忘れてしまいたい物だった。


「売らないにしても、綺麗な瓶に詰まってる方がありがたみがあるじゃないですか。それになんというか、美咲先輩の作ってる瓶って、ポーションらしい瓶なんですよね。きっと似合うと思うんです」


 茜のイメージしているのは、ゲームに出てくる瓶入りの霊薬だった。

 元のポーションは陶器の瓶に詰まっているのだが、茜はそれが気に入らなかったようだ。


「変なところにこだわるね。ありがたみで怪我が治る訳じゃないでしょ? 売らないなら止めないけど、水が漏れないような瓶って、作るの難しいと思うよ」

「んー、コルクじゃちょっと格好がつかないですかね?」

「コルクがはまる辺りを濃い色にするとかすれば、外からは目立たなく出来るかもだけど、難しくない?」


 濃い色を出すには、宝石としては売り物にならないようなクズ石が必要となるが、ミストの町のアクセサリー店ではクズ石を扱っていないのだ。

 そのため、宝石に色を付ける場合は、売り物になるようなルビーを使わざるを得ないのが現在の状況だった。そんな中で、コルクが目立たなくなるほど色を濃くするのは難しいのではないかと美咲は首を傾げた。


「それがですね。商業組合で何回か聞き込みをしたら、鍛冶屋にクズ石があるってことが分かったんですよ」

「鍛冶屋? なんで? あ、鍛冶屋でアルミナ作ってるとか?」

「いえ、クズ石を研磨剤にしてるんだそうです」


 サファイアやルビーは、モース硬度9の固い宝石であるため、研磨剤として比較的優れており、この世界では鍛冶屋で使用されていた。

 なお、ダイヤの研磨剤もないではないが、それは主に宝石の研磨に使用されるため、鍛冶屋には入手できないものとなっている。


「へぇ、研磨剤っていうのは思いつかなかったな」

「今、サンプルの取り寄せをお願いしてるので、手に入ったら色々遊びましょう」

「そうだね。濃い色を使えるなら、小川さん達にジョッキや熱燗の道具を作ってあげるのも面白いかもね」

「あー、喜ぶかもですね。お正月のお年玉に作っていきましょうか」


 ◇◆◇◆◇


「やったー、やりました。美咲先輩!」


 その日の夕方、美咲が夕飯の準備をしていると、茜が上機嫌で帰ってきた。


「どうしたの?」

「黄色になったんです! 二階級特進です!」


 茜は、首元の傭兵のペンダントを指差した。

 ペンダントトップが黄色になっていた。


「唐突だね。何か依頼でも受けたの?」

「この前の迷宮……じゃなくて樹海探索の依頼達成で、黄色になってたそうです。傭兵組合を覗きに行ったらシェリーさんが教えてくれました。キャシーさんたちも全員黄色に昇格です」


 傭兵組合の色は、3つの要素で決定される。

 ひとつ目が傭兵組合への貢献度で、これは加点・減点されていく。貢献度は依頼によって決まるが、特に貢献があった場合は組合長が任意に貢献度を決めることもある。

 ふたつ目が第三者による強さの判定で、これは実際に何を倒したのかという自己申告によって情報が更新されていく。

 三つ目は、赤になる時と、赤になった傭兵のみが査定される基準で、礼儀作法である。

 迷宮に関わる一連の依頼が全て指名依頼であったことと、長期に渡ったこと、依頼を全て成功裏に終わらせていたことから、組合への貢献は極めて高いものとされていた。

 それに加え、アーティファクトを譲ったことも高い評価につながっている。

 更に成体のグランボアの撃退があったことから、強さに関しても黄色相当であると評価されたのだ。

 昇格まで時間が掛かっていたのは、迷宮から帰ってきてすぐに全員昇格としてしまうと、白の樹海探索にしては異常に評価が高いという事に気付く者が出るかもしれないという、傭兵組合側の事情だった。


「みんなお揃いになったんだ……あー、そうなるとアンナだけ緑のままになっちゃうのかな?」

「アンナさんなら組合で会いましたけど、黄色になってましたよ?」

「へぇ、頑張ってるんだね」


 白竜が出た時に呼ばれなかったアンナは、そのまま迷宮に関わる機会を失っていたが、美咲たちが迷宮に潜っている間に、回復魔法を使える傭兵という肩書で売り出していたのだ。


「あ、そうです。忘れるところでした。シェリーさんから美咲先輩に伝言です。今度、時間のある時に、傭兵組合に顔を出してくださいって」

「ありがと。それにしても、なんだろ? 指名依頼だったら呼びに来るのに。急ぎじゃない駆除依頼でもあるのかな?」

「そうかもしれませんね。フェルさんにも声をかけなきゃって言ってましたから」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


補足

数値がきちんと硬さに比例す絶対硬度も何種類かありますが、モース硬度ほどは有名じゃないので、敢えてモース硬度を使ってみました。

モース硬度9のコランダムの硬さを別の硬度で数値化すると、ダイヤの4分の1の硬さになったりしますので、実は言うほど硬くないような気がするのです。

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