カルガリー教会の大司教の教え
ライセンスカードを用意するために、しばらく席を外したカールさんが戻ってきたときには、買い取り査定も終わっていた。
C級ライセンス(総合)と記載されたカードを僕は受け取った。
所属はノアース神教国首都カルガリー本部。
裏面には「狩人 (C)」「レイトゥ古語 (A)」と記載がある。
買い取り総額は、12万ゴルだった。
最初に通貨の単位が「ゴル」と聞いた時に、絶対ゴールドのことだろうと内心でツッコんだが、スペルもゴールドだと分かった時には苦笑してしまった。
1ゴルは日本円で100円に相当する。
つまり、今回の素材だけで1200万円の稼ぎである。
ま、分割したら妥当な値か。
少なくとも、この世界ではお金に困ることはないと分かっただけ安心である。
連絡を受けた教会から、面談の希望が来ているとカールさんは言った。
母たちを迎えに行くついでに、僕らが教会に向かうことを告げると、先に連絡するべく、カールさんは他の職員にその旨伝えていた。
その後、ハンター協会の基本的なルール、手続きの仕方を教えてもらった。
受付で依頼を受けたいことを伝えれば、カールさんの様な係員が見繕って提案してくれるらしい。
木欄は自分たちは依頼を主軸にするよりも、狩ってきた素材を売買することが中心になる旨を伝えた。
カールさんは、もし木欄たちに受けて欲しい依頼がある場合は、別で声をかけさせてもらいたい、と言った。
御礼を言って、退室しようとしたところで、教会の係員が迎えにきていることを知らされた。
そのまま、会議室に通してもらって、挨拶を交わした。
「アンナ・エリクソンと申します。丁重にお連れすることを指示されました。わたくしが案内させて頂きます」
ひどく緊張した様子で話すアンナさんは、二十代前半の可愛らしい女性だった。
アンナさんに連れられて、中央広場に向かう。
中央広場の南の部分にある階段を登れば、教会正面だ。
荘厳な教会は、地球でいうケルン大聖堂に近い印象を受けた。
ただ、屹立する塔がケルン大聖堂は二つだったと記憶しているが、このカルガリー教会は三つだ。
二つの塔の奥に、さらに大きな塔がある。
正門の前には、巨大な像があった。
若い男性が棒のようなものを右手に持ち、前方に差し示している。民をどこかへ導いている様な姿だ。
「英雄の像です。私どもは神の教えを布教しているのではなく、この地へ導いてくれた英雄の教えを廃れさせることなく次世代に教えることを目的としております」
アンナさんが教えてくれた。
木欄は、いよいよ地球からこの世界へ集団転移したノアの箱舟説が有力になってきたと考えた。
教会の教えの中にはもっと重要なヒントがあるかも知れない。
ひま姉が、英雄もドラ坊持っていたのね、と言っていたが完全スルーだ。
正門の入口には、母たちが既に待っていて、合流した後、アンナさんに連れられて2階につながる階段を上った。
案内された部屋はハンター協会の会議室よりも遥かに大きく天井も高い、ホテルの披露宴会場の様なスペースだった。
そこに豪奢なソファーが置かれており、奥側のソファーに案内された。
フネさんは「私たちは使用人ですので」と座るのを拒み、母の後ろに立った。
イツキ、シオンもそれに従う。
しばらく待って、入ってきたのは、六十歳を超えたと思われる白髪白髭の老人だった。
立派な司祭服を来ている。
想定よりも立派な人が入ってきたことに、皆驚いた。
「ヨハン・エリクソンと申す。
皆さま、この度は急なお誘いに応じてくれて、誠にありがたく思います。
この教会の大司教を任じられております。
今後もよしなにして頂けるとありがたいですわい」
老人は少し砕けた口調で話しかけてきた。
ヨハン翁は案内してくれたアンナの祖父にあたるらしい。
協会からレイトゥ古語を扱えるレイトゥ人が登録にやってきたと緊急連絡があり、アンナにくれぐれも失礼のないように丁重にお出迎えせよ、と指示したそうだ。
「さて、ハンター協会ではA級ライセンスを固辞して、C級ライセンスを選択したらしいですのぉ、何とも謙虚な皆さまじゃ」
ヨハン翁はそう切り出した。
「はい。私どもは遺跡調査を専門にしている訳ではございませんので、ハンターのC級ライセンスが最適だと思ったのです」
ヨハン翁の発言を受けて、碧くんがそう答えた。
木欄はこの会話を聞いて、全身にゾワっと悪寒が走るのを感じた。
ヨハン翁は、「リセンシー」ではなく、「グレード・シー・ライセンス」と発音したのだ。
碧くんも、それを受けて自然に「ライセンス・シー」と応えてしまっていた。
試されている?と瞬時に反応してしまった木欄を見て、
「ハッハッハ、これは愉快なことになったのー」
とヨハン翁が笑った。
それを見て、木欄はものすごく嫌な予感が当たったことに気づいた。
「さて、入国時に提示いただいた皆さまの市民カードにはレイトゥ共和国と記載されていたそうですが、どこの街の出身ですかな?」
と穏やかでにこやかな表情を崩さないまま、ヨハン翁は姉を見て訊ねた。
すぐに返答がないことを察し、次は兄に視線を移した。
首都レイトゥと答えれば、きっとレイトゥのどの辺なのかを聞かれるだろう。
ヨハン翁のことだから、おそらく教会がある首都のことをそれなりに知っている可能性が高い。
第三都市であるサトゥと答えるのが良いか。
こんなことになるのなら、兄姉にも座学で文化講義を受けさせるんだった、と木欄は少し後悔した。
彼らはレイトゥ共和国の都市の名前を一つも知らないだろう。
「フォッフォ、よかよか。
お母さまがモモ・タキムラさん、お兄様がアオ・タキムラさん、お姉さまがヒマワリ・タキムラさんでシッカリ者が末弟のモクラン・タキムラさんで間違いないかの。
後ろにいるのは御付きの、フネさん、ミツキさんにシオンさんと」
木欄が兄姉に代わって、答える前に、ヨハン翁はもう質問の答えはちゃんと得た、とばかりに話題を変えた。
「名前まで今のレイトゥには珍しい古風な感じじゃの。
まるで古い文献に出てくる人のようじゃ。
愉快よのぉ。
ちなみに、その赤子はレイトゥ人にはあまり見えないが、名前は何て言うのじゃ?」
母が、片言の英語で、「ヒイロ・タキムラ」であること、七か月ほど前にこちらで生まれたこと、を伝えた。
木欄は「こちらで」の表現に少しヒヤっとした。
こちらがあるのならば、あちらは何処だ?と思われないだろうかと。
兄と同じく、天然さんでボケ要素満載の母は、こういう騙し合いというか、変化球を織り交ぜながら会話することがあまり得意ではない。
ただ、そこは杞憂だったらしく、ヨハン翁は別のところに食いついた。
「ヒイロ・タキムラ、と」
少し視線を外して、しばらく思考に沈んだ様子のヨハン翁は、数秒後、目を閉じた。
十数秒間、目を閉じて考えた後、目を大きく開け、視線を我々に向けて、ハッキリとした口調で、少しこの世界の成り立ち、今では神話となっている話をさせてもらおうかの、と言った。
神話では千年程前に、英雄が大きな船に人類を十万人ほど、動物千頭ほどを乗せて、この星に連れてきた。
それがこの世界で始めて人類が降り立った瞬間である、と記載されている。
最初に英雄の船が降り立った場所が、このカルガリーであり、教会、ならびに教会に従事する司祭はその土地を守ることを使命としている。
同時に、英雄の教えを守ることも重要なミッションであると認識している。
英雄は、全ての生物と共存することを求めた。
英雄は、星を慈しむこと、自然と共生することを求めた。
この星には、人類が降り立った時には既に様々な生物が存在しており、人類とは異なる知的生物もいたため、争いは堪えなかったが、英雄の教えを守り、人類は生き延びてきた。
しばらくした後、人類の中でも、黒い髪と黒い瞳を持つものと、金の髪と青の瞳を持つものたちとの間で諍いがあり、黒髪のものたちが先に出て行った。東の島を求めて出て行ったが、結局、長い年月を経て、東端に辿り着き、今ではレイトゥ共和国となっている。
金の髪を持つものたちは、西の端を目指して南下し、サントニオ王国を建立した。黒い髪を持つものは謙虚であり、仲間を大事にする人たちであった。
金の髪を持つものは強いリーダーが率いる集団であり、リーダーとリーダーに付き従う人たちが出ていき、リーダーは初代王になった。
そして、この国に残ったものは、知性を何よりも尊び、英雄の教えとその真理を守り、世界の成り立ちを研究するようになった、ということだ。
英雄が行ったこと、語ったことは全て記録として残っておる。
神話、と世間では思われているがの、実際の記録を手に取って見られる我々司祭にとってみれば、神話なぞではなく、過去にあったと思われる事実じゃ。
英雄と一緒に来た人たちも多くの記録を残してくれた。
当然、英雄が去ったのちにこの街を引き継いだ昔の大司教の人たちも記録を残す慣習を引き継いでくれたので、ありがたいことに、この教会の地下は膨大な記録に満ち溢れている。
ただ、千年も昔のことだ。
千年だ。
言葉は容易に変質し、統一用語以外の言語は忘れ廃れ、古い記録を読める人が徐々に減っていっている。
中でもレイトゥ古語は非常に重要な言語での。
何せ、英雄の母国語だったのだ。
一番重要なことはレイトゥ古語で書かれている、と言っても過言ではない。
ただ、レイトゥ人がこの街を出て行ってしまったため、レイトゥ古語を引き継ぐ人はこの街では年々少なくなった。
一方のレイトゥ共和国では、そもそも古語で記載された文献はあの国にはないからの、古語を守る意味が特になかったのだ。
今ではレイトゥ語を話す家庭はないだろう。
血も多く混じり、純粋なレイトゥ人すらも珍しい存在になっているからの。
「我々が、どれだけレイトゥ古語を扱える人を必要としているか、分かって頂けたかの」
そう静かにヨハン翁は言った。
我々は皆、同じように静かに頷いた。
「そこでじゃ、一つ取引をさせて頂けないかの。
レイトゥ古語で書かれた古い文献の解釈のアドバイザーとなってもらいたいのじゃ。
依頼者はワシのみとしよう。
他の司祭には窓口はワシのみじゃ、と伝えよう。
もちろん、報酬は払う。
かなり高額の報酬を用意しよう。
それだけじゃなく、どうじゃ、この都市に家を構えてはどうかの。
ここから馬車で三十分程度の閑静な場所に君ら家族用の家をプレゼントしよう。
広い庭を付けても良いぞ。
レイトゥ市民権じゃなく、ノアース神教国首都カルガリーの市民カードを全員分発行しよう。
そちらの方が、どちらの国に行っても、面倒に巻き込まれることはないじゃろうからな。
何かあれば、ヨハン・エリクソンに庇護されておる、と言ってもらって構わぬぞ。
実際、そのつもりじゃからな。
どうじゃ?」
少し考える素振りを見せた木欄を制するように、母が「お受けいたしますわ」と言った。
子供たちは多忙だけど、自分は暇だし、古語の解釈程度ならば自分でも出来るでしょう、と。
「そうか、それはありがたいの。母君だけでなく、その赤子も連れてくるがよい。新たな孫ができたと思って、ワシも可愛がることにするの」
と言って、ヨハン翁は豪快に笑った。
「ただ、数年しかお付き合いできないと思うのです」
と母は言った。
「わたしは、健康に問題があり、おそらく長くは生きられないと思っています。ですので、私が生きている限り、ということにさせてください」
ヨハン翁は、少し自分に診せていただけるかの、と言って、立ち上がって母の近くまで歩いた。
「ワシは、ヒールエンジーの使い手でな」
「ヒールエンジー」と木欄は呟いた。
おそらく、癒しの力。
木欄も立ち上がり、ヨハン翁の診察を近くで見学することにした。
ヨハン翁は母の胸の近くに手のひらをあて、魔力を薄く広げて母の胸から身体中に浸み込ませた。
なるほど、X線の代わりに魔力を使ったCTスキャンということか。
「これはこれは非常に珍しいの、奥方さまはエンオルガがないのか」
「エンオルガ」と聞こえたが、木欄は何を意味するのか分からなかった。
エンジーはエネルギーなので、エネルギーオルガン?オルガン?あぁ「臓器」のことか。
おそらく、我々にもこの世界で身体再編成した際に作られた臓器がある。
エネルギーを効率的に活用できる臓器、瀧村家通称「魔石」のことか。
確かに、母は再編成していないので魔石がないはず。
ヨハン翁は、その後も少し時間をかけてスキャンを進めた後、こう言った。
「肝臓が弱いようじゃが、問題はないの。
あとは脳の出血を抑える処置がしてあるの。
あるとしたら、それが弱まった際に起きる出血かの。
だとすれば、増々ワシの近くにいる方が良いじゃろ。
ここで何かあっても、ワシならば対処できるはずじゃ。
それに母君がお亡くなりになったとしても、ご家族の庇護を外したりはせんよ。
そこは安心しなされ」
そして、あと一つ、ワシが提供できるものがあるの、と言った。
「教会の祭壇にあるエンジコア、あれをお主らに差し上げよう」
エンジコア、我々が探しているエネルギー鉱石、ダンジョンコアと呼んでいるものだ。それをくれる?
「なに、今となっては、エンジコアから供給されるエネルギーが無くなったとしても、他から供給されるように、ちゃんと都市設計しておるのじゃ。
これはノアース神教国だけのことかも知れんがの。
どうせ十年経てば元に戻るしの。
レイトゥ共和国は大事にしているようだが、そもそもサントニオ王国などは、エンジコアの役割すら忘れておるわ。
おぬしらには、これが必要なのじゃろ?どうじゃ?」
この爺さん、どこまで知っているんだろう。
木欄ですら、ジジイ、底が知れない、と思った。




