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僕が小笠原をメモする七日間  作者: 細間低人
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僕は、島を満喫する


1月1日


 明けましておめでとう!今年もよろしく!

 そんなような文面で沢山の人から連絡がくる。でもごめんなさい。僕を燦燦と照らしている太陽を見ると、その台詞は笑いを取ろうとしているようにしか感じない。こっちは今日海開きだぞ。


9:00


 今日は僕がこの小笠原旅行で一番楽しみにしているイベントがある。ホエールウォッチング。そう、鯨だ。この地球上で、一番大きな動物。



10:30〜12:00


 ここからは波が高くてスマホが濡れてしまいそうだったので、後日談となるが、結論から言うと鯨は見ることができた。


 とんでもない大きさであった。頭を天に向かって海面から飛び出させて、打ち付ける。その大迫力な行動は、地球で生きていることを正しい方法で示しているような気がした。ついでにウミガメとイルカも見ることが出来て、堪能というのに十分である。


 そして今は、ガイドと共に南島という所に上陸している。裸足になると、サンゴだけで出来ているという真っ白で不純物の無い砂浜はひんやりと冷たい。鉄を含んでいる通常の砂浜と違って、熱を吸収しないらしい。足をもぞもぞやって砂に潜り込ませて、岩場にぐるりと囲まれている海を眺める。おお、これは絶景。今回の旅行でおそらくベストショット。本当にいい景色を見ると深い言葉とか良い考えとかは出ないのだろうか、そんなデータはないけれど。僕は本当にいい景色だな、と思っただけだった。

 南島にはヒロベソカタマイマイというカタツムリの半化石が至る所に落ちている。ガイドによると、これは中身の無い状態で天然記念物らしい。白くて軽いその渦巻き状の物からは、ここに至るまでに費やしたであろう長い歴史と天然記念物であるという怒涛の迫力を微塵も感じない。それ故に尊い物だと思う。こんな小さくて脆くて軽くて威厳がないのに、こんなに綺麗に残っているのは、この島だからか。

 初日の乗船時、外来の生物を持ち込まないため靴を綺麗にすることに意味を感じなかったが、この白く小さな儚い渦巻きを見ていると、あの行動の大切さを感じずにはいられなかった。


14:00


 南島から帰ってきて、船から降りて余った時間に堤防で釣りをした。だんだんと青い世界からオレンジ色の世界へと変わる中で、島では「しょなくち」と呼ばれるらしい小さなフエフキダイを釣り上げて大喜びをした。

 行動と感情の規模の小ささに、今日の鯨と比べて僕は地球で生きるのが下手だな、と思うのだった。




1月2日


7:20


 目を開けるとそこには宿の天井があった。昨日は一日中休む時間なく楽しんでいたからか、夕食をとって部屋に戻ってきた所から記憶が途切れている。時計を見るともう七時過ぎで、この時計が間違っていなければ十時間程睡眠をとったことになる。感覚としては三十分程だが。

 ぼーっとしたまま食堂にむかった。

 日に日に気温が上がる。一月から夏に向かうな。心の中でツッコミを入れながら朝食を食べた。


9:30


 今日は太陽も顔を見せて雲も少ない。本当に初夏のようである。電気自転車を使ってシュノーケリングスポットを回ることにした。


 電気自転車の電動の助けを借りても太ももが悲鳴をあげるほどの急勾配を何度も繰り返し、小港海岸へとやってきた。ここは、白い砂浜と美しい水色の海以外何も無かった。

 潜ってみても、それは同じで、端っこの岩場の方に少しばかりの魚がいるだけだった。でも、「何も無い」という美しさに関しては、ここに勝るものは無いと思った。


 またきつい坂を登り降りしたことは言うまでも無いが、移動して境浦という海岸へとやってきた。

 境浦には濱江丸という大型の輸送船が座礁している。昭和十九年に爆撃や銃撃を受けたその船は、今もその時のまま、劣化のみを続けて残っていた。

 こげ茶の船が海面から少しだけ頭を出しているその場所を目指して、澄んだ海をゆっくりと泳いだ。



 座礁船は、その悲しい過去を励まされるように、たくさんの魚達に囲まれていた。


19:00


 明かりが少ない父島はこの時間ですでに真っ暗である。この時間から、個人業のナイトツアーに参加した。ガイドは富爺と呼ばれる人の良さそうなおっちゃんだ。富爺は「今日は特別いいぞ」と言って真っ暗な海岸へと連れてきてくれた。

 富爺の合図で懐中電灯を消して、空を見上げると、


 そこには、砂浜があった。いや、砂浜のように無数の輝く白い星達。幼い頃に見たプラネタリウムでもこんなに星は見えなかった気がする。はっきりと見える天の川は本当に美しい砂浜のようだった。星がありすぎて星座がわからない。そこにあるのは、宇宙の砂浜だった。

 僕は、毎日こんなに星が光っていることを知らなかった。この砂浜のような星の殆どは僕の家から見ることは出来ない。でも、光っているのだ。確かに。

 僕が毎日頑張っていることや、我慢していることは、何処かで光って見えるのだろうか。星を見る。うん、光っている。きっと弱い光で、僕の住むあの場所では見えないけれど、僕は何処かで明確に光っているはずだ。頑張っている人達、これを読んでいるあなたも。輝いている。しっかりと。ただ、光ろうと無理をしている人達に紛れているだけで、確かに、君の光が見えている所は、どこかに必ずある。

 富爺が星座を探すのに夢中になっている間、僕はずっとその星の中で小さく弱々しい奴を見つけて、心の中で頑張れと言った。


 富爺は車を移動させて、夜のとびうお桟橋に連れて行ってくれた。とびうお桟橋は、島民の誰かが毎晩餌付けをしたおかげで、いつの間にか沢山の大型魚が桟橋の街灯の下に来るようになった人気スポットだそうだ。

 車を降りて桟橋の下を覗くと、一本の街灯でオレンジ色に照らされた浅い海の中に、珊瑚があった。珊瑚の上を細長いヘラヤガラ、とてつもなく大きなシロワニ、マダラエイ、その他の小魚が優雅に泳いでいる。その様子は自然に出来た水族館である。正直、水産センターよりも出来が良い。


 ナイトツアー最後の目的であるオガサワラオオコウモリは、あまりにもあまりにもあっけなく終わってしまった。オガサワラオオコウモリを見つけるには、コウモリが動いたり羽ばたいたり鳴いたりする音をよく聞くことが大切なのだそうだが、その音がしないのだ。要するに気配が無い。一度激しく鳴いているポイントがあったが、森の奥で入ることが出来なかった。富爺は、自分のせいではないのに申し訳なさそうな笑顔で僕に謝った。

 ああ、コウモリよ、どうせ君らは暇なんだろう。見るだけなんだから姿くらい見せたらどうだい。僕はそんなに暇じゃないんだ。


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