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2.ヒュートマスター レイナート

王都から離れた山岳地帯に大型の魔物が出たと知らせが入ったのは、ヒュートの一般隊員であるメンバーズを向かわせて数日後のことだった。

かなり強力な魔物らしく数人いるマスターのうちのひとり、レイナートに出動命令が下った。

「レイナートさん、任務ですか?」

ヒュートマスターの中で唯一の女性であるシェリスが声をかける。

「あぁ。メンバーズでは手に余る相手のようだ」

「狩っても狩ってもキリがないですね」

「魔物は湧くからな」

魔物がどこから来るのか、正確にはわかっていない。ただ暗がりに現れるとされている。

山や森といった人の手が入らない土地にはどうしても暗い場所ができ、結果、魔物が出現する。当然、夜ならその場所は問わない。だから街では夜間、灯りを絶やさぬようにしている。

「レイナートさんなら大丈夫でしょうが、お気をつけて」

「あとは頼んだぞ」

レイナートはシェリスに片手をあげて別れの挨拶をし、そのまま王都を出発した。


魔物との戦いは苛烈を極めた。レイナートは現地にいたメンバーズを全員逃がした、彼らに気を配りながら戦うには苦しすぎる相手だった。現に守り切れなかったひとりが負傷している。

明け方近く、辛うじて仕留めたが多くの血を失ったレイナートは膝をついた。

そして次に気が付いたときは王都の治療院だった。あれほどの傷を負ったのに生還できたのはそれらがきれいに癒されていたからだ。

「これは魔法としか思えませんな」

医師の言葉にレイナートは驚く。

「魔法が使える魔法使いなど、もうほとんど残っていないだろう」

大抵の魔法使いはそれほど強い魔法が扱えず、賢者の学院と呼ばれる魔法使いの学び舎に所属し、その保護下に入るのが常だ。

もちろんそうでない魔法使いもいるが、それは名の知れた者であり、彼らは自らの身を守るだけの術を持ち合わせている為、学院を必要としない。

高度な治癒魔法を扱い、それでいて無名の魔法使いなどまだこの世に残っているのか。

「ですがそうとしか思えません、我々の医術ではこれほどの治療は不可能です」

そこでレイナートはメンバーズの言葉を思い出した。森の中に入れない区画がある、と彼らは言っていた。

魔法を扱うほどの魔力を持たないものがまじない師に部類される。まじない師は結界を張ることができ、メンバーズの言っていた入れない区画が結界によって守られた場所ならば、そこになんらかのヒントがあるかもしれない。

「すまないが、この件は内密にしてもらいたい」

「ですが、王弟殿下にはなんと報告すれば」

ヒュートは国家部隊であり、その統括は王弟殿下がしている。その殿下に黙っているなどできないと医師は言っている。

「俺が頑丈だったと言っておけばよい、直接説明をしたい」

頼めないだろうか、とレイナートが医師に尋ねると、彼はしぶしぶながらも頷いた。なんといってもレイナートはヒュートマスターなのだ、そのマスターの希望とあらば無視することは難しい。

「早いうちにお願いしますよ」

医師の言葉にレイナートは頷き、再びあの村へ向かうことにした。


その前に剣を修繕に出しておこうとヒュート本部に立ち寄ったところで、まじないに長けている同僚に会った。

「ひどい怪我を負ったと聞いたが元気そうだな」

「よくわからんが助かった」

彼はふぅんと相槌をうち、それからレイナートをじろじろと見て言った。

「なんだ、レイナート。まじない師の女にでも手を出したか?」

「君ではあるまいし、俺はやたらと女を抱いたりはしない」

「のわりには、妙な術がかけられてるじゃぁないか」

「術?」

こりゃぁ忘却術だな、と彼は言う。

「俺は忘れていることがあるのか?」

「忘れ()()()()()()()ことがあるが正解だな」

しきりと首をひねっているレイナートをからかうように同僚は言った。

「解いてやれんこともないが、どうする?とんでもないことを思い出すかもしれんぞ?」

「身に覚えがないのは気持ち悪いな、解いてくれ」

レイナートの即決に同僚は笑いながらも承諾し、それから少し真面目な顔をして解術に挑んだ。

普段はへらへらとしている人物ではあったがその腕は確かで、魔物の中には怪しげな術を使う個体もあり、彼の腕は重宝されている。

見えない糸を手繰るようになにやら手を動かしていたがやがて、やるぞ、と言い、レイナートが頷いたのを確認してから、パンッと大きく手を打ち鳴らした。それと同時にレイナートの脳裏に、魔物を倒した後の記憶がよみがえった。

銀髪に青い瞳を持った美しい女性。年はレイナートと同じくらい、いや、もう少し若いかもしれない。自分は彼女への謝礼として、その存在を忘れさせられていたのだ。

「おーい、レイナート。生きてるかー?」

まじない師の言葉にレイナートは我に返った。

「なるほど、確かにとんでもないことを思い出した」

同僚は、それみたことかという顔をする。

「ややこしいことになるなら手を貸すぞ」

この一風変わったまじない師は色恋沙汰を収めることもお手の物だ。それにレイナートは苦笑した。

「残念だが君の想像しているようなことではない」

また会おう、レイナートはそう言って修繕部へと向かった。


「これはこれはヒュートマスター様、先日は本当にありがとうございました。村の者一同、あなた様のお怪我を心配しておりました」

数日後、レイナートの姿は再び山奥の村にあり、出迎えた村長と対面していた。

「その件で話を聞きに来たのだが」

「と、申されますと?」

レイナートは、自らが瀕死であったこと、銀髪の娘の治癒魔法によって救われたことを話した。

「そういう人物がこの村にいないだろうか」

村長は、そのような者は見かけませんが、と応じた。村長も知らないとなると旅の者かもしれない、だとすると捜索は困難を極める。

レイナートはもう一つの気がかりを確認した。

「ところで、この森には入れない区画があるとメンバーズから報告があった。そこはまじない師が結界を張ったのではないだろうか」

村長は、それは、と一瞬言葉を切り、続けた。

「貴重な薬草を守るためでございます」

「そうか、よければ見せてもらえないだろうか」

「もちろんでございます、ご案内いたします」

レイナートは村長の後に続いて森に入っていった。しばらくすると村長は立ち止まり、ドアをノックするような仕草をした。

結界の中に入るには結界を張った当人が決めた作法が必要だ、今回はノックがそれに当たるのだろう。

村長がノックした先はなんの変哲もない森に見えるがレイナートは空間が歪んでいることを察知した。

「なるほど。よいまじない師のようですね、隙がない」

やがて見えてきたのは山小屋だった。

「薬草採取のとき、休憩所として使っています」

中に入ると寝具や調理器具など一通りがそろっており、妙な生活感があった。

村長の言う休憩所というのは嘘だろう。たぶんつい最近まで誰かが住んでいた、しかし彼はそれを隠したがっている。

結界の中で大切に守られていたのだ、おそらくは重要な人物。本当に魔法が使える魔法使い、銀髪の娘のことだろう。

「村長殿」

レイナートは幾分改まった口調で言った。

「俺は俺の命を救ってくれた人物に礼が言いたいだけだ。それに俺はヒュートマスター、自分で言うのもなんだが、俺の権限は相当に強い。彼女を守るには充分、事足りると思う」

実際のところ、マスターは王族にも直接注文を付けられるだけの発言権を持っている。魔物から人々を守っているのはヒュートであり、その要がマスターなのだから当然と言えば当然だ。

よく考えてほしい、とレイナートは言い残し、その場を後にした。


レシアはその日の宿を決め、部屋でくつろいでいた。昨日までは荒野を歩いていた為、こうして宿に泊まるのは久しぶりなのだ。

お行儀悪くベッドに寝そべっていると、窓の外にいる見慣れた鳥に気づいた。それは村長が伝達用として使う鳥であり、案の定、彼の手紙を(たずさ)えていた。


『ヒュートマスター様はおまえに礼が言いたいだけだとおっしゃられた、それに自分の権限で守ってやれる、とも。ほんのわずかの会話しかしていないがあの方は信ずるに足ると思える、ここはひとつ頼ってみてはどうだろうか』


ヒュートマスターはたぶん王都の医師から魔法を指摘されたのだろう。

診察を受けろと言ったのは失敗だったか。しかしレシアは治癒魔法に特化しているわけではなく、その魔法に絶対の自信はなかった。

ともあれ、もはや王族、貴族には魔法使いの存在が知られていると思ったほうがいい。

それにレシア本人を訪ねてきたというのだから、彼にかけた忘却術はとっくに解除されている。記憶をもとに姿絵をばら撒かれ、賞金でもかけられたら、果たして逃げ切れるかどうか。

レシアはまじない師ではないけども、術にはそこそこ自信があっただけに簡単に破られたことが悔しかった。

やはり世界は広い、レシア程度の力を持つ者など大勢いるということだ。そういう者たちを相手にどこまで抵抗できるのだろう。


村長からの手紙を片手に、レシアは宿の窓から、暮れ行く夕日を眺めていた。

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