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イメージトレーニングしたから大丈夫!

 あっという間の結婚式である。


 詳しく言うと、ちょっと刺激的で苦しい思いをした日から二週間後。もっと詳しく言うと、マリッジブルーやら、ブリトニーのことやら、摩訶不思議で不快な本やらが、どうでもよくなるほどのインパクトがあった日から二週間後である。

 そして、避けに避けまくっていた彼と、夫婦になる誓いを立てる当日で、ヴィヴィアン・メリット・バレンタインという十八年間馴染んでいた名前が、ヴィヴィアン・メリット・アレクサンダーになる日でもある。

 

 最初の五日間はサンドラに協力してもらいエドガーを避け、残りの九日間は実家に帰省したおかげで避けることができている。


 というよりも、ここ九日間ずーっとエステやらヘアケアやらのお手入れを受けていた為、エドガーどころか父と兄とも会えていない。

 母と姉はヴィヴィアンが顔パック中だろうが半裸でマッサージ中だろうが、会いたい時に会いに来ていた。



 ◇◇◇



 腕を組んで、片足に重心をかけて開いている扉を塞ぐように立っているエドガーは大変ご立腹のようだった。


「ふざけんなよ」と、小さく言う彼にヴィヴィアンは「ごめんなさい」と謝った。今回は流石にヴィヴィアンが悪いと自覚している。


「……二週間だぞ」


 怒りを努力で抑えている。

 エドガーの声はそんな感じだ。


「ごめんなさい」

「よくも避けまくってくれたな」

「ごめんなさい」


 だけど、


 今日のエドガーは怒っていても、とっても格好良い。


 黒い髪を撫で上げているせいか強い瞳が際立って、いつもよりも三倍増しに男らしいのだ。

 普段の訓練用の飾り気のない黒い騎士服も(それも体の線が感じられてとっても(まる))良いけれど、今目の前の白い正装姿ったらもう……最高だ。


「変質者扱いしやがって」

 ──眉間に皺が寄っていても、格好良い。


 だけど、新婦の花嫁姿を褒めないところは良くない。

 照れてるのだろうか、と思い、付添のジェシーを部屋から出そうとして……ああ、待って。喧嘩はやめて。

 お願いだから睨み合わないで、エドガー、ジェシー。……ステイ、ステイ。特に、ジェシー。


 ツッコミを入れなければずっと睨み合っていそうなメンチを切っている二人は、ヴィヴィアンの「私の為に争わないで」にて、にぃ、と不穏な笑みを交わし合い二人はすれ違った。


 そして扉が閉まる──この二人はいつ仲良くなるのだろう。


「ねえ、エド?」

「何だよ」

「格好良いね、似合ってるよ。その髪型、好き」


 不機嫌そうなエドガーを見て、ヴィヴィアンは安心した。

 会いたかったのだ、エドガーはヴィヴィアンに。

 そしてヴィヴィアンも彼に会いたかった。


「……ヴィヴィも綺麗だよ。ドレス、似合ってる。髪も可愛い」

「そりゃあ九日間たっぷり磨かれたもん」


 あと百回は綺麗って言ってもらわなくちゃ元が取れない。と、ヴィヴィアンが言うと、彼は「綺麗だ」と指折り十回言って「残りノルマ、九十回」と言ってからニヤッと笑った。


 どうやら機嫌は直ったようだ。


「──お時間です」


 二人で微笑み合っているとっても良い雰囲気を壊したのは、刺々しいジェシーの声だった。


 そろそろ移動の時間だ。


 これからヴィヴィアンとエドガーは、神の前で誓いを立てる。


「……ヴィヴィ」


 ジェシーの「早く行けやごるぁ」を無視したエドガーが、ヴィヴィアンに耳打ちしてきた。


「なあに、エド」

「えっと、もう、平気か?」


「うん! イメージトレーニングしたから大丈夫!」

 誓いのキスのことだ、と分かり、即座に頷く。


 ヴィヴィアンは『すんごいキスの経験者』(一回だけだけど)だし、彼に言った通り、『誓いのキス』のイメージトレーニングは完璧だと言っても過言ではない。どんとこい。


「……式の後のも、したのか?」


 エドガーの、今日で一番小さな、そして、もにゃもにゃした声だった。


「ん? 式の後? 何かあったっけ? あ、披露宴での挨拶のこと?」

「…………あーうん、そんな感じ。はあ……」


 心なしか、しょんぼりして見えるエドガーに、ジェシーが「早く出てけっつってんだろがい!!!」と叫ぶ。


「ジェシー、お前は本っ当にブレないな」

「ねえ、仲良くしてよぉ二人共」



 ──ヴィヴィアンが、エドガーの質問の真の意味を知るのは、今より十時間後である。




 ◇◇◇




 そしてあっという間の十時間後。


 豪華過ぎる披露宴を終え、湯浴みも終えたエドガーが部屋に入ると、ワインの入ったグラスをウエ〜イと掲げたヴィヴィアンがいた。


「ヴィヴィ、酔ってるな?」


 ──ヴィヴィアンはいつも、エドガーの想像の斜め上を行く。


「よってない!」


 一人掛けのソファーに、膝を抱いた状態の彼女は前をぴったり閉じたガウンを着ている。

 初夜の緊張を紛らわす為にアルコールを摂取したのは明らかだ。


 やっぱりイメトレはしてなかったようだ。


「酔ってるって」

「よってないのだ」

「その謎口調、何なのだ」

「えども、のむのだ」

「……」

「そして、いえーいするのだ」

「……イエーイ」


 テーブルの上にあるワインクーラーの中にはオレンジジュースの瓶も入っている。

 絶対、こっちがヴィヴィアン用だったのだろうに。


 ヴィヴィアンのウエ〜イしている手からワイングラスを取り、オレンジジュースの入ったコップを握らせてから、エドガーは空いてるソファーに腰掛けた。


「む? こりは、わいんじゃないのだ?」


 いっちょ前に文句を言いやがる新妻である。


「オレンジジュース味のワインだ」

「なるほろ、とてもおいしい」


 何が、『なるほど』だ。


 エドガーは、もうヴィヴィアンにアルコールは与えないようにしようと決めた。


「……俺も飲も」


 だってもう今日無理だし。と、愚痴を吐きながらボトルを掴むと中身はほとんど入っていなかった。

 ……つまり、ヴィヴィアンがほぼ一本を飲んだということだ。


「ほんっと何なの、お前」

「え()のつま」

「ド!『ド』な? もっかい言ってみろ。エ、ド、って。ほら」

「えろ」

「エド!」

「えろ!」

「………………よし。寝るぞ、妻」

「あい」


 酔っ払ってるヴィヴィアンを小脇に抱えて、ベッドに運ぶ。


 そして、横にさせて、布団を掛けて、とんとんしてやる。


「だってもう今日無理だし」

 エドガーがボヤくのは本日二度目だ。


 そもそも、この寝室はバレンタイン男爵家のヴィヴィアンの私室なので、ぬいぐるみとドール達のつぶらな目にちょっと気不味さがあった。


 だから、いいのだ。

 これでいいのだ。

 そうだ、これが正解だ。


 だって明日から一週間は結婚休暇だし!


 と、ちょっと強がったりして、妻を寝かしつける。


 が、寝ない。

 新妻は、調子外れにふんふん歌ってる。


「寝ろって。ガウン剥くぞ」


 けっこう本気で言ったのに、けらけらと笑う声が返ってきた。


 そして、ひとしきり笑ったヴィヴィアンは、「ねえねえ」と言いながら、ガバリと起き上がった。

 

「わたしがむかしのまんまだったら、いま、どうなってたかな」

「昔のまんまって何」

「わがままで、いじわるで、かんしゃくもちで、こどもっぽいの」

「またその話か」

「そしたら、えどは、わたしをないがしろにして、こいびとといちゃいちゃする〜」


 うわああん、と子供泣きするヴィヴィアンは泣き上戸である。


「俺はそんなクソ野郎じゃねえ。それに、お前は別に昔も今も意地が悪いとかはなかった」


 我儘で子供っぽいのは否定しないけど、ヴィヴィアンが意地悪いとかはなかったと思う。

 家族はともかく、他人の使用人達から好かれていたのがその証拠だ。


 しかし、それを懇切丁寧に言ってやっても、「ぱぱとおじさまが、しんゆうだったから、えどは、しかたなくゔぃゔぃとけっこんした」などと言いやがる。


「一理ある。でも、それだったらヴィヴィだって、仕方無く俺と結婚したことになるけどな」

「しかなくなーい! ゔぃゔぃはえどのことがすき。あいらぶゆー」

「そう、それ。俺もそれ。はい、解決。寝ろ」

「ほんと? ゔぃゔぃのことすてない?」

「捨てない」


 酔ったヴィヴィアンは、本っ当に面倒くさい。


「……やっと寝た」


 その後も、もにゃもにゃした言葉でなんやかんや言われたエドガーは、本心だったり適当だったりな返事をして、ようやくヴィヴィアンを寝かしつけた。


「いや、寝かしつけって何だよ。俺は夫だぞ……」


 エドガーの、エドガーによるセルフツッコミである。


 でも、『私を捨てたらエドを殺して私も死ぬ』的なことを言われて喜ぶ自分も大概だ。


「おやすみ、ヴィヴィ」


 寝られるか心配だったエドガーだったが、案外すぐに瞼が落ちてきた。



 ──またヴィヴィアンがぐだぐだ面倒なことを言い出したら、納得するまで付き合ってやろう。


 まあ、もうそんな馬鹿馬鹿しい心配事は明日からの一週間で分からせて、言わせるつもりはないけれど。


 そんなことを思いながらエドガーは眠りについた。

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