第15話 シーグローヴ公爵領へのお誘い
夏場は体調がよろしくない。
この国の気候は、国が有する海外植民地に比べれば、まだ過ごしやすいというのはアーチデール男爵の話だ。
年明けからこっち、事業設立、アーチデール傘下の外部組織設立、おまけに春にデビュタントしたので夜会茶会の出席。
昨年夏場に階段から落下して頭部強打で記憶喪失になったのに、ぼんやりもせずに、即動いたのは後悔してないが……。
「倒れたんだって!? マリアンデール!」
何故、貴方がここにいるのか……。
この国の第二王子ロードリック殿下ともあろう方が男爵家の屋敷に足を運ぶとか本来ならばありえない事象が起こっている。
婚約者であるアデライド様もご一緒だ。
この国の貴族社交界の上澄みも上澄み、男爵家と爵位がどれだけ離れているか……。
それを言っても「ええ~侯爵家レベルのタウンハウスじゃん、アーチデール男爵家の邸宅」とかこの殿下は返すだろうな。
「夏だからさ、ちょっとシーグローヴ公爵領に遊びにおいでよって、誘いたかったんだけど」
アデライド様はごめんねとアイコンタクトで私に訴えてくる。
「殿下はご自身のお立場をよくよく考えて行動された方がよろしいかと思われますが?」
「もう~、そんな宮廷のお作法の講師みたいな発言はやめてよ。せっかく羽を伸ばしてのびのびやってるっていうのにさあ」
自由を満喫しすぎだろう……。
「それに、ちょっとマリアンデールの意見も聞きたくて」
「私の意見?」
「シーグローヴ公爵領でいろいろやってるんだけど、マリアンデールなら、興味あるかなって」
親指と人差し指を輪にして「お金になるかもよお」とご機嫌な殿下。
なんという軽さ。
私の沈黙にアデライド様が声をかける。
「殿下……マリアンデールの体調も考えずに、いきなり提案するのはいかがかと」
「ええ~いいじゃん。アディだって、友達も一緒に領地に避暑に行くのは嫌じゃないだろ?」
アデライド様の友達か……。
この国の高位貴族の面々が聞いたら、眉をしかめそうだな。
それに、アデライド様がそう思って下さるのかはアデライド様にしかわからない。
学院在学時の派閥のご令嬢も私も、アデライド様がお気に召した部分があるのだろうということはわかる。
その元々の彼女の周りにいる令嬢達と私の扱いは少し違うということは、私も理解している。
「ここは気分転換にさ」
「ごめんなさいね、マリアンデール。殿下は、自分のやってる領地開発をマリアンデールに見せたいのよ……」
ああ……そういうことか。
「それにさあ、アディから聞いたけど、なんか美容サロン立ち上げたんでしょ? それさあ、お金出すから~シーグローヴ公爵領でも支店建てない?」
「富裕層女性ターゲットの美容サロンです。シーグローヴ公爵領の富裕層次第になりますが」
「王都から海に繋がる大テリムス川の中流域がシーグローヴ公爵領にも流れてるから~船で遊びにくるご婦人も集客できるよ。実際避暑の為に別荘地もあるしね」
なるほど。
「現地視察を兼ねてどうかな? まあ体調が悪いならほんとに避暑目的でアディと一緒に遊んでくれててかまわないし。専用船で王都から一泊二日の行程で到着するよ。馬車での陸路よりも全然早い。実は専用船って三年前から計画して今年完成したから、お友達を乗せたいっていうのもあるんだよね」
いつ私は殿下と友達になったのか……。
しかし船か……。
かつての私は乗ったことがあるのだろうか? 記憶にない。
元の性格を聞く限り、船に乗ったことはなさそうだが。
「船は、馬車よりはガタガタ揺れないよ。速いし!すごく速いし! お付のメイドや執事も連れてさ、どう?」
◇◇◇
この国の第二王子殿下と公爵令嬢、お二人からの避暑のお誘い。
しかも損はないとくれば断ることはできなかった。
王都の西側にある船着き場は、物流の要衝ともいえる。
外洋へそして国の東北へと延びる大テリムズ川へこの河川沿いの領地を持つ貴族は社交シーズンになると船を利用して王都にくるらしい。
今回の避暑には、シンシアも例の「ずるいずるい」を連発したが、男爵も男爵夫人も、秋にデビュタントを控えていてやることあるから今回はダメと押しとどめてくれた。
乗り込んだシーグローヴ公爵家専用船、アリアドネ号は、船体は白く、外洋にも出れる大きさのものだった。
「蒸気船……」
グリフィスがその優美な船体を見て呟く。
うちの海外の物流を支えるのも船だけど、蒸気船はいまのところ数に限りがある。
それを個人で所有か……。
「蒸気機関は、今、熱いからね! シーグローヴの領地で人材集めて作っちゃった!」
殿下はこれを見せたかったのもあるのか。
船着き場の船のほぼ半数以上は帆船。
それを見れば、この船体は異様だな。
船乗りなんかは風がなくてどうやって進むとか思ってるに違いない。
「これを見せたかったのよ……」
「ええ、殿下の感じからして、そう思われます」
アデライド様のお言葉に答える。
あの調子でアデライド様にお話されたのだろうな。アデライド様の反応が薄かったから、興味を持ちそうな人物――私に声をかけたと……。
「グリフィス、殿下のお相手を頼む」
「しかし……」
言い澱むグリフィスを促していると、傍にいるアンがグリフィスから私に差し掛けているパラソルの柄をさっととって「わたしがおりますので!」とグリフィスにドヤ顔を見せる。
「わたし達もおりますよ! 女の子は女の子同士です!」
そう発言するのはフローラだ。
フローラとカレンも今回の避暑に付き従わせている。
男爵令嬢ごときが、侍女三人、執事一人を付き従わせているのかと、シーグローヴ公爵家の使用人達は思うだろう。
「フローラ、グリフィスと一緒に殿下のお相手を頼む」
「は!?」
フローラは、侍女として追従すると思っていたのに、私の発言に「何故!?」という表情で私を見つめる。
「お前達二人なら、殿下も語り甲斐があると思ってるからな」
私の言葉にフローラはにんまりと笑みを浮かべる。
そうだ、私の意図を汲み取れ、お前は、きっとそっちの方が興味があるだろうし、楽しめるだろう。
フローラが楽しめるということが、肝心なのだ。
相手の爵位や立場に物怖じすることなく、興味対象を深堀しようとする姿勢。
その頭脳で、いろいろな商品の手がかりを掴んで来い。
「御意、マリアンデール様! さ、行きましょう! グリフィスさん!」
さっとカーテシーをして、グリフィスを促して私の想像どおり、物怖じせずに殿下の方へ向かって歩きはじめるのを見送った。




