6. 心の門限
天使についての説明回。
「再婚」の天使、初仕事。
にもかかわらず、訳も分からないままターゲットの家を追い出されてしまった俺。
泊まる当てなどない。
「こういうのも、戦国のよ(世/夜)以来だな・・・」
よってこのシルフィン様、久しぶりの野宿である・・・。
あ、今上手い事言わなかった?
・・・閑散とした茗荷谷の駅前付近、建物の壁に寄りかかる俺は、電灯が伸ばす影に泣かされそうになり。
何気なく天を仰ぐ。
夜でも人の活動途絶えない東京の輝きの前には、一等星すら霞んでしまい。
寂しく禿げた夜空を見上げる俺も、一抹の寂しさを感じざるを得なかった。
ズルズルともたれる背中を下ろし、尻を付く。
これが人間なら、直ちに職質されたのち警察官に補導されるしかないのだろうが。
誰にも見えていないことをいいことに、俺はそのまま微睡に落ちた。
明くる朝。
七時ごろ、慌ただしく成り行く人の営みに起こされ、立ち上がり、伸びをする。
「あーあ、・・・寒!」
すっかり体温を失ってしまった俺は、肩を抱えてブルブル震えた。
「まだ秋の中頃と言えど・・・掛け布団なしでお外というのは応える」
口からつい漏れ出る弱音。
この冷え切った体をどうにかするには、エネルギーを取らねばならない。
天使がエネルギーを補填するための方法には、三つのの種類がある。
まずは、人間と同じく「食事」。
物質的に栄養となるものを経口摂取することで、生きるための糧を得るのだ。
これだけで日々を乗り切るには、一食に人間の倍の量、さらに一日三食必要となる。
加えて、食事のみでエネルギーを得る事を続ければ、なんと天使でも老化が進んでしまうのだ。
一説には代謝に伴う体の「酸化」が原因なんだとか。
だが、俺の体は一万年もの間、殆ど老化が進んでいない。
それには、人間には不可能な、残り二つのエネルギー補給法が関わっているのだろう。
内一つが、「信仰」。
堅苦しいので、「感謝」で置き換えてもいい。
人間からの依存心、あるいはそこまで行かなくても「ありがとう」という気持ちが、俺たち天使の活力源となるのだ。
が、これで生き永らえているのは、ミカエルの野郎やガブリエルの兄ちゃんと言った、正に有名どころのみ。
見た人間ほぼすべてが、魂を砕かれ灰に還っている俺を知る者は、少なくとも現在の人間界にはいない。
すなわち、「砕魂」の天使シルフィン様を崇める人間などいないということ。
不満はあるものの、職業柄仕方のない部分はある。
で、なら何で俺が老化せずにずっと生きていられるのかと言えば、エネルギー補給法の最後の一つに秘訣がある。
それが「寵愛」、なのだが。
文字通りの意味ではない。
これは、与えられた仕事をこなせば創造神からもらうことが出来る、ある種の給料みたいなものである。
見た目はただの、小さい光の玉。
しかし、これを一つ吸収するだけで、一年はエネルギーに困ることはなくなる。
俺は常日頃よりこき使われているので、天使界の自宅にはストックが山ほどある。
が。
「急に人間界に飛ばされたから、持ってきていないぞ・・・」
はぁ、と息を吐いた。
別に任務中、天使界に戻ってはならないという決まりなどはない。
あのアグネスなんぞは、例え目前までターゲットを追い込んでいても、五時になると「心の門限」とか吐かして絶対に家に帰るのだ。
「再婚」として派遣された昨日もきっと、そうしたに違いあるまい。
だから、今から一時帰宅すれば問題ではないのだが。
「任務達成していないのに、帰宅するというのは癪だ」
ふんす、と息巻きながらシュビッと最高にかっこいいポーズを決め、自らの心得を口にした。
グーッ。
「・・・・・・」
しかし腹は正直で、エネルギーを求め鳴動する。
自賛で心は満たされても、腹は空っぽのままなのである。
「・・・マクド◯ルドにでも行くか」
右手に、昨日ターゲットのバツイチからくすねた千円を握りしめ。
「可視化」
その一言で、俺の生歩きシーンが、人間界に投影された。
時間制限付きだが、天使でもターゲット以外の人間に姿を見せることが可能なのだ。
これで、見えない何かがマ◯ドナルドで買い物していると騒がれなくて済む。
そう、見えないままだったら、ハンバーガーとポテト乗っかるトレーがふよふよ浮いていると、SNSで大拡散されて話題になるのは必定であろう。
ふっ、目に映らずともインスタ映えしてしまう俺、罪な男だ。
エネルギッシュなハッシュドポテトに満足して店を出ると、それを見計らっていたかのように、天使界との通信端末が鳴り始める。
急いで自らを人間の認識外としたのち、パーム油で汚れた指を舐めて。
その手で端末を取り出し、液晶画面を眺めた。
・・・ヒムラからか。
スマートフォン型(ただしアプリは実装不可)のそれを手に取り、画面の通話マークに触れる。
「どうしたヒムラ? 俺は今、腹も膨れていい気分だったんだが」
/そう、悪いね。仕事の話さ。君今、手違いで茗荷谷にいるんだって・・・ププッ・・・/
「・・・・・・斬るぞ」
回線じゃない、テメェの魂をだ。
電話越しくらい余裕だぞ?
/お、おいやめてくれよ。君の怒気、マジでチビりそうになるから・・・。それで、君に『砕魂』としての依頼があるんだけど、手は空いてる?/
一瞬だけ、脳裏にターゲットのバツイチ女の顔が浮かび上がるが・・・。
追い出されたしな、と小さく呟いた。
「ああ、ちょうど暇なところだ」
/それは重畳。今回のターゲットは、被二級神罰者だよ/
「・・・二級神罰? 冗談か?」
せいぜい殺人未遂一件の精神破綻者レベルだぞ。
雑魚だ。
そんな程度の低いのが俺に回ってくるなど、もう彼此六千年ほどなかったはずだが。
「二級神罰なら『砕魂』でなくても行使可能なはずだが? それこそ、『戦』たちの縄張りを荒らすことになるぞ?」
二級以下の神罰という採決が下った奴らは、基本的に「戦」の天使担当となるはず。
本来の担当者の仕事を奪うことは、その天使に与えられたはずの、創造神による「寵愛」を逃させることに繋がり、忌避される行為である。
「戦」には、幼い時からずっと一緒にいたオリヴィアが所属しているのだ。
彼女を裏切るようなことはしたくない。
「ヒムラ、お前がいくら『砕魂』直結の『仲介』の天使だからって、やっていいことと悪いことがある」
声を低くして、暗に警告する。
お前となんざ、いつ手を切ってもいい、と。
/・・・厳しいね、最強は。だが、僕もその辺の線引きはしっかりやってるよ。これは特例だ。創造神様からの直々のお達し/
「は? 意味が分からん」
なぜに彼が二級の雑魚程度にそんな口出しをする?
生まれて初めてだぞ、こんなこと。
/僕にもさっぱりだ。君がその被二級神罰者の位置に最も近いからとかおっしゃっていたけど、普通それでも『戦』にやらせるよねぇ・・・?/
「だよな」
だが、彼がそう命令を出したってことは、きっと何か意味のあることなんだろう、と推察するしかない。
「とはいえトップからの指令だ、いつも通りやる。『再婚』のお遊びはこれまでだ、終わったら連絡する」
/・・・おいおい、『再婚』だってお遊びじゃな・・・/
ブツッ。
電話を終え、端末に送られてきたターゲットの情報を確認する。
居場所はっ、と。
ここから三キロも離れておらず、近いところにいるのは本当のようだ。
「まずは・・・」
目を赤く光らせ、道行く人間を見る。
・・・鈍ってないな。
「神罰に相応しいかの、確認だな。魂の本質を暴く目で、その根源を観察してやろう」
言い残してそのまま、新たなターゲットの元へと足を運ぶのだった。
「心の門限」。
働き方改革のスローガンにいかがですか?




