155.宝石を作ろう
唐突な美咲の問いに、茜は訝しげな表情をする。
「ダイヤとルビーですか? ダイヤは炭素で出来てるって習いましたけどー、えーと、確か圧力と熱を加えるんですよね?」
「日本でならね。もっとこう、炭素を並べ替えて結晶構造を組み立てたり出来ないかなってことなんだけど」
美咲はノートと鉛筆を取り出すと、正四面体の頂点部分に4つの丸を描いた。
それらの丁度中央に1つの丸を描いて、合計5つの丸を直線で結ぶ。
「丸が炭素原子ね。ダイヤはこの形が沢山集まってできてるんだって」
「高校生になるとこんなの勉強するんですか? よく覚えてますね。こんなの」
「脱線が面白い先生だったから何となくね。で、黒鉛とかを用意して、土魔法で結晶構造を変化できないかなってお話なんだけどね」
美咲は鉛筆の芯をじっと見つめた。
鉛筆の芯は黒鉛と粘土から出来ており、黒鉛は炭素で出来ている。
美咲は鉛筆の芯に魔素を浸透させ、結晶構造をイメージして、ダイヤになれと念じてみたが、鉛筆の芯には変化はなかった。
「……出来そうですか?」
「無理かも。結晶構造のイメージがいけないのかな、魔力が魔法にならないよ……そうなるとルビーも無理かな」
「ルビーは何でできてるんですか?」
「えーと、これかな」
美咲は、空き缶と金属のスプーンを収納魔法から取り出して見せた。
それを見て、茜は首を傾げた。
「え? ルビーって金属なんですか?」
「酸化アルミニウムの結晶にクロムが少し混ざったものがルビー。こっちのスプーンはクロムを含んでるよ」
「空き缶はアルミですよね? スプーンは……ステンレスですか?」
美咲からスプーンを受け取った茜は、柄の部分に刻印された文字を読み、材質が何なのかを把握した。
「うん。ステンレスは鉄とクロムの合金だから、土魔法でクロムを抽出して、アルミと混ぜて結晶にしたらルビーになるかと思ったんだけどねぇ」
「結晶の操作が出来ないんじゃ無理ですよね……あれ? でも美咲先輩、さっき、小さいルビーを固めるのは出来ましたよね?」
茜が何かに気付いたようにそう言った。
そして、カットした大きなルビーを光に翳す。
言われなければ、細かいルビーを固めて作ったとは思えない美しさだった。
どの角度から眺めてみても、継ぎ目など見当たらない。
「それがどうかしたの?」
「結晶をバラバラにして、変形させたりくっつけたり出来るってことは、結晶の操作自体は出来たってことじゃないですか?」
「そう言えばそうだね……なんで出来たんだろ?」
先程茜がルビーをカッティングした際に切り落とした、小さなルビーの欠片が木箱の中に入っている。美咲はその欠片たちに視線を向ける。
木箱の中でルビーの欠片は形を崩し、流れる水のようにひとつにまとまり、丸く固まった。
「……やっぱり出来るね。なんていうのかな、原子や結晶をイメージするんじゃなく、元になる結晶を増やしたりするイメージかな? 結晶を作るっていうより、育てる感じっていうか」
「育てるですか? 例えばこのルビーを元にして、大きなルビーを作ったり出来ますか?」
木箱の中のルビーをつつきながら茜がそう言うと、美咲は土の黄水晶を手に取り、空き缶に意識を集中した。
「それじゃ、まず……コランダムが作れるかやってみようか」
「コランダム? ってなんです?」
「酸化アルミニウムだけで出来た無色透明な……宝石なのかな? 先生は宝石としての価値はないって言ってたけど」
木箱からルビーを取り出し、そこに空き缶から抽出したアルミの粉を入れていく。粉は、細かく挽いた小麦粉よりもまだ小さい。銀色のアルミの粉は空気に触れた途端に白くなり、木箱の底に積もっていく。
土の黄水晶のお陰か、それとも単純作業だからか、アルミを粉にする作業はすぐに終わった。
空き缶の表面塗装などのゴミをアイテムボックスに片付けた美咲は、アルミの粉の中に、先程丸く固めたルビーを埋める。
「なんだか植物の種みたいですね」
「アルミを元に結晶を育てるから、種そのものかもね」
美咲はアルミの粉と、粉に埋まったルビーに魔素を浸透させる。
ルビーの結晶がアルミの表層と反応して育って行くイメージを送りながら、魔素を魔力に変えていく。
美咲は、魔力が操土の魔法に変化する手応えを感じた。
本来なら常温では起こらない反応が、土魔法と美咲のイメージによって発生する。
ルビーを土台にして結晶が育つ。材料は酸化アルミニウムだけなので、新しく作られる結晶は透明なコランダムだ。
空気に触れ、白く変色したアルミの粉の表面を素材にして結晶が育つと、剥き出しになった銀色の部分が空気に触れ、白く酸化する。それを材料にコランダムの結晶がまた育つ。
固体同士ではあり得ない反応が、美咲のイメージを受け取って進む。
美咲のイメージは、いつだったか、学校の授業で見た教育番組だった。
結晶が育つ様子を早送りにしたものを思い出しながら魔素を注ぎ込んでいく。反応ごとに僅かな魔素が消費されていくため、反応全体で見るとかなりの量の魔素を使っている。
「ルビーの表面に透明な膜が出来てますね?」
「うん……多分これがコランダムだね。無色透明でとても固いらしいよ。サファイアガラスって言って、高い腕時計のガラス代わりに使われる事もあるんだって」
しばらくすると、アルミの粉がなくなった。
木箱の底に残ったのは、真紅のルビーを内包した、無色透明な水晶のような塊だった。
「これはこれで綺麗ですね……えーと……うあっ?」
出来上がった宝石を鑑定した茜が、おかしな声をあげる。
「どうしたの?」
「……なんか、魔石になってますよ?」
「へー」
「もっと驚きましょうよ。人造魔石なんて初めて聞きましたよ?」
コランダムを作る際に魔素を籠めたことで、酸化アルミニウムの結晶が魔素を取り込み、魔石化したらしい。
残念ながら結晶構造が強固なため、魔素が安定してしまい、封入されている魔素量の割に、取り出せる魔素は少なくなっている。
「茜ちゃん、これ、いじってもいいかな?」
「はい、美咲先輩が作った魔石ですから……何をするんですか?」
「クロムの分布を変えられないかと思って」
美咲が土の黄水晶を通して、コランダムの中心核となったルビーに魔素を浸透させる。
すると、ルビー部分が小さくなるにつれ、赤の色が深みを増す。
更に赤い部分を圧縮していくと、赤の部分が黒っぽく変色していく。
最終的に出来上がったのは、黒っぽい灰色に赤を混ぜ込んだような色だった。
「クロムの圧縮は出来たけど、圧縮しすぎるとあんまり綺麗じゃないね……それじゃ逆に、クロムを透明な部分に浸透させたらどうなるかな?」
美咲の操作に伴い、中心核の色が赤に戻り、その赤が透明な部分を浸食していく。しばらくすると透明な部分が薄いピンクに染まり、中心核は赤味がかったオレンジ色に変化した。
美咲はそれを光に翳して見た。茜空の太陽のようだと眺めていると、茜がおかしな声をあげた。
「うあっ? あの美咲先輩、変な名前になりましたよ?」
「名前?」
「茜のピンクサファイアっていう魔石になったんです。ルビーがサファイアになっちゃいましたし、名前に茜って入ってます」
「あー、中心が茜色の夕日みたいで綺麗だなって思ったから、そこから名前が付いたのかな?」
今まで存在しなかった物に対し、製作者が名前のイメージを持ったことで命名されたのだろう。と美咲は納得した。
「名前が茜になったのは分かりましたけど、なんでサファイアなんですか? ルビーですよね?」
「コランダムに赤く色が付くとルビーで、赤以外の色が付くとサファイアになるんだよ」
「へぇ、サファイアって青だけだと思ってました。それにしても綺麗な色ですね。勿体ないから、これはこのまま残しませんか?」
「ん? うん、そうだね」
茜は、ハンカチを机の上に広げ、カットしたルビーと、茜のピンクサファイアを並べて置いた。
気に入ったのか、口元が笑みの形になっている。
「美咲先輩は青いサファイアとかも作れたりしますか?」
「青は無理じゃないかな。鉄はともかくチタンが手に入らないと思うから」
酸化アルミニウムに鉄とチタンを加えたものがサファイアである。そこまでは覚えていたが、日本でチタンが含まれるものを買った記憶がない美咲だった。
「それにしても、高校生ってみんなこんなことを知ってるんですか?」
「ルビーやサファイア、コランダムは化学の授業の脱線で覚えたから、先生によるんじゃない?」
「なるほど……ところで美咲先輩、まだ魔素に余力はありますか?」
茜に言われて、美咲は自分が疲れていることに気付いた。眠い、まではいかないが、頭の中に、少し重たいものを感じる。
「色なら変えられそうだけど、コランダムの結晶を作るのは無理かな……操作した体積の割に、結構魔素を使ったみたいだね」
「細かい作業でしたからねー。私もアルミから宝石、作れるようになるでしょうか?」
「出来ると思うよ。なんていうのかな、結局、原子や結晶構造はイメージしなかった。種にした結晶が育つイメージでできたし、クロムの移動も水に混ぜた絵の具を固めたり混ぜたりするイメージだったから、こっちの世界の人でも出来るんじゃないかな?」
必要となる魔素量を無視するのであれば、美咲の考察は間違いではない。
ボーキサイトが手に入るのであれば、土魔法を使えば十分な量の酸化アルミニウムを取り出せる。そして、地球を基準とするならば、アルミの埋蔵量は鉄よりも多い。
ルビーをカットする際に廃棄する黒味が強い部分には、クロムが多く含まれているため、そうしたゴミを入手すれば、クロムも結晶の種も手に入る。
だが、実際には必要魔素量という壁が立ちはだかっている。
日本人以外がルビーを作り出す魔法を操るのは、現実的とは言えなかった。
それはさておき、茜は美咲の教えを請いながら、ルビーを作る魔法の練習を始めた。
雑貨屋アカネで集めた空き缶からアルミの粉を作り出し木箱に詰める。
大きなルビーを作る際に残しておいた、ちょっと大きめのルビーをアルミの粉に埋め、それを種にして透明なコランダムを育てる。
「育てる時に、形をある程度決められるんですね」
茜が育てているコランダムは、六角柱状に成長していた。
色は無色透明で、一見すると水晶の柱にも見える。
「自由に作れるのに敢えて六角柱状にするんだね。色はどうするの?」
「そうですね、こんなのはどうでしょうか?」
茜は、種にしたルビーの色を結晶全体にゆっくりと広げていく。
赤から薄いピンクの綺麗なグラデーションになったところで、その操作を止めて日に翳す。
「綺麗だねー。それで、それは魔石として売るの? 宝石として売るの?」
そう聞かれた茜は困ったような表情を見せた。
「どうしましょうか……綺麗なのが出来ちゃったから手放したくないですし」
「お金に困ってるわけじゃないんだし、いいんじゃない?」
「そーですね。あ、でも、一応、商業組合に持ってって、価値だけ調べておきますね」
◇◆◇◆◇
商業組合を訪ねた茜は、マギーに見てほしいものがあると告げた。
日本人の持ち込むものは大抵どこかおかしいという認識があるマギーは、応接室に茜を通し、ビリーを呼びに走った。
「アカネさん、今日はどうされましたかな?」
ビリーの言葉に、茜は、ハンカチで包んだ宝石をテーブルの上に乗せる。
「これらの値段が知りたいんですけどー」
ハンカチからルビーを取り出した瞬間、ビリーが固まった。
小粒なルビーを融合して作った、大きなルビーから視線が離れない。
「……これは迷宮産ですかな? ルビーのようにも見えますが」
「それはルビーですねー。幾らくらいになりそうですかー?」
ビリーは茜に断ってから、融合させて作ったルビーの塊を手に取った。
裏返し、四方も確認する。
ビリーはルビーをハンカチに戻すと溜息をついた。
「……色は普通ですが、この大きさなのに不純物がまったく含まれていないし、ムラもない。カットは直した方が良さそうですが、それでも十分な大きさのルビーになるでしょう。これだけ大きなルビーは見たことがありません」
ビリーの評価に、茜は首を傾げた。
とても高評価なのは分かるが、具体的な金額が出てこなかったのだ。
「……それで、幾らくらいになるでしょーか?」
「お売りになるのですか? 王室に献上すれば爵位を貰えるかもしれませんよ」
「爵位に興味はないですねー」
色や形が自由に出来ると分かった以上、茜は大きいだけのルビーに興味はなかった。
素材としての価値は認めるが、それだけだった。
ちなみにビリーが高評価を付けた基準の幾つかは合成宝石の特徴であり、日本であれば逆の評価につながっただろう。
茜は、大きなルビーを横にどけて、残りふたつの宝石をビリーに示した。
「こっちはどうですかー? 魔石と宝石、両方の性質がありますけどー」
「本当に貴族に興味がないのですね……さて、それでは拝見しますよ。ふむ、面白いですね。ピンクサファイアの中にオレンジサファイアが入っている。こういう模様は好事家が高値を付けるでしょうから、5万ラタグなら買い取りますよ……こちらの結晶は見事ですね。ですが色が淡すぎる。これは加工するよりも結晶のまま楽しむ宝石でしょうね。1万ラタグといったところでしょう」
思っていたよりもずっと低い値段に、茜は肩を落とした。
日本円換算で50万円と10万円である。原価が小さいルビーとアルミ缶であることを考えれば、十分な値段が付いたと言えるのだが、出来上がった宝石に自信を持っていただけに、出された金額を見て気落ちしたのだ。
「意外と安いんですねー」
「そうですか? ああ、私は原石として購入する場合の値段を出しています。オークションに出せば、数倍の値段が付くでしょうね」
「なるほど……ちなみに、こっちのルビーの塊に値段を付けるとしたらどうなりますかー?」
「……子弟の為に爵位を欲する貴族も多いので、そういった方になら売れるでしょう。そう、100万ラタグなら転売しても十分利益は出るでしょうな」
「それなら売りまーす」
面倒ごとになりそうなものは売り払う。と茜は即決した。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。




