ノアース神教国首都カルガリー
ブラックアーモンド号(母が名付けた)は、いつものようにフワっと浮かび上がり、瀧村家の敷地からハンフ山脈へゆっくりと動き出した。今日は碧と木欄の指示で、あまり高度を上げずに比較的ゆっくりと向かってもらうことにしている。山脈やその向こう側の街道やら森林やらを見てみたかったのだ。ハジメさんはブラックアーモンド号を光学処理をして不可視化してくれた。誰か人が上を見上げたとしても、全く気付かれない状態である。
ゆっくりとハンフ山脈を超えようとするあたりで、ブラックアーモンド号は速度をほぼ落とし、ヘリコプターで言うホバリング状態にした。
「あの近づいてくる大型の翼竜がプテララプトという魔獣です」
ハジメさんが山脈の南側の方向を指して、碧と木欄に説明した。
遠くに五頭ほど並んで飛んでいるのは見えるが、姿形までは分からない。ハジメさんは窓に移る風景を拡大してくれた。窓かと思っていたら、ディスプレイだったのか。
プテララプトは身体と顔が非常に細長い。身体は細いが、両方の翼を広げた時の、翼の端から端までの長さは中型バスとほぼ同じくらい広い。十メートルくらいはあるだろうか。顔の先端にある口、嘴も細く見えるが、開けると大型の獣も一飲み出来そうだ。
「東側の山脈に多く生息しているのですが、西側の方が彼らが好む獣型の魔獣が多いので、こうやって渡ってくるのです。あれらに出会ってしまったら、倒す手段も少ないので全力で隠れることをおすすめします。この様に光学処理してしまえば、気づかれないでしょう」
ハンフ山脈の頂上付近は木も少なく、岩肌が見える。北側に目をやると、より高い山々が見えて、雪に覆われている。北に行けば行くほど高く、南に行くに従って標高は低くなるようだった。
ハンフ山脈を越えると、深く暗く果てしなく奥まで広がる森が見えてきた。確かにところどころ草原の様なエリアもある。三つの森というのは、この草原が間にあるからこそなのだろう。間に草原があるからと言っても、この広さの森に迷い込んだら、出てこられなくなるんじゃないだろうか、と木欄は恐ろしく感じた。一つの森の広さが地球の大陸すら飲み込むくらいデカいのだ。
「ハンフ山脈から街道を抜けた先には、大森林が広がります。遠くて見えませんが、大森林の向こうは砂漠になります。砂漠を超えるとハンフ山脈よりも高いフリーウェア山脈となります。大森林の広さ、街道から砂漠までの距離ですが、概ね三千キロメートルほどでしょうか。地球で言うと北アメリカ大陸の横幅より少し小さいくらいでしょう」
本当に大陸レベルのデカさだった。木欄だけでなく、碧も口を開けて驚いていた。この世界は山脈といい、大陸といい規模がデカすぎる。
山脈と森林の間には大きな街道も見える。街道も想像よりも広く、幅20メートルくらいあるのではないだろうか。片側二車線の高速道路くらいの広さだ。当然、コンクリートの道ではなく、土の上に砂利がひかれているだけのように見えた。
「この街道はカルガリーとサントニオの間をつなぐ、交易上重要な道です。ただ、森林から出てくる魔獣は非常に強く、どの商隊も10人規模の護衛を付けるのが一般的です。ライガ系、ウルス系、ウロス系が多いので単独では討伐できませんから。たまにヒト族のビッグフット、モーロック、稀にですがアストラルやサイクロプス、過去にはバジリスクすら出たことがあるのです」
後半は知らない名前が出てきたが、あとでゆっくりと教えてもらおう。画像付きでないと頭に入らない。木欄は「あとでやることリスト」に忘れないように書き込んだ。
果てしなく広がる大森林を横目に、街道の上をブラックアーモンド号はゆっくりと飛んで行った。左側の山脈の山頂付近に、徐々に雪が多くなっていく。右側の大森林は地平線まで続いているので、正直早々に見るのに飽きた。商隊と護衛らしき集団を一度見かけた。商隊は、想像していたよりも多くの馬車が連なっており、それぞれに数名の護衛らしい人たちが馬で並行していた。
一時間ほど飛んだあとは、木欄が飽きたのが分かったのか、窓を流れる風景が加速した。速度を大きく上げたのだろう。
しばらくすると、ハジメさんから声がかかった。
「皆さま、そろそろノアース神教国首都カルガリーの上空に着きます。西から街をぐるっと回りますので、どうぞ、上空からの景色をご堪能ください」
そう言った直後、全ての壁、床が透明になった。「ヒッ!」という悲鳴で姉が足をソファーに上げた。確かにこれは怖い。ソファーが宙に浮いているようにしか見えない。
カルガリーの街も思っていた以上に大きな街だった。街全体を5メートルほどの高い壁で囲んでいる。街全体の形は、綺麗な正八角形だ。
ハジメさん曰く、街の大きさ(壁から壁までの長さ)は、縦横(南北、東西)共に三百キロメートル位あるらしい。
つまり北海道くらいのサイズの街ということだ。と言っても、壁の中の全てが都市部という訳ではなく、多くは畑や牧場だろうか、緑が広がっている。畑や牧場の周りには、チラホラ家が見える程度だが、ところどころに集落、小規模な町の様なのも点在していた。中心部の方に行くほど、町は大きくなり、人は真ん中に集まっているようだった。
これだけの広さの平野を見たことがないので、距離感が測れないが、都市一つがヨーロッパの小国並みだと思った方が良さそうだった。
西の方から壁に沿って街に入り、真北に差し掛かった辺りで南側に旋回した。真ん中にある一番大きな都市は、綺麗に碁盤目上に整備された道が東西南北に走っており、その中心には、ひと際高い教会らしき塔が見える。とても綺麗な街だった。
都市部の南側、東側と壁までの距離は短く、都市部は南東寄りに発展していったと思われた。
「このカルガリーから南東八百キロの方向にノアース神教国のもう一つの都市、モントリーがあります。モントリーからの出入りが多いので、南東方面に人は多く住むようになったと思われます。宿泊施設や飲食街も南東の方が多いですね。カルガリーは教会を中心とした街ですので、非常に落ち着いた雰囲気がしますし、人々も穏やかで真面目な方が多い印象です。もう一つのモントリーの方は港町として発展してきたので、市場が街の中心で、非常に賑やかな街ですよ。食べ物も美味しいと聞きますし、人々は明るく、街のいたるところで音楽が流れていますので、きっと奥さまもお気に召すかと存じます」
南東の街道沿いにブラックアーモンド号を着陸させた。
そこから、徒歩で南東の門まで三十分ほど歩いた。
南東の門では、門番にハジメさんが、あらかじめ相談して決めたストーリーで入国を交渉している。母たちも同行することになったので、ハンター登録と同時に入国税払うから勘弁してくれ戦法はやめた。レイトゥ人の一家をモントリーから護衛してきたが、途中で馬車が壊れたので歩いてきた、というストーリーにしたのだ。レイトゥ共和国の偽造市民カードをハジメさんは簡単に作り出したので、入国はそれで誤魔化すことにした。もちろん、入国税はハジメさんに立て替えてもらって、ここで払ってしまうことにした。
問題なく、南東の門を抜けた一家は、ここで3つに分かれて行動することにした。
母と赤子父、フネ、ミツバの四名は教会を観光しにいく。碧、木欄、ひまわりはハンター協会に登録と素材の売却をしに行く。ハジメさんはイツキを連れて牧場に行って、馬を購入するそうだ。今後も家族で街に入国することがあるだろうから、怪しまれないように買っておくことにしたらしい。
碧と木欄、ひまわりはハンター協会へ、登録の手続きに向かった。都市の中央にある教会を囲うように、円形の広場と用水路(街の中央まで用水路が引かれていることからも街の文化レベルが分かる)が設置されており、東西南北の最も大きな街道がこの中央広場に繋がっている。その南東の角がハンター協会だった。
「もう、俺らの中での公式名称は冒険者ギルドでいいんじゃね」
と隣の碧くんが呟いたが、木欄は黙殺した。そうすると、絶対兄と姉は現地の人の前で、冒険者ギルトと呼んでしまい、周りをキョトンとさせてしまうだろう。
ハンター協会の建物は、この街の多くの建物がそうあるように、大きめのレンガ状の石材を交互にずらすように積み上げた二階建ての建物であった。広さは近くにある普通の店舗の平均サイズと比べると幅が二倍、奥行が二倍といったところだろう。建物の傷み具合からして、周囲の建物と比べてもかなり古い。
両側とも大きなスイングドアになっている協会の入口をくぐると、受付カウンターと大きめの待合スペースになっていた。待合スペースには、弱いけど年数を重ねただけの冒険者がくだを巻いている、というお約束の人たちはおらず、病院の呼び出しを待つ患者のように、数組のグループが迷惑にならない程度の声で会話しているだけだった。
受付カウンターと待合スペースの奥には、小部屋が幾つかあるのが見てうかがえた。依頼の掲示板の様なものもない。
木欄は受付の女性に、新規登録をお願いしたいことと、途中で狩った素材を買い取って欲しいことを伝えた。もちろん、現地語である。訛りがある英語だ。ところどころ単語や言い回しが異なるので、気を付けないといけない。神経をとがらせながら、木欄は話した。普段から英語を使うことがない木欄は、この数か月、語学のトレーニングを欠かさなかった。兄は英語、ポルトガル語、スペイン語、韓国語に堪能である。現地語を知らないけど英語が喋れる兄と、英語が堪能ではないが現地語を勉強した自分と、どちらが最適かを考えて、初回は自分がやるべきだと判断した。たとえ英語が話せたとしても、兄はそもそも会話すること自体が苦手だし、それに後ろにはシオンが控えているのだ。何かあれば助けてくれるだろう。もちろん、姉は論外だ。
登録用紙を渡されて、待合スペースで順番を待つ間、記入しておくように指示された。
登録用紙に記載する必要があるのは、氏名、年齢、性別、出身地、希望職種、希望業務だった。希望職種と希望業務は選択式だ。希望職種は「全て」「狩人」「護衛」「採取者(薬草)」「採取者(食材)」「採取者(鉱物)」「調査人(山)」「調査人(森)」「調査人(海)」「調査人(遺跡)」「その他」となっており、一つを選ぶのではなくて、希望する職種に順番を付けていく形式だった。おそらくどれでもやれるだろうと思ったので、木欄は「全て」を選択した。隣を見ると碧くんは「狩人」に大きく1を書いているだけだった。分かりやすい。出身地がジャパンになっているところは、ちゃんと指摘して訂正させた。
ひま姉は、悩んだ結果、「狩人」「護衛」「採取者(薬草)」「採取者(食材)」の四つを選んだ。
希望業務は、職種をさらに細かくした選択肢が多数あった。ハンターであれば対象魔獣の種類、どれくらいの長期間任務を受けれるか等々。
一通り、記載したところで、受付から声がかかり、四番の部屋に入るように指示された。
四番の部屋は十人ほどが座れる大きな会議テーブルが置かれた広めの会議室だった。向こう側に協会職員らしい四十歳前後の男性が座っており、着席を促された。
「この度は協会へ登録頂きまして、誠にありがとうございます。担当いたしますカール・ニルソンと申します。今後ともよろしくお願いいたします」
顔立ちから予想していたが、ヨーロッパ系の名前である。言語、文化風習、そして名前と、明らかに地球の影響を受けている。どこか空いた時間に図書館にでも行って、人類がこの世界に来た歴史を詳しく調べてみよう、そう木欄は思った。
その後は記載内容を確認する流れで進行は進み。出身地のところはハジメ作偽造市民カードで回避した。希望職種や業務のところは、かなり入念にヒアリングされた。戦闘経験と能力、使用している武器等。
戦闘経験を説明する流れで、フォレストタイガ、フォレストガルンの魔石や素材が数十体、フォレストスネーク、ロックタイガ、ロックガルンの魔石、素材が数体ずつあるので、併せて買い取って欲しいと木欄は希望した。
カールさんは目を丸くして驚き、三人で具体的にどのようにして狩りをしているのか、質問を重ねた。途中で、B級ハンターのシオンにも確認する形で、僕たちの正味の実力値を判別すべく、情報を補足していった。
素材は買い取り部門の査定を行うから、先に引き取らせてくれと言ったので、シオンが運んできた大型キャリー型の黒箱さんをシオンごと買い取り部門に向かわせた。
「ありがとうございます。三人ともC級ライセンスからスタートすることにしましょう」
「リセンシー」とカールさんは発音したので、兄姉が何て言った?と僕の方を見た。
C級ライセンスのことだよ、こちらではライセンスをリセンスと発音するんだ、「リセンス・シー」の「ス」をリダクションしているのでより分かりにくいよね、と僕は日本語で説明すると、カールさんは「レイトゥ古語が話せるのですか!」とかなり驚愕した感じでかぶせてきた。
「はい、話せますが」
「それ、ライセンスに登録させてください!今ではレイトゥ人でも扱える人はほぼいない、非常に貴重なスキルなのです。ちなみに読み書き両方使えますでしょうか?」
カールさんは畳みかけるように聞いてきた。
やっちまったかな、と木欄は思った。「調査人(遺跡)」を専門とすれば、すぐにでもA級ライセンスが発行できると言われたが、木欄以外はその項目を希望していなかったこともあり、普通にC級ライセンスとして扱って欲しいと伝えた。カールさんは、教会が古い資料を翻訳したり、解読したりする人をずっと探しているので、伝えても良いかと聞かれたので、それは問題ないと答えた。少し嫌な感じがしたが、この流れでは、もうしょうがないと考えた。
嫌な予感って結構当たるんだよな。全ての情報を統合した上で、過去の経験に基づく推測をしている訳だし。瀧村木欄はこの後、きっと想定外の何かが起きるんだろうな、と考えて、顔を顰めた。




