表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄の方舟  作者: 瀧村日色
プロローグ
3/128

方舟と異世界


この家には家族全員の部屋が完備されており、ポッドはそれぞれの部屋に置かれている。ひいろ君と同じようにポッドから出てくるところを迎えてあげたかったが、ハジメさんに止められた。

「流石に成人なされたお子様が、裸で出てくるのを奥さまが見るのは、差し控えた方が良いかと存じます」

そう指摘されると、そりゃそうだと思った。


碧くんにはハジメさんが、ひまわりにはイツキちゃんが、木欄にはシオン君が付いてくれるそうだ。そう考えると、赤子である日色の世話に女性のミツバちゃんが付いて、わたしにフネさんが付くのは非常に合理的な布陣なんだな、と改めて感じた。リビングで待っていると、最初に飛び込んできたのは、ひまわりだった。

「ママーーー!」

ひまわりは全力で走ってきて、ソファに座るももに飛びついた。

「良かったー元気になったんだね!」

抱き着いてくる娘の頭を撫でていると、碧くんと木欄が入ってきた。ひまわりを抱えたまま、よいしょと立ち上がり、息子2人もまとめて抱擁した。

「みんな、ありがとね、心配かけてごめんね」

木欄からも珍しくすすり泣きが聞こえる。

「みんな、ひいろ君も混ぜてあげようよ」

そう言うと皆がミツバが抱っこしている赤子に目を向けた。

「まじ?」

「え、これピー?」

「これは父親の威厳が完全に消えてなくなったな」

笑いながら、順番に赤子を抱える子供たち。

この風景を見られただけでも、生きていてよかった、と心から思った。例え、この生がいっときの仮初の生だとしても、わたしは構わないわ、ちゃんと最後を噛み締めて生きるわ。改めてそう思えた。


若さの故か、ももと違って、彼らにリハビリは不要のように思えた。それでも、彼らは彼らなりに本調子ではないようで、

「少し身体のキレが悪いな」

「多少力が入らない感じがするよね」

「頭も少しぼーっとする」

そう言い合っていたが、数日で解消されるだろうとのことだった。野菜スープを中心とした食事をみんなで取り、日色にミルク風栄養ドリンクを飲ませたところで、子供たちに伝えた。

「みんな、本当にありがとう。あらためて御礼を言わせてほしい。生きていて良かった。今日は心からそう思えたの。それとね、わたしが決めるはずだった帰還に関してなんだけど、わたし、最後までここにいようと思うの。当面は、ひいろ君の記憶が戻るまで長生きすることが目標。そのあとは出来るだけ長く、さすがに、ひいろ君が成熟し終わる二十五年は難しいと思う。だから、おそらく、ここが終の棲家になると思う」

ひまわりが涙をこぼす。木欄は寂しそうに俯いた。碧はいつも通り、にこやかな温かい微笑みを崩さない。

「そう言うと思っていたよ」

碧が言った。最後まで皆で楽しく過ごそう、と。こんな良い子たちに恵まれたことを噛みしめながら、ひいろ君、早く大きくなってね、と願った。


「ハジメさん、それではブリーフィングをお願いします。まずは、こちらの世界のことを少し聞きたいです」

全員がリビングルームに座り、今後の予定を話し合った。冒頭、木欄が質問したのは、この世界のことだった。

「はい。私どもも、皆さんが目覚めるまでの間に調査を重ねました。事前の情報では、人類にとって良いエネルギーが満ちている環境、という話でしたので。そして皆さまに集めていただきたいエネルギーコアの周辺の情報も集めました」

そう言って、彼は床から、光り輝く鉱石を取り出した。直径五十センチくらい、高さは1メートルは無いであろう卵型の石だった。

「このエネルギー物質は高濃度のエネルギーを内包しています。これ一つでこの船は千年程度運用できます。ただ、別の時空間に移動する際には、このエネルギー体を3つほど消費してしまいます。まずは、皆さま方と日色さまの帰還分のエネルギーは最低限補充。可能であれば、余裕をもってその倍のエネルギー体を保有しておきたいのです」

「はい。そのエネルギーコアの周囲には強い魔獣がいるということまでは聞きました。どれほど多くあるのですか?」

「三十個ほど各地に散らばっているのですが、大きな洞窟の最奥にあるとか、森の奥深くの神殿、高い塔の最頂部、そのすべてが難所にございます。かつ、そのエネルギー体が置かれている一帯はある種の閉鎖空間になっておりまして、直接的に鉱石の近くにアクセスすることも出来ないだけでなく、そこに辿り着くためのエリアには様々な戦闘力の高い生物が徘徊しているのです」

「ダンジョン…」

木欄が呟く。

「はい、物語のダンジョンに近いかもしれません。強いエネルギーに惹かれて、集まった生命体はモンスター、魔獣と呼んでも間違いではないですし、エネルギー体の近くには最も強い生命体がいます。より多くのエネルギーを吸収しているので、当たり前なのですが。そして、エネルギー鉱石は回収しても十年程度でまた生まれます。それほど、エネルギーの循環、代謝の効率が良いのです。そして、こちらで再構成され、生活する皆さまは、そのエネルギーを同じように効率よく、代謝、活用する術を身に付けられます。それは地球に戻ったとしても、皆さまにより安心安全と大きな利便性をもたらすでしょう」

「その情報はどうやって手に入ったのですか?全部のダンジョンに行ってきた訳ではないですよね?」

「はい、もちろんです。この情報はこちらの世界で伝えられてきた情報です。ですから、実際とは異なった、間違った情報である可能性もあります」

「文明的なものがあるのですか?」

「あります。おそらく私どもと同じような経緯で、過去に転移で連れてこられたと思われる人類が文明を築いております。具体的な経緯は未だ調査中です。およそ千年前のことのようです」

ハジメさんが概要をざっと説明してくれた。文明レベルは地球でいう産業革命より少し前、中世後半、近代前半程度。人口は過密ではないが、強い獣(もう魔獣と呼ぼう)も多くいるので、人類は密集して都市を形成している。政治制度は議会制民主国家、中央集権国家の両方が存在する。宗教的な価値観が強く、人類が世界を汚すことは抑制されている。結果的に資源の乱獲は、例え魔獣であろうとも最小限に控えられている。工業化はあまり進んでいないため、軍事的な発達は地球よりも遅れている。歩兵と騎兵が人類の主戦力であり、武器は剣、槍、盾、エネルギー砲が中心。ざっとこんな感じだった。

「剣と魔法のファンタジー世界じゃない」

ひまわりが興奮したように言うが、ハジメさんは静かに首を振った。

「たしかに魔法はありますが、極めて弱いものです。一部の人間が回復魔法を使い、銃の代わりに、エネルギー砲、魔力弾のようなものを使う程度です」

「エネルギー砲」

「はい。こちらの世界ではエンジカンと呼ばれています。おそらく、英語のエネルギーキャノンが変化したものかと」

「英語?」

「はい。一部単語や使い方が変化しておりますが、間違いなく英語です」

皆が顔を見渡した。碧やひまわりは仕事の関係で英語が堪能だ。木欄もおそらく問題ないだろう。自分は錆びついているかもしれない。留学したのは二十年以上前だ。一番困るのは、ひいろ君だろう。彼は全く英語が話せないと思う。

「そうなると、完全に向こうの世界から転移したと判断した方が良いですね」

「私どももそう考えております。この時空間の位置情報は、私どものグループも別のグループから情報提供されたものです。他のグループが動いていても不思議ではありません。また、地球とは少し違うヒト族も存在しており、人類との諍い、争いもあります。彼らも知的生命体ですが、非常に原始的で狂暴な模様です」

「人類は、こちらの世界に来た経緯は伝えられていないのですか?」

「はい、神話として残っているようです。現地の宗教的な創世神話では、神が大きな船に人類と動物を乗せ、この世界に渡ってきたことが起源であり、その神がこの星を壊すことを禁じ、生活に必要な最小限の資源活用と他の生物との共存を命じたそうです」

「ノアの方舟じゃん」

ひまわりが端的に言ったが、その通りだと思った。


その後、子供たちはハジメさんたちと、再編された身体を鳴らすためのトレーニングプランをすり合わせた。慣れた後は、エネルギーコア攻略、いや瀧村家ではダンジョン攻略と呼ばれることになった、そのための強化トレーニングを半年ほどかけて行い、森にでて魔獣を狩ることから始め、一年後には攻略を開始することを目標にした。


次は彼らの異世界冒険編のスタートである。自分は、ひいろ君とヌクヌク生活しつつ、野菜でも育てよう。わたし達は戦うことが求められている訳ではないのだ。自分たちは異世界冒険編ではなくて、異世界スローライフ編のスタートである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ