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泥まみれの英雄たち  作者: 時雨
第二部 凡人の再起/第四章 西谷補給所と石門砦への道
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第45話 戻る道と荷の行き先

 翌週、補給所にはまた石門砦への輸送命令が届いた。

 今度は急ぎではない。僕はロウとテオ、それに回復中のダニルから聞いた道の状態をもとに、二つの案を作った。


 一つは晴れた日にだけ通れる短い道。

 もう一つは遠回りだが、途中に休める場所の多い道。

 ミラは書類を見て、眉を上げた。


「最初から二つ書いたんだ」

「天気が変わるかもしれないから」

「いいと思う。でも、どこで切り替えるかも決めておいて」


 僕は頷き、分岐点の印をつけた。

 出発の日、朝は晴れていた。

 荷車二台、護衛四人。僕は記録係として同行する。

 ロウは空を見て、手綱を握った。


「昼には曇るな」

「雨、降りますか」

「分からん。だから、道を見ながら決めよう」


 僕も同じことを思っていた。

 午後、分岐点へ着く前に風が変わった。

 山の方から冷たい空気が流れ、雲が低くなってくる。

 短い道へ入るには、今決めなければならない。

 僕は地図を広げた。


「遠回りの方にしませんか」


 ロウは馬を止めた。


「理由は?」

「荷は急ぎじゃありません。雨が降ったら短い道で止まるかもしれない。こっちなら中継所があります」

「遅くなるぞ」

「はい。到着予定は明日の午後になります」


 僕は言い切った。

 ロウはしばらく空を見てから頷いた。


「よし。分岐点で伝令を出して、到着が遅れると知らせよう」


 遠回りの道を進んでしばらくすると、雨が降り始めた。

 荷車は軒のある中継所へ入り、馬の背を拭いて休ませた。

 僕は記録をつけながら、窓の外を見た。

 雨粒が石畳を暗くしている。


 短い道を進んでいたらどうなったのかは、分からない。

 無事に着いたかもしれないし、途中で止まったかもしれない。

 僕は以前のように、選ばなかった道の正しさを確かめたくなった。


 でも、今いる場所で荷が濡れず、馬が休めていることは確かだった。

 翌日の午後、僕らは石門砦へ着いた。

 遅れを知らせる伝令が先に届いていたので、荷下ろしの人たちが門で待っていた。


「予定通りだな」


 ラウルが言った。


「最初の予定よりは、半日遅いです」

「知らせてくれた時刻には、ちゃんと来た」


 彼はそう言って笑った。

 僕はようやく肩の力を抜いた。


 ◇


 石門砦から戻ったあと、オルドは僕に新しい仕事を渡した。

 補給所から出る荷を、どの部隊が受け取ったか確かめる一覧を作ることだった。


「出荷は分かっている。だが、途中で積み替える便が増えて、最後の受取先が追いにくい」


 机には、書式の違う紙が何枚も積まれている。


「これを整理してみろ。ただし、運ぶ連中の仕事を増やしすぎるな」

「分かりました」


 僕は紙を受け取り、少し怖くなった。

 小さな見習いの失敗で済む仕事ではなかった。

 最初は、一つの大きな帳面に全部の荷を書こうとした。

 けれどミラが見て、首を振った。


「それだと、出先の人は確認できないよ」

「じゃあ、紙を一枚ずつ持ってもらう?」

「雨に濡れたら?」


 僕は考え直した。

 荷を運ぶ人へ、実際に使えるものを聞きに行く。

 ロウは、小さな木札がいいと言った。

 テオは、袋と箱で印を変えた方がいいと言った。

 ミラは、数字と名前のどちらも読めるようにしようと言った。


 誰かの案だけでは、足りなかった。

 試しに一便だけ、新しい札を使った。

 倉庫で印をつけたものを、中継所で確認し、砦で受取人が同じ印を帳面に写す。

 戻ってきた札には泥がついていたが、線は読めた。


「これなら続けられそうです」


 僕が言うと、オルドは一度頷いた。


「続けられるなら、続けてみろ。三便使って不都合がなければ採用する」


 すぐに褒められたわけではない。

 でも、紙は机の端ではなく、次の便の書類の上に置かれた。

 夕方、食堂でテオが僕の隣に座った。


「最近、帳面ばっかりだな」

「現場にも行ってるよ」

「知ってる。泥だらけで帰ってくるし」


 彼は笑った。


「次の休み、町へ行かないか。セラさんが安い靴を売ってるって」


 僕は自分の靴を見た。踵は何度も縫い直してある。


「行く」


 そう答えると、テオは嬉しそうに頷いた。

 夜、帳面へ今日の記録を書いた。

 橋が使えなくなった日から、ずいぶん経った気がする。


 失った荷は戻らない。ダニルの足も、まだ完全には治っていない。

 石門砦で空腹をこらえた兵たちのことも、忘れられなかった。

 それでも、少しずつ変えられる仕事はある。

 僕は最後に書いた。


『次は、荷が届いたところまで確かめる』


 荷を送り出すことだけで、仕事が終わるわけではないのだ。

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