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154.報酬

 美咲たちがミストの町に到着したのは、昼前のことだった。

 一行は、キャシーの意見で一度解散して一休みしてから集合することになった。

 こうして美咲と茜は、久し振りにミサキ食堂の扉を潜ったのである。


「おかえりー」


 ミサキ食堂の扉を開けると、エリーが出迎えてくれた。


「ただいま! エリーちゃん、少し大きくなったね」


 美咲はエリーを抱き上げて、頭に頬ずりを繰り返す。


「ミサキおねーちゃん、くすぐったーい!」


 尻尾をパタパタさせて美咲の手から逃れたエリーは、今度は茜に抱き上げられる。

 エリーを膝に乗せた茜は、苦しくない程度にエリーを抱きしめる。


「アカネおねーちゃん、はなすの!」


 じたばたと茜の手から逃れたエリーは、最終的にマリアの後ろに逃げ込んだ。


「おふたりともお疲れさまでした。樹海の探索、大変でしたか?」

「あー、うん、そうでもなかったかな?」


 迷宮のことは口外できないので、樹海の探索の依頼だとマリアには伝えてある。

 言葉を濁す美咲に、守秘義務があるのだろうと納得したマリアは、いつからミサキ食堂を開くつもりかと尋ねる。


「あー、今日は傭兵組合への報告で終わりで、明日は荷物の整理やりたいし、少し休みも入れたいから、4日後からかな。茜ちゃんもそれでいい?」

「はい。あ、美咲先輩、明日でいいので、ちょっと土魔法を協力してもらえませんか?」

「いいけど? それはともかく茜ちゃん、お風呂入っちゃいなよ」

「あ、そうですね」


 ゆっくり風呂に入り、着替えてから傭兵組合に集合する予定なのである。

 発案はキャシーだったが、全員その案には賛成した。さすがに長い迷宮生活で色々くたびれていたのだ。


「あ、茜ちゃん、汚れ物あったら一緒に洗濯機回しちゃうけど」

「今からだと乾かないですよ」

「あー、それもそうだね。明日にするよ」


 茜は一度自室に戻り、着替えを抱えて風呂場に向かう。

 美咲は自室に戻ると、収納魔法にしまい込んだ諸々を取り出し、整理を始めるのだった。


 ◇◆◇◆◇


 夕方近くになってから、フェルとベルが荷馬車に乗ってミサキ食堂にやって来た。

 これから傭兵組合に行って荷馬車を返却し、ドロップ品を売り、迷宮探索などの報酬を受け取るのだ。


「ん? ミサキ、なんかいい匂いがするね」


 フェルが、隣に座った美咲の髪をひとふさ持ち上げると、その匂いを嗅いだ。


「うん、お風呂に入って髪を洗ったからね」

「フェルさん、私も同じ匂いですよ」


 フェルは茜の髪の匂いも嗅いで首を傾げた。


「本当だ。アカネも同じ匂いだね。何か付けてるの?」

「美咲先輩のシャンプーを使ってまーす」


 日本で美咲が自分用に買っていたハーブの香りがするシャンプーである。

 ちなみに雑貨屋アカネに卸しているのは、家族用に買っていた石鹸シャンプーで、そちらの香りはそれほど強くない。


「砦では違う匂いだったよね?」

「砦では雑貨屋アカネで売ってるシャンプーを使ってたからね」

「へー……うん、こっちの方がいい匂いだね」


 きちんとドライヤーで乾かしているのだが、洗い立ての髪はそれなりに香りが立つらしい。


「俺は雑貨屋アカネのシャンプー使ってるぞ。髪がサラサラになるんだよな」


 馭者台に座ったベルがポニーテールを揺らしてサラサラアピールをする。


「ベルさんはシャンプー派ですか。こっちの人は、石鹸使う人も多いんですよね」

「まあ、髪専用の石鹸って贅沢って言えば贅沢だからなぁ」


 髪が長いと違いがはっきり分かるから、もう石鹸には戻れないとベルはぼやく。


「フェルさんは石鹸ですか?」

「うん。石鹸で洗ってから、エルフの魔法で作った葉っぱの油を一滴垂らしたお湯で流してるよ」

「おー、エルフ専用魔法ですか」

「森のエルフが作った魔法で、覚えるもの好きがエルフくらいしかいないってだけ。小さな小瓶程度の油を作るのに、籠一杯の葉っぱを集めないといけないからね」

「フェル、ちょっと髪貸してね」


 美咲はフェルの髪の匂いを嗅いでみた。

 微かにミントとラベンダーを足したような匂いがした。


「葉っぱの油って精油かな? その油って売ってるの?」

「雑貨屋に虫除けが売ってるでしょ? あれが葉っぱの油の一種だけど、髪油は違う種類の葉っぱから作るんだ」


 美咲たちがヘアケアの話題で盛り上がっていると、馬車はすぐに傭兵組合に到着した。

 キャシーは既に傭兵組合の前に到着して待っていた。

 空の色が夕焼け色に染まり始める頃、一行は傭兵組合に入り、会議室でゴードンと会議を始めた。


「まず、アーティファクトの金額だが、白の迷宮でたまに出てくる魔法の武具を参考に、ひとつ52万ラタグと値段を付けさせて貰った。もしもこの先、アーティファクトの値が大きく値上がりするようなら、多少は補償させてもらう。ドロップ品は、緑の迷宮で出てくるものと同じ値段とした。報告にあった土の黄水晶は売る気はないんだよな?」

「ええ、売りませんわ」

「なら、総額はこんなもんだ」


 ゴードンは一枚の藁半紙をキャシーに手渡した。明細が記載された紙に目を通し、キャシーは頷く。それを確認したゴードンは、硬貨と革袋が載ったトレイをキャシーの前に置く。

 硬貨の枚数を確認したキャシーは、再度ゴードンに頷き、問題がない旨を伝えた。


「確認しましたわ。迷宮のことで何か聞きたい事はありまして?」

「そうだな……迷宮のランク、どう思う?」

「第三階層まで探索した感想ですけれど、魔法の武器を貸し与えるのであれば、緑ですわね。青では少し厳しいと思いますわ。貸し与えないなら、もっと難しいでしょうね」


 新しい迷宮は、青の傭兵では経験不足が問題になるとキャシーは判断していた。特に第三階層の平地部分は、グランボアにとっては突進しやすく、傭兵からすると守りにくい地形だった。

 キャシーの横で、ベルとフェルも同意を示していた。


「そうか。参考にさせて貰おう」

「それでは、もう少し会議室をお借りしますわ」

「うむ……長い間本当にご苦労だった。迷宮に関する口止めは、春には解除される見込みだ。それまでは秘密を守ってほしい」


 会議室からゴードンが出ていく。

 キャシーは明細をフェルに手渡すと、金貨を分け始めた。


「武器のアーティファクトの値段は一律同額、時知らずの鞄は3倍の値段とします。そして、土の黄水晶は、同サイズの魔石の20倍の値段と仮定して計算しますわ。何か疑問はありまして?」

「特にないけど、暗算で金額が分かるのか?」


 ベルに聞かれたキャシーは、しばらく考えていたが、すらすらと金額を口にした。


「まずわたくしは赤字ですわ。62万5千ラタグを支払い、これを組合から貰ったお金に足します。そこからミサキさんは146万ラタグ、アカネさんは135万5千ラタグ、フェルは83万5千ラタグ、ベルは93万5千ラタグを受け取って頂きます」


 各自が物で受け取った分を計上し、利益が等分になるように分配している。なお、美咲以外は美咲の料理に対して一律1000ラタグを支払っている。細かいことを言えば、フェルは魔道具に魔素を籠めたりもしていたが、それは自然回復する範囲ということで、計算には含めていない。


「魔法の剣を貰った俺でも93万か……凄い金額だな。5年は遊んで暮らせるぞ」


 金額を聞いたベルが呆れている。


「迷宮の情報が解禁されたらミストの町の物価は上昇しますわよ。遊べるのは3年くらいでしょうね」

「そっか。どっちにしても、この3倍は稼がないと引退は難しいしな」


 一般的に傭兵が引退するには、300万ラタグが必要になると言われている。

 日本円にして3000万円相当である。

 この金額は商売や農業を始めるための資金という意味で、遊んで暮らすなら余命掛ける30万ラタグ程度が必要だ。

 それだけの金額を貯め込むことが出来る傭兵は少数なので、生涯傭兵稼業という者も少なくない。

 迷宮探索が人気となるのは、この金額を貯めるのに、アーティファクトが有利に働くからである。


 何はともあれ、迷宮探索を終えて大金を手にした美咲たちは、金貨の詰まった革袋を収納魔法にしまいこむのだった。


 ◇◆◇◆◇


 翌日は洗濯物で半日潰れた。

 洗濯機がなかったら、その分量に嫌気がさして洗濯屋に丸投げしていたことだろう。

 洗濯機が回っている間に、収納魔法でしまい込んでいたマントや毛布も屋上で太陽の光にあてる。

 洗濯が終わって、全部干し終わったところで、茜が買い物に出かけた。

 美咲は自室で久し振りの読書である。

 日本の作家の短編集を、ベッドに寝転がってだらだら読む。

 何冊か読んでいると、茜が助けを求めてきた。


「美咲先輩、助けてください」

「どうしたの?」

「ちょっと土魔法で宝石をいじってたんですけどうまくいかなくて」


 茜の部屋に行くと、手に乗る程度の大きさの木箱の中に、赤っぽい小さな粒が砂粒のように詰め込まれていた。


「扱いが雑だね。宝石ってこれ?」


 小さい粒をよく見れば赤くて半透明である。まるでビーズだが、宝石と言われれば、そう見えないこともない。


「小粒ですけど一応ルビーです。美咲先輩、砂粒を石に変えてたじゃないですか。このルビーの粒を固めたり出来ませんか?」

「ん? どうだろう、試してみるね?」

「お願いします」


 茜は、土の黄水晶を美咲に差し出す。美咲は土の黄水晶を受け取り、右手で掲げるように持つと、小さな木箱の中身に意識を集中した。

 美咲は、ルビーの粒を砂だと思い込むことにした。

 砂粒を土の中から集めて石の槍を作るのは出来ていたのだ。それと同じことをすればいい。

 魔素をルビーの粒に浸透させ、塊になるイメージを送り込む。


「あ、動いてますね」


 砂粒よりも難しいが、粒がイメージに従い始めたのを感じる。

 これならできる。美咲がそう確信した次の瞬間、ルビーは溶けて波打ち、塊になった。


「出来ましたね……ヒビも入ってないし、綺麗です」


 茜は箱を引っ繰り返して底面を叩く。何回か繰り返していると、ルビーがポロリと落ちてきた。

 ルビーは木箱で型を取ったように直方体をしており、箱に触れていた面には、木目が付いていた。


「これが茜ちゃんがやろうとしてたことなの?」

「粒のままより、固めて大きくした方が高値が付くと思うんですよね……でもこれはやりたい事の半分です」


 茜は美咲から受け取った土の黄水晶を右手に持ち、ルビーの直方体の上に左手をかざす。


「えーと、この形だと楕円形かな?」


 茜の操土がルビーに干渉すると、直方体のルビーの四辺が転がり落ちる。

 ルビーが楕円形になるように何回かカットを繰り返し、ブリリアンカット風に面を作っていく。


「結構、難しい、ですね……カーブが難しい……です……」


 苦戦していた茜が顔をあげた。ようやく満足できる形にカットできたらしい。

 ルビーは楕円形にカットされていた。

 単にそれっぽい形にしただけなので、実際には異なるが、オーバルブリリアンカットと呼ばれる形によく似ていた。


「できました! くず宝石を集めて、大きいのを作って売る作戦ですけど、どーでしょう?」

「うん、綺麗に出来たんじゃない? ……ん? あれ、ルビー?」


 茜が掲げたルビーを見て、美咲が固まった。

 美咲はルビーをじっと見つめる。


「どうしたんですか?」

「んー……茜ちゃん、魔法でダイヤやルビーって作れると思う?」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] キャシーがいるものだけ安い 時間停止の魔法袋なんて100倍くらいのレア度だよね? そもそもに日本人二人居ないと狩れないのにがめついですねー
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