露天商
『何でも願い事が叶う魔法のミサンガアルよ。 アナタ私のミサンガ二個買ったから二個願い事叶うアルよ!! 絶対叶うアルよ!! いや、必ず叶うアルよ!!』
『おじさん コウに会いたい!! 私の願いはそれだけでいいの…… お願い!! コウに会いたい…… コウに会いたい!!』
さくらは夢を見た。戎橋で出会ったあの露天商の夢である。あの露天商と出会ったあの日から、さくらは三日連続、毎晩続けて同じ夢を見ていたのである。
『また同じ夢…… もぅ~ おじさんの夢じゃないんだから…… 私が見たい夢はコウの夢なんだから……』
さくらは露天商から買ったミサンガをじっと見つめた。そのミサンガを見つめるとあの時、コウとジャンケンをした時の事を思い出してしまうのである。ジャンケンに勝って喜んだ時の自分の姿、そして悔しがっているコウの顔を思い出す。
思えば思うほどさくらの心はその当時にタイムスリップしていくのである。あの時、そのまま時が止まってくれれば…… もう一度タイムマシーンに乗ってあの頃のあの時間に帰れる事が出来るのであれば…… その様な考えてもどうにもする事の出来ない夢のような事ばかり想ってしまうのである。
『コウ…… 一緒にお揃いで腕に着けたかったね…… 』
さくらの腕にはめられたミサンガ、濃茶と白のミサンガともうひとつの青と水色のミサンガ…… 本来ならばコウの腕にはめられていた筈のもう片方のミサンガはさくらがコウの形見としてさくらのお守りの中にある。そして露天商から買ったミサンガはコウの遺影の前に置かれている。
二人の思い出となるミサンガはさくらにとって悲しみを深く蘇らせるだけとなっているのである。
『あら、珍しい、自分から外出するなんて』
『お母さん、今日は天気も良いし毎日仕事も休んで家にばっかりいると病気になっちゃうといけないから、たまには外でショッピングでも楽しんでくるね』
『あまり遅くなるようなら前もって母さんに連絡してちょうだいね。この前は母さんホントに心配したんだから』
『ごめんだよ、お母さん…… 今日は前みたいな事無いから…… 夕方にはちゃんと戻ってくるから安心してね、また帰る前にお母さんに電話するから』
『うん、じゃあ気を付けていってらっしゃいね。向こう出る前にそしたら電話ちょうだいね』
『わかったよ、じゃあ行って来るからね。あっ、帰りにお土産でお母さんの大好きなロールケーキ買って帰るね! じゃあ楽しみに待っててね!』
心配そうに見送る母に手を振ってさくらは家を出た。さくらの行き先は特にこれと言っては無かった。只、あの日、コウと一緒に歩いたあの日、その時と同じルートを辿ってみたかったのである。京阪電車を乗って京都へ出て四条川原町をブラブラと歩きクレープ屋さんでクレープを食べ、それから雑貨屋さんをブラブラと見歩く。そして最後にコウとお揃いでミサンガを買ったあのお店をもう一度訪ねてみようと……
《コウ…… ごめんね…… 私、このままじゃいけないよね…… ずっといつまでもコウの事ばかり考えていたら、いつまでたってもコウが安らかに安心して眠ることが出来ないよね……》
さくらはこの日、心に決めて家を出た。いつまでもコウに依存していてはいけないという気持ちが固まっていたのである。それはコウの死という悲しい現実を今日この日で自分の心にしっかりと受け止めようという決心…… そして明日から新しい自分の第二の人生をしっかりと歩んでいこうという決心…… コウの死をしっかりと心に受け入れ、コウの分まで一生懸命生きていくという誓い…… 心の中で二人で生きていこうという決心のため、さくらはこのような行動に出たのである。
コウと一緒に歩いた街並みは当時と変わらず殆ど同じ風景だった。あの時一緒に食べたクレープの味も変わらず立ち寄ったお店の店内の模様も同じである。只、何が違うのかといえば今はコウが隣にいない。さくら一人であるという現実だけである。
《コウ、私、一人でも頑張るね…… ずっと一人でこれから頑張ってみせるね…… 一生ひとりで逞しく生きていくから、私、もう泣かないから、一人でもコウは私の中にずっと一緒に居てくれるから、もう泣かないね…… 約束するね……》
街を歩く、その中で飛び込んでき風景、その思い出の風景を全てさくらは心に留めた、コウの面影と共に。そして、さくらは思い出の雑貨屋へ到着した。コウとお揃いのミサンガを買ったあのお店である。その店内は十坪ほどの狭いお店でアジアの色んな国々の雑貨が並べられているお店である。店内はお香が焚かれ、その香りはあの時のまんまの懐かしい香りが漂い、目を閉じたさくらの心は当時へとタイムスリップしていくのである。
《あぁ~ 懐かしい香りだなぁ~ あの時と同じ香りだ…… 目を開けると今隣にコウがいるような気持ちがするよ》
陳列されているミサンガ、この日は以前陳列されていた商品と代わり色んな配色のカラフルなミサンガが多く並べられていた。
『いらっしゃい、なかなかお洒落な柄が多いでしょう。今年の流行の色だよ。おや? アンタ前に何度かうちのお店に来てくれた事あるお客さんだよね?』
『おじさん、お久しぶりです。このミサンガ覚えてますか? このお店で買ったミサンガだよ』
『おぉ、このミサンガなら覚えているよ。ここに売られているミサンガは全部ワシの手作りなんだよ。だから見てすぐわかったよ。二本ともワシが作ったミサンガだよ』
『おじさん、ごめんなさい。おじさんのお店で買ったミサンガはこのミサンガでこっちの青のミサンガは違うところで買ったんだよ。このお店は前に二度訪れて、最初に訪れた時、こっちの茶色のミサンガを買ったんだけど、どうしてもこの青のミサンガも欲しくてまた次の日にここを訪れたんだけど、そしたらもう売切れてここには無かったんだ…… そしたらこの前、たまたまよく似たミサンガが別のところで売ってたんでそこで買ったんだよ』
『このミサンガがかい? ちょっと見せてもらえんか? これワシが作ったミサンガだよ。この編み方はワシ以外誰もやっとらん編み方だから間違いなくワシじゃよ』
『でもおじさん本当だよ、この前、ミナミの露天商のおじさんから買ったんだよ』
『露天商から買ったのかい? そう言えば確か、このミサンガは小学生くらいの女の子が二人訪れて買ってくれたのを今思い出したよ。あっ! そう言えばアンタ、デカプリオみたいな男前なお兄ちゃんと一緒に来て買ってくれたよな。今思い出したよ』
『ええ、そうです。 思い出してくれましたか?』
『ああ、思い出したよ…… 確か二人でジャンケンして勝ったほうが自分の好みの柄を買うって言ってジャンケンしてたよな…… 確か、それでお姉ちゃん、アンタがジャンケンに勝ってこっちの茶色のミサンガを買ってくれたんだ』
『ええ、そうです。それが私たちです。あの後でどうしてもこの青色のミサンガが欲しくてもう一度訪れたんですけど、店頭に無かったんで諦めて帰ったんです』
『ああ、確かそうじゃったのう…… その後すぐじゃったよ、アンタがこのミサンガを買ってくれた後すぐに女の子達が訪れて青のミサンガを買っていってくれたんじゃよ。青も茶色もどっちのミサンガもワシの自信作じゃったからしっかりと憶えとるよ』
店主はその当時を思い出したのであろうか、目を細めさくらの腕につけられたミサンガを懐かしそうにじっと眺めた。
『そう言えばアンタ確かあの男前の兄ちゃんと結婚するって言っとったよな、確かあの時もうすぐって言ってたからワシもちゃんと憶えてるよ。この前、今並べとる商品に入れ替えた時、あのカップルの美人なお姉ちゃんとデカプリオみたいな男前のお兄ちゃんはもう結婚してる頃だろうなと思い出してたんじゃよ。おめでとうさん。今はとっても幸せだろう。ずっとずっと仲良く元気で暮らすんじゃぞ』
さくらは辛かった…… その言葉がとても辛かった…… 本当ならばおじさんのミサンガのおかげで二人結ばれましたと伝えたかっただろう。おじさん有難うと言いたかっただろう。だが、今のさくらにはその言葉があまりにも辛い言葉だったのである。堪えようとしている涙が…… もう泣かないとコウに誓ったばかりなのに込み上げてくる涙を抑える事が出来なかった。
『おじさん…… ごめんなさい……』
さくらは大粒の涙を流しながら店主にそう言い残すと、その場を走って後にした。悲しみが止まらない…… 涙が止まらない…… もう泣かないとコウに誓った言葉を思い出せば思い出すほど涙と悲しみが止まらないのである…… さくらは行く先も考える事無く只ひたすらに走った。
《コウ…… 私辛いよ…… 悲しいよ…… こんなの嫌だょ…… コウ……》
『コウーー……』
人通りの無い細い裏路地に差し掛かるとさくらはその場にうずくまって堪えきれず声を出して泣いてしまった…… これほどに泣いたのはコウが息を引き取った瞬間、あの日の午前0時37分以来である。さくらは外であるという事など全く気にする事無く声をあげ泣いたのである。
『コウ…… 私辛いよ…… やっぱり無理だよ…… コウがいないなんて私には無理だよ…… コウ… コウーー……』
その時、さくらに一人の老人が声をかけた。孫であろうか可愛らしい女の子二人を連れた老人の男性である。
『お姉さん、泣きたい時はおもいっきり泣くのが良いでアルよ。泣けば泣く程スッキリするアルよ』
さくらはその声に反応するかのように泣き止んだ。その声、その特徴有る片言の日本語はどこかで聞いた事のある声である。さくらはその声の相手をじっと見つめた。その声の相手はあの時の戎橋の上でさくらがミサンガを買った時の露天商である。その隣にはチャイナドレスに身を包んだ可愛らしい二人の女の子の姿だった。
『おじさん…… どうしてここに……』
『それは、お姉さん、アンタがここにくると思ったからワシもここに来たアルよ』
『そうだよ! お姉ちゃんがここに来るって思ったから来たアルよ!』
露店商がそう答えると二人の女の子も声を揃えてさくらにそう言った。
『お姉さん、アンタ悲しい想いしたアルよ。だけど大丈夫アルよ! それはワシの魔法のミサンガ買ったから大丈夫アルよ! 一個五百円、二個買ったら千円のミサンガをワシから買ったアルよ! ワシのミサンガで願い事が二個叶うアルよ!必ず叶うアルよ! いや、絶対に叶うあるよ!』
『必ず叶うアルよ! お姉ちゃんの願い事絶対に叶うアルよ!』
露天商と二人の娘はそう言い残し、さくらの前から去って行った。
『何なの…… いったい……』
さくらにとっては不可思議な出会いであった。偶然とはいえ、この地で再びあの露天商に出会うとは…… 突然の再会に驚いてしまったせいなのだろうか、不思議と今のさくらに先程の悲しい気持ちは消え去っていたのである。




