幻
《そうだよ! お姉ちゃんがここに来るって思ったから来たアルよ!》
《必ず叶うアルよ! お姉ちゃんの願い事絶対に叶うアルよ!》
さくらはハッと目を覚めた。 また、あの露天商の夢を見た。 あの日、あの時、京都の裏路地で露天商とバッタリ再会したあの時以来、毎日、毎日同じ夢を見た。毎晩、毎晩同じ夢を見てはハッと目が覚めてしまう…… 何故、同じ夢ばかり見てしまうのか…… さくらにはその原因が何なのかはハッキリとわからない、しかし、さくらの胸は何やらこれから自分の身において、とんでもない事態が起ころうとしているような不安な気持ちが徐々に訪れているという事は何となく感づいていたのである。
『何なの…… いったい…… 』
その時である、さくらは左腕に一瞬、何か熱い衝撃を感じたのである。
『え…… ? 嘘…… 』
さくらの腕に巻かれていたあのミサンガである。 就寝前はしっかりと腕にはめられていたミサンガが途中で半分鋭利な刃物で切られたかのように鋭く切れていたのである。
《お姉ちゃんの願い叶うまであと少しの辛抱だよ! もう少しだよ!》
さくらの耳元で誰かが呟いた…… 今、さくらの部屋にはさくら以外は誰もいない。時刻は深夜二時ちょうどを過ぎた時刻である。
『誰? 誰なの?』
さくらは懸命に周りを見渡した。だが、さくらの瞳には誰の姿も映らない。この部屋にはやはりさくらしかいないのである。しかし、この声は確かにあの時の京都で出合った露天商の隣にいた女の子の声である。間違いなく二人の女の子の声である。
『あなたは、この前のおじさんの隣に一緒にいた女の子だよね?』
さくらは、その声の方向に向かって話しかけた。
《そうだよ! わたし達はお姉ちゃんの味方だよ! お姉ちゃんの泣いてる姿を見て励ましてあげようと、遠い国からやってきたんだよ!》
さくらには怖いという気持ちは全くなかった。ただ、その声がさくらにとって何やら懐かしいというか、誰なのかわからないが昔から知ってる遠い大切な人のような錯覚を起こしていた。
『あなた達はいったい誰? どうしてわたしの味方なの? あのおじさんは誰なの?』
《わたし達は、何でも願い事の叶う、魔法のミサンガ、魔法のミサンガだよ!おじさんはミサンガの神さま。何でも願い事が叶うミサンガの神さまだよ》
声の方向をずっと辿ってさくらは歩き始めた。その先が一際明るくなっているのが声の終着点ともなる場である。その終着点はコウの遺影が飾ってある棚であった。コウの遺影の前にはキラキラと金粉の舞ったような光りが木霊する。宙に舞った金粉は丸く円を描くように言霊のような力強いパワーを漲らせながらさくらの胸に強く何かを訴えているのである。
『わたし、これからどうなるの…… 教えて…… このままじゃ、わたし寂しくて悲しくて生きていけないんじゃないかなって不安なの…… 』
さくらはその言霊に胸の内を全て明かした。コウがこの世を去ってから現在に至るまでの心境とこの先さくらがどうやっていけば立ち直れるかという不安な心情まで全て洗いざらいを明かしたのである。
《お姉ちゃん、大丈夫だよ! 安心してね! だってお姉ちゃんは何でも願い事が叶うおじいちゃんのミサンガを二個買ったんだよ! 一個五百円のミサンガ二個千円で買ったんだよ! だから願い事が二個必ず叶うんだよ! だから大丈夫だよ!》
『わたしの願いは二つもいらない…… たった一つでいいの…… たった一つでいいのよ…… だからコウに会いたい…… もう一度、今までどおり、毎日笑ったり怒ったり泣いたり、今まで通り、コウの傍で毎日楽しく暮らしたい…… お金なんていらない、貧乏だって何だっていい…… だからあの人と一緒にさえいれば何だっていい…… だからコウと一緒に暮らしたい。 わたしの願いはそれだけなの』
さくらは願うように幻の声の主であるミサンガの妖精にお願いした。すると、キラキラと光る大きな言霊はゆっくり、ゆっくりと天に舞いさくらの頭上で大きく空を描くように大きく膨張しだしたのである。どんどんと大きく別世界がさくらの頭上で描き出されてゆく。そこに描き出されているのは一昔前のさくらの姿であり生前元気だったコウの姿が映し出されている。その大きく描き出された頭上の円の中にさくらはどんどんと吸い込まれてゆくのである。 コウの遺影の前に置かれているミサンガと共に……
『さくら、大丈夫だよ! ほら、僕だよ』
『コウ、コウなの? コウなの?』
ふと目を開けると、さくらの目の前にコウがいる。生前と全く同じ元気な姿のコウである。
『さくら、毎日悲しい思いをさせてゴメンだよ! 僕は確かにもうこの世に居ないかもしれないけど、さくらの心の中でいつまでも今のまま元気で生きているんだよ。ありがとう、さくら…… 』
『本当に、コウなんだね? コウ…… コウーー……』
さくらは感激のあまり泣き出してしまった。夢にまで見たコウが今こうして目の前にいるのである。ここは確かに夢の世界ではあるが、まぎれもなくコウがいる。目の前に飛び込んでくる虹色のファンタジーな世界を二人ピーターパンのように飛んでいる…… たった二人だけの世界…… 覚めやらぬ現実と幻の世界の狭間を今、二人で生きているんだという実感を胸に二人羽ばたいているのである。
『さくら、空港へ行こうよ… さくらの好きな飛行機を見に行こうよ… さぁ、手を繋いで一緒に飛び立って行こう。飛行機よりももっと早く、二人で飛び立とうよ』
さくらとコウは手を繋ぎ飛び立った…… 遥か彼方に海が見える。 二人手を取り合って高く高く大空へ飛び立っている。背中に太陽を感じ水平線に向かって飛び立って行く。
『ちょっと、コウったら…… もう少しスピードを緩めてよ』
『大丈夫だって、ここは夢の世界なんだから落っこちたり何かにぶつかっても大丈夫だから心配しなくても大丈夫だよ!』
どれだけ時間が経ったのだろうか、二人の時間、楽しい時間、さくらにとっていったいどれだけぶりの時間なんだろうか…… 二人は飛行場に停められているジャンボジェット機の尾翼に腰を掛けながらあの日以来の再会…… 時が過ぎ行くのを忘れてしまうくらい語り合った。
『ねぇ~、わたし、どんだけ淋しかったか、コウは何にもわかってないでしょ……』
『ホントにゴメンだよ! でもこうやってまた会えたんだから許してやってよ! それとさくらの想いのおかげできっとまた奇跡が起こるから…… 』
『奇跡?』
『あぁ、奇跡だよ! ずっとこの言葉を信じていようよ、必ず奇跡は起こる。必ずだよ』
コウはさくらにそう言うとさくらをぐっと抱きしめキスをした。さくらにとってコウのキスの感覚は生きている時のコウの感覚と何一つ変わりない全く同じキスの感覚だった。
……
『さくら、さくら、今何時だと思ってるの!! もう起きなきゃいけない時間でしょ』
『あっ、お母さん、今何時? 』
『今何時ってもう朝の八時をとっくに過ぎた時間でしょ、今日はコウくんの四十九日法要だからお寺さんへ行かなくちゃいけないから早く身支度しなきゃいけないよ』
四十九日法要、肉体から離れた霊魂がこの世を最後に天へ舞うための法要であり、この日を区切りに現世からあの世へ旅立つと言われる日である。
『夢だったのか…… えっ…… 嘘…… 』
さくらは自分の目を疑った、さくらの左にはめられたミサンガ、そのミサンガには夢で見たとおり全く同じく半ば半分鋭利に切れ込みが入っていたのである。コウの遺影の前に置かれたミサンガも同じく夢で見たとおりと同じ切れ込みが入っていたのである。
『コウ…… 夢じゃなかったのね…… ありがとう…… 』
《お姉ちゃんの願い、必ず叶うアルよ! 絶対叶うアルよ!》