10.魔物討伐後
遅くなりましてすみません、長くなってしまったので二話にわけました。
同じ時間に二話投稿しましたので、読む順番にお気をつけくださいませm(_ _)m
その夜の魔物討伐を機に、レシアの噂は瞬く間に人々の間に広まった。
「魔物をひねりつぶしたんだと」
「なんでも二メートルはある大男だとか」
「えぇ?わたしはまだ子供だって聞いたけど」
休暇中のレイナートと共に街歩きを楽しんでいたレシアはその会話に憤慨している。
「ひねりつぶしてないし、二メートルもないし、わたしはもうしっかりレディだわ」
このように情報操作したのは他でもない王弟ラウルであった。レシアがヒュートと共に魔物討伐をしたことで彼女が王族の支配下に入ったと示すことができた。
しかし、レシアを手中に収めようと動いている勢力がなくなったわけではない。賢者の学院にその存在を認められればさすがに手出しをしようとは思わないだろうが、それまではレシアについてのでたらめな情報を流すことで、彼女の身の安全を図ろうというわけだ。
「いいじゃないか。見た目通りの噂が流れていたら、こんな風にのんびりと街を歩くことはできないぞ」
レイナートはレシアの隣で穏やかに笑っている。
あの夜のレシアの活躍は凄まじいものだった。あらゆる魔法を的確かつ素早く唱える。
賢者の学院から派遣されている魔法使いも同行したのだが、彼らの出番はまるでなかった。ヒュートの魔物討伐に参加できるほどの実力の持ち主だ、決して無能な魔法使いではない。ただレシアが規格外すぎるのだ。
彼らは終始、レシアの魔法に驚いていたし、レシアもまた、別の意味で彼らの魔法に驚いていた。弱いのだ、あまりにも魔力が。
レイナートはレシアを特別だと評したがそれは本当だった。レシアのように自在に魔法を扱うことができる魔法使いは本当に少ないのだと思い知らされた一夜であった。
空が白み始めるころにはあらかたの魔物は狩りつくしてしまい、いつもなら夜明けを待つのだが、その日は早々に解散となった。
撤収のため、忙しく働いているメンバーズを遠くからぼんやりと眺めているレシアに、レイナートは歩み寄った。
「レシア」
「レイナート様」
レイナートの声掛けにふんわりと微笑むレシアがひどく儚げで、彼の胸は痛んだ。
ヤルナガスとオグリアスの血を引くということがどういうことなのか、レシアも理解したのだろう。彼女はこれから先、この力を持って生きていかなければならない。
だからこそ、レイナートはレシアをルキルスの保護下とし、王都へ連れてきた。どんなに強い魔法使いだとしても、正しい手順を踏んで世に知らしめなければいいように利用されるだけだ。
ルキルス家の後ろ盾でレシアを王弟ラウルに対面させた。ヒュートマスターであるルキルスならば王族にも睨みが効く。
陛下やラウルの人柄はレイナートも充分に理解しているし、信頼している。例えばレシアを見出したのが彼らだったとしても、彼女に無体を強いることはしないだろう。しかしその周囲はわからない。それらへのけん制の意味を込めて、レイナートの紹介という形をとってラウルとレシアを引き合わせた。
今夜の討伐でラウルはレシアの実力を認めるだろう。となれば彼女は国家に属する魔法使い、宮廷魔術師の立場が確定したことになる。
宮仕えならば貴族社会の一員として最低限の社交はしなければならず、それは社交界へのデビューを意味する。それでも王族という大きな背景は国内でのレシアの安全を保障するだろう。そして国外勢力は、世界機関である賢者の学院が黙らせる。
ヒュートの存在意義、それは魔物を討伐するという一点に限る。それができる者は有能で、そうでないものは無能。
極めてシンプルな構造のヒュートこそ、強すぎる力を持たされたレシアにとって心地よい場所になるのではないか。レイナートはそう考えた結果、時期尚早とも言えるこのタイミングでレシアをヒュートに接触させた。
複雑過ぎるその境遇に翻弄される日も来るだろう、だとしても魔物討伐という観点から見たレシアは誰よりも有能だ。この事実はいつかきっと彼女の自信につながるはずだ。
「大事ないか?」
レイナートは自分でも驚くほど甘い声でレシアに問うた、そのことで彼は自らの気持ちを自覚した。レイナートはいつの間にか、レシアに心を奪われていたのだ。
先日の晩餐、レシアはドレスではなかった。にもかかわらず、今まで出会ったどの女性よりも彼女を美しいと感じ、柄にもなく指先に口づけを落とすという気障な真似をした。
それと同じことをウォルトがしようとしたとき、つい、レシアの手を奪ってしまった。言い訳しようにもレイナートには明確な理由が見つからなかったから、別に、とだけしか言えなかった。
任務から帰還したレイナートを出迎えたのはレシアだった。なかなかに困難な魔物が相手だったのだが、こんな風に彼女が出迎えてくれるのなら、この日常を守り抜いてみせると誓った。
すべての根底にレシアの存在があったことをレイナートは今、自覚した。
『おまえもようやくか』
父の言っていた言葉はこういう意味だったのだ。
「はい、大丈夫です」
レシアは明るく微笑んで今夜の討伐についてあれこれと話をしている。
この笑顔を誰よりも近くで見ていたい。彼女はヤルナガスとオグリアスの娘、本当に魔法が使える魔法使い。隣に並び立つには、ルキルス伯爵令息とヒュートマスターという肩書だけでは不十分だろうか。
「帰ろう、レシア」
レイナートの差し出した手を躊躇なく握るレシア。そっと握り返すとレシアは、どうかしましたか、と笑っている。
彼女はきっとまだ恋を知らない。この無垢な少女にそのすべてを教えるのは自分でありたい。
レイナートは仄暗い思いを内に秘めて、
「いや、なんでもない。皆が待っている、帰ろう」
と応じたのだった。
レシアの実力がはっきりしたことで、ラウルは賢者の学院への訪問を許可し、同時にレシアに宮廷魔術師として仕えるよう下知した。ラウルの言葉を予測していたのか、レシアはただ静かに頭を下げ、承知致しました、とだけ答えた。
賢者の学院への訪問日程を調整している間、レイナートは休暇を取り、レシアを街の散策へと連れ出した。
ひとりで生きていた弊害なのかレシアの思考は内向きになりがちだった。それが熟考の結果として良い効果をもたらすこともあったが、今のレシアは考えても仕方のないことを考えてしまうだけ。
ひとは自分の生まれを選べない。レシアがヤルナガスとオグリアスの子であることは偶然以外の何物でもなく、考えたところでどうにもならない事実なのだ。
使用人たちにはレシアを気を付けるようにと言ってはあったが、レイナートの両親が領地へと帰ってしまった今、彼女を気晴らしの外出に誘ってやれるのはレイナートくらいしかいない。
それにレイナートはレシアへの想いを自覚した、彼女もレイナートを憎からず思っているだろうが、恋を知らない彼女が自分を異性としてきちんと意識しているかは微妙だ。
レシアが正式に、賢者の学院から魔法使いとして認められたら、次は社交界デビューだ。十七になる彼女の婚約者探しはすぐにでも始まるだろう。レイナートは何としてもその座を勝ち取る気でいた。
レイナートの包囲網が徐々に狭まっていることも知らず、レシアは誘いに応じて、街へとやってきたのだった。
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