19.賢者の学院へ
長くお休みしてしまいすみませんでした。
詳細は活動報告に記載しました(o_ _)o
前日から降り続く雨はやむ気配を見せず、それどころかひどくなる一方であった。
王都から十日ほど経過したところだが、旅に同行しているメンバーズは疲弊し始めていた。
彼らは魔物討伐のための野営に慣れすぎていた。そのため、ちょっとした物音でも目を覚ましてしまう。
野営地の周囲はレシアが結解を張っている。魔物はもちろん人間すら立ち入ることができない代物で、そこらの小さな町よりずっと安全な状態ではあるのだが、夜間は警戒をすることが当たり前になっているヒュートには野営地で熟睡するなど困難でしかなく、いい加減、彼らをきちんとした宿で体を休ませてやらなければ倒れる者が出るだろう。
幸い、次の街にはヒュートの支部があり、交代要員も期待できる。
本来ならこの場にとどまり、雨をやり過ごしてから出立すべきであったが、夕刻には街に入れる距離の為、シェリスはこのまま進むことを決めた。
レシアはシェリスとともに馬車の中に座っているが、道がぬかるんでいるせいか、いつも以上に揺れるし、雨音で大きな声で話をしないと会話も成り立たないほどであった。
「ひどい雨ですね」
レシアの問いかけにシェリスはため息をついた。
「この時期にこれほど荒れることはないのですが」
そのとき、馬車全体が大きく揺れ、動かなくなった。
「レシアさん、大丈夫ですか?」
シェリスの声掛けにレシアは応じる。
「はい。ですが、何事でしょうか」
そのとき、馬車の扉がノックされる。
「どうしました?」
シェリスが窓を開けると、メンバーズが報告をした。
「深いぬかるみに車輪がとられてしまいました。馬で引いて出しますので、一旦降りて頂けますでしょうか」
レシアとシェリスが馬車を降りるとメンバーズが牽引する馬を二頭に増やしているところだった。
「手伝います」
シェリスは馬のほうへ向かい、レシアには木の下で待っているように言った。
レシアは言われた通り木の下に移動する。茂る葉のおかげで雨が遮られ、雨音が小さく感じられた。そのおかげで遠くからなにかが近づいてくる音に気が付く。
「シェリス様、なにかが近づいてきます!」
レシアは大声でシェリスに伝えたが彼女にはよく聞き取れないようだった。
そこでレシアは木から離れてシェリスのそばによったところでそれは起こった。
「襲撃だ!」
メンバーズの誰かが叫んだときには馬に乗った集団が目前に迫っていた。
「レシアさん!」
シェリスはとっさにレシアを背後にかばった。ついさっきまでレシアが立っていた場所には矢が突き刺さっている。
この集団はレシアを狙っているのだろうが、その生死は問わないということだろうか。
気が付けばあちこちで戦闘が始まっていた。しかし不意打ちをくらったこちらのほうが劣勢だった。
狙いがレシアにあるのならば、囮になれないだろうか。レシアは浮遊魔法を発動した。
「レシアさん!?」
「彼らの狙いはわたしです、何人か引き受けます」
次の街で会いましょう、と言い、レシアは高度を上げ、街のほうへと向かう。思惑通り、数人がレシアを追ってきた。
敵の全体の数は定かではないが、それでも人数が減れば戦いに慣れているヒュートのほうに分があるだろうし、そもそも彼らはヒュートの制圧が目的ではない。
きっと他の者たちも追随するはずで、その背中を仕留めるなどたやすいはず。
そこで矢が飛んできた。どうやら彼らは本気でレシアを殺しにかかっているようだ、この雨の中ではこれ以上高度は上げられない。
誤って雷雲にでも入ったら、雷に打たれて死ぬのはレシアだ。彼らはそれを見越して襲撃してきたのだ。
レシアは街道を離れることにした、このままでは的になるだけだ。この辺りは森が深く、馬が全力疾走するだけのスペースがない。
街道を離れると街も遠くなる、だとしても撃ち落とされるよりはマシだと思い、レシアは森へ入り、あえて高度を下げ、大木の間をすり抜けるように飛んでいった。
ときどき、放たれていた矢もなくなって、どうやらうまくまいたようだと思ったのと同時に、街の方角がわからないことに気が付いた。
一番簡単なのは森を上から確認することだが、今、浮上したらまだ探しているであろう追手に気づかれる。
森の中は暗く、今にも魔物が出そうだ。こんなところに長くはとどまれない。ひとまず方角を確かめる為、手ごろな木を探した
ちょうどひしゃげて倒れている若い木を見つけ、地面に降りた。その切り株をきれいに整え、年輪の間隔から北を確定した。この手の知恵は村長から教わったことで、山で長く暮らしていたレシアの得意分野でもある。
シェリスに見せてもらった地図を思い出しつつ、街道を南に逸れたことを考慮に入れ、歩き出した。
レシアがその場を離れるとそれに気づいた何人かがそれを追っていった。そのうちふたりをシェリスが抑えたが、残りは逃げられた。
標的がいなくなったことにすら気づけない間抜けはメンバーズが捕らえた。彼らの雇い主を吐かせる必要があるが、まずはレシアの安否確認が先だ。
レシアがあのまま街道を進んで街に入ったとは思えない、街道は馬で駆けられる。暴漢たちは矢を使っていた、街道沿いを飛ぶということはそれで撃ち落としてくださいと言っているようなものだ。
聡明な彼女のことだ、森に逃げ込み、敵の機動力と攻撃力を削ぐことを思いついたはずだ。
この辺りの森は深い。大型の魔物は確認されておらず、小物の魔物相手にレシアが後れを取るとは思えないが、森の脅威はそれとは全く別のもの。迷い込んだら相当な困難に遭遇するだろう。
「シェリス様、どうしますか?」
上位メンバーズの問いかけにシェリスは決断を下す。
「わたしと他に数名をここに残します、レシアさんが戻ってくるかもしれない。残りは予定通り街へ向かってください、馬車は捨てて。馬で駆ければ日没前には入れます」
「こいつらはどうしますか?」
彼は縄で縛りあげてある暴漢どもに視線をやる。
「街の騎士団に伝えてください、おそらく明日には拾いにくるでしょう」
本来、対人は騎士団の仕事だ。襲われたから応戦したが連行は彼らの仕事だ。騎士団は貴族で構成されている、そうではないヒュート隊をよく思っていない騎士もおり、余計な摩擦は起こすべきではないというのがシェリスの考えだ。
シェリスの命を受けた上位メンバーズの男性は反論することもなく了承し、他のメンバーズに伝えるためその場を離れていった。
彼もシェリスと同じく、騎士団との衝突は得策ではないと考えている人物だ。だからこそ、シェリスは彼をこの旅の一員に加えた。
任務にトラブルは付き物だ。今回のようなイレギュラーはよくあることで、そんなとき、本筋とは違うところで言い争いをするなど馬鹿げている。
「では、シェリス様、我々は先に街へ向かいます」
いつの間にか雨は止み、空には月が昇っていた。離れていく一団を見送りながら、シェリスはレシアの無事を祈った。
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