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5. 大手町には魔物がいる

 ※この作品はフィクションです。

 実在の人物・団体には一切の関係はありません。

 ピピピピ、ピピピピ・・・・・・。


「う、ん・・・」


 目覚まし時計の高い声に、重い瞼を半分開けて、手を伸ばす。



 ピ・・・。

 カタンッ。



「もぉ朝なの・・・?」



 全然眠れた気がしない。

 ボーッとする頭のままベッドから足だけ降ろせば、何かを踏んだ。


 地味に痛い。

 じわじわ痛い。


 しかし、「足を退()けろ」というコマンドを脳が出さないせいなのか、単に移動するのが面倒くさいだけなのか。


 足をそのままにしていたら、パキッという音がなった。

 体がビクッとなる。

 眠気がほぼ冴えた。


「あ〜・・・洗濯バサミ壊しちゃった・・・・・・」


 こうして潰してしまった洗濯バサミの他にも、床にはまだまだ色々なものが転がっている。

 はあ、そろそろ掃除しなくちゃいけないのかも。


「夫さえいてくれたらなぁ・・・」


 あの頃は、自慢できるほどではないとはいえ、もう少しハリのある生活は出来ていたように思う。


「!?」


 昨晩の出来事を思い出し、ガタンッと立ち上がった。


「録音されてないわよね・・・」


 辺りを見回す。

 「再婚」の天使と自称する、長身黒づくめの不審な男は・・・いない。


「よかった・・・」


 ほっ、と一先ず安心。


「まあ追い出したし、いられても困るわよね」


 昨日、質問するとか言って、あいつはとんでもないことを私に聞いてきた。



 何で元カレと別れたのか。



 ちらりと思い返すだけで、未だに涙が出てくるものを、淡々と、何の痛痒も感じないように尋ねるあいつには、(はらわた)が煮えくり返った。


 今でも許せないし、最悪だったと思っている。

 もしあれが本当に「再婚」の天使だと言うなら、神様は何てヤツを遣わしたのかしら。


「・・・落ち着きなさい典子(てんこ)。今はあんな得体の知れない男への怒りに震えている場合ではないわ」


 すでに目標の電車の発車時刻十五分前を切っている。


 歯ブラシを咥えながらオフィスカジュアルに着替え、バッグに必要なものを詰め込んだ。



 ああ、こんなに軽めの服でいいのかって?

 ウチの会社はそこまで服装に厳しくないのでスーツじゃなくてもいいの。



 どうしてだろうか、心の中で誰に対してでもない説明を、無意識に行う。


 お化粧は電車の中か駅の構内でいいでしょと言い訳しながら、玄関のドアをそっと開けた。


 あいついないよね?

 外の様子をチラチラ伺う。


 ・・・いないようだ。

 バッと腕時計を見た。


 あと六分。

 走らねば。











 ババ混みの電車内では結局お化粧はさせてもらえず、大手町で排出されたのち、なかなか人の来ない穴場のトイレで急いでメイク。


 正直億劫なので無しで行きたいのだが、一回だけノーメイクだった際に周りの女性社員の視線がキツかったので、一応自分の顔を処置するのだ。


 最低限のみ、だけど。

 ただこれを見極めるのが結構難しい。


 一方の男性社員は、女性が化粧したかしていないかの判別を付けられない朴念仁ばかりだと知っているので、奴らとしか仕事をしないと分かっている時はノーメイク。


 残念なことに、今日はそうではない。


 ・・・よし、メイク完了。


 日比谷通りをしばらく歩いて右に曲がったところにあるビルの四、五階がウチの会社のオフィス。

 SBL ~Statistical Business Literacy~とかっこつけた会社名を横目に自動ドアをくぐれば、いつものメンツがこぢんまりしたラウンジにて固まっていた。


「うーっす、佐竹」

「佐竹さんおはよう」

「おはようございます、新谷さんに水木さん」


 この二人は、私の出社時間にはいつもラウンジで何かを語り合っている。


 それで新谷さんは男性、水木さんは女性だ。


 入社したての頃は付き合っているのか? と邪推したこともあったが、今ではきっぱり違うと言うことが出来る。


 以下二つの台詞は、読み飛ばし推奨である。



「なぁ〜佐竹、見てくれよこの論文! ゼミの後輩の卒論なんだ。日本における上下関係の強さと企業の生産性との因果関係を見てるものなんだけどさ。資本蓄積とか賃金なんかはコントロールするのは前提な。上下関係が強いってことは歴史がある企業な場合が多いだろ? 歴史あるってことは生産もより効率化するから、上下関係の強さと生産性は当然相関するよな? よって、歴史変数をコントロールしなければならなくなる。しかし、単純に会社の設立年数を会社の歴史と捉えていいのか? 否。社長の代替わりなどが原因で、積み重ねてきたものが崩壊することもあれば、逆にブーストすることもある。複雑に関わっていると考えられる会社の来歴と上下関係の強さを考慮しても、来歴全てをコントロールすることは出来ない。さてどうする? 後輩は考えた。新人社員のチョコレート消費量を、操作変数として使えばいいと。最近の社会的な常識として、神話かもしれないが、チョコレートがストレス解消に効くというのがあるだろ? 上下関係が強ければストレスが溜まる。新人社員はストレス解消の機能を信じて、チョコレートの摂取量を増加させるだろう。上下関係の強度と新人社員のチョコレートの消費量には相関がある。しかし、チョコレート摂取量と企業の来歴は無相関で、さらに言えば、企業の生産性とも無相関・・・」


「いや待って。私はそこに疑問を抱いているのよ。チョコレートに含まれるポリフェノールが脳の働きを改善するという結果が、いくつかの研究から実証されているわ。よって新人社員のチョコレート消費量も、企業の生産性に何らかの影響(エフェクト)を与えているのは否定出来ないの。つまり内生性があると疑われるわけ。そもそもの問題として、上下関係の測定方法がイマイチ信頼出来ないわ。経営畑の人と煮詰めて作ったアンケートから点数を付けてるって話だけど、一口に上下関係って言ってもそのあり方は多様だから、ここに載ってる質問じゃ不足・・・」



 ものっそい早口で捲し立てる二人に取り残され、いい加減にイライラしてきた私は、彼らの肘が寄りかかる机をバンッ! と叩き、ギロリと睨む。


「あの、お二人さん。ここは『なろう』なので自重していただけませんか? アカハラになっちゃいますよ」


 メタ発言。


「あ、はい」

「すみません」


 そそくさと、先輩二人は自らのオフィススペースに逃げ込んだ。


 それを見送った後、はぁ〜〜と長い溜息を吐く。



 ここ「SBC」は、十年ほど前に設立された比較的新しい会社である。


 やっていることは、一言で「統計警察」。


 巷に溢れかえる、データを利用しているとはいえ統計理論を無視した数々の暴論に厳とした審査結果を突きつけメディアに持って行ったり、契約を結んだ会社について記事や意見の統計学的正当性をチェックしたりするのだ。


 一応、データ収集・整理関連の依頼も承ってはいるし、会社自身で独立した研究もする。


 どこの会社の一部門としても呑み込まれていないのは、社長や精鋭社員が次々に取ってくる統計ソフト関連の特許がヤバいらしくて、独立させざるを得ないから、らしい。


 その辺の機微は、与えられた記事とにらめっこして、統計学的正当性があるかどうかを日々調べるだけの私には分からない。


 そんな一兵卒に過ぎない私と違って、さっきの二人の先輩は、この会社のメイン事業ではない研究を主に担当しているが、知識量が凄まじいためどこのプロジェクトにも顔を出す。


 言ってしまえば学術顧問。


 にしては二人に支払われる給料は少ないのであるが、「朝のブレインストーミング」と題する彼らの駄弁りを横耳立てて聞くに、どうやら学問そのものが趣味な人たちなので、別に金など生活するだけあればいいのだろう。



 先ほど、私が二人は恋人同士ではないと言った意味が分かっただろうか。


 要するに、二人の恋人は「統計学」なのである。



「うへぇ」


 世界に股をかける統計学様のハーレムに寒気を抱きながら、自分の仕事机にバックを置いた。




「元気ないわねぇ! もしかして、あの二人のスカラーシップな談義に巻き込まれたの!?」




 羨ましいほど元気かつ野太い(・・・)声に後ろを振り向けば。


 我らが記事査定課のおネェさま:鋼屋麟太郎の姿。


 パツンパツンな白Tシャツに、あそこ(・・・)がもっこりボクサーパンツ。


 社会を舐めた装備を羽織る筋骨隆々な肉体の上には、バッチリ厚化粧するデッカい顔が乗っかっている。


 インプレッシブにも程があるその姿は、一度見たら忘れることなどもう不可能だ。


 怒られそうなのに怒られない理由は、「一度見るだけでとても目が冴え、眠気に惑わされずに仕事が出来る」「ファーストコンタクトでは違和感を禁じ得なかったが、今となってみれば俺はおネェさまの虜。おネェさまのいない職場なんて考えられない」と現場での評判がいいからである。


 眠気が飛んでいくのは同意。


 話しかけられたにもかかわらず言葉を無くしてしまっていた自分に気づき、急いで口を動かした。


「・・・ええ、まあ。あの二人には、本当に困ったものです」

「挨拶だけして即その場を離脱すればいいのよ! 大丈夫、あいつらは無視されたところで別になんとも思いやしないわ!」


 大砲の出すような重低音を体にビリビリ浴びながら、あの二人ならそうだろうな、と心の中で同意する。


 でも実際に行動に移せるかと言われると、他人を無視するのが心苦しい系女子な私には困難だ。


「そんなことよりも仕事しましょうよ。鋼屋さんも、この時間は朝の準備体操終わったばかりで、仕事に入れてないでしょう? 入り口のチェックリスト見たら、明日までが期限のものが五件もあったじゃないですか」


「ええそうね! 張り切って行きましょぉ!」


 両腕を上げて、ぐぅおおっ! と唸る。


 鋼屋さんのたったそれだけの行動で、机上の裏紙用紙の束がバサバサと崩れ落ち。


 申し訳程度に整えただけの私の髪もブワッてなった。




 この人絶対生まれてくる世界を間違えてるだろ。




 豆知識だが、「朝の準備体操」とは、名前通り鋼屋さんが朝に準備体操するそのことを表すが、腕を奮えば風圧で机を弾き飛ばし、掛け声を上げれば窓ガラスを粉砕するおネェさまなので、必然的に屋上でやることとなる。


 いつかこのビルが崩壊しないか心配だ。



 大手町には魔物がいる。



 またもや、昨晩のあの自称「再婚」の天使を思い出した。


 私以外の他人には見えないあいつも、どうやら不思議な能力を持っているようだったし。


 ひょっとしたら鋼屋さんも、あれと同じ類の生き物なのかもしれない。

 みたいなことを考える私の顔は、陰でも帯びていたのだろうか。


「ねぇ、あの統計バカ二人を抜きにしても、ホントに元気なさそうよ! 大丈夫!? まだあのこと(・・・・)、引きずってるの!?」


 引き攣る頬。


 あのこと、が指示する出来事なんて、一つしかない。



 元カレとの、離婚のことだ。



「辛いなら、ちゃんと誰かに相談しなさいよ! ワタシでもいいわ! ゼッタイに、溜め込むのだけはよしときなさいよ!」


 慈しむような目で私を気遣ってくれるおネェさまからは、心配の感情がひしひしと伝わってくる。


 グッと歯に力を込めて、落ちそうになった涙を我慢。


 無理矢理唇を三日月に歪めて、多忙なこの人に心配させまいと、気丈に振る舞った。


「い、いえいえ、大丈夫です! 私ならもう平気ですから! さっ、仕事を始めましょう!」


「そ、そう・・・! ならいいけど、辛くなったらいつでも言うのよ! 力になるから!」


 とそこで話が切れ、鋼屋さんは自分のスペースへと戻る。


 ギィッと、おネェさまの座る椅子は可哀想なくらい悲鳴を上げていた。


 ・・・私も、ガムシャラに悲鳴でも上げたい気分だ。


 おネェさまの善意を断ったことに罪悪感を覚えながらも、私は黙々と調査課の見つけてきた記事を山から抜き取って、自分のワークに入る。




 閉じた心に、閉じた作業。




 この仕事を嫌いと思ったことはないが、(こと)今日のスタートについては、閉塞感からイライラが募り。


 空いた四つの机を睨んで、絶対に非番じゃないにもかかわらず始業時刻を超えても出社しない自由な四人へと、ファ◯クサインを決めるのだった。

 洗濯バサミ壊して目が醒めるのは実体験です。

 3回くらいやりました。


 佐竹さんの会社SBL ~Statistical Business Literacy~を中心とするドタバタ劇なんかもいつかやってみたいですが、2018年8月現在大学生な僕では、まだまだ力不足なんですよね。

 統計学はやって損はない学問だと思います。

 例えば仮想通貨や株なんかに手を出しているなら、非合理なプレイヤーとして上級者たちにカモられないように、絶対に身につけたほうがいいと断言出来るでしょう。無論、金融等他の知識も必要ですが。

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