第16話 同じ立場ではない証拠
アリアドネ号に乗り込むと、同行するシーグローヴ家の下女達が眉をひそめている。
たかが男爵家の令嬢が、侍女三人と執事一人を引き連れて、主であるアデライド様に同行しているのが気に入らないらしい。
アデライド様付きの侍女達は、私のことをわかっているが、下女達は理解が及ばない。
私がただの男爵令嬢ではないということを。
末端に情報が行き渡らないのは世の常だな。
というのも、甲板で王都の景色を眺めて、アデライド様と共に船室に戻ろうとした時のことだ。
「成金男爵家の娘が、アデライド様の客人ってどういうことよ」
「侍女三人と執事付きって……」
「殿下も殿下だわ、なんだって、あの男爵令嬢付きの侍女にご機嫌に話しかけて」
という言葉が聞こえたのだ。
殿下の話し相手にフローラとグリフィスをつけたのは、意味がある。
フローラは新進気鋭の発明家だ。
とりあえず女性向け商品を作ったものの、あの人柄とコミュニケーション能力でアカデミー在籍の学生や教授との面識は幅広い。
この大型船の動力に興味津々なのだ。
フローラの伝手があれば、私も今後、技術開発部門には力を入れていくことができる。
グリフィスがいればなお二人で相談しやすいだろう。
グリフィスもこの船を見上げて、表情が変わっていたからな。
移動する巨大機械は、これからもバンバン生まれてくるだろう。
この国は海外に数多の植民地を有し、そこからの資源で変わってきた。
私の新たな事業の企画の為の情報を取得して精査してくれると思っている。
時代は変わる――……。
縫製が手縫いから機械化へと変貌したように――。
この社会情勢も変わっていくだろう。
ま、私が生きている間に、現状を維持できていれば、問題ない。
ともあれ、今のこの状況――。
男爵家の貴族の令嬢が、結婚もせずに、小金を稼ぎ、子爵家のご令嬢や伯爵家のご令嬢よりもアデライド様の覚えめでたいところが気に入らないのは、友諠を結んでいただいても、公爵家に仕える者の中には理解が及ばないこともあるということか。
アデライド様付きの侍女は当然どこかの貴族家のご令嬢だが、下女でも男爵家や準男爵家の出自の者もいるだろう。
つまり、自分達と同じ立場のくせにでかい顔をしてる私が気に入らない。
私の隣にいたアデライド様は眉を顰める。
その所作だけで、アデライド様付きの侍女は動きを見せた。
一人は私達をその場に留まるように、進路の前に立ち「暫く」と小声で伝え、一人は先に進み、通路角にいる下女達へと足を向ける。
「貴女達はたかが男爵令嬢でしょうが、マリアンデール・ヴィ・アーチデール様はただの男爵令嬢に納まる方ではありません。失礼のないようになさい。アデライド様のお客人です」
これだ。
行き届いているというのはこういうことだ。
主の良いように、先を読んで行動に移す。
「うちの下女が失礼したわ。マリアンデール」
「アデライド様を信奉し、仕えるべき者ならば、怪しい者の排除は当然でしょう」
「あら、怪しい者なんて、自分で言ってしまうの?」
「この上なく、怪しい人物でしょう」
男爵令嬢のクセに、アデライド様とこのように友諠を結んでいただけるのは、凡庸な男爵家の小娘だったら無理だろう。
どう頑張ったとしても専属侍女に叱られている下女止まりだ。
自信があるぞ、陰口を叩いていた小娘達と私は違う。
が、ちくちく弄られるのも、せっかくお誘いいただいたバカンスのテンションが下がってしまうから……。
「カレン、アン」
私が二人に声をかけると、二人は頷く。
アデライド様の傍にいる専属侍女(多分筆頭)にカレンがススッと近付く。
アンも通路の方へ行き、下女達を叱りつけていた侍女を呼び戻し、これ幸いに退散しようとした下女達を呼び止める。
戻ってきた侍女と、アデライド様のお傍にずっといる筆頭侍女にカレンが手渡したのはサロンで使用している化粧水とリップクリームだ。
「わたくし、今回、マリアンデール様に随伴しておりますカレン・ヴィ・ファレルと申します。王都にてマリアンデール様が手掛けてるリラクゼーションサロンの総支配人を務めさせていただいております。これはほんのご挨拶としてご査収下さいませ」
リップクリームも缶ではなく、ガラスの上に銀の透かし細工をはめ込んだスティックタイプのものだ。このパッケージはフローラが考えた。
――マリアンデール様! 見てください! 中身の発色はもちろん研究しましたけれど! パッケージまで考えましたよ! 二種類ですよ! スティックタイプと、これは紅筆タイプ、この蓋と、紅筆を一体化させてみました! 自分でもさっと、お化粧直しができるのです! どうですか!? 侍女やメイドがいないお茶会なんかで、自分で口元の紅を直せる仕様なんですよ!
――小さいな。
――もちろんです。バンバン使ってすぐなくなったら、また買ってもらう為に、内容量は少なくしてますとも!
――スティックタイプを先にサロンに卸そう。紅筆一体型は、秋の社交シーズン商戦にぶつける。カラーバリエーションは多い方がいい。秋冬の限定色も揃えろ。
――了解でーす! あとで配色の相談に乗っていただいてもよろしいですか?
そんなやりとりの中で出来上がったのが、カレンが侍女の方に手渡ししているリップスティックだ。中の色は春に出した色。
侍女の方二人はアデライド様に視線を向けると、アデライド様はにこやかに頷く。
「マリアンデールからの心遣いよ」
「よろしいのですか?」
そう尋ねるアデライド様の専属侍女二名に私は頷く。
下女達を追ったアンが戻ってきて私に耳打ちする。
首尾よく、小さな賄賂を渡してきたとのことだ。
――マリアンデール様の側付きのアンと申します。お嬢様ともどもお世話になります。こちらお近づきの印としてお受け取り下さいませ――
アンが下女達に渡したのはハンドクリーム。
パッケージは小さな薔薇をモチーフに、薔薇は赤いガラスで作られている。
小物としても、十分なものだ。
餌につられて態度が変わるだろう。
せっかくのバカンスなのだ。
煩いやつの黙らせ方はいろいろあるが、あの手合いには、こんなものだ。
アデライド様にはサロンにお越しの際にいろいろとお渡ししているからな。
「ところでカレンは、記憶喪失前のマリアンデールと一緒だったのを覚えているわ。でも、もう一人の方は? 見たことがないけれど」
アデライド様の言葉にカレンが恐縮する。そうだよな、記憶喪失前の私とお前なら、アデライド様のお目にはとまらない……そう思っていただろう。
それなのに、アデライド様はその時期の私とカレンのことを覚えていらっしゃる。
「サロンの商品を開発してる研究者です」
「女性だったのね」
「今回、表向きは侍女の扱いで同行させていますが、せっかく殿下のお誘いです。シーグローヴ公爵領に支店を出す案は、アデライド様のことを思ってのことかと思いまして、私の事業に深く関わる者を連れて参りました。フローラはエイミス伯爵家の三女、一度、結婚しておりますが、婚家から離婚を言い渡され、女性向け製品の開発研究に心血を注いでいる者です」
「まあ……」
「その成果は、アデライド様も先日のサロンを体験で、ご理解下さっているものと自負しております」
私の言葉に、アデライド様は頷く。
「マリアンデールの周りには、そういった才能を持つ者が集まるのね」
「そう仰って下さるのはアデライド様ぐらいです」
「そうかしら?」
マリアンデールったら、謙遜なんかしてと、そんな表情で微笑まれる。
謙遜じゃないのだ。
「私は――貴族令嬢として異端であると、自覚しておりますので」




