9.ヒュートの人々
少し長いです、すみません
案内された応接室には既に先客がいた。入室したレイナートとレシアを見て、そのうちのひとりが、ひゅぅと口笛を吹く。
「レイナートが女連れとは、槍が降るかな」
「ウォルト、無作法だぞ。彼女が件の魔法使いだ」
レイナートの言葉にウォルトと呼ばれた男性が驚いた顔をした。
「魔女か、てっきり男かと思った」
と言い、華やかになっていいねぇ、と笑顔を見せた。
「初めまして。俺は西を担当しているヒュートマスターのウォルト・スレンです、以後お見知りおきを」
とレシアの手を取り、唇を寄せた。が、それはレイナートに阻止される。
「なんだよ」
ウォルトの抗議にレイナートはたっぷり時間をおいてから、別に、と言う。
「ヤルナガスが娘、レシアと申します。よろしくお願いいたします」
「では、あなたも治癒魔法が扱えて?」
そう言ったのは先客の中で唯一の女性で、
「南を担当していますシェリスです、よろしくお願いします」
と、言った。その体躯はレシアと大して変わらないように見え、こんな華奢な女性が本当にマスターなんだろうか、とレシアは思った。
彼女はひとり離れた場所に立っている男性に声をかけている。
「トラヴィスさんもご挨拶してください」
すると彼はちらりとレシアに視線を移し、トラヴィスだ、よろしく、とだけ言った。
「もう、トラヴィスさんはそんなだから」
「だからなんだ?」
シェリスの言いかけた言葉にかぶせるようにトラヴィスが言い、シェリスは肩をすくめ、彼は東担当ですよ、とレシアに向かって補足してくれた。
「そして俺が北の担当だ、君が住んでいた山岳地帯も俺の区域になる」
レイナートがそう締めくくり、一応の自己紹介は終わった。
そこへ先ぶれが知らせに来た。
「王弟殿下並びにスマイソン侯爵様がお着きです」
それを聞いたマスターはさっと整列し、頭を下げる。レシアもレイナートの斜め後ろに立って同じようにして、入室を待った。
間もなく人の気配がし、
「ご苦労」
と声がした。さらに、面をあげよ、という命に居並ぶ一同は顔を上げ、レシアも顔を上げる。
この国の直系の王族は赤い瞳をしている。民衆の噂が正しければ赤い瞳を持つ彼が王弟、ラウル殿下なのだろう。ヒュートを統括しているのはこのラウルである。
「なるほど、貴女がヤルナガスの娘か」
レイナートの後ろに立つレシアに視線を定めたラウルは口火を切った。
「レシアと申します」
「アンマリーの話では稀有な魔法が使えるとか?」
王族らしく気品と威厳に溢れたその人にレシアは気おくれしてしまう。彼の言っているのは遮蔽空間のことだろうか、それとも浮遊のほうか。混乱するレシアをレイナートが助けた。
「アンマリー様との面会では遮蔽空間を。ですが、俺は先ほど浮遊も確認しました」
レイナートの言葉に居並ぶ一同が息を飲んだ。
「どうやら本当に魔法が使える魔法使いのようだ」
代表してラウルが感想を述べ、レイナートが提案をした。
「レシアは人目を避けて暮らしていたのでそのあたりが詳しくありません。許可が頂けるのであれば、賢者の学院に連れていきたいと思います。どの道、魔法使いの身分は必要でしょうし、現状を知ることもできます」
ラウルは少しの沈黙の後、言った。
「そうだな。だが、まずはどの程度か把握したい。レシア嬢には魔物討伐に出てもらいたいのだが、かまわないか?」
王族に言われては是しかない。
「かしこまりました」
レシアは恐縮しきって了承を伝えた。
「よし。では、レイナート、今夜にでも回ってこい。手ごろな魔物ならすぐに遭遇できるだろう」
「御意」
「さて、次の話題だが」
ラウルは話を進めているが、レシアが聞いてもいい内容なのだろうか。不安に思っていると軽く腕を叩かれた。相手はブリジットでレシアは驚いてしまう、なぜ彼女がここにいるのだろう。
ブリジットは小声で、レシア様はこちらへ、と言う。レシアがちらりとレイナートに視線を向けると、彼もレシアを見ていて小さなうなずきと微笑みをよこした。
案内された別室には既にお茶の用意が整えられていた。
「会議は長くなりますから、こちらで待ちましょう」
ブリジットは席に着き、レシアを促した。先日のレイナートの口調から察するに彼女はかなりの高位令嬢だ。そんな方と同席してもいいのだろうか。レシアはためらったがブリジットから、早くお座りになって、再度促され席に着いた。
レシアの着席を待ってからメイドが給仕し退室していった、お茶のいい香りがあたりに立ち込める。
「申し遅れました。わたくし、スマイソン侯爵が娘、ブリジットでございます」
ブリジットの自己紹介にレシアも口を開く。
「ヤルナガスが娘、レシアです」
「レシア様のことは父から聞いておりますわ」
そして彼女の父であるスマイソン侯爵がヒュート運営に携わっていることを教えてくれた。
「ヒュートの統括者は王弟殿下です。殿下には国政執務もございますので常に本部に詰めるわけにはまいりません。ですから王城にはヒュートの分室がございまして、父とわたくしは主にそちらの業務を担当しております」
先日、城内でお会いしたのはそういうことですわ、と侯爵令嬢らしい華やかな笑顔を見せた。
「すみません、なにも存じませんで」
レシアの言葉にブリジットは微笑んだ。
「レイナート様はわたくしのことを話題にしたくないのでしょう。わたくしたち、婚約を噂されておりますもの」
ブリジットの言葉にレシアは身を固くするが、彼女は心底忌々しそうに、迷惑ですこと、と続けた。その言葉に驚いてブリジットを見るが、同時にウォルトが部屋になだれ込んできた。
「俺も混ぜてよ」
突然の乱入にブリジットは呆れた顔を見せる。
「また抜け出していらしたのね?」
「今は予算の話だから俺がいなくてもいいんだよ」
「そういうことをおっしゃられてはいけませんわ」
「堂々と寝るヤツよりマシだろ」
ウォルトは、トラヴィスのヤツはぐっすりおねんねだよ、と笑い、それより、と話題を変えた。
「ブリジット嬢のお茶が飲みたいな」
と、ブリジットの顔を覗き込むようにして言う。
「知りません」
応じるブリジットの頬は赤く、瞳は少しばかり潤んでいる。それは同性のレシアでさえくらりときてしまうほどの愛らしさであった。
あのときレイナートが言っていた『なんでもない』というのは本当のようだ、ブリジットの様子から察するに彼女の想い人はウォルトだろう。しかし肝心のウォルトは平気な顔をしていて、なんて鈍感な男だろう、とレシアは内心で呆れていた。
そこへ他のヒュートマスターが合流した。
「逃げるなんてずるいですよ」
ウォルトに苦情を言うシェリスに、彼は舌を出した。
「殿下の御前で堂々と寝るなんて俺にはできないからね」
それを受けてトラヴィスは、俺は寝ていない、と言う。
「よく言いますよ、船まで漕いで。トラヴィスさん、殿下が寛大な方でよかったですね」
「そうだ、殿下は素晴らしいお方だ」
シェリスの嫌味にトラヴィスは微笑んで明々後日な返答をするが、その内容から察するに殿下への忠誠は本物のようで、彼の御仁を軽んじたが故の行動ではなさそうだ。
騒がしい室内の中、レイナートがレシアに耳打ちした。
「今夜、討伐に出るぞ。今のうちに仮眠を取っておくといい」
「ベッドをお借りすればよろしいのですか?」
「俺の仮眠室を使え」
そう言ってブリジットにレシアを案内するように頼み、彼らは来た時と同じように、慌ただしく出て行ってしまった。
レイナートの仮眠室は彼の執務室の隣に用意されており、部屋に設えられたベッドはほのかに彼の匂いが残っていた。
そんなところで寝ろと言われてもレシアは落ち着かず、かといって、誰が入ってくるかもわからない執務室のソファで寝るわけにもいかず、悶々としながらもいつの間にか眠ってしまった。思った以上に王弟殿下との対面に緊張していたようだ。
日が傾き始める頃に目をさましたレシアは、手で髪を整え一つにまとめると隣室へ入った。
「おはよう」
そこにはレイナートがいて仕事をしていた。
「よく眠っていたようだが、疲れは取れたか?」
その言葉に、はい、と言いかけてレシアはレイナートを睨んだ。
「なぜ眠っていたとご存じなのですか?」
すると彼は視線をさまよわせ、
「部屋を覗いたんだ」
と小さな声で言い訳をする。
「マナー違反です!」
怒るレシアにレイナートは、
「君が部屋にいるのか、確認のために一瞬見ただけだ」
と必死で言うが、レシアの怒りは解けない。
女性が寝姿を見せていいのは夫だけという常識に照らし合わせると、とても恥ずかしいことでレシアの怒りもごもっともである。
レイナートにもそれくらいわかっていたはずなのに、レシアが眠っているか気になって部屋をのぞいてしまった。
そこにはあどけない顔で眠るレシアがいて、レイナートは彼女の顔にかかっていた髪をはらうことまでしたなど、とても言えない。
部屋を出て行ってしまったレシアをレイナートは慌てて追いかける。
「レシア、すまない。もうしない」
レイナートの言葉にレシアは、当たり前です、と大声を出し、ヒュートマスターを怒鳴りつけるこの女性は何者なんだろう、と噂になったことは言うまでもない。
本部の前には朝、乗ってきたのとは違う、大きな栗毛の馬が用意されていた。馬はレイナートの姿を認め嬉しそうに鼻を鳴らしている。
「この馬に乗って行くのですか?」
「颯という名だ。速い馬だ、それに賢い」
レイナートの言葉にレシアは馬の目を見て言った。
「どうぞよろしくお願いします」
すると颯は了承を伝えるように鼻を鳴らした。その仕草に思わずレイナートと顔を見合わせ、二人して声を上げて笑った。
「挨拶も済んだし、そろそろ出発しよう」
同行するメンバーズとは郊外で落ち合うことになっている。レイナートはさっと馬の背に乗り、レシアを引き上げて朝と同じように腕の中に収めた。
「朝には戻る」
馬丁に言うと、短い掛け声を上げ、馬の腹を蹴り上げた。
レイナートの言うように颯はとても速かった。夕刻の人もまばらな街を駆け抜け、あっという間に石門が見えてきた。馬の足音に門番が閉じかけていたそれを慌てて開けている。
「感謝する!」
門を抜ける際、レイナートは門番に声を掛け、彼らは敬礼でそれに応じた。城壁がどんどん遠ざかりやがて見えなくなる。街を出た颯はレイナートの掛け声でさらにスピードを上げた。
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