第7話「ただ双子姉妹が百合ちゅーするだけのお話」
エピローグ
茜達は中学二年生になった。中学校は小学校のすぐ隣。通学距離が100メートルほど伸びただけだ。
2人は去年から1年間使ってきた紺色のブレザーを違和感なく着こなして、小学校の時と同じ通学路を2人で歩く。
「……お姉ちゃん、古典の宿題やった?」
「もちろん」
「……さすおね。……後で見せて」
「別にいいけど、たまには自分でやりなよ」
「……うん、明日から頑張るー」
その明日はいつ来るのだろうか。
葵は人と違う時間を生きているのかもしれない。
そんなことを思い浮かべながら茜は葵の手を引く。
中学生になっても相変わらず2人は手を繋いで登校していた。
「……朝なのに暑い」
「梅雨明けたみたいだしね。本格的な夏が始まるよ」
「……暑いの苦手、溶ける」
「融点低すぎない⁉︎」
「……溶けたらぼうぎょが2段階上がるから大丈夫」
「何の話⁉︎」
気怠げに猫背になって葵はボヤく。
葵は暑いのも寒いのも苦手だよね。
冬はいつもコタツで丸くなってるし。
寒さに弱いことに関しては茜も人の事は言えないのだが。
「そっか、もうすぐ夏が始まるのかぁ」
「……夏休みの前に地獄の期末テスト……うぅ……」
「中間テストはお母さんにこっ酷く絞られたからねぇ。期末テストは挽回しないと」
「……お姉ちゃん全部平均点超えてたじゃん。……わたし文系科目全滅だったもん」
「国語と社会何点だったけ?」
「……16点と24点」
中学生になって苦手科目を無くす努力をした茜。学校でも優等生として先生からの信頼も厚い。
それに対して好き嫌いの激しい葵は得意科目である理系科目は他の追随を許さない好成績だが、苦手な文系科目は見るも無残な成績だ。
「葵は国語と社会さえ出来れば完璧なのにね」
「……期末テストは家庭科、音楽もあるから……死ぬる」
「家庭科はともかく音楽って合唱曲の歌詞とかでしょ? いつも歌ってるから間違わないんじゃないの?」
「……わたし口パクエコモードだもん」
「おいっ」
「……あぁ、お母さんの頭に鬼のツノが生えてる未来が見える」
不可避の未来を嘆き、死んだ目で虚空を眺める葵。
一陣の風が吹いて小学生の頃よりも更に伸びた黒髪が、風になびいている。
茜は自分の肩の上で短く切り揃えた髪を弄りながら、妹のその綺麗な長髪を眺める。羨ましい。
(でも、今更髪を伸ばすのもなぁ……)
たまに妹の女らしいその髪が茜は羨ましくなる。生まれて1度も髪を長く伸ばしたことのない茜は、長い髪に憧れのようなものを持っていた。
「……ん? ……お姉ちゃん、どうしたの? そんなに睨んでも口パクエコモードはやめないよ」
「なーんでもない。というか合唱の時はちゃんと歌ってよ。ただでさえうちの学年は人数少ないのに」
「……少ないから目立つ……わたしの音痴が」
「音痴」
「……そう、音痴。……アイム、ミスジャイアン」
「ミスジャイアン。…………って、歌うのめんどくさいだけでしょ」
「…………音痴はホントだよ。カラオケ40点台舐めないで」
「カラオケとかいつ行ったけ?」
「……ドリーム」
「夢じゃん! というかやっぱり嘘じゃん!」
ふと茜は腕時計を見る。
遅刻まではいかないでも、いつもより遅い時間だ。おしゃべりしながらゆっくり歩いていたせいだろうか。
「葵、ちょっと急ごう。もしかしたら遅刻するかも」
「……めんどくさい」
「今週は生活指導のゴリ先が校門前にいるから遅刻するとめんどくさいの。ほら、いくよ」
気怠そうな葵の手を引っ張り、茜は駆け出した。
■■■
昼休み。
茜と葵は人気のない、理科室で二人きりでお弁当を食べていた。科学部の葵がこの部屋の鍵を持っているので、お昼休みのこの時間はいつも使わせてもらっていた。
二人の母親が作ったお弁当だけど、それぞれの好みに合わせて盛り付けが違っている。
「豚肉って冷えると油が固まって美味しくないよね」
「……脂身の少ない焼き魚がオススメ」
「そっかぁ、私もお魚にしてもらおうかなぁ」
弁当を箸で突きながら他愛もない話に花を咲かせる。
食事が終わると、二人のお楽しみの時間が始まる。
肩がくっつく距離まで近づいて座り、二人は顔を見合う。
この数年ですっかり慣れてしまった動きで唇を近づける。
チュッ
チョンっと一瞬だけ触れて離れる。
茜が手招きすると、葵は茜の膝の上に向かい合うように座る。
お互いの制服が擦れ合う音を出しながら楽な姿勢になるように位置を調整する。
膝の上に座っている葵が上から茜を見下ろす。
ギュッと抱き合いながら、再び唇をくっつけた。
ピチャピチャと舌を絡め、互いを貪るようにキスをする。茜の下が葵の口内に侵入し、歯茎を犯しつくすように舐める。葵も負けじと茜の唇の裏を擦るように舐める。舌で舌を押し合い、ペロペロと舐め合う。二人の口の間からは唾液が糸を引きながら垂れ落ちる。ポタッポタッと制服が汚れるのも御構い無しに、二人はキスを続ける。
「「……っぱぁ」」
息継ぎをするために口を離し、荒れた呼吸を落ち着ける。口を離したと言っても、二人の顔は15センチも離れてないので互いの吐息が相手にかかる。二人とも頬を赤らめトロンとした眼で見つめ合う。
「……お姉ちゃん……しゅきぃ」
「私も好き……だよ」
キスで舌ったらずになった葵の愛の告白に、茜も真摯に返す。葵は「えへぇ〜♡」と惚けたように顔を緩ませる。
「……お姉ちゃん、もう一回言ってぇ」
「ふふっ、私も好きだよ、葵」
「……幸せぇ」
「葵はお姉ちゃんのどんなところが好き?」
「……ぜんぶ」
「テンプレ回答! 私も葵の全てが好きだよ」
「……お姉ちゃんも人のこと言えないよ」
お昼休みの残り時間は10分。
それが終わると2人は放課後までイチャイチャできない。2人の関係は今でも秘密なのだ。
「……お姉ちゃん――続けよ?」
葵の催促に茜は当然のようにコクリと小さく頷く。
二人は毎日キスをする。
でもそれ以上のことはしない。
中学生になり、性的な知識を自然と身につけた2人だが(葵はとっくに知ってた)キスより先に踏み込むことはなかった。キスをするだけでも十分幸せになれるし、これ以上はなんか怖いと茜は思った。葵はやりたそうにしてたけど、茜が先に進みたいと口にしない限りは今の関係がずっと続くのだろう。
だから今は、ただ百合ちゅーをするだけのお話。
…………今はまだ。
お読みいただきありがとうございました。
思ったよりも難航しましたがこれにて完結です。
そろそろ吸血百合の二章を……